第12話 異常者の快楽 起
「【真都Q】?なんですかそれ?」
ラーメン屋のバイトから帰った時、突然団長に呼び出された俺は、【真都Q】なるものの調査を頼まれた。
「ああ。【快楽会】っつー組織が退廃区画に作った街だ。めちゃくちゃ発展してるらしいんだが、どーも最近人が消えるらしくてな。」
退廃区画とは、俺が以前いたスラム街のようなものだ。前に1度行った時はボロすぎてなんかの残骸かと思ったほどだ。
それを数ヶ月で発展させたとは、【快楽会】は相当力を持っているらしい。
そして、その組織が作った街で人が消えるというのは確かに怪しい。ていうか名前が既に怪しい。
「…調査って…俺一人ですか?」
これは重要だ。俺は【神覚】という超が4つぐらいつくほどレアな恩寵を持っているが、俺自身に戦闘能力は皆無だ。大通りですら俺一人で歩くとたまにカツアゲにあったりボコボコにされたりする上に、俺は運が悪い。元とは言え退廃区画を1人で調査するのは自殺行為だ。
俺が聞くと、団長は微妙な顔をして、同行者を告げる。
「…………レイズもいる。」
「ああ……」
団長が微妙な顔をした理由がわかった。副団長のレイズさんは優秀だが、超が4つぐらいつくほどのドMだ。
最終的に成功するとは言え、作戦の時は敵の攻撃に突っ込んでいくためいつも冷や冷やさせられるのだ。
副団長が一緒とか絶対嫌だ。ろくなことにならない。
「……俺以外でお願いします。」
「まあ待ってくれトイ君よぉ…他の人はいないんだ。」
「……団長いるでしょ。」
あの人のお守りを1人でするのは絶対に嫌だ。確かに今本部には俺しかいない。けど、いつも何もしてない団長が行けばいいじゃないか。
「…俺は調査に向いてないし、何よりめんどくさい。」
「理由のほとんどめんどいからでしょ?!俺が入ってから何ヶ月か経ちますけどね!あんた働いてんの見たことねえんだよ!」
当然のように言う団長を見て、敬語も忘れてしまった。
まあたしかに俺は調査に向いているし、団長は強力な【呪縛】のせいで調査には向いていない。だが、それも対処方法はあるのだ。いい加減働いて欲しい。
「………………じゃあ、あとから行くわ。」
「来ないでしょ絶対……」
数秒かけて考えた後、まるで苦肉の策のようにクソみたいなことを言う。どうせ来ないのは分かっているが、まあ拒否する理由もない。大人しく引き受けるとしよう。
「ところで、副団長はどこですか?」
「ああ、もう現地に行ってる。」
なるほど。この人はきっと、自分が行きたくなくて誰かが帰ってくるのを待っていたのだろう。チェイスに継ぐクズだが、任務はしっかり遂行する分チェイスの方がマシと言える。ラーメン奢ってくれるし。
そんな怠惰すぎる団長を置いて、俺は元退廃区画───【真都Q】に向かう。
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「…?なんだ?」
【真都Q】についた俺は、入ってすぐのとこにある広場に人だかりができているのを見つけた。
ここからは見えないが、どうも広場の中心にある何かを囲んでいるらしい。有名な観光名所なんだろうか。
「………」
近づいてみると、副団長が針のようなオブジェに刺さっていた。土手っ腹をぶち抜いており、そこから溢れた血が針を伝って下に落ちている。
どっからどう見ても事件にしか見えないその光景に、【真都Q】の住人達も困惑している。俺は別の理由で困惑していた。
「…副団長…何してるんすか…」
「…ごふっ!…ああ、トイ君か。少し待ってくれ、今降りる。」
「はぁ。」
もろに刺さっている副団長を見て、思わずため息が出る。
こんなのを見たら【サクリフィス】の大通りの奴らですら困惑す…しないな。あいつらどうせ笑って写真撮ってるだけだ。
大通りの住人より退廃区画の住人の方が常識があるってどういうことだよ。
「ふぅ…中々悪くなかった。」
「……それは…良かったですね。」
どう反応すればいいのか分からず、無難なことしか言えない。
腹から血を流しながらスッキリした表情をしている人にはなんと話しかけるのが正解なんだ。誰か教えてくれ。
「……ああ、治すのを忘れていた。」
俺の視線を、傷の心配と勘違いしたらしい。副団長が恩寵を発動すると、傷がどんどん塞がっていく。
これは【神徒】に属する恩寵───【不公平な天秤】の力だ。
その効果は、2つの物や概念に存在するバランスを意図的に崩せるというものである。今回の場合だと、副団長の中にある生と死のバランスを生に傾けたから、傷が治ったのだ。この力は彼我の戦力差すら覆せる。まさにチートと言ってもいいが、当然欠点もある。
あまりにも傾きすぎている場合や、釣り合っている場合は変えることが出来ないのだ。
「…よし、とりあえず───本部乗り込もうか。」
「…副団長…すぐ脳筋思考になるのどうにかしてくれません?」
ある程度傷を治した副団長は、早速本部乗り込みを提案する。
副団長は優秀で、任務においては今までまともに失敗したことがない。しかし最終的に成功するとしても、最初は何故か脳筋になるのだ。どうにかして欲しい。
「…とりあえず聞き込みでもしようか。」
「そう。そういうのでいいんすよ。」
俺の祈りが届いたのか、副団長が改めて提案する。
俺達は聞き込みをするため、広場を抜け【真都Q】の中を進んでいく。
【真都Q】は、一言で言うと歓楽街だ。
手前の方は映画館やゲーセンなどの子供でも楽しめる店が多いが、少し奥の方に行くと娼館やホストクラブにキャバクラなど、大人の店が多い。
とても数ヶ月前まではボロボロだったとは思えないほど、この場所は栄えていた。【サクリフィス】の大通りでもここまで賑やかではない。
「……あっ」
そんな中、俺は見つけてしまった。
──────SMクラブを。
これはまずい。副団長が見つけてしまったら任務ほっぽり出して入りかねない。見つけたと言っても【神覚】の超視力で見ただけだからまだ先だが、どの道このままいくと嫌でも視界に入る。
「はいはいこっち行きますよー」
「…?どうした急に。」
だらだら汗を流しながら副団長を脇道に持っていく。危ない危ない。抵抗されたらまずかった。
副団長が戻る前に聞き込みを開始しなければならないため、俺は適当な人に話しかける。
「あ、すみません。そこの人───」
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「特に変な噂はなかったですね。」
「ああ、そうだな。どうしたものか。」
俺達は【真都Q】を一通り回って聞き込みをしたが、【快楽会】に関しては大して変な話は聞かなかった。強いて言うなら、たまに構成員でもない人が本部に出入りしているらしいってことぐらいだ。
ただ、外部の人が出入りするなんてそんなに珍しくもない。
「……もう突っ込んじゃいます?」
「さっき自分でダメだって言ってただろ。」
「いやまあ、そうなんですがね?なんも進展ないしとりあえず組織のトップ締めれば解決かなって。」
最近、まともに考えるのが面倒くさくなってきたんだよな。
だって、俺が常識を持ったところで周りに常識がないならあまり意味は無い。結局あの街のヤツらは暴走するからな。
俺がそう言うと、副団長は遠い目をしてしみじみと呟く。
「君もこの街の倫理観に染まってしまったか…」
「待ってくださいよ!あいつらより俺の方が数百倍はマシでしょ?!」
とうとうお前もそっち側へ…みたいな感じ出してるけど、あんただってまともな感性は持ってないだろ。
そもそも俺なんて全然良い方だからな。問答無用で消し飛ばそうとするやつもざらにいるんだ。
「ただ、このままいても進展がないのは事実だな。本部に行こう。」
「…そうですね。行きましょうか。」
全く、さっきのやり取りは全て無駄だったな。まあ今回は任務だ。時間を食うのも良くないな。
俺達は【快楽会】の目的を暴くため、本部がある街の中心に向かった。
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「なんか…無駄にでかいですね。」
「ああ…」
【快楽会】本部は非常にでかかった。
見た目はただのビルだが、めちゃくちゃ高い。
普通に【アシュトレト】よりでかい気がするんだが、何階建てなんだろうか。俺の目でも見破れないってことは幻術では無さそうだ。
「まあ、とにかく中に入ろう。」
「そ、そうですね。」
その威容に圧されていたが、入らないことには変わらない。副団長もいるんだから大丈夫だ。
1歩ずつ正面玄関まで近づいていくが、その大きさと雰囲気に、まるで怪物の口の中に入っていくような異様な感覚を感じる。
とはいえ、当たり前だが特に何もなく、普通に入ることが出来た。
ビルの中は、ホテルのようだった。【快楽会】の快楽ってそういうことなのか。
「…受付があるな。やっぱりただの金持ち組織か?」
「どうでしょうね。カモフラージュの可能性もありますよ。」
「うーむ。」
副団長が唸っているが、ここで話し合っても意味は無い。やはり受付に聞くしかないだろう。
副団長も同じ考えだったのか、率先して受付に行った。
「ようこそ【快楽会】へ。ご要件をどうぞ。」
「…この組織の理念に興味があるのですが、【快楽会】はどのような目的や考えを持っているのでしょうか?」
副団長はやはりこの手の交渉は非常に上手い。あんまり持ち上げすぎると入会させられそうだからな。興味がある程度の方が後々楽だろう。
「それでしたら、会長にお会いするのが1番かと思います。今お繋ぎいたしますので、ロビー内でお待ちください。」
「ええ、ありがとうございます。」
受付のお姉さんの言葉に副団長はお礼を言い、俺達はロビーにあるソファに向かう。
早速トップと会えるとは思わなかった。話が上手すぎて逆に怖い。
「なんか裏あるんじゃないですか?」
「なにか感じたのか?」
「いえ…そういうわけではないんですけど。」
そう、副団長の言う通り彼女に後ろめたい感情は一切なかった。嘘も言っていないから、会長に繋ぐというのも真実だろう。
ただ、だからこそ怪しいとも言える。
「まあ、とにかく会長さんに会ってみましょう。」
「そうだな。」
俺達が話していると、受付のお姉さんがこちらに歩いてきた。
「お客様、会長の準備が整いましたので、御手数ですが、奥のエレベーターで最上階までお越しいただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、わざわざありがとうございます。」
「ありがとうございます。」
受付の人に変なところは無い。大気中の魔力の流れも普通だ。
罠は魔力が固まっている場所があるから俺がいれば大丈夫だし、とりあえずは順調だな。
受付のお姉さんの案内でエレベーターまで行き、俺達だけが乗る。
ドアが閉まる直前───お姉さんが狂気的な笑いを浮かべた。
だが、【神覚】をもってしても後ろめたい感情は一切感じない。
これは彼女が特殊な力で【神覚】を上回っているからではなく、心の底から歓喜、あるいは幸福を感じているからだ。
俺には、それが何より恐ろしかった。
「では、いってらっしゃいませ。」
「…!」
直後、エレベーター内の魔力が変わる。恩寵か魔術かは分からないが、下に魔力が向かっている。これは恐らく───
「副団長!落ちます!」
「っ!」
副団長が動くが、もう遅い。
ドアが閉じたところで、急激な浮遊感を感じる。
俺達は受付のお姉さんにまんまと嵌められ、【快楽会】の地下へ落ちていった。