第11話 不可視の涙 後編
「よっ!!」
まず最初に到着したのはアイリーンだ。サイクロン兄弟のとろい攻撃を避け、足に触れる。
すると、サイクロン兄弟の片割れは全身が細切れになった。これはアイリーンの恩寵の力である。
アイリーンの恩寵───【万物の主】
【異徒】の恩寵で、その効果は手で触れた万物に『命令』できるというものだ。
崩れろと命令すれば崩れるし、腐れと命令すれば腐るというまさにチートである。
そんなバランスブレイカーな能力ならすぐに終わるかと思いきや、なんと再生してしまった。
「え?!」
「こっちが本体とかじゃないんすかね!」
驚くアイリーンを他所に、もう片方にチェイスが突っ込み、巨大な1つ目に拳を入れる。
見た目によらず耐久力は低いのか、あっさり絶命する───かと思いきや、こちらもやはり再生した。
これはおそらく──
「同時ってことか?!」
チェイスが大声で叫ぶ。
サイクロン兄弟は同時に倒さなくては再生するらしい。
確認のため、【神覚】でサイクロプスの体を探知する。しばらく見ていると、やはり全身に魔術がかけられていた。
「概念再生魔術かけられてます!」
「めんどくさ!!」
「貧弱!どうすればいい!」
俺が大声で知らせると、2人はうんざりしたような顔をしていた。
概念再生魔術とは、特定の条件を達成しないと再生し続けるというめんどくさいものである。
ただでさえ難易度が高いというのに、それを全身にくまなくかけるなど並の技術ではない。今度は一体どこの狂人がこんなことをしでかしたのだろうか。
とはいえただでは済まなかったようで、知能が丸ごと無くなっているようだ。
そして更に見通すと、1つ目に魔力が貯まっているのを感じる。あれが魔術の核か。
「恐らく2匹の目を完全に同時に潰せば終わります!」
「よーし、合わせなよチェイス!」
「わかってますよ!」
俺の指示に2人は再度サイクロン兄弟に突っ込んでいき、同時に攻撃する。しかし───
「ちょ!チェイス遅いよ!」
「触っただけで殺せる人と一緒にしねえでください!」
これはさすがにアイリーンが速すぎたな。
というか、チェイスは殴った後衝撃が伝わって絶命というプロセスを辿るのに対して、アイリーンは触れただけで即死なんだ。同時に攻撃すればどう足掻いてもアイリーンが先に倒してしまう。
これはどうしたものか。アイリーンもチェイスも範囲攻撃はできないし、【全同期】したところで何か変わる訳でもない。
「きゃああああああ!!」
「?!やべっ!」
聞き覚えのある声が耳に届く。
集中しすぎて気づかなかったが、ついに2人が到着してしまったようだ。
サイクロン兄弟は悲鳴に反応して、チェイスとアイリーンを無視。再生しながら2人に向かっていく。
「止まれデカブツ!」
止まらないサイクロン兄弟に、チェイスが悪態をついている
攻撃しても再生しながら走っていくために、止めることが出来ない。
まずいな。たった数秒しか止められないが、使うしかない。
「?!ぐお!」
「ぐああ!」
──────【全同期】
サイクロン兄弟は呻いて立ち止まる。しかしたった数秒しか止めることは出来ない。それまでにどうにかしなくては。
俺が負荷で悶えている間にチェイスとアイリーンが妨害している。
その最中、突如ギルバートさんが恐怖で震えているクレアさんの前に立ち、手を横に一閃。
次の瞬間、呻いていたサイクロン兄弟の目が同時に斬れる。
天才的な空間魔術だ。こんなことが出来るのは1人しかいない。
サイクロン兄弟はあっさり倒れ、それ以上動くことは無かった。
「ギ、ギルバート…さん?」
「すみませんクレアさん。大きい虫がいたもので。」
混乱するクレアさんに、ギルバートさんは至って冷静に接し、冗談すら言っている。
役に立てなかった俺とアイリーン、そしてチェイスはこっそり立ち去るしかできなかった。
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「やべえ…大丈夫かギルバートさん…」
「ギルバートと相性良すぎたよねー。」
「というか俺らと相性が悪すぎた。」
気持ちを落ち着かせるため、告白場所付近で先に待っていることにした。
チェイスは実力を晒してしまったギルバートさんを心配し、アイリーンはあまりの瞬殺に笑っていた。
ギルバートさんの空間魔術はどのタイミングでも便利で、あの人が参加した任務は『当たり』と言われるほどだ。
「悪い感情は感じなかったので多分大丈夫ですよ。」
「【神覚】って便利だねえ。」
【神覚】は人の感情や嘘すらも読み取ることが出来る。
今回はクレアさんが微妙な感情を示していた時、俺が計画の変更を知らせるという手筈になっている。
2人が映画を見て夜ご飯を食べるまでの数時間、俺達はだらだら雑談をしていた。
「───団長の刀邪魔なんだよねえ。」
「わざわざ自分から触りに行って邪魔はないでしょう。だいたい───」
「あ、来た。」
19時半頃、チェイスとアイリーンが団長の武器の話をしている時、ついに2人が橋にやってきた。
結構いい雰囲気だな。それに、クレアさんからは好意すら感じる。
「どうだ貧弱。」
「いけそうっす。けどなんか───」
「しっ!始まるよ!!」
アイリーンに遮られてしまった。引っかかることがあったんだけど、まあいいか。
「今日は楽しかったです!ぜひまた誘ってください!」
「え、ええ、もちろん。」
嬉しそうなクレアさんに、さすがのギルバートさんでも緊張しているらしい。少し声が震えている。
「あ、あの、クレアさん。」
「?どうしました?」
ここで告白するらしい。橋の中心あたりで立ち止まり、改まって言う。
クレアさんは疑問を浮かべつつも、そわそわとしたその様子は先の展開を察知しているように見えた。
「僕と───付き合ってください!」
「!」
ついに思いを告げる。まるで世界が止まったかのような感覚に陥る。
チェイスとアイリーンは身動ぎ1つせず2人を見つめており、俺の耳には、俺含めた5人の心音しか聞こえない。
「ギルバートさん、─────」
永遠にも感じられる長い数秒の後、クレアさんは俯きながら返答した。
ギルバートさんに表情はないが、苦笑いしていたのは【神覚】を持っていなくても分かるだろう。
「……すみません、変なこと言っちゃって。」
「いえ!とても嬉しかったです!」
クレアさんが喜んでいるのは確かで、本来ならOKするはずだった。しかし───
「クレアちゃん、彼氏いたんだね…」
負の感情がほとんどないアイリーンすら、この空間の雰囲気に圧されていた。
そう、クレアさんには彼氏がいたのだ。私生活を調べていなかったから分からなかった。
それなら誤解させるようなことをするなと言う人は多いだろうが、ただの男友達だと思っていたなんてのはよくある話だ。
しかし、ただの男友達だったギルバートさんに好意を持ってしまったんだろう。でも彼氏を裏切るようなことは出来ない。
告白する直前までクレアさんが纏っていた悲しみは、拒否しなくてはならないという苦悩のものだったんだろうな。
「えと、ここまでで大丈夫ですので……」
「え、ええ、分かりました。それではまた後日。」
2人は気まずい空気のまま、その場で別れる。
これは俺にしか分からないが、クレアさんは鼻をすすりながら涙を流していた。
ギルバートさんは橋の上から、【ヒート運河】に映る月と何も無い自分の顔を見つめていた。
「ギルバー」
「行きますよチェイスさん!」
「帰ろっか。」
ギルバートさんに話しかけようとするチェイスを引き止め、先に3人で本部に帰る。
涙が存在しないデュラハンはしかし、誰の目から見ても明らかなほど、誰にも見えない涙を流していた───
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「はぁ…」
クレアと、ギルバートに協力してくれた3人が去る。巨大な【ヒート運河】を覗き込むも、そこには綺麗な月しか写っていなかった。
(何がダメだったんだろう…)
デートはプランから完璧で、ギルバートに落ち度はなかった。強いて言うならこれは最初から決まっていたのだ。
今回は誰が悪いという訳でもなく、運が悪かったとしか言いようがない。
ギルバートがそのままじっとしていると、突然水面が揺れる。雨は降っていないし、何かが投げ込まれた訳でもない。
「?」
ギルバートが疑問符を浮かべていると、水面からなにかが飛び出す。
それは巨大な魚であった。しかしその顔はグロテスクで、巨大な歯がいくつも並んでいる。
この魚はこの運河の主だ。襲われたら最後、運河中を引きずり回された後ゆっくり殺される。
そんな残酷な化け物だが、強者の前ではただの魚である。
ギルバートが指を魚に向けて魔術を1つ発動すると、あっさり3枚に下ろされ橋を超えて川に落ちる。
「強くてもなあ……」
ギルバートはこう言うが、強いというのはそれだけでアドバンテージになる。実際、サイクロン兄弟に圧勝することでクレアの好感度アップに繋がったのだから。
嘆いても、後悔しても全ては過ぎたことだ。諦めて先に進むしかない。
「あれ?何してんの?」
「…!」
落ち込んでいると、横から声をかけられる。
そこに居たのは───ヘーゼルだった。
「ヘーゼルか…」
「ヘーゼルかって……喜びなさいよ。」
しかしギルバートはそんな反応しかできない。それを見たヘーゼルは一言。
「…誰かに振られた?」
「?!…なんで…」
まさか見破られるとは思わなかったのだろう、ギルバートはヘーゼルの言葉に勢いよく顔を上げる。
「なんでわかったって?長い付き合いだもん。分かるわよそのぐらい。」
「…そうか、ヘーゼルにはバレるよね。」
当然のように言うヘーゼルを見て、隠し通せないと分かったのだろう。
そこからはギルバートが事の顛末を話し、ヘーゼルがそれを黙って聞いていた。
「そっか、まーどうにかなるどうにかなる。」
「どうにかって…」
ギルバートの話を聞いたヘーゼルは、何も考えていなさそうな声で無責任な言葉を放つ。
しかし彼女の境遇を知っているギルバートは、何よりも説得力がある言葉だと思った。
「まあとりあえずさ、今日は飲みに行こうよ!私明日からしばらく休みだから暇なんだよねえ。」
「ふふ…はははははっ!まったく、ヘーゼルが飲みたいだけでしょ!」
そんな彼女を見て、ギルバートは大笑いする。彼女に明るい言葉をかけられるといつも元気が出る。今回は空元気気味だが。
ヘーゼルの呪縛は───【不妊】だ。
生まれは貴族で、16歳の時点で既に婚約していた。優しい家族と婚約者の存在は、ヘーゼルにとって先の人生が幸せであることを疑わないのに十分なものだった。
しかし、成人である18歳の誕生日前日に恩寵、そして呪縛が発現したことで子供が産めなくなり、家を追い出される。
そこから数年、様々な苦労を経て【サクリフィス】で生活を始め、【無秩序の聖団】に所属して今に至る。
彼女の人生は波乱万丈だ。そしてその人生を笑い話に変えているのがすごいところである。
そんなヘーゼルを前にしては、ギルバートはどんな悩みも吹き飛んでいくのだ。
「よーし!今日は高いとこ行くわよ!」
「はいはい、すぐ酔いつぶれないでね。」
ヘーゼルがギルバートの肩をバンバン叩き、2人で笑いながら酒場に向けて歩いていく。
振られた傷はそうそう癒えることはないが、嘆いても後悔しても全ては過ぎたことだ。諦めて先に進むしかない。
しかし、今ぐらいは全てを忘れて飲み明かしてもいいだろう。
この街の夜は、まだまだ長いのだから───。