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ターナー兄弟と霧の森の王  作者: 雨笠 篁
起篇《異世界転移編》
13/13

幕間 彼らの物語〈改稿〉

 西方世界の最高意思決定機関––––––通称『中央政府(セントラル)』。

 列強諸国をはじめとした800を超える諸国、諸民族をまとめ、国際的な枠組みの制定や紛争の解決、及び調整を行い、時には国際秩序を揺るがす勢力に対して武力的介入も可能とする–––––––この世界における立法、行政、司法、そして軍事においての最高機関。

 それが『中央政府』である。

 中央政府による決定は、例え超大国であれど背くことは許されず、仮に背いた場合、即時に加盟国全てからの制裁と、場合によっては政権を武力鎮圧、並びに、中央政府の管理の元、新体制へと強制的に移行させることもあり得る程の、絶対的権力機関。

 こうした中央政府を中心とした国際秩序の形成を可能としているのは、何よりも中央政府の保有する、独立した軍事力にあった。

 中央政府の保有する軍事力とは、主に4つ。


 行政の最高府、中央議会の保有する––––––––『警備部隊』。

 立法の最高府、中央立法院の保有する––––––『正騎士団』。

 司法の最高府、中央大審院の保有する––––––『中央捜査警察機構』。

 それら三権より独立し、国際秩序の象徴として存在する『統制軍』。


 これら四つの圧倒的『力』により、中央政府を中心とする西方世界の国際秩序は三百年以上の間、一定の均衡を保っていた。


 そして現在、その力の均衡を乱す存在が、中央議会の審議にかけられていた。

 審議対象は、異世界より現れた『代行者』と呼ばれる英雄達。


 数ヶ月前、突然この世界に現れた彼らの存在は、中央政府を中心とする国際秩序の根幹を揺るがすほどの大きな衝撃をこの世界に与えた。

 かつて幾度となくこの世界に現れてきた、異世界から来た『代行者』。

 とある『戦争』に参加させられるためにこの世界に転移してきた彼らには、皆一様に特異な能力が備わっていた。

 それらは大小様々であり、能力の方向性も大きさも、それを使用する代行者によって差異はあるものの、最悪の場合、一個人が一国家の軍事力を凌駕する程の力を持つこともあり得た。

 しかし、幾度となく行われた『代行者』達によるその戦争を経験してきたこの世界が、それでもこれまで中央政府主導の国際秩序を保ってこれたのは、単に彼ら代行者の力が、中央政府の持つ全軍事力と比較して、大きく上回ることがなかったからに他ならない。

 歴史を振り返っても、代行者一人がいかに大きな力を持とうと、中央政府の保有する軍事力を動員することで、一代行者の暴走は防げていた。


 そのため、今回審議にかけられたのは単に代行者の出現によるものではない。

 今回、中央政府の頭を悩ましたのが、その数にある。


 異世界から転移してきた代行者––––––約三千人。


 これはこの世界の史書に記録がある限りにおいて、前例を見ない人数であった。

 この世界には、おおよそ百年周期で異世界からの来訪者が現れる。

 しかし一度に現れるその人数は、多くとも十人前後といったところ。

 今回のような三千人という数は、中央政府としても全くの想定外の事態であった。

 

 彼らが最も危惧したのは、異世界から現れた代行者達が、歴史上類を見ない数の代行者の勢力が、中央政府の管理の外に団結し、一つの組織を形作ることであった。

 個人が世界を覆すほどの力を持つことがあり得る代行者がその数で徒党を組めば、一超大国をも–––––––中央政府全軍をも越しかねない程の脅威となりうる。


 しかし、彼ら現れた代行者達を一人一人調査して分かったことは、今回代行者としてこの世界に招かれた彼らは皆戦闘経験どころか、暴力とは無関係に育った学生達が大半であった。


 それも、三つの異なる国から集められた学生だという。


 アメリカ、ロシア–––––––そして、日本。

 彼らはそれぞれ、自分達の居た国をそう呼んだ。


 当初の中央政府の懸念を他所に、代行者達は各々が国ごとにある程度のまとまりを形成することはあっても、3カ国で大きな勢力を作ることはなかった。

 故に、当初中央政府の危惧した代行者達の団結や、組織化という懸念は、早々に杞憂となった。


 そこで新たに中央政府の懸案となったのが、各国による代行者達の力の私的利用である。

 当初転移してきたばかりの代行者達は、この世界の力関係も常識も知らない、精神的にも成熟していない少年少女が大半であったため、既存の国際秩序を嫌うあらゆる勢力がその力を狙い、籠絡し、または強引な誘拐などにより、己の勢力に取り込もうとしていた。

 そこで今回、そうした『代行者』の持つ超常的な力の行使、そしてその保有、保護に関しての国際的な取り決めを制定するため、中央政府は実に十年振りとなる、全加盟国の国家代表を招集しての会議––––––通称『千王会議』を開催することとなる。

 各国の思惑が絡み合った議会は紛糾を極め、一月以上に渡る議論の末、代行者の扱いについて、大きく三つの取り決めがなされた。


 一つ––––––代行者の身柄に関しては、全面的に中央政府の管理下に置かれる。

 二つ––––––代行者の力の軍事利用に関しては、その決定権を中央政府に委ねる。

 三つ––––––いかなる理由があろうと、各国は代行者の力の独占・私的利用を禁止する。


 これら取り決めに関しては、反対する国もあったが、概ね国際秩序の大きな変化を嫌った列強各国の賛同により議決された。

 よって、三千人の代行者の力の全ては中央政府の管理下に置かれ、これまで通り中央政府主導の世界の均衡は保たれることとなった。


 その筈であった。


「––––––代行戦争」


 中央政府の中枢、『千王議会』の開催される中央議会議場。

 そこは白亜の大聖堂を思わせる作りをした、巨大な建物である。

 正面の大正門をくぐれば、議場までは大きな吹き抜けの広間があり、広間の両横には歴代の議長達の石像が並び、湾曲した二つの大階段の間には、女神を模った石像が鎮座する。

 そんな女神像が守るようにして、階段の奥に議場へと続く廊下があった。

 その、議場までの大広間に、ある男と少年が対峙していた。


「百年周期で開催される、この世界の神々が覇権を争い、英雄達を己の力の代行として競わせる、神話の時代より続く聖戦」


 広間には、少年の荒い息遣いが静かに響いていた。


「戦争に勝ち抜いた神はこの世界を手にし、その代行者たる英雄は、あらゆる願望が叶えられるとされる」


 血の匂い、そして、微かな呻き声。


「始まりは神話の時代、とある神が創世の古き神々に勝負を挑んだ。その神はこの世の創世を司った四大神をはじめとする古き時代の神々とは異なる、人の信仰が生み出した新たな時代の神だった」


 そこでふぅっと、男は口から紫煙を吐き出した。

 いつだったか、あの男がそうしたように。


「神々の争いは、四つ存在していた世界の内二つを滅ぼしても決着が付かず、多くの神が滅びることでこの世界の成り立ち自体に大きな影響が出たことから、神々は己の力を人界に存在する英雄達に貸し与え、己の代わりに競い争わせることにした」


 紫煙は立ち上り、天井に這うようにして霧散した。

 天井には神話の時代、初めに開催された第一次代行戦争を描いたとされる巨大な天井絵があり、そこには二つの勢力が描かれている。

 一つは、強大な力を持った、古き神の代行者。

 そしてもう一つは、多くの人々を背に従える、新たな神の代行者。

 彼らの足元には死屍累々が山となり、中央に描かれた代行者達は互いの胸に剣を突き立てている。


「結果は古き神の代行者と、新しき神の代行者が刺し違えたことによって、その後一万年以上続く代行戦争が始まった–––––––と、この世界ではそう信じられている」


 だが実際は違う。

 と、男は言った。


「第一次代行戦争の際、古き神々は新しい神々に敗北し、代行戦争の決着は既に着いている。––––––では何故、自分達がこの世界に呼び出されたんだ、と、そう思うだろう」


 男はタバコを指で弾いて捨てる。

 じゅ、と、タバコは足元の血溜まりで火を消した。


「すべての決着が付いた後、とある神が、その勝敗に関して異議を唱えた。だが代行戦争を裁定するこの世界のルールによって、敗北した神々はこの世界の英雄達に干渉することができなくなった。そこでその神は、とっくに決着の付いた筈のその戦争を続けるため、代行戦争のルールを大きく捻じ曲げた」


 言いながら、男は立ち上がる。

 大広間から中央議会議場に繋がる大階段の踊り場。

 中央に鎮座する女神像の正にその膝下。

 そこに男は立ち、こちらを見下ろす。


「代行戦争に参加できるのは神の力を授かった英雄達––––––これは本来、この世界の英雄のみが対象だった。そこで運命の神が目をつけたのが、代行戦争の参加資格を持つ英雄達と、同じ魂を持つ者達」


 もう分かるだろ?

 と、男の目はそう言外に問うようだった。


「そう––––––この世界と対をなすもう一つの世界。そこには、代行戦争への参加資格を持つこの世界の英雄達の魂と対をなす、異世界の英雄がいる。その神は己の手駒とするため、異世界にいる英雄達をこの世界に召喚し、本来の代行戦争の参加者達と争わせ始めた」


 それこそが、今も続く代行戦争の原因。

 この終わりのない戦いの、始まり。


「と、まあそれが、俺達がこの世界に呼び出された理由ってわけだ。なんとも馬鹿馬鹿しいとは思わねえか、なあ?––––––」


 ––––––篝。


 と、そう名を呼ばれ、少年は––––––藤原篝は顔を上げた。

 見上げた先にあるのは、死屍累々の積み重なった、大階段。

 元は白い絨毯の敷かれたその階段は、夥しい量の血により鮮やかな紅に染まっていた。


 血を撒き散らし転がっているのは全て、中央政府の誇るこの世界の最高戦力達。

 無惨にも切り裂かれた彼らの身に纏う制服は、彼らが中央議会を守護する警備部隊の精鋭であることを証明していた。中には正騎士団の甲冑を着た者や、統制軍の礼服を身に纏った者もいる。

 彼ら一人一人が、この世界に広く名を馳せる英傑達である。

 一個人が文字通り一騎当千の武力を持ち、下手な一国家の武力すら上回りかねない程の力を保有した、埒外の英傑達。

 そんな英傑達の死屍累々の山の上に、その男はいた。


 見慣れたロン毛。

 見慣れた筋肉。

 見慣れた筈の、薄ら笑い。

 記憶と異なる点といえば、口元に生やした髭と、その手に軽々しく握る、有り得ないくらいに巨大な大剣の存在であろうか。

 それ以外は、全てが篝の記憶と重なる。

 記憶に刻み込まれた、かつての友––––––竹川竹人の姿と。


 竹人はゆっくりと鬱陶しげに、血に濡れた長い前髪をかき上げる。


「何よりも馬鹿馬鹿しいのは、俺らは単におまけでこの世界に連れて来られたってことさ。代行戦争に選ばれるのは真に『英雄』と呼ばれる魂の持ち主だけ。現にお前も思った筈だ。俺らの世界から呼び出された三千人––––––そいつらが全員、英雄と呼ばれるような存在なわけがないってよ」


 何よりも、お前自身が自分を英雄とは思えちゃいない。

 と、竹人は見透かすようにそう言って、篝の後方に目を向ける。


 そこにあるのは、竹人の足元で転がる骸達とは異なる制服を身に纏った、少年少女達の姿。

 大階段に転がる骸と同じく、竹人の持つ大剣に切り付けられた傷口から血を流し、横たわる彼らが身に纏っているのは、彼らが元いた世界で着ていた、学校の制服。

 かつて二人が通った桐谷高校の、学生達の姿であった。


 彼らにはまだ微かに息があるものの、全員が致命傷なのは見れば明らか。

 一刻も早く手当てをしなければ、手遅れになるのはまず間違いなかった。


「確かに俺らのいた桐谷高校は、理事長、桐谷全蔵が日本中からあらゆる分野の天才を集め、天才が持つ才能のその先へ到達することを目的に設立された学園だったが………インターハイ優勝者、陸上競技世界記録保持者、将棋のタイトル保有者、数学オリンピック銀メダリストに–––––––ああ、元世界チャンピオンもいたか」


 指折り数えるように言って、竹人はハンッと鼻を鳴らした。


「だからと言って、そいつら全員が全員英雄と呼べる存在だったろうか–––––––いや違うね、そいつらの大半はただの一般人、ただの一市民の領域を越えられない、言っちまえば物語の『脇役』でしかない」


俺らをこの世界に呼んだあの神は言っていた。一人の勇者と五人の英雄–––––––他の代行者はそいつらを覚醒させるための、英雄の器を満たすための贄にすぎないとな」


 そしてこの惨状を生み出した張本人は、苛立たしげに舌打ちをして言う。


「ああ。そうだ、あいつだ。あいつこそが、今回の代行戦争、そこに呼び出された真なる英雄の器の持ち主だったのさ」


 その時二人の脳裏に浮かんだのは、一人の男の姿。

 

「だがこの世界に来た時、俺らの隣にあいつはいなかった。俺らと同じくこの世界に呼び出された筈のあいつの姿は、どこにもなかった。当然調べたさ。あいつがどこに行ったのか、そもそも本当に俺らと同じくこの世界に呼び出されていたのか、もしかしてどこかで生きていないか」


ぴちゃり、ぴちゃりと。


「調べた結果分かったことは、今からおよそ十年前。奴は霧の森と呼ばれる中央政府の管理の及んでいない地域に何故か一人転移し、どうやらそこで野垂れ死んだということだけだった」


 言いながら、竹人は血溜まりを踏み躙りながら、階段を降りてくる。


「あいつがどう死んだのかも、この世界でどう生きたのかも、何も分からなかった。だが間違いなくあいつはこの世界に来て、そして––––––死んだ」

「………」


 死んだ。

 あの男が。

 あの、いくら殺しても死にそうにない男が。

 自分達がこの世界に呼び出されるとうの昔に、死んでいた。


 そんな突然の事実を突き付けられ、篝は肩の傷を抑える腕に力が入る。

 竹人は構わずに、続けた。


「そこで思った訳だ。誰かがあいつの––––––英雄の代わりにならなければってよ」


 ぴちゃり、と。

 足音が目の前で、止まった。


「お前らにとっても悪い話じゃない筈だぜ。俺があいつに代わって、このクソみたいな戦争を終わらせてやろうってんだからよ」

「………だからって、なんでそれが人を、殺す理由になるんだっ」


 篝は息も絶え絶えになりながら、目の前のかつての友人を見上げて叫ぶ。

 見上げた先、竹人の顔はあの時のような軽薄な笑みで、こちらを見つめ返していた。

 その表情は、まるで人を大勢殺した後とは思えないほど気安い、あの時のままで。


「だから言ってるだろ。一人の勇者と五人の英雄、残る代行者はそれを生み出すための贄だってよ。お前がそうして守ろうとするそいつら–––––そいつらが身に余る力を持っていて何になる?あるべき所にこそ、力は集まり、初めて意味を持つ」


 竹人は篝の後ろに横たわる桐谷高校の生徒達を指し示し、そう言った。


「それが、お前だっていうのか?」

「少なくとも、お前らよりはマシだろ」

「くっ––––––」


 その言葉に、篝は拳を握りしめる。

 よろめきながら、篝は立ち上がり、背後の人々を守るように、竹人に立ち塞がる。


「………さっきから、お前が何を言ってるのか、僕には分からない。だけどっ––––––」


 震える足を殴りつけて、血を失い朦朧とする頭に拳を叩きつけて。

 藤原篝は、あの時と変わらず、傷つき助けを必要とする者達の前に立つ。


「だけどお前はあいつの代わりにはなれないし、少なくとも、僕の知るあの男はこんなことはしないっ」


 誰も、誰一人も。

 あの男の代わりになどなれる筈がない。

 あんな男の代わりが、務まるはずがないのだから。


「––––––ヘッ、ならどうする?お前が奴の代わりにこの戦争を終わらせてみるってか?」


 竹人は満足げに、目の前に立ち塞がる最弱の英雄に大剣を向ける。

 一振りすれば容易く己の胴体を二分するであろう大剣を前に、されど少年は怯まずに前に出る。


「どうすれば戦争が終わるかなんて分からないよ。僕らはまだ何も分からないんだ。戦争が終われば、本当に元いた世界に戻れるのかも………だけど一つだけ、分かる」


 言って、篝は眼前に突き出された大剣を、拳で振り払った。


「––––––」

「目の前でお前が、友達が人を傷つけようとしているなら、僕は命をかけてでもそれを止めなくちゃならない!」


 友達だからこそ。

 篝はそう言って、二人はほぼ同時に、懐に手を差し込んだ。

 取り出したのは、かつての彼らの繋がり、絆、そして友情の象徴。

 あの男が––––––哀澤慶次が自分達に示した、己の曲げられない生き方の、曲がらない生き様を示すための、たった一つの証。

 鏡合わせのように、二人はその証に腕を通す。

 風紀部––––と、そう刺繍された、えんじの腕章に。


「桐谷高校社会風紀研究会部長として、風紀部の活動を始める!」


 篝はそう叫んで、目の前の竹人に拳を構える。

 それはいつか、あいつが気紛れに教えてきた構え。

 竹人は構えを取った篝の姿に、喜色を強めて笑った。


「こんなことをしなくても、もっと他にも方法があった筈だ、竹人!」

「さあなっ、俺はただぶちのめすだけさ!邪魔するもの全てをッ!」


 弾かれた大剣を再び振りかざし、竹人は笑うように叫ぶ。


「守るのはお前の役目だろ。今の俺がお前から見て悪に見えるなら––––––守ってみろよッ、ヒーロー!」


 振り下ろされた大剣。

 振り上げた拳。


 竹川竹人。

 藤原篝。


 二つの信念はぶつかり合い、そして、二つの英雄譚は紡がれる。


 遠い空の果てに紡がれた、もう一つの英雄譚を知ることなく。



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