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家族が増えるよ、やったねオッサン

作者: 麦酒

不幸になる少女なんか居なかったんだ……なおオッサン

(のぞみ)です……今日からお世話になります」


 そう言ってペコリと頭を下げたのは、今年九歳になる女の子

暗い顔をしたショートカットで、高そうな赤いツーピースを着て猫のぬいぐるみを二つ抱き締めている

右手に持ってるのがカナエで、左手に持ってるのがタマエという名前らしい


 一緒に来た役人が言うには、親に捨てられ施設で育ったが、引き取って親戚がクソ野郎で……所謂(いわゆる)虐待を受けて育ったそうだ

そのクソ野郎も、希の様子がおかしいのに気付いた小学校の先生によって通報逮捕されたのだが……どうやら心に大きな傷を負ったらしく、また施設で暮らすより人の温かさを思い出すためにも、遠い親戚……要するに俺が育てた方が良いという結論になったそうだ


───ツッコミ所しかねー!


 普通はそういう時には専門の医者なり施設へ移すんじゃないのか?

だいたい俺は独り暮らしの男だぞ、養子を引き取れるのは夫婦に限られてなかったか?

それを全部無視したとしても、なんで見も知らない子供を問答無用で引き取らなきゃならないんだよ?

言っちゃ悪いけど、俺は別に善人でも聖者でもない普通の三十路過ぎてるオッサンだぞ


「えーと、いきなり来られて、今日から子育てしろって言われても困るんですが……ぶっちゃけ遠い親戚の俺よりも、近くの親戚に当たってもらえませんかね」


 俺は役所から来たというスーツ姿の女性に顔を向けると、頭をボリボリ掻きながら言った

───女の子の事情には同情するけど、子育て出来るほど貯蓄も時間も無いんだよ


「それは無理です、親戚に適応者があなたしか居ませんでしたから……都合良く独り暮らしですし……」


「ちょっと待て、適応者ってなんだ!」


 女が淡々と怖い事を言った!

この子なに?超常的な力でも持ってるのか?それに都合良くってなんだよ!

凄く怖いんだけど!


「第一すでに養子縁組の書類は受理されたので、あなたに拒否権はありませんよ」


「サインどころか書類を見た記憶もねーのに、勝手に受理すんな!」


 誰だよサインして受理したやつ!

公文書偽造は重罪だぞ!


「これも私の平穏と人類の為と思って諦めて下さい」


「そこに俺の平穏も含んでくれ!それに人類の為って何だ?本気で怖いから意味深な事を言うな!」


「あっ…………いいですか、あなたは何も聞かなかった、命が惜しかったら忘れる事です」


「ポロっと人の人生を終わらせる秘密を漏らすな!」


ゼーハーゼーハー

 突っ込みし過ぎて息切れするって、人生初だぞ!

なんなんだこれ?悪い冗談って事にして帰ってくれないかな、もう全部忘れるからさ……と言うか全部忘れたい


「では私はこれで帰りますので、後は全力で生き延びて下さいね」


「生きるのに全力が必要なのか!ちょっと待った、本当に待って!あっそうだ、俺は貧乏だから養えないぞ、ビバ貧乏やったね貧乏!」


「それは大丈夫です、特別予算が国会で受理されましたから、この子の生活費は使い放題ですよ」


「国の大事を一般市民に押し付けんなぁぁぁぁ!!」


 なんだよ国会って、どうせなら俺の人生を審議してくれよ!


「あっ、今のもオフレコでお願いしますね」


「言わねーよ!言っても誰も信じねーよ!つーかマジなのか?嘘だと言ってくれ!」


 冗談だよな?国家予算を使うような案件に、俺みたいな一般市民は相応しくないよな?


「いい忘れてましたけど、会社の方には退職届けを出しておいたので、専業主夫に専念して下さいね」


「人の職を勝手に変えるな!」


 流石に退職届けは洒落にならん!冗談の可能性が高いけど、もしも本当に出されていたら笑えならないから、電話で確認を……


ツーツーツー……

「あれ、繋がらない」


 携帯を見るが、電波は立っているのに繋がる気配がない

試しにネットを見ようとしたが、同じように繋がらない


「ああ、もう携帯の方も解約されていますよ、後日新しい携帯をお持ちしますので、暫くは我慢して下さい」


「……なぁ、嘘だよな?」


 わざわざ新しい携帯に変えさせるという事は、絶対何か仕込んでるよな?


「あなた一人の犠牲で全人類が助かるのですよ?何が不満なのですか」


「俺が犠牲になることが不満なんだよ!」


「尊い犠牲でした」


「過去形で言うな!……いや、この子本当になんなんだ?人類規模で何か出来るとは思えないし、よしんば出来たとしても、もっと相応しい環境があるだろ」


 少なくとも何の取り柄もないおっさんに預けるよりは、何倍もマシだろう?


「ハァー……解りました、一度しか言わないのでよく聞いて下さい」


女の真剣な表情に、ゴクリと唾を飲み込み身構える


「………………機密事項です」


「言えよ!そこは言えよ!」


「私みたいな末端の役人が知ってる訳ないでしょ?」


「嘘つけ!さっきから明らかに機密事項をポロポロ喋ってるだろうが!」


 末端なら、特別予算とか知ってるはずないだろ!


「あー、あれですか、適当にそれっぽいことを言っただけですよ」


 え?ドッキリ?やっぱりドッキリだったのか!

俺の人生は救われたのか、信じてもいいんだよな!


「そ、そうなのか?」


「はい、全部嘘です」


「なら、携帯が繋がらないのは」


「後日新しい携帯が届きます」


「この子が養子になったのや、会社に退職届けは」


「受理されました」


「特別予算」


「使い放題ですよ」


「全部本当じゃねーかぁぁぁぁ!!」


 返せよ俺の平凡な人生!

ぬか喜びさせやがって、こいつだけは許せない!


「じゃあ今度こそ本当に帰りますけど、明朝には引っ越しなので、そのつもりでいて下さいね」


「どこに?研究所か?」


 もう突っ込む気力も沸いて来ない


「いえ、セーフハウスです」


「ははっ、監視小屋の間違いじゃないのか?」


「…………」スタスタスタスタ……ガチャ……バタン


 無言で目を反らして帰りやがった

あの女絶対に覚えておけよ、出来る限りの嫌がらせをしてやるからな!


そして女の子を置いて帰ってるし……とりあえずこの子の面倒を見るのは本当なんだろうか?

ったく、俺がロリコンだったらどうする気だよ


 もう自棄だ、どうせ逃げられないならあの女も巻き添えにしてやる!


「えーと、希ちゃんだったよね?」


「……うん、おじちゃんが新しいパパなの?」


「おじちゃんはパパじゃないよ、希ちゃんの面倒を見る家政夫さんだ」


 こんな得体の知れない子供のパパになんかなれるか!

悪いな、俺は善人でも聖者でもないんだ、保険は掛けさせてもらう


「家政夫さんてなに?」


「家政夫さんはね、お部屋を掃除したり、希ちゃんにご飯やお菓子を作ったりする人だよ」


「お菓子作ってくれるの!すごーい!」


「これでも料理には自信があるんだ、好きな物をいっぱい作ってあげよう」


「ほんとー、やったー!」


 無邪気に喜ぶ姿は普通の子供にしか見えないな

虐待されていたと言うのも眉唾物だ、俺に対して怯えの色がない


「希ちゃんのママに頼まれたからね、精一杯頑張るよ」


「ママ?希にはママは居ないよ」


 うむ、親が居ないっていうのは本当だったみたいだな

だが好都合だ(暗黒微笑)


「なに言ってるんだい希ちゃん、さっき一緒に居た女の人が希ちゃんの本当のママだよ」


あれ(・・)ママだったの!?」


 絶対違うけど、あれがママだよ


「じゃあ捕まえなくっちゃ!みんなお願い、さっきのあれを持って来て!」


 天井見上げて言ってるけど、何に向かって言ってるんだ?

それにあれを持って来てって……おもちゃじゃないんだから


『アンギャァァォァァ!!』

『ベヒモフゥゥゥゥゥゥ!』

『モルスファァァァァ!!』

『みんな星になれぇぇぇ!』


 ……外から部屋がぶっ飛びそうな大音量が響いた

さ、最近のドッキリは手が込んでるなー、どデカい羽ばたき音や道路を踏み潰す重低音まで響いているぜ(現実逃避)


 破壊音が其処らかしこから聞こえるけど、幻聴かな?幻聴だな

車が壊された音と女性の悲鳴も聞こえる、どんどんその悲鳴が近付いてくるけど、誰だろう?(棒読み)

おっ、ドアが開けられてあれな女が放り込まれた


凄い無傷だ!一瞬ドアの向こうにでっかい怪物の指が見えたけど、傷付けずに運べるなんて器用なんだな!


「おかえり」


 感動の再会なのだ、爽やかな笑顔で出迎えてやった

対照的に女はこめかみをピクピクさせている、髪や服が乱れていて無様な格好だが

奇跡の生還なんだから喜べよ


「何を言ったのですか?」


「ねぇおじちゃん、やっぱりこれママじゃないよ、虫だよ」


 おっと、この子にはおもちゃじゃなくて虫に見えるのか

そーかそーか、この子には人間が虫に見えるんだ…………役人がワナワナと怒りに震えているけど、押し通そう!


「ママって…」

「あれー、おじちゃん間違えちゃったかな?でもせっかくだから、この虫をペットに飼わないかい?」


「飼っていいの!?」


「ちょっま…」

「もちろんだとも!この虫は掃除や洗濯をやってくれるから、とっても便利なんだぞ」


「すごーい、虫なのに賢いんだね!」


 絶句している役人に、俺は笑顔を向けた


「一緒に頑張ろうな」


「やってくれましたね」


 おっと睨むのはお門違(かどちが)いだ

怪物を呼び出すような少女を……一人で面倒なんて見れるかぁぁぁぁ!


「知ってるか?一人だと耐えられない苦しみも、二人だと半分になるらしいぞ」


(なす)り付け合って倍になりそうですけど」


「はははっ、俺が生き残る為に手を取り合おうじゃないか」


「そこに私が生き残るのは含まれてませんよね?」


「分かった正直に言おう、肉盾になってくれ!」


「いっそ清々しほどのゲスですね」


「ブーメランて知ってるか?俺の平穏を壊したんだ、諦めて一緒に頑張ろうぜ」


「なんで私がこんな目に……しくしく」


 泣いたって良いこと無いぞ

泣く暇があるなら、全力で生き延びる方法を考えるんだ、お前が言ったようにな!


「おじちゃん、お話長いの?」


 いかんいかん、希ちゃんを忘れていた

ご機嫌を取らなければ!


「冷蔵庫にプリンがあるから食べるかい?おじちゃんの手作りだぞ」


「食べるー!」


「ならそこで座って待ってな、すぐに持ってくるからな」


 俺が座卓を指差すと、はーいと言いながら希は座布団に座った

うんうん聞き分けがいい良い子じゃないか……これなら癇癪を起こされない限り生き延びられるな!


「ほら、お前にも手伝ってもらうぞ、それとも希の相手の方がいいか?」


「しくしくしくしく」


 口でしくしく言いながら来るな!

こいつ本当は余裕あるだろ


「なぁ、あの怪獣はなんなんだ?それに適応者って」


 プリンを盛り付けながら、ダメ元で聞いてみた

ちなみにマグカップで作ったから、かなり大きなプリンだ


「……一万人に一人」


「?」


「それが、あの子が人間に見える割合です……あの子の言う人間が何を指すかは分かっていませんけど」


 虫呼ばわりしてるもんなー……指だけしか見えなかったけど、あの馬鹿デカい怪獣を人間とか言わないでくれよ?


「もしかして適応者は、みんな希と同じ力があるのか?」


 怪獣を使役できる力、多分だけど召還する力もだろう

天井に向かってお願いしたら、突然現れたみたいだしな……そして今は気配すらない


「分かりません、今のところ力を使えるのはあの子だけですから」


「試しに俺も怪獣を呼んでみていいか?」


「絶 対 に 止 め て 下 さ い !」


 肩を鷲掴みされながら言われた

それにしても一万人に一人か、日本だけで一万人以上は居る計算になるな

それだけの人間が力に目覚めたら……あー、間違いなく人類は滅亡する

人が虫にしか見えてないんだ、簡単に踏み潰されるだろう


「大体の事情は解った、要するに……希は唯一の力を持ってるサンプルだから研究したいけど、虫の言う事なんか聞いてもらえないから、俺に仲介して欲しいって所か」


「……」


 無言は肯定と捉えるぞ

さてと、聞きたいことは教えてもらえたから、もういいか


「おい、帰っていいぞ」


「は?」


「憂さも晴らせたから帰っていいと言ったんだが、残るのか?」


「……では失礼します」スタスタスタスタ……ガチャ……バタン


 すげー、脇目も振らず早足で出ていった

よっぽど怖かったんだろうな、無理もないけど


───でも、俺は希が怖くないんだよな


 怪獣は怖いぞ、鳴き声だけで部屋が壊れそうなくらい揺れたからな

だけど希は怖くない、むしろ家族のような安心感がある


適応者だからだろうか?


「ほら希ちゃん、プリンアラモードだ」


「わぁー可愛いー!」


 デカいプリンにバニラアイス(市販品)を添えて、生クリームと果物でデコっている

俺が食べるつもりだったから、大きな皿に大盛りだ

食べきれないだろうが、その時は俺が食うので問題ない


「晩御飯もあるから、無理して食べきらなくてもいいぞ」


「はーい……おいしー!」


「そういえばカラメルソースもお手製なんだった、黒い所はコーヒーを混ぜてるんだけど大丈夫か?」


「ちょっと苦いけどおいしいよ!」


「そうかそうか、美味しいならいっぱい食え」


「うん!」


 可愛いなー、口いっぱいに頬張って食べてるし小動物みたいだ

お金も使い放題みたいだから、ただ世話するだけなら問題ないんだよな

料理もお菓子作りも好きだから、家事をするのにも抵抗ない


───怪獣さえいなければ、本当に夢のような職業なんだけどなー


「うぅー、おじちゃん」


「どうした……ああ、もうお腹いっぱいか」


 四分の一くらい食べてギブアップみたいだ

子供はすぐに腹いっぱいになるからな


「ごめんなさい」


「謝らなくていいぞ、残りはおじちゃんが食べるから心配すんな」


 逆に、怪獣くらい食べたらどうしようと思っていたから、普通の量で満腹になるなら嬉しい限りだ


「そうだ!みんなにも分けてあげなきゃ!」


「え?ちょっ…」

「みんなきてー!」


『アンギャァァォァァ!!』

『ベヒモフゥゥゥゥゥゥ!』

『モルスファァァァァ!!』

『みんな星になれぇぇぇ!』


 大音響と共に現れた四体の怪獣が、窓の外からじっとこちらを見ている

窓から指だけを入れようとしているけど、サイズ的に無理だからな!

て言うか、こんな量じゃ腹の足しにもならないだろ!


俺は恐怖のあまり、願わずにはいられなかった


───助けてウ◯トラマーーーン!!


『ジュワッ!!』


───本当に来るんじゃねーよ!帰れよ!!


『ジュ、ジュワァ!』


───寂しそうな声出すな!悪かったよ、お前も食えよ!


『ジュワッ!!!』


あーーもーーー、こいつら本当に何なんだよ!国会で俺の幸せを審議してくれよ!!




 



 

やったねオッサン、禍族が増えたよ

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[良い点] 名前が懐かしのわらべ。 主人公のツッコミが下手な漫才より面白かったです。 [気になる点] 最初に引き取った親戚はこんな規格外の子をどうやって虐待したんだろう? ウル〇ラマンは3分でプリンア…
[一言] ウルトラマン(正義)と怪物(悪役)が揃ったからヒーローごっこが出来るね!やったね♪
[良い点] テンポ良く読めて面白い。 [一言] 自宅で読んで良かったです。 職場で読んでいたら、個人的に大惨事でした。
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