第17話:銭湯の湯気と祖父の視線
俺、佐藤太一、18歳。この呪われたトイレに振り回される生活、もう何度目かの「もう限界だろ」って叫びも虚しく、毎回心を抉る場所に放り込まれる。最近は世界各国の料理にハマってて、それが腹痛の原因になってる気がする。昨日は彩花ちゃんがバイトするUNIQLOで恋心が穢れそうになったし、もう彩花ちゃん絡みは勘弁って思ってたけど……今回は家族絡みで別の意味で死にそうだ。
今日は昼に食った日本の「天ぷらそば」が胃の中でモヤモヤしてて、エビ天の油とそばの汁が腹をギュルギュル鳴らしてる。耐えきれずトイレに駆け込んだ俺は、ドアをガチャッと開けた。瞬間――。
「うおっ、銭湯!?」
目の前には、湯気がモクモク立ち上るタイル張りの浴場。熱い湯船から「チャプチャプ」って水音が響いてて、壁に貼られた富士山の絵が湯気でかすんでる。老人の常連さんたちが「いやぁ、いい湯だねぇ」とか言いながら肩まで浸かってて、洗い場では背中をゴシゴシ擦る音がしてる。で、俺はいつものように便器ごと、その浴場のど真ん中にポツンと出現。そして――湯船の端に、俺の実の祖父がいる。
「いや、マジかよ……じいちゃんがいる銭湯でトイレって、気まずすぎだろ!」
じいちゃん、70過ぎの佐藤家の大黒柱。白髪まじりの頭をタオルで拭きながら、「最近の若いもんは軟弱だなぁ」とか常連仲間に愚痴ってる。俺が小さい頃、よくこの銭湯に連れてってくれたっけ。そのじいちゃんが、俺を便器ごと見てる……わけねえよな? 「見えてるのは俺だけで、向こうからは見えない」ってルール、信じたい。でもこの近さ、湯気の湿気と天ぷらの油臭が混ざって、鼻がムズムズしてくる。距離、3メートルくらい。じいちゃんのシワだらけの顔が湯気越しに見えて、心臓バクバクだ。
浴場の空気が熱くて、便器の冷たさが逆に浮いてる。常連のおっちゃんが「腰が楽になったわい」とか言いながら湯船から上がってきて、俺のすぐ横を通り過ぎる。タオルで顔拭いてるけど、俺には気づかねえ。湯気の向こうで、別の爺さんが「昔はなぁ」と昔話始めてるのが聞こえる。こんな和やかな空間で用を足すとか、羞恥心が銭湯の湯気より濃い。天ぷらそばの油っぽさが鼻に残ってるのも、じいちゃんの前じゃ申し訳なくて泣きそうだ。
腹の中じゃ、エビ天の重さとそばの汁がグチャグチャ暴れてる。時間がない。こんな場所でミッションとか、心が家族愛と緊張で爆発しそう。じいちゃんが「太一の奴、最近どうしてるかなぁ」と俺の名前出してきて、常連仲間が「元気ならそれでいいよ」と笑ってる中、俺は必死に腹に力を入れる。
「おっ、おっ、おっ……頼む、出てくれ!」
その時、じいちゃんが湯船から立ち上がって、俺の方に近づいてきた。やばい、見つかる!? 俺は慌てて息を止めて固まる。でもじいちゃん、俺をスルーして洗い場に移動して、「シャワー浴びるか」って呟いた。見えてねえよな……よな? でもその瞬間、湯気の流れが変わって熱気が顔に直撃。目がチカチカして、くしゃみが出そうになったのをグッと堪えた。
湯船の水音に紛れて、俺の腹が「ぐぅうう」って鳴った。じいちゃんが一瞬「ん?」って顔して首傾げた。やばい、音でバレる!?
ぷすっ。
「……ミッションクリアー、通常トイレに戻ります」
光がパッと弾けて、俺はアパートの狭いトイレに帰還。換気扇のブーンって音と便器の冷たさが、いつも以上に現実に戻してくる。全身汗だくで、天ぷらの油臭と銭湯の湿気が混ざって混乱してる。とりあえず便器から立ち上がって、トイレのドアをそっと閉めた。腹痛も収まって、やっとひと息つけた俺は、ベッドにドサッと座ってスマホを手に取った。
「じいちゃん、元気かな……」
何となく気になって、じいちゃんに電話をかけてみる。数コールで繋がって、懐かしい声が耳に飛び込んできた。
「おお、太一か! おお~、わしも今、お前に電話しようと思ったんじゃ。ちょうどいつもの銭湯行っててのぉ、なんかお前の気配感じて……あ~いや、気のせいじゃろ。元気ならそれで良いわい」
「……え、マジ? じいちゃん、今銭湯にいたの?」
「ああ、さっきまで浸かってた。常連の爺さんたちと話しててな。お前、どうしてる?」
「う、うん、元気だよ。じいちゃんも元気そうで良かった……」
電話越しにじいちゃんの笑い声が響いて、俺は苦笑いしながら通話を切った。あの「気配」って、まさか俺のことか? いや、見えてねえはずだよな。でも、じいちゃんの言葉が妙に引っかかって、心がモヤモヤする。
「ったく、次はどこだよ……もう家族絡みは絶対勘弁してくれ」
天ぷらそばは当分食わねえと思いながら、俺はベッドに寝転がった。でも、次にトイレのドアを開けるのが、やっぱり怖いんだよな、これ。