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親の顔が見てみたい

【主な登場人物】

大岐(おおき) 和珠(なごみ)

主人公。幸せ宅配部の部員。ネガティブ男。パンツの柄はアマゾン柄。


・オルデュール

和珠を『死ねない体』にした自称天使。やることなすことがアホの子症候群。


時瀬(ときせ) 華撫(かなで)

幸せ宅配部の部長。家が神社。言うことが厳しい。今回の合宿の企画者。


昏名井(くれない) 結璃(ゆうり)

幸せ宅配部の部員。実はまだ部員には昇格しておらず、しかも仮入部である事実を周りから忘れ去られている。


月座(つきざ) 繭羽(まゆは)

幸せ宅配部の部員。2年生で生徒会に所属している。ゆるふわな非処女。


小豆沢(あずさわ) 碧斗(あおと)

幸せ宅配部の部員。『一欠片の薄氷は淡く光る』と書いて『アブレイズ・シアン』と読むことからあだ名は『あぶしー』。高校生でも中二病。


◆時瀬家

時瀬(ときせ) 春子(はるこ)

華撫の母。まるで聖母。料理上手。


時瀬(ときせ) 昂太朗(こうたろう)

華撫の父。背が高い。郷山神社の神主。

 


 今日で連休前の学校が終わった。時計は午後8時を指している。明日からゴールデンウィークだ。みんな大好きの連休である。

 だが、俺は外出届を出すのが面倒だからという理由で実家にも帰らず、何処にも出掛ける予定はない。運動部は遠征だとか短期合宿に行くのだろうか。残念ながらそのような青春と俺の距離はとても遠い。リア充という生き物を心の中で呪うしか出来ないのだ。


 2週間後に迫った定期テストの勉強をしようかと寮の自室を見上げる。布団がふかふかすぎて起き上がりたくない。柔らかい羽毛に体の全てを預けて、呻き声を漏らす。


「テスト…嫌だ…しんどい、むり」

「ねぇ…、推しカプが尊すぎて死にそうになってる腐女子みたいね。そんなこと言ってたら卒業は不可能よ?」

「…知ってる。やるしかないんだろ?」

「何ならボクが手伝ってあげようかしら」

「丁重にお断りだ」


 俺に変な呪いを押し付けた自称天使がフッと笑う。日本語が読めない癖に調子に乗るんじゃない。

 布団から起き上がろうとすると、枕元に置いたスマートフォンがバイブレーションした。通話のマークが浮かぶそれを手に取り、応答する。登録していない番号のようだ。


「…誰だ?」

「やっほー。私だよ、時瀬。もしかして私の名前って登録してなかったの?馬鹿だね」

「悪い。今しとくわ」


 更っと罵られた気がするが、いちいち相手にしてたら時瀬との会話は成り立たないので頭越しにする。

 部活を作った際に、時瀬と連絡先を交換したことをすっかり忘れていた。俺は使い方を全くもって把握していなかった為、時瀬に委ねたが、どうやら名前までは登録されていなかったらしい。通話しながら、設定を変更し、『時瀬華撫』の四文字を入力する。


「で、俺に掛けてきたってことは何か用件があるんだろ?くだらないことだったら切るぞ」

「別にくだらなくはないよ。合宿をしようと思ってさ。やっぱ大岐くんにはチャットじゃなくて話しておいた方が良いかなって思ったわけ」

「は?合宿?何処で?」

「流石に宿は取れないから私の家だよ。丁度帰って親に許可取ったから問題ないよ」

「家に帰った!?は!?学校終わって学食で食べたのさっきだぞ!?この短時間でなぜ!?」

「うっさい。誰と勘違いしているか知らないけど、私夕食取ってないよ?あと、学校から私の実家って結構近いし。それにこの前、私の親の顔が見てみたいとかほざいていたじゃない」


 だから、そういう問題じゃない。顧問や寮母に外出届けだとか許諾だとか色々する時間があるだろう。こんな簡単に外に出られていいのか。


「昏名井さんや小豆沢くんたちとも連絡先を交換してチャット作ったから、続きはそっちで見てね。何か質問はある?」

「有りすぎだが…。その合宿ってもしかして明日からか?」

「もちのろん。欠席は不可能だから。じゃあ、またチャットで連絡するね」


 切られた、一方的に。

 プツーと間抜けた音がこだまする。急すぎて俺の頭が正常を保てそうにない。

 青春を謳歌する者たちへ憎悪を抱いたことがフラグとなったのだろうかと当惑を感じる。


「合宿ですって?何だか楽しそうね」

「言葉の響き自体は青春なんだがなぁ…。あいつが企てた事実だから不安でしかない」

「それはそうとして、また和珠のケータイが鳴ってるわよ?今度は電話じゃなくてメールのようね。返信してあげたら?」


 学校が用意した学内専用のチャットアプリで、新規グループが作られていた。いつものメンバーの名前が表示され、その下に時瀬が住所を書き込んでいた。

 それをコピーペーストして、地図アプリで見てみる。どうやら本当に学校からバス1本で行けるらしく、しかも所要時間も40分程度らしい。寮に入る意味を問いたくなるが、ここは全寮制なのが校則である故に、入らざるを得なかったのだろう。


『明日、朝10時に私の家ね』


 短く打たれたメッセージにため息をつく。とりあえず、グループから月座先輩の連絡先を追加して通話のボタンを押す。

 3回程コールが鳴ったあと、あのふんわりした声が耳を擽る。


「まゆだよ」

「…夜にすみません。先輩、外出届の出し方教えてくれませんか?」

「いいよ。あれってやっぱ分からないよね。結璃ちゃんとあぶしーにも教えた方がいいかな?まゆから声かける?」

「助かります…」


 合流場所を決めて、通話を切る。

 月座先輩が口にした『あぶしー』という謎の人物について数分考えてしまった。

 …あいつだ。アブレイズなんとかさんこと小豆沢碧斗だ。



 次の日。

 無事に外出届を出した俺たちは、学校最寄りの駅からバスに乗り、時瀬の家の近くまで来ていた。

 もうすぐ5月。初夏とも呼ばれるだけあり、長袖は少しだけ暑い。着替えは全て長袖にしてしまったのが少し後悔だ。額に滲む汗をジャケットの袖で拭う。


「あぶしー…、暑そうだよ?まゆが荷物持ってあげるから脱いだら?」


 月座先輩にそう言われるのも当たり前。このやや汗ばむ季節だと言うのに、小豆沢は双剣で無双するラノベ主人公のような、襟付きの黒いジャケットを羽織っていた。丈が膝下ぐらいまである。オマケに謎の手袋と重そうなズボンも、見るからに痛々しいし、暑苦しい。何処で買ったんだ、それ。


「これはオレなりの正装だから大丈夫ですよ、月座先輩」

「何が正装だ。仮にも人の家に上がりに行くんだぞ?あいつの親だ。きっと皮肉でも言われるに違いない」

「…分かった、脱ぐから待っててくれ」


 ジャケット脱ぐと、小豆沢の上半身はタンクトップ1枚になる。いや、おかしいだろ。コートが暑かったからタンクトップにしたのだろうと俺は推測するが、TPOを弁えていない。真冬にTシャツ1枚で登校する小学生じゃないんだから。


「やっぱお前着てろ」

「我が同胞(コムラード)よ、どちらかにしたまえ」

「やめろ!俺をお前の同胞にすんな!あ、眼帯と手袋も外しておけよ?」

「手袋ではない。穴あきグローブだ」


 そんなこと知らん。

 俺に言われた通り、律儀に小豆沢は眼帯と手袋を取る。コートとズボンを除けば大分まともになった。


「それにしても…地図に従って歩いてきましたけど、結構田舎ですね。民家も少ないですし心配になってきました。この道で合ってるのでしょうか」

「結璃ちゃん、それちょっと見せて。…うーん、この近くよね。時瀬さんの家って」


 後方には大きな富士山。学校があるのも結構な田舎だが、この土地もそこに通じるものを感じる。三階建て以上の建物は無いし、コンビニは存在しないし、歩けば田んぼと家しかない。

 特に、俺はずっと都会で過ごしてきたから、空気が澄んだこの土地は新鮮だ。


 昏名井と月座先輩に続いてぼちぼちバス停から歩いてきたが、ここで彼女の足が止まる。因みに俺は地図を読むのが苦手だ。方向音痴とも定評がある。


「地図だとここよね…?時瀬さんの家」

「えっと…こうやまって読むのでしょうか?郷山(こうやま)神社?」


 街にぽつりとあるような小さな神社だ。決して廃れている訳ではなく、人の手入れが行き届いている。階段を数段登ったところに境内がありそうだ。


「入ってみましょうか、と言いたいところですけど。…オルデュールちゃんって大丈夫ですか?幽霊ってこの中、入れます?」

「大丈夫よ。多分だけどね!」

「多分じゃねーよ!?なんでそんな自信に満ち溢れているんだよ!?お前が致命傷を負うと俺に全部痛覚が来る契約だっただろうが!」

「…契約?」


 しまった。小豆沢に俺とオルデュールの関係性を伝えることを忘れていた。如何にも、この男は『契約』だとか『呪い』といった単語が好きそうな顔をしている。厨二単語で遊ばれるのはかなり面倒くさい。

 俺の気持ちをつゆ知らず、オルデュールは小豆沢に解説し始める。


「和珠が死のうとするから、可愛いボクの力を分け与えて死ねないように呪いを施したのよ。その代わりに、ボクが消えかけたら、和珠の生身の体が痛みを全て背負うってやつね。この契約を破棄したくても、和珠がボクを殺すことが出来なくなっているわ。なかなかでしょう?」

「…正に霊に選ばれし者(プロビジョン)だな」

「選ばれたくて選ばれた訳じゃないんだよなぁ…」


 このままじゃ埒があかないので、俺はオルデュールに言い放つ。

「指先で良いからそこの鳥居に触れてみろ。やばかったら退避だ。俺とオルデュールはインフルエンザで合宿不参加ってことにしておいてくれ」

「もうちょっとまともな言い訳を考えて欲しいものね。ボクぐらい可愛い天使はウイルスになんて負けないわよ?」


 訳の分からないことを呟きながら、恐る恐るオルデュールの細い指先が鳥居に触れる。

 俺は痛みを覚悟したが、襲ってくる様子は無かった。オルデュール本人も何ともないように見える。


「何か大丈夫そうよ?」

「随分と心の広い神様ですね。神様の領域には異物は入れないかと思ってました。それはともあれ、良かったです」

「誰が異物よ!せめて遺物にして欲しいわ。それに、ボクは幽霊じゃなくて、通りすがりのぷわぷわ天使だって何回言ったら分かるのかしら?」

「もう天使でも何でも良いからさ…。取り敢えず中に入ってここが時瀬の家か確認だ」

「ぎゃあっ…!!ちょっと和珠!離しなさいよ!」


 オルデュールを脇に抱える。そして、鳥居の前で一礼。そこを抜けて石段を登る。やはり、俺とオルデュールの体には異変は無し。

 しかし、オルデュールが勝手に行動されることは、俺からしたら不安でしかない。学校とここは違うのだから。


「知ってるかな?神社では端を歩くのよ。真ん中は神様の通り道なんだって」

「あ、それわたしも聞いたことあります。大勢で来るとつい横に広がってしまいますよね」


 石段を登りきると広々とした参道に出る。俺たち以外に、境内に人の姿は見られない。

 月座先輩の言う通りに、なるべく端を歩きながら社務所を探すと直ぐに見つかる。隅々まで観察するものの、表札らしきものは見当たらない。社務所自体も、人が来ないからか、シャッターは開いているものの人の気配がしない。


「社務所のだと思いますが、インターホンはあるみたいですね。尋ねてみましょうか。…で、誰が押します?」

「そうだ、ジャンケンで決めよう」

「誰が好きなラノベのセリフを引用して良いって言いましたか、小豆沢くん。でもここはジャンケンしかないですかね。ここが時瀬さんの家と違ったらどうします?恥ずかしい思いをするのは散々ですよ」

「適当に境内を案内して貰えばいいんじゃないか?学校の地域調べの課題だと偽ってさ」

「何処の小学生ですか…」


「随分と騒がしいね」


 俺らが話していると、いきなり社務所の扉が開いた。顔を覗かせたのは見慣れたあの顔。我部の部長である時瀬華撫だ。

 白のブラウスに紺のスカートと私服である。普段は制服の姿しか見ていないので違和感しかない。


「大岐くん、鳥居をくぐっても生きてたんだ」

「お前が来いって言ったんだろ!?」

「裏から入れば良いのに。ここは見ての通り社務所で、裏が私の家。まあ、繋がってるからどちらからでも変わらないんだけどね」

「裏があるならそう言ってくれよな!?」


 俺と時瀬が話していると、奥から「華撫の友達か」と、渋い声が聞こえてきた。扉を全開にして、その人は俺たちの前に出てくる。


「紹介するね。私の父だよ。ここの神主やってるんだ。父さん、この人たちは私の部活の部員だよ」


 時瀬の父は、紫の袴を着ていて、背が西洋人のように高い。俺の隣で棒立ちしてる厨二病野郎も高い方だが、時瀬父は180近くあるだろう。そして、思ったよりも若かった。声に貫禄があるのでギャップを感じてしまう。俺たちを一通り眺めると「華撫がいつもお世話になってます」と頭を下げた。


「君、名前は?」


 時瀬の父親は俺に問う。俺は反射的に「大岐和珠です」と答えた。小学生時代、散々嫌な思いをしたので、フルネームで名乗るのはそこまで好きじゃない。


「やっぱり君か。憑かれてるね」

「…?これ、じゃなくて?」


 親指でオルデュールを指すが、時瀬父は首を横に振る。隣で「これって何よ!ぷわぷわ天使と呼びなさい!」と聞こえるけど無視。神道の家系なのだから、時瀬家の人がオルデュールの姿が視認できるのも納得だ。


「ちょっと君だけこっち来て。後は悪いが…、華撫。お友達と客間でお茶して待っててくれるか。あとこの荷物も運んでやって」

「う、うん」


 時瀬本人も状況がよく分からないようで、曖昧に返事をする。着替えが入った荷物を玄関で肩から下ろす。

 俺は、「こっちだ」と手招きする時瀬父の後ろを追う。

 オルデュールは自己判断で、俺に付いていくべきと考えたのか、俺から数歩離れて付いてきた。


 着いた場所は台所だった。予め準備しておいたのか、木の桶と何かが入ったコップを、時瀬父は俺に渡す。


「いいか、これを全て飲み干しなさい。それまで桶に吐いては駄目だよ」

「これって…食塩水じゃない…。大丈夫なのかしら?」

「彼が飲む分には何も問題はないよ。安心して」


 言われるまま俺は口を付ける。しょっぱいを通り越して、口内に辛さが広がる。物凄く不味い。昔、本でナチスが海水を人に与え続けるという実験の話を読んだことある。こんなのを飲まされれば、床を拭き終わった水を舐めたくなるのも納得だ。まあ、俺が言えるような身分では無いけど。


 涙目になりながら飲み干すと、胃の奥から、何かが蠢くような気配がした。突発的に、桶にそれらを吐き出す。どうでもいいが、ヒロインがこの行為をすることをゲロインと言われるらしい。

 呼吸が乱れ、胃から黒いものがせり上がる。幼い頃やったウイルス性胃腸炎を連想してしまう。肺と胃が苦しい。俺は吐き気が治まるのを待つ。


「よーく、息を吸って。吐いて。もう大丈夫だよ」


 時瀬父が優しく声を掛けながら、俺の背中を摩る。

 呼吸を整えると、吐く前と比べて肩が軽くなっているように感じた。まるで生まれ変わったようだ。


「お疲れ様。見てみるか?和珠くんの中にいたモノ」

「俺の中に?」

「ちょっと衝撃的かもしれないけど。君のような体質だったら、見ておいた方が良いかもね」


 衝撃的というワードに不可解に感じながらも、俺は桶を覗く。

 先程吐いた木桶の中には、今朝俺が食べた学食のモーニングセット(税込290円)ではなかった。


 ーーーー女の物と思われる真っ黒く長い髪の毛と爪の塊。それらが墨汁に浸したように、桶の中で漂っていた。


「ひぃっ…!?うわぁ…何ですか、これ」

「本当に衝撃的ね。やっぱこういうのと比べるとボクの可愛さが再確認出来て良いわ!」

「そういう問題じゃないだろう…。うっ…。また吐きたくなってきた」


 時瀬父は、桶の上に新聞紙を乗せ、そこから塩を振る。汚染された吐瀉物を清めるのだろう。

 そしてぽつりと、独りごちるように言葉を零す。


「人の負の感情に、こいつらは寄って来るんだ。少なからず、和珠くんは『死にたい』って思ったことがあるだろう?」

「まあ…否定出来ませんね。だから俺の隣にこいつがいる訳ですし」

「こいつじゃなくて、ぷわぷわ天使でしょう?」

「うるせぇオルデュール(ゴミ)


 俺と自称天使のやり取りに、時瀬父は微笑む。オルデュールのこの姿を訝しんだり、吟味立てたりしないのは、こちらも説明を窮するので有難く感じる。流石、プロフェッショナルだ。


「華撫はどうだ?相変わらず生意気だろう?」

「物凄く生意気で高飛車で、この間は時瀬の制服を着せられて80度のお茶を顔面にぶっ掛けられました」


 素直に伝えると「…それは本当か?」と時瀬父は、オルデュールに俺が言ったことについての確認を取る。自称ぷわぷわ天使は「和珠が言ってることは間違いじゃないわ」と答えた。


「うちの華撫がすまない…。昔からあの性格は変わらなくてな。いつも仲良くしてくれてありがとう」

「本当のことですけど、やめてください…!頭は上げてください!俺はそこまで気にしてないんで…」


 気にしてないと言えば嘘になるが、親を責めてもあまり意味はない。そもそもやり返せない俺が駄目なのだから。

 深々と頭を下げる時瀬父に申し訳なってきた。これ以上続けたら、時瀬華撫の悪口に発展しそうだ。俺は話題を逸らすべく、オルデュールについて質問をする。


「こいつの正体って、分かります?本当に霊なんですか?」

「多分幽霊だと思うけど。保証は出来ないなぁ」

「…何者なんだよお前」

「だから天使なのよ、ボクは。こんなに可愛い幽霊がいたらお盆休みの心霊番組がバラエティになるでしょう?」

「…うーん。天使ではないと僕は思うけどなぁ」


 神主に否定されて「ぐぬぬ」と呻くオルデュール。心做しか、心霊番組が、オルデュールのような頭の弱い霊で特集されるというのに興味を持ってしまった。何それ、凄く面白そう。

 時瀬父は、先程の発言に付け加える。


「これだけは、僕から言えるかな」

「あら?どんなことかしら」


「君が自分の名前を取り戻したらの話だ。そうしたら、恐らく、この世界からは消えるだろうね」


 オルデュールは沈黙する。名前も、記憶も、何もかもが前世と乖離した彼女は黙る。だが、何かを悟ったように彼女の目は微笑みを表した。


「ボクのことが憎かったら、記憶を探す手伝いをしてあげてもいいんじゃないかしら?」

「別に憎いわけじゃない。ただ、そのキンキンした声と発言がウザいだけだ」

「あれ?ひょっとして和珠デレたの?」

「デレてねぇよ!?」


 時瀬父は表情を綻ばせ、立ち上がった。

「僕がしたかったことはこれだけだ。少しだけ楽になっただろ?」

「…ああ、ありがとうございます。えっと…時瀬の親父さん」

時瀬(ときせ)昂太朗(こうたろう)だ。下の名前で読んでくれても構わないぞ、和珠くん」

「…昂太朗さん、ですか。恥ずかしくないです?」

「いや。可愛い娘の友人に慕って貰えて嬉しいよ。…皆も待ってるだろうし、客間に案内するね。」


 時瀬父の後に付いていく。その移動中にも昂太朗さんは俺に話かける。

「華撫からはお泊まり会って聞いたんだが、まさか男の子を二人も連れて来るなんて思わなかったよ。で、ここで何をするんだ?」

「娘さんから聞いてないのかよ!?」

「さっぱりだね。部活の仲間らしいことは把握してるよ?何の部活?」

「…幸せ宅配部っていう部活です」

「凄い名前だな…。どんな活動をするんだ?」

「ボクみたいな可愛い天使のいれたお茶を飲む部活よ!舌が肥えて、お茶のソムリエになれるわ」

「これの言うことは間違って無いから否定出来ないんだよなぁ…」


 部活らしいことはともかく、活動内容が本当に無い。この合宿でそれらしいことしたいものだ。しかし、それらしいことってなんだ?幸せを宅配するのって慈善事業とそう変わらなくないか?

 あと、ちゃっかり時瀬の奴。合宿ではなくてお泊まり会と聞こえたのだが。


「ここが客間だ。母さんが昼食を準備しているからもう少しだけ待ってて。ご飯を食べたらここの中を案内しよう」

「ありがとうございます」


 昂太朗さんにお辞儀する。客間の襖を開けて、入室するといつもの顔ぶれがお茶とお菓子に舌鼓を打っていた。高そうな茶菓子である。


「あ、大岐くんお帰り。何してたの?」

 ハムスターのようにそれを頬張りながら時瀬がもごもご言う。

 席を見回すと、昏名井の隣が開いていたので、そこに座る。「ここいいか?」と聞くと、親切に部屋の隅から座布団を取ってきて置いてくれた。

 俺はお礼を言ってそこに座り、時瀬に向かい合う。


「台所で除霊して貰ってた」

「…その割にはオルデュールは消えてないみたいだけど」

「違う、そうじゃないわ、性悪。この可愛いボクじゃなくて、和珠がボクと出逢う前に憑かれていたやつよ。ちなみに三体もいたわ」

「それは初耳だぞ!?」


 またあの桶の中にあった黒い髪と爪の欠片を思い出して身震いする。軽くアレはグロ画像だ。もし俺に耐性が無かったから、アレが原因で心的外傷後ストレス障害に悩まされていると言っても過言ではない。


「大岐くんって憑かれやすい体質なんですかね?しかし…。時瀬さんは家系の関係でオルデュールちゃんのことが見えるって納得出来ますけど、わたしや繭羽先輩、小豆沢くんが霊の姿を捉えられるのはどうしてなのでしょうか?」

「お前、これ以外のも見えるのか?」

「はい。見えますよ?」

「小豆沢も、…もしかして月座先輩も?」


 俺が問うと、小豆沢と月座先輩はこくりと肯定する。

 そんな。そんな馬鹿な…。この部活は霊感ガールとボーイの結集で、その中で俺はオルデュールしか見えない(・・・・・・)のか。


「あれ、もしかして大岐くん見えなかったりします?」

「…嘘だろ?」


 世の中には見えてはならないものを視認できる人が一部だが、確かに存在している。

 もうお分かりだと思うが、俺は全く見えない。子どもの頃、友人と出ると噂の廃墟に侵入したことがあった。しかし、俺も友人もお化けが怖いと言うよりも、朽ちた床に怯えたぐらいでそれっぽい体験はしたことがない。オカルト好きの妹も、好きなだけで見えてはいないだろう。


「えっと…。本当に見えてないのかな?」

「お前ら、霊が見えるからって理由で中学不登校になってこの学校に来たって展開か?」

「何ですかその夏目系女子みたいな展開。そんな訳無いでしょう。プライベートには踏み込まないでくださいよ」


 違ったらしい。俺だって過去の話は掘り起こしたくないので、それ以上は追求しない。

 状況を見計らったかのように、時瀬の母だろうか。時瀬と同じ切れ長の奥二重の女性が客間に入室する。ただ時瀬と異なり、太陽の日差しを注ぐ聖母のように温かいオーラがする。


「お昼ご飯持って来たわよ。華撫がお友達が連れてきたって言うからお寿司にしたの」

「やめてよ、母さん。友達じゃなくて部員だって」

「時瀬さんと友達になれないのは分かってますけど、地味に傷付くからやめてくれます!?…それはともあれ、時瀬さんのお母さんですか?お若いですね」

「うふふ。お世辞は結構よ。華撫の母の、時瀬 春子(はるこ)です。ごゆっくり楽しんでね」


 机の上にちらし寿司を置き、にこやかに時瀬母は退室。

 再び沈黙になる。空気を読まないオルデュールと月座先輩が蓋を開けて、その中身に感嘆する。


「凄いわね。これって、本当にボクたちが全部食べても良いのかしら…?」

「…おいしそうね。そう言えば、まゆたち全く聞いていないんだけど、合宿って何するの?」

「え、勉強合宿だけど。中間考査の対策も含めてさ」

「部活ですらなかった!?」

「あれ、話してなかったっけ?」

「聞いてねぇよ!?だったらこのメンバーに拘らなくても良かったんじゃないのか!?」

「え。だって私、友達いないし」


 唇を尖らせて目を逸らされる。

 勉強合宿と事前に言ってくれたのならば、教科書や何やら持ってきたのに。残念ながら勉強道具1式を自室に置いてきてしまった。どちらにせよ、ゴールデンウィークは勉強しようと思ったので後悔に暮れる。


 昏名井が小皿にちらし寿司をよそいながらさりげなく、

「時瀬さん友達いないなら、わたしとなりましょうよ」

「ここは隣人部じゃないよ。勘違いしないで」

 きっぱりと断っていた。友達を作る気があるのか懐疑してしまう。


「そんなこと言ってるから友達が出来ないんじゃないのか」

「いいの。放っておいて。それで、合宿のことだけどどうしようか。本当に勉強道具持ってきてないの?」

「あ、オレあります」

「何故小豆沢だけ持ってる!?」

「私もあるよ。コピーするにもコンビニまで行くのは遠いし。連休明けたら部活出来ないし、思い切って、試験前最後の部活やっちゃうか」

「因みに、時瀬さんの家からコンビニまでどれぐらいあるんです?」

「歩いて30分。チャリだと5分かな」

「…その自転車どんなスピードで走ってるんだ?」

 色々と不安になる速度だった。


「入っていいかー」と襖の奥から昂太朗さんの声が聞こえた。娘の返答も待たずに、それを開いて、客間に上がる。


「父さん勝手に入って来ないで」

「別に良いじゃないか。話は大体分かった。合宿を企画したが、やることがなくて困惑しているんだろ?」

「まあ、そうだね。何かアイディアを私にくれるの?」

「ああ。僕から君たちに部活の名前に沿った仕事を与えたい」


 昂太朗さんは胸を張って、自信満々に呟く。

「この神社で、連休中だけお手伝いをしてみないか?」


「確か非処女って巫女さん出来ないんじゃないでしたっけ」

 昏名井がぽつりと言葉を零すと、皆の視線が月座先輩に向く。


 一体どうなることやら。

近々短編を書きたい。

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