高校生でも病を患う
【主な登場人物】
・大岐 和珠
本作品の主人公。幸せ宅配部の部員。平穏に生きたい鬱病予備軍。オルデュールにかけられた呪いを解く為に、ハッピーなライフを目指している。
・オルデュール
一応ヒロインだが、最近の台詞の量は時瀬に負けている。和珠に『死ねない体』になる呪いをかけた。
・時瀬 華撫
幸せ宅配部の部長。毒舌。クラス内で会話するのは和珠のみ。性格に難がある為か友達が出来ないが、本人は特に気にしていないらしい。
・昏名井 結璃
幸せ宅配部の仮入部員。染めた金髪をポニーテールに結っている。基本的に敬語口調で話し、性格はかなり大人しい方。実は厨二病に関した話題が好き。
・月座 繭羽
幸せ宅配部の部員。部員の中で唯一、2年生で生徒会役員も務める。今回出番は少なめ。あざとい非処女。
・小豆沢 碧斗
左目を眼帯で封じている。真名は|一欠片の薄氷は淡く光る(アブレイズ・シアン)。もちろん邪気眼を演じた、ただの一般人。
・灰田 礼依
1年B組の担任教師で幸せ宅配部の顧問。教科は社会科(世界史・倫理)。小豆沢との関係は知り合いの息子らしい。お胸が大きい。
4月も下旬に差し掛かり。
時間帯は放課後。俺は職員室内にある、会議室にいた。会議室と言っても内閣が集うような絵に書いた立派なものではない。8畳もなく、実家の自室とそんな変わらない大きさの部屋だ。まだ配布されていない資料集や模試の案内が積まれた机がやたらと存在感がある。
そこで俺は担任と向かい合い、二者面談をしていた。
担任教師の名前は、灰田礼依先生。担当教科は世界史や倫理を初めとした社会科目だ。
時瀬や昏名井が好む学園ラブコメなラノベによくいそうな、黒のパンツスーツに巨乳という容姿をしている。長い髪をバレッタで留めているのが素敵だ。丁寧に染めらたブラウンの色の髪がとてもよく似合っている、
「で、大岐。学校生活はどうだ?中学の頃は不登校だったと聞いているが、勉強は付いていけてるか」
「不登校って言っても3年生の時だけですし、ここの学校は復習から見てくれるから全然問題ないです。強いて言うなら人間関係ですかね」
「部活はもう入っているようだが、人仲良くはないのか?」
「あいつらは友達にカウントしたくないです。あくまで知り合いですよ」
時瀬も昏名井も、最近入った月座先輩も友達と呼ぶには距離感が遠い気がする。昏名井は部活内では常識人の方に分類してもいいが、あの敬語口調では親しくなるのは難易度が高い。見えない壁を感じてしまうものだ。
なんと言っても、今の俺はクラス内で1人も友達がいない。いわゆる、ぼっちという状態だ。どんなに小声でもオルデュールと会話していれば独り言が激しい奴だと思われてしまう。距離を置かれるのは当然だろう。
しかも、唯一話すのが左隣の時瀬華撫だという事実は非常に皮肉である。正確に言うならば、俺が話す気がなくても、あの女が一方的に話題を投げてくるのだが。どうでもいいが、時瀬も俺と同様、友達がいない。
「この間は大変だったな。月座の要望もあってなるべく穏便にしたかったのだが、やはり無理そうだ」
「田中くんさんじゃなかった、…田中先輩の処罰はどうなるんです?」
「退学だな。あんな奴野放しにしておけない。まあ、他の生徒には詳細は話さないから安心してくれ。彼女と部活内での暴力未遂事件は、責任を持ってプライバシーを守る」
他の生徒に話が漏れることは、月座先輩も望んでいないと考えられる。実際、大事にはしたくないって言ってたしな。先生がそう判断されるのなら、本当に安心できるだろう。
そのまま灰田先生は続ける。
「それより、部活の方はどうだ?生徒会の力を借りても、部員は5人いないと形式上は厳しいだろう」
「ですよね…。俺はこれ以上頭のネジがひとつ足りない奴らの介護は懲り懲りですし。欲を出すなら、女ばかりなんで男の部員が欲しいですね…。できれば同い年で」
「だと思ってさ、大岐に紹介したい奴がいるんだ。まだ部活が決まってなくて、かなり焦っていたからお前の…なんだったか…『幸せ宅配部』とやらを紹介しておいたぞ。まあ、仮にも私は顧問だしな」
「え?マジですか?」
「マジだ」
灰田先生が紹介したい生徒ってどんな人だろう。これで少しだけ交友関係が広がれば、これからの学校生活が明るくなる可能性がある。ここは一縷の望みをかけてみよう。
「私の知り合いの息子なんだがな。1年A組だから、大岐のところの昏名井と同じクラスのはずだ。面談の後、部活だろう?多分部室に見学しに行ってると思う」
「どんな人です?俺と仲良く出来ると思いますか?」
「それは出会ってからのお楽しみだ。入部条件らしいあの絵が上手いポスターの、モザイク少女が見えるとは言っていたぞ。しかし…あのポスターの意図はなんだ?今期アニメの宣伝か?」
「まあ…ちょっとした遊び心ですよ」
俺に変な呪いを押し付けた幽霊ですよ、とは言えない。俺は目を逸らして誤魔化す。
誰でもオルデュールの姿が見えるのではないかと錯覚していたが、取り越し苦労らしい。これ以上、あの奇声幽霊が視認できる人物が増えたら、こちらの事情も伝えなくちゃならない上に、変にロリコン認定されるから非常に困る。
「丁度10分だな。貴重な時間を取って悪かった。困ったことがあったら気軽に私を頼ってくれ」
「こちらこそ面談ありがとうございました。失礼します」
出身中学から送られてきたらしい調査書のようなものを先生は閉じ、俺の次に面談をする生徒の書類を準備し始める。この面談は出席番号順且つ、全員強制参加だ。因みに、俺の後ろの人の名前は知らない。大体今の席は1番後ろだし。
俺はその場を立って一礼すると、旧校舎にある部室へ足を運んだ。
「遅くなった」
ガラッと、部室のドアをスライドする。
珍しく無言空間ではなく、オルデュールを追加したいつものメンバーと、そして見知らぬ男子生徒で談笑しているようだった。
男子生徒は灰田先生の知り合いの息子だろう。俺よりも背が高く、中性的な顔立ちをしている。和風美人のような雰囲気の少年だ。怪我でもしているのか、左目を眼帯で覆っている。
「もしかしてそいつって?」
「ああ、大岐くん、さっきぶり。灰田先生から聞いてたけど、面白いよこの子」
時瀬が面白いと言うと褒め言葉ではないように聞き取れてしまう。この女はいつも他人を貶していないと満足出来ないイメージがあるからとても奇妙だ。
「和珠もそこ座ったら!?あ、この少年はね、アスキーアートくんって言うの!」
「小豆沢碧斗だ。宜しく頼む」
「おいおい、どこがアスキーアートだよ。全然違うじゃねぇか」
「ボクって他人の名前覚えるの苦手なのよね」
苦手ではなく、それはオルデュールの芸だとそろそろ認めたらどうだろう。
月座先輩の隣の席が空いていたので、俺はそこに着いて机の下に荷物を置く。
「月座先輩は生徒会の方に顔を出さなくて平気なんですか?」
「うん、大丈夫だよ。今は今年度活動する部の把握ぐらいしかやることないし。忙しくなるのはゴールデンウィーク明けぐらいかな」
「ということはゴールデンウィーク明けに何かイベントがあると?」
「生徒総会よ。この学校の名物だからお楽しみに」
ふふっ、と可愛らしく微笑む月座先輩。流石、田中先輩を落としたぐらいだ。あざとい。
生徒総会は俺の通っていた中学にもあったが、全然記憶がない。一応、1年と2年の時は休みながらも通っていたが、そんな行事あったのか不明だ。
「えっと小豆沢って言ったか、俺は大岐だ。男友達が欲しかったからすごく嬉しい。こちらこそ宜しく」
握手を求めると小豆沢はその手を握りしめた。女の子のように真っ白で繊細だ。そっと握るだけでも壊れてはしまいそうである。
「ところで、その眼帯はどうした?」
俺が問うと昏名井が頭痛に苛まれてるかのように頭を抱える。
ひょっとして俺って地雷踏んだ?流石にほぼ初対面に聞くのは、デリカシーが無かったとやや後悔に暮れるのもつかの間。
「ふふふっ…よくぞ聞いてくれた。我が左手と契りを結んだそこの同胞に教えてやろう…。オレの名前は一欠片の薄氷淡く光るだ」
「は?」
上手く飲み込めず素で返答する俺に、時瀬は「水属性だって」と助言する。いや、助言になってないから。
「ごめん、もう1回聞いてもいいか?」
「ふふふっ…よくぞ聞いてくれた。我が左」
「もういいや。分かった」
中性的な声色を落として静かに囁き初める小豆沢。無理矢理遮って、同じクラスだと言う昏名井をジト目で見た。彼女は明後日の方向に目を逸らす。
「もう授業始まって3週間は経つけど、小豆沢ってお前のクラスでもこんな感じなのか?」
「ま、まあ…そうですね。常に見えない組織と戦っているみたいです」
「ね。面白い子でしょ?」
「時瀬の言う面白いは俺の面白いとは違うベクトルだってことが今日はっきりと証明されたよ…」
灰田先生も面倒な野郎を押し付けやがって。こういう奴の相手って、どう対応したら正解なのか分からないんだよな。まあ、タバコ吸ってる俺かっけーみたいなDQN系厨二病じゃないだけまだマシか。
「で、そいつこの部に入るのか?」
「そいつって言わないでくれ、我が同胞よ。オレの真名は|一欠片の薄氷は淡く光る(アブレイズ・シアン)だ。正式に部員になるつもりである」
「ああ、なるほど。碧斗だからシアンなのね」
「月座先輩は変に相槌打たないでください!?」
我がなのか、オレなのか一人称をはっきりして欲しい。そんな小豆沢はA4サイズの入部届を摘んでひらひらさせる。まだ空白だが、近々入部しそうな雰囲気であった。
時瀬は俺の質問に対して即答で、
「ええ。灰田先生のお願いもあるし。 大岐くんも男友達が増えて嬉しいでしょ?」
「違う…違うんだ…。違うそうじゃない…。俺が望んでいた理想の常識人とは、贅沢すぎる夢だったのか…?」
小豆沢の方を一瞥すると、右手で眼帯を外して決めポーズをしていた。因みに右手の甲には変な模様が油性マジックで書いてある。十字架に鎖、その下には壺の中に目。壺に目を書くやつって眠気を覚ますおまじないじゃなかったっけ?
「ねえ、こんなの見つけたんだけど」
空気を読まない月座先輩が、以前俺が片付けた手書きのボードゲームを出して来た。邪魔だったからダンボールの底に押し込んだやつである。
「あ、これって和珠が整理してたやつね!」
「へえ。こんなのあったんだ。折角小豆沢くんも入部したことだし、親睦を深めるってことでそれでもやってみよっか。あれ、なんか部活っぽい?」
見学ではなく、ちゃっかり入部していたのかよ。そして、時瀬はまだ部活っぽいことを追い求めていたのかと思い知らされる。
「すごろくみたいですね。サイコロを振って1番早く上がった人が勝ちですか」
「懐かしい。人生ゲームとかモノポリーとか昔やったなぁ」
呑気なことを考えながらそのボードゲームを開く。
片付けた時はどのような内容だったかは見ていないので知らない。
中を見てみると、俺の想像を遥かに超えたゲームだった。ゲームのタイトルは、歪な文字で『命令ゲーム』と書かれている。
「何このクソダサタイトルの王様ゲーム感…。これ作ったの絶対男子部員だろ…」
「奇遇だね。私もそう思うよ」
マスの数は予想外に少ないだが、問題はその中身だ。
空白もあるものの、あらゆるマスに汚い字で命令のようなものが記されている。皆が知っているようなものからマイナーなネタまで色々とジャンルが幅広い。
「『梨の妖精のモノマネをする』、『初恋の女の子を説明する』、『今期アニメで面白いやつをプレゼンする』…色々ありますが、キリないですね。というか、なんですかこれ。作った人相当の暇人じゃないですか?…しかも、最後…1番にゴールした人って…」
「くじで引いた相手とキス、するみたいね。もしかしてキスって単語だけで照れちゃってるの?可愛いなぁもう、後輩ちゃんっ!」
「そんなこと…ないです!あと、後輩ちゃんじゃなくて結璃です…」
キスというワードで顔を赤らめる昏名井に、月座先輩が三日月のように口を歪めて笑う。馬鹿にしつつも頭をぽんぽんと優しく叩いているようで、ただ単純に昏名井の反応を楽しんでいるようだ。
昏名井の反応に笑うのは時瀬も同じで、
「はっ!ビッチの癖にキスという単語だけで照れるなんて、昏名井さんは小学生以下ね」
「…何怒ってんだ?」
こっちは楽しむというより愉しむ、笑うよりも嗤うようだった。昏名井はビッチじゃないってそろそろ信じてあげたらどうだ。
「腹立ったから、カオスなことになりそうだけどやりましょう。全ての勝敗はゲームで決めるんだよ。ね、小豆沢くんも良いよね?」
「盟約に誓って」
良いということだろう。何の盟約に誓うのかは俺は知らない。というか他作品の台詞を許可無く引用することで、法に触れないのか心配だ。
「これの順番ってくじで決めるのかしら?そうかと思って可愛いボクが作っておいたわ。今度は阿弥陀様ではなくて使用済み紙コップをリサイクルしたの!」
「そこの天使はやらないのだろうか?と我は問う」
「このボクのことを天使だと言ってくれるのは、黒髪、あなただけよ!…ボクは文字が読めないから参加出来ないのよね」
「きっと大岐くんが手伝ってくれるからオルデュールもやったらどう?文字が書いてあるマスもそこまで多いわけじゃないし、早く上がりすぎても面白くないもんね」
「結局俺便りかよ。あとオルデュールは天使じゃなくて、邪霊だ。こんな煩い天使がいてたまるか」
オルデュールが差し出したくじを各々引く。因みに俺は1番。トップバッターだ。全員が紙切れを受け取って、必然的に余ったのがオルデュールになる。
「1番から順に確認しますか」
机の上に紙切れを出す。順に、俺、時瀬、月座先輩、昏名井、オルデュール、小豆沢だった。
「サイコロはどうするんだ?前整理した時は見なかったぞ?」
「鉛筆がありますよ。ほら、試験の時にコロコロするやつです」
昏名井が鞄から出したのは、6面ある鉛筆だ。ペン先と逆の方にやたら丸い字で1~6まで数字が振ってある。しかし、高校生になっても鉛筆で選択肢を決めるとはどうなのだろう。四択だった時の選択肢を問いたい。
「じゃあ準備は整ったね。大岐くんからよろしく」
時瀬に唆されるまま、昏名井の鉛筆を転がす。出た目は4。無難だ。ここでコマを進めようと思ったが、コマがない。
「コマが無いから進めないぞ」
「あ、忘れてた」
忘れていたのかよ。
時瀬は鞄から目玉クリップをジャラジャラと大量に出した。何故そんなに多く所持しているのかという疑問はあえて口にしない。
俺は何となくだが、時瀬の意図を察する。目玉クリップに紙を挟み、それを逆さまに立てることでコマにするのだろう。
「大岐くんは、これでいいでしょう」
すらすらと書かれた紙をクリップに挟んで、それを受け取る。挟まれていた紙に書かれていた文字は。
『ゴミ』
「誰がゴミだよ!?」
「じゃあ昏名井さんはこれね、ええと月座先輩は…。うーん、小豆沢くんはどうしよう?」
時瀬は無視。普段俺に無視をされるオルデュールの気持ちが分かってきた。
それぞれ配布されたものを見てみると、『偽ビッチ』、『ビッチ先輩』、『邪気眼』、『自称天使』だった。これだけで誰か分かるのは、それだけこの部員のキャラが濃いからだろう。尚、時瀬だけ『時瀬』である。ここでよくオルデュールが呼ぶように『性悪』と書いていたら株が少し上がっていた。
「わ…わたし、偽ビッチに昇格しました」
「まゆに関してはビッチ先輩だよ…?」
「自称でも天使と呼んでくれるのはボク、とっても嬉しいわ!」
「邪気眼…。まあ悪くないかな」
本当にキャラが濃すぎる。泥水みたいなコーヒーぐらいに濃い。
「気を取り直して続きをしましょう」
「自分で乱しておいて、何が気を取り直しましょうだ。俺は4つ進むが…幸い空白のマスだな」
空白のマスに立つ、『ゴミ』と書かれた俺のコマ。人のことをゴミと呼べるなんて良いご身分だ。ゴミだけに。
俺は鉛筆を時瀬に渡す。
「次は私だね」
時瀬が鉛筆を回す。出た目は3。コマが進んだ先には空白ではなく、命令が記されていた。
「『くじで引いた相手と制服を交換する』だって。オルデュール、私にくじを引かせなさい」
「ボクの出番ね!これって相手が女だったら良いけど、男だったら最悪な命令ね。さあ、性悪!好きなものを選ぶのよ」
先程引いた、時瀬以外の紙切れを回収し、折りたたむ。よくシャッフルした後、時瀬の前に差し出した。
「ほいっと」
引いた数字は1番。即ち俺。
「違うだろぉぉぉ!?!?!?」
「全然違くないよ?」
「お、大岐くん!パワハラ議員みたいになってますよ??」
そんなことはどうでもいい。俺は、自分のくじ運に絶望する。
「よし。私と一緒にトイレでお着替えしましょう。運が良ければ私の下着姿が拝めるよ。良かったね」
「嬉しくねぇ!?おい、待ってくれ。俺の制服を譲渡したら、俺はジャージを着ても良いよな?」
「認められないね」
「え!?和珠のセーラー服見たいわ!」
「どうせならわたしも見てみたいです」
「じゃあまゆも…」
「我もだ」
こいつら許さねぇ…。悪乗りにも程がある。自分がされて嫌なことは絶対に人にしてはいけないんだぞ。
時瀬に首根っこを掴まれたまま、貧乏くじを引いた俺は旧校舎のトイレに拉致された。
10分後。
部室には俺の制服を纏った時瀬と、時瀬の制服を纏った俺が現れた。
とりあえずスカートがスースーするし、元がO脚なのでかなり俺は不格好なことだろう。
時瀬は時瀬で男子制服は似合ってはいるのだが、俺のサイズが若干大きい為かダボッとしている。大岐和珠低身長説が少しだけ払拭されそうで安心だ。
あと、旧校舎のトイレ構造上時瀬の下着を見ることは不可能であった。見たら見たで殺されそうだから、俺はこれ以上は望まない。
「地獄絵図ですね」
「知ってる」
白い目で辛辣なコメントを述べる昏名井。月座先輩とオルデュールは顔を覆って笑い転げており、小豆沢は無言で俺らを見上げていた。
「見てよ、この和珠の足!O脚よ、O脚!!!!!しかし、スカートってこんなにも似合わないものなのね。二丁目のオカマバーの凄さが身に染みるわ」
「せめてまゆがすね毛剃ってあげたい…ぷぷっ…」
落ち着かない。
この状況は仕方ないと割り切って、そのまま席に付き、ゲームを再開する。
「えーっと、次はまゆかな?ころころ〜っと」
鉛筆を回すと4。俺と同じで何もない空白のマスだ。『ゴミ』の隣に『ビッチ先輩』が並ぶ。
「良かった〜。何もなしっと。はい、結璃ちゃん」
「初めて下の名前で呼ばれました…感涙です…」
涙ぐむ仕草をしながら、昏名井が鉛筆を転がす。鉛筆は机から床に落ちる寸前で止まった。
「これって床から鉛筆が落ちた時のルールってあるのか?昔、家族でモノポリーやった時はダイスが落ちたら2万没収とか馬鹿げた縛りやったが」
「その場合はスタート位置に戻ろうか」
「なかなか鬼畜ね…」
鉛筆が指した数は2。現状、昏名井が最も進んでいないプレイヤーとなる。
「えっと…『もしかして私たち入れ替わってるぅ!? くじで引いた相手とキャラ交換』。ツッコミを入れた方が良いですか?」
「いや、無理にしなくても良いぞ」
「じゃあしません」
オルデュールがくじを折りたたんで昏名井の目の前で広げた。それをひとつ選んで引く。引いた数字は小豆沢の6番だ。
「え?まさかのオレか」
「ちゃっかり素に戻ってるんじゃないですよ。うぅっ、ここで時瀬さん引けたら最高でしたのに…」
「黙りなさい偽ビッチ」
「だからビッチじゃないです…!って偽ビッチじゃないからビッチだとは言ってない…?」
「もうキャラは交換されているはずだけど。ほら、小豆沢くんも偽ビッチっぽくなりなさい」
無茶言うな。小豆沢の方に目をやると、顔を顰めて考えている。偽ビッチという定義を彼に教えてやれ。
そして、徐に時瀬に話かける。
「な、何を言うんですか…。これって終わるまで続くのです?」
「愚問ね」
やや高めの声色で尋ねる小豆沢。とてもつもなく気色悪いものの、普段の立ち振る舞いから、昏名井は極めて常識人よりだろう。従って、敬語口調にすればそれっぽく見えてしまう。
だが、問題は小豆沢のキャラを演じる昏名井の方だ。同じクラスだということは聞いていても、彼女にはやや難しいように俺には思える。度を超えた厨二病と言うと、俺にはどうしたら良いか想像出来ない。
「《組織》の奴らがもう来ているだと…?違いない、我が左目に反応がある。この儀式を奴らに邪魔される訳にいかない…。ならば、オレがこの凍てついた宣告を解放するしかない…!」
意外とノリノリだった。流石、小説のプロローグを厨二病に仕立て上げただけある。
「次はボクの番ね!凄いのを当てて和珠を後悔のドン底に突き落としてあげるわ!」
「もうお前のせいで既に俺の人生は闇だからやめろ」
恐ろしいことを言いやがる。邪霊じゃなくて悪魔にしてやろうか。
転がした鉛筆は1の面を上にして止まる。
「うーん、ボクには似つかわしくない数字ね。ちょっと和珠、ボクの為に読み上げなさい」
「『はじめに戻る』だって」
「そんな訳ないでしょう。そこの黒髪、本当にそんなことあるか確認しなさい」
小豆沢はオルデュールが指差したのが自分だと判断すると、「大岐くんの言う通りですよ」と裏声で言った。相変わらず昏名井に全然似てないし、気持ち悪い。
当たり前だが、俺はオルデュールに嘘を吐いてない。
「仕方ないわね」
「次はオレ…じゃなくて、わたしですね」
小豆沢が鉛筆を転がすと出た目は5。空白のマスだ。
「良かったです。じゃあ我が同胞…じゃなかった大岐くん、あなたの番ですよ」
「その裏声やめてくれないか?」
「昏名井さんに似てないですか?きゅるんっ」
謎の効果音と共に、可愛らしく微笑む小豆沢。
余りに似てなさすぎて苦笑いしか出来ない。そもそも似せる気がなく、ただ単に楽しんでいるようにしか見えない。その様子をずっと見ていた昏名井が呟く。
「我は神に選ばれし者。貴様ごときの愚民が、容易に模倣出来るとは到底思えない」
「ま、まさか…。貴方が伝説の神に選ばれし者だったなんて。信じられない…」
「ははは…っ!最弱と呼ばれたお前の『崩れ去った幻想』じゃ、我に勝てないわ。さあ!我の前に跪け、愚民よ!」
「そこらへんにしときなさい」
暴走列車と化した昏名井と小豆沢の頭を、時瀬は教科書の角でパシンと叩く。叩かれた二人は涙目になりながらその場に蹲った。あれ、絶対痛いやつだ。
「うう…痛いです」「鬼畜すぎだろ、痛てぇ」とキャラを演じるのも忘れて呻く。
時瀬は特に悪気を感じないようで、俺に例の鉛筆を渡す。
「二周目だね。さくっと行っちゃお」
「お前って結構な薄情なんだな」
「いつもオルデュールを日常的に殴ってる大岐くんには言われたくないな」
それを聞いた痛がる二人を労る月座先輩が苦笑いをする。そんなに俺って、日常的にオルデュールのこと殴っているか…?
脳の片隅で考えながら、鉛筆を転がす。出た目はまた4。マスの中身は空白だ。
「つまらない男だね」
「女装している俺をつまらないって言う、そんな女に言われたくねぇよ!?」
「え?私は生きているだけで面白い人間だって、よく両親に言われたけれど」
「お前の両親に会ってみたいわ…」
その面白いはどの面白いなのだろうか。
止まったマスに過度の命令が書かれていなくて俺は安堵する。
俺は鉛筆を時瀬に渡し、ゲームを再開させる。
振った鉛筆は3を指す。『時瀬』と書かれたコマが止まったところは、空白ではなく文字が書かれていた。
「『渾身の1発芸を全力でする』。…は?やだね」
「全員そのなんかよく分からない命令に従ってきたんですよ。部長…じゃなくて、時瀬さんだけやらないのはとっても狡いです」
「…まあ、そうだよね。分かった、従うよ。モノマネで良い?」
「モノマネ…?え?モノマネ?」
時瀬がモノマネ?
部員一同プラスオルデュールは首を傾げるものの、時瀬は恥じらいを表情に孕みながら続ける。
「アタックチャーンス」
地味だが、似てると聞かれれば半分の人数が肯定する程度レベルだった。要するに微妙であるのでコメントに困ってしまう。
「はい、次。月座先輩ですよ」
「ちょっ!?ちょっと無視しないでよ」
「日頃の行いが悪いと、それなりの扱いを受けるわよ?まずはボクみたいな可愛らしい少女になることを心掛けることね」
誰も時瀬を労うことはせず、月座先輩にバトンタッチする。
転がした鉛筆は3の目で止まる。俺よりも1マス下に『ビッチ先輩』のコマが移動する。
「また空白ね。そろそろ面白いのを当てたいところだけど。…はい、結璃ちゃん」
「堕とされた闇が私以外の誰かに伝染ると、戒めの業火に苛まれる。うーん、これって何か違いますね…。あ、これ振りますよ?」
上手くしっくりこなかったのか、ぶつぶつと独りごちる昏名井。
振り落とされた鉛筆は転がり、6。
「おっ!やりました!結構進めますね。それに空白のマスですし。遂に女神は我に微笑みましたよ!」
「口調が元に戻ってるよ、昏名井さん」
「ふふーん、可愛いボクも負けてられないわよ!」
オルデュールは1周しても未だにスタート地点だ。
張り切りすぎたのか。鉛筆を転がすと、カツンと音を立てて勢いよく机から転がり落ちる。
「あれ…。落ちた場合はスタート地点に戻るのだったかしら…?」
「そうだね。残念だったね」
「そんなぁ…。次こそは遅れを取り戻すわ!」
顔をしょんぼりとさせながら『自称天使』のコマをスタートの位置へと置く。
「次は我…じゃなかった、ゲッホ…わたしですね」
小豆沢は無理に高い声を出しすぎて噎せていた。そろそろ喉が心配になってくる。
先程オルデュールが床に叩きつけた鉛筆を転がす。衝撃で芯が折れてしまっているが、きちんと転がり、4で止まった。
「『梨の妖精のモノマネをする』。…とうとう来てしまいましたか」
「お前、声大丈夫か?」
「心配は無用だ。何故なら我は《|一欠片の薄氷は淡く光る(アブレイズ・シアン)》なのだからな。…と茶番はここまでにしておいて、実はオレ、その梨の妖精とやらを知らないんだよ。昔からテレビは一切見なくてさ。バラエティとか苦手で」
「へえ。そういうの好きそうなイメージあるけど。名前も聞いたことない?」
「そうだな…。画像を見れば分かるかもしれない」
「あの…、その梨の妖精というのはこういう生き物ですよ」
小豆沢のモノマネをするのを放棄した昏名井が、自分のスマートフォンで動画を流す。
黄色い着ぐるみが奇声を上げながら激しい動きをして歌っている。俺もそこまで詳しくないが、妹が鞄にぶら下げていたことがあったので存在ぐらいは知っている。
「これを我にしろと?」
「もちのろん」
「ええ…」
小豆沢は少し迷った後、吹っ切れたように叫んだ。
「小豆沢なっしー!!!!」
「はい、次行きましょう。三周目だね」
時瀬お得意のスルースキルで、便器に吸い込まれるトイレットペーパーのように流された。
昏名井の初恋話や、小豆沢のおすすめ話もあったが、特に興味も無かった上にやや長いので割愛。
それからは、淡々とこなして行った。ゴールから近い順に、時瀬、昏名井、俺、小豆沢、オルデュールである。オルデュールは、序盤と何も変わらずに鉛筆を落としたり、華麗に1を当てたりしてスタート地点に戻ったりと何も進んでいない。
俺が3つ進んで空白のマスにコマを置いた後、時瀬に鉛筆を渡す。
時瀬はあと6つでゴールであり、運良く6を当てることが出来たのならば、このゲームを終わらすことが出来る状態だった。
あと1ターンあれば、昏名井か俺が運よければ時瀬に追いつけそうでもある。一見すれば、彼女が逃げ切れる確率の方が高そうに見えるが。
「ねえ…やっぱやめない?」
1番初めにゴールした者の特権である、キスを思い出したのかジト目で俺を見てくる。時瀬が怖じ気立つなんて珍しい。
「別に間接キスでもいいんじゃないですか?その…べろちゅー…、だとかは書かれてませんし」
「はぁ…。小豆沢くんを演じることを放棄した昏名井さんに、私は何も言えなくなってきたよ…。悔しいから続けるよ」
「はぁ…」と盛大にため息をつきながら鉛筆を回す。
「今思えば、わざと鉛筆を落とした方が良かったかな」
「そうしたらお前の嫌がることを部員全員でしてやるぞ。途中棄権は反則だ」
「わたしが嫌がること…?例えば?」
「俺が着ているお前の制服でうんこをする」
「地味に嫌だ…」
ネガティブモードの時瀬が転がした鉛筆が止まる。
上を向いた面に記されていた数字は6。
「い、嫌だぁぁぁ!?!?」
頭を抱えて絶叫し始めた。俺は内心で「ざまあ」とほくそ笑む。俺の性格も歪んで来ちまったなぁ…。
「時瀬さん…。キャラが乱れてますよ?」
「うるさいわこのクソビッチ!オルデュール、お茶を私に持ってきて」
「お茶の前にくじを引くのよ、性悪。ちなみに引くなら男と女のどちらが良い?」
「はっ!人外のあんたね!」
「…性悪に指名されてもボクは嬉しくないわ」
時瀬が目を瞑り、折り畳まれたくじを引いた。
選ばれた数字は1だった。
ーーーー俺である。
「俺かよ!?」
「大岐くんとキス…?まあ、いい。早く私にお茶を出して」
「大岐くんのお茶なら、そこの机に置かれてるよ…?」
「違いますよ、先輩。ふふっ、大岐くんってば顔真っ赤」
「うるせぇ」
しかし、時瀬の奴。何を考えている?
俺のコップを用いることをしないならば、新しくいれたお茶で何かをするのだろう。では、一体何をするんだ?
オルデュールから受け取ったお茶を、時瀬は少しだけ口をつけて飲む。彼女の中で何かが合点したのか、満足気に頷いた。
「喰らいなさい、変態ロリコン女装野郎に鉄槌だよ」
そして、俺の顔面に、まだ湯気が浮かぶ緑茶を掛けた。
今日の報告。
部員が1人増えたらしい。あと、俺は変態でもないし、ロリコンでも女装癖がある訳でもない。