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ストーカーにはご用心!

【主な登場人物】

大岐(おおき) 和珠(なごみ)

死ねない呪いを施された本作品の主人公。幸せ宅配部の部員。ビッグなゴミみたいな名前にコンプレックスを感じている。男女平等パンチが得意。


・オルデュール

自称天使のロリ幽霊。口癖は「この可愛いボクが〜」。連呼されるとかなり耳障り。和珠曰く、喋るJアラート。


時瀬(ときせ) 華撫(かなで)

幸せ宅配部の部長。体はラノベで出来ている。ちょっぴり口が悪いドS。


昏名井(くれない) 結璃(ゆうり)

幸せ宅配部の仮入部員。金髪に軟骨ピアスと、見た目が派手。先輩・同い年に関わらず敬語で会話する。


月座(つきざ) 繭羽(まゆは)

高校2年になっても一人称は「まゆ」。ストーカーで悩んでいるらしい。頭が悪そう(偏見)


・田中くんさん

月座が彼のことを「田中くん」と呼んだから田中くんさん。もう訳が分からない。月座の元カレで、現ストーカーのやべー奴。


 


挿絵(By みてみん)


 学校が始まってから2週間が経とうとしていた。部員は、部長である時瀬、俺、昏名井(ただし未だに仮入部である)の3人のみで変動無しだ。毎度のことだが、オルデュールはここの生徒ではないのでカウントしない。

 髪型を変えたら昏名井を本入部にすると時瀬は言っていたが、そろそろ仮から抜け出させてあげても良いのではないかと俺は思う。


 部としての活動は定まっておらず、各々部室で好きなことをしていた。時瀬と昏名井は読書、俺は出された宿題を消化している。先日の厨二病ラノベ大会のような、頭のぶっ飛んだ企画はあれからやっていない。

 オルデュールは、俺の部屋から勝手に持ち出したインスタントのお茶で、日本茶だけではない茶ソムリエをやっている。時々オルデュールが「うん、良いわね!」だとか「甘さが足りないわ」だとかの文句をぶつぶつと垂れ流していること以外、ラノベ愛好家2人は終始無言を貫いていた。

 というか、学期末に生徒会宛に活動記録を提出するはずだが、大丈夫なのだろうか。このままだと割とマジで廃部になりそうだ。甚だ疑問である。


 宿題は数学のワークだ。ずっと紙に書く作業は非常に肩が凝るため、俺は軽く伸びをして体をほぐす。


「ねえ和珠、ボクがいれたの飲まない?このアップルティーなかなかのデリシャスよ」

「そもそもそれって、俺の私物のはずなんだが…まあいい。くれ」


 オルデュールから、アップルティーの入った紙コップを受け取り、飲む。口の中に広がるのは、リンゴの薫りよりも砂糖の甘さが先だった。要するに、とてつもなく甘い。幼児でもここまで好んで砂糖を入れないだろう。


「お前、砂糖を何個入れた…?」

「企業秘密よ。カフェで出せるぐらい美味しいでしょう?そんなに甘くて五臓六腑に染み渡ったかしら?」

「甘すぎだ…。五臓六腑どころか、脳の隅々まで侵食されそうだ。頭痛がしてきた…」


 これはもう味覚障害を疑うしかない。そもそも幽霊って摂食するのかよ。もう訳が分からないよ。

 オルデュールのアップルティーに頭を抱えていると、部室の扉が開いた。俺たち関係者以外が扉を開けるのは、久しぶりのことである。


「あの…ここって、幸せ宅配部かしら?」


 姿を現したのは、緩く髪の毛を巻いた女子生徒だった。時瀬や昏名井が比較的高身長であるからか、やや小柄に見える。俺の身長が平均よりも小さいとかそんなことは、今は関係ない。言うなよ、お前がチビだとか絶対言うなよ。

 女子生徒は黒目がちの、愛想のいい垂れ目が印象的だった。制服のリボンが2年の学年カラーである青色である。すなわち、俺たちの先輩に当たるだろう。


「そうですけど。入部希望ですか?」


 読んでいた本をパタンと閉じて、敬語で問う時瀬。女子生徒はこくんと縦に頷き、


「入部希望じゃないけど、相談したいことがあって…」

「相談したいこと?多分ここに来ても何も解決しませんよ。生徒会に行くのをオススメします」

「部としてのやる気が感じられねぇぞ…」


 本当にやる気があるのか疑う。自分で作った部活を、人様に委ねるなんて何を考えているのだろう。いや、時瀬の場合、何も考えていないのか。


「生徒会ね…。まゆも生徒会に入ってるのだけど、そっちじゃ相談しずらくって。他の先生に頼んで騒ぎにもしたくないし。調べたらここが良さそうだったらここにしたのよ」

「…えっと、まゆ?」

「あ、まゆはまゆ。月座(つきざ)繭羽(まゆは)。生徒会役員の2年だよ。よろしくね」

「ひぇっ…。まさかの生徒会ですか…」


 立てた人差し指を自分に向けて微笑む月座繭羽先輩。

 リボンの色から先輩であることは把握していたが、生徒会だとは予想外で、その場で固まる。俺だけではなく、時瀬や昏名井も硬直していた。昏名井はまだしも、時瀬は部活の申請書を出した時、顔を合わせなかったのだろうか。思っいっきり初対面で驚いた様子である。


「まさか、私たちの頭のおかしな部活を潰しに来たのですか…!?」

「そ、そんなことないよ!まゆは可愛い後輩に酷いことしないよ、とっても優しい先輩だよ!」


 自分で優しいという人に限って怖いのはよくある話だ。

 慄く時瀬に、喋るJアラートがスーパーの商品にクレームを付けるおばさんのような勢いで口を出す。


「チャンスね性悪!そこの女に媚を売っておけば、この部が廃部になる可能性は潰れるわ!」

「うるせぇ。お前は黙ってお茶でも飲んでろ」


 机を布団叩きのごとく、バンバン鳴らすのは非常にうるさい。従って、男女平等パンチで黙らせる。カエルを潰したような「うげェ」と汚い声が聞こえたが、取り敢えず無視。

 俺とオルデュールの茶番劇の中、月座先輩が訝しげに俺に問いかける。


「もしかしてその子って…指名手配のポスターの?」

「嘘だろ…また見える人種かよ。もう全世界の人間がお前のこと見えてるんじゃないか?」


「指名手配扱いしないで欲しいわ」と、俺に殴られた頬を摩りながら、オルデュールは立ち上がる。最初の頃は抵抗していたが、今は殴られても何も言い返してこなくなった。慣れというものは恐ろしい。

 オルデュールはまじまじと月座先輩を見つめ、本当に自分の姿が視認できているのか確認する。


「ボクのこと見えているのは本当のことのようね。きっと、たまたまよ…。偶然に過ぎないわ」

「あなたは人じゃないの?」

「ええ。ボクは幽霊で死人よ。ところで、死人を視認って面白いわね!」

「日本語の楽しさを知れて何よりだ」


 話題がかなり脱線した中、時瀬がひとつ、咳払いをする。


「それで。話を戻しますよ。先輩がここに来た目的ってなんですか?無理難題なのは許可しませんよ」

「そう言われると厳しいかな…。実は、ストーカーに悩まされてるの」

「ストーカー…?ストーカーってあのストーカーです?」

「あなたが考えてるストーカーがどのストーカーか分からないけど、多分それよ」

「月座先輩はストーカーを特定してどうするんですか?SNSに晒してそいつの進路先を潰すんですか?」

「そこまではやりすぎだし、この学校はSNS禁止だよ!?」

「…冗談ですよ」


 時瀬が言うと冗談に聞こえないから怖い。


「まゆは、ストーカーを捕まえて話をしたいの」

「つまり、私たちにその犯罪者予備軍を捕まえる手伝いをして欲しいってことですか?」

「話が早くて助かるわ…!そうなの。お願いできるかな?」


 俺と昏名井の方に顔を向ける時瀬。相談を受けてもいいかという合図だろう。別に俺はどうでもいいので肯定する。俺が頷くと、昏名井も同様に首を縦に振った。


「他のも良いって言ってるみたいだし、協力しますよ。その代わり、もし依頼が成立したら条件があります」

「おいおい、幾ら何でもそれは態度がでかすぎないか?相手は先輩でこの学校を統べる生徒会だぞ?」

「だからこそだよ。大岐くんは黙ってて」


 俺を止めて、そのまま時瀬は続ける。


「月座先輩…この部活を廃部にならないようにしてください、というお願いですが…。聞いて頂けますか?」

「そんなにこの部活、崖っぷちなのか?」

「脅されいる訳じゃないけど。そこのオルデュールも言う通り、折角の強力な助っ人を引き入れるチャンスでしょ。その機会を無下にするのは解せないよ」

「強力な協力者ね!」

「どこぞの楓さんみたいなこと言うな」


 月座先輩は、そんな下衆な考えてに対して特に嫌な顔をせず、

「良いよ。まゆがこの部に入部して、会長に話を通しておけばいいんだよね?」

「まあ、そんなとこです」


 二つ返事で了解する月座先輩に俺は疑問をぶつける。甘い気持ちでこの部に入ると、悪夢を見てしまう恐れがあるからだ。それに俺の体質のことも説明しなければならないのでとても面倒くさい。余談だが、俺の死ねない呪いの件は、昏名井は知っていない。


「本当に大丈夫ですか?生徒会って想像をする限りではとても忙しそうですし、変な人の集まりですよ、ここ」

「問題ないよ。まず、まゆって前入っていた部活が退部になったの。だから、今は部活入ってないフリーガールだよ?」

「フリーガールとは何ですか。…あと、その頭の悪そうな話し方やめてください」


 月座先輩の幼児のようなトークに頭を抱える。語られる言葉が、まるて全て無変換されている感じだ。少し前に流行った『頭の悪いひと』の画像のようには笑えない。つーか、フリーガールってなんだ?

 時瀬は彼女の述べたことに質問する。


「強制的に部活に入らなきゃならないこの学校で退部?…それってもしかして先輩のストーカーの件と関係あります?」

「おやっ、とっても鋭い。えーっと、…あなたの名前を聞いて無かったわ」

「私は時瀬です。こっちの男が大岐、くすんだ金髪が昏名井。ロリっ子幽霊はオルデュールです」

「人違いだったら申し訳ないけど。もしかして、そこの大岐くんって、男子寮のドアノブ壊した子だよね?」

「おめでとう。地味に有名人じゃん」

「…全然嬉しくねぇ」

 生徒会全員にドアノブを壊した奴と、俺のことを認識されていたら穴があったら入りたいぐらい恥ずかしい。


 気を取り直して、時瀬は静かに呟く。

「もう少しお話を聞かせて貰ってもいいですか?」


 で。月座繭羽の話は以下である。

 ・部活内で付き合っていた彼と別れた。

 ・別れた理由は束縛が激しかったからだ。

 ・そしたら無駄に執着されて、退部に追い込まれ、現在に至る。


 3行で纏めてみたが、月座先輩がされている嫌がらせは主に、異常な数のスパム業者のような迷惑メールや、ポストに気持ち悪い手紙(ラブレター)が投函されていたり。1番酷いと俺が思ったのは、寮のドアノブに精子入りのコンドームが括り付けられていたという話だ。気持ち悪いを通り越してドン引きである。


「わたし、そんなヤバい奴と話し合った所で、何にも解決しないように思えます…」

「昏名井さんの言う通り、確かに話し合いの場を設けるのは危険かもね。どうしようか」

「そうよね…。正直かなり辛くて。まゆも分からない…」


 考え込む女性陣。俺も最善の方法を導き出す為に、必死に思考を巡らせる。

 そんな中、挙手して意見を述べたのはオルデュールだった。


「それだったら、ボクがそのストーカー男に憑いて、この部室に連れてくるってのはどうかしら?」


「そんなこと出来るのか?いや、俺に変な呪いを施すぐらいだもんな。人間の体を乗っ取ることなんて容易か…?」

「ボクは出来ることしか言わないわよ。でも、問題は連れて来てからね。どうするの?もしストーカーが暴れだして、そこの頭の悪そうな女を殴ったり蹴ったりするかもしれない。まあ、和珠が止めれば良いけど」

「俺だよりかよ!?」

「でも、狂気で刺したり、死に至るような致命傷を与えたりしたのならば、この可愛いボクでも死者の蘇生は無理よ?」

「俺に他人の暴力行為を止められるぐらいの力があると思うか?無理に決まっている」


 こんなもやしに期待しないで欲しい。俺よりも時瀬の方が強そうだ。


「流石にあの人は、他者を傷つけるような行動はしないと思うけど…」

「その考えが甘いんですよ。だから執着されてしまう」


 時瀬は椅子から立ち上がり、オルデュールに向かい合った。そして口を開く。

「ストーカーを特定するのってどのぐらいで出来そう?」

「簡単よ。すぐ出来るわ。…そこの女…えーっと名前なんだっけ、足が痺れそうなやつ」

「それは正座だ!?先輩のお名前は月座先輩。…ったく、このコント、部に人が来る度に繰り返すのかよ」

「そうだったわ!月座、ちょっとこのボクに手を貸しなさい」


 そう言って手を差し出す。その小さな手を見下ろして、そっと重ねた。その重ねられた手を、オルデュールがしっかりと握る。


「まゆの手、これでいい?」

「ええ。こう見えてもボク、生きた人間や実在する物体に干渉できるのだから!やっぱり、ボクが可愛いからかしら?」

「か、可愛い…?あ、でも、よく見たら結構可愛いかも…?」


 あれの顔面偏差値が一般人と比べて整っているのは、真実のことなので、それ以上はあまり俺は言及することはできない。だが、事あるごとに可愛いを復唱するのはかなりウザい。

 月座先輩の手に触れたオルデュールは、超能力者のように光を纏いながら目を瞑っている。


「ふふーん、分かったわ。ずばり、犯人は音楽室にいるわ!」

「探偵か!?」


 どこぞの名探偵のように決めポーズ。

 俺が日常となりつつある、コントを初めようと思ったのも束の間のことだった。


 突如、部室の扉が開き、長身の男が現れた。スポーツ刈りの髪型からは、運動をやってそうなイメージがする。顔はそこそこ整っているが、あまり俺の好みじゃない。


「やったわ!召喚できたわよ、和珠!」

 嬉しそうに飛び跳ねるオルデュールに、適当に「すごい、すごーい」と褒めると、更に喜んだ。ちょろすぎ。

 赤の他人だったら困るので、月座先輩に答えを確認をする。


「誰だこいつ」

「まゆの元カレの田中くんだよ。えっちの時いつも首絞めてくるの。最高に気持ち良いの」

「うわぁ…。やめてぇ…、聞きたくない情報聞いちまったよ…」


 もう変人は出入り禁止にしようぜ?これ以上やべー奴が増えると俺のメンタルが持たない気がする。


「取り敢えず、憑依を解くわね」とオルデュールが呟くと、性行為中に彼女の首を絞める田中くんさんは、糸が切れたマリオネットのように崩れ落ちた。そのちょっとだけ綺麗な顔面を踏み潰したくなる。


 床にごちんと全身を強打した数秒後、田中くんさんは起き上がった。自分の身に何が起こったのか把握出来ず、倒れ込んでいた部室内を360度見回す。

 元カノの月座繭羽を見ると、田中くんさんは顔色を変えて、彼女の瞳を食い入るように見つめた。


「ようこそ、『幸せ宅配部』へ。私は部長の時瀬。手荒な真似してごめんなさい。今は後輩、先輩関係無く話し合いんだけど。良いかな?」


「俺に何をした?どうしてここにいる…」

「ちょっとしたイリュージョンだよ。田中先輩に話があるって子がいるから、その場を設けたかっただけ。まあ、本題に入ろうか…。月座繭羽先輩」


 田中くんさんの質問を軽く流し、月座先輩に話を振る。当の先輩は急に振られたことにびっくりしたのか。表情を乱して俺とオルデュールに助けを求める視線を送ってきた。いや、俺もどうもできないから。


「ガツンとみかんですよ、先輩。嫌なことは嫌だってはっきりと言いましょう…!」


 的を射ているのか微妙なアドバイスを送る昏名井。

 だが、後輩に背中を押されて決心が付いたのか、月座先輩は顔を引き締めた。


「まゆに…私に、気持ちの悪い行為を押し付けることをやめてほしいの。田中くん」


「…気持ち悪い?」田中くんさんは、ちょっとだけ一般人よりも整った顔を歪ませて言う。


「ただ俺は元の関係に戻りたいだけだ。君が俺を受け入れていれるんだったら、嫌がることはやめる。信用出来ないんだったら念書も書くよ?」

「へぇ。元カノが嫌がることをしていることは認めてるんだ。それ、私から忠告してあげるけど、立派な犯罪だよね?月座先輩が証拠を残しているみたいだし、これを学校側に付き出せば、田中先輩は退学確定は間違いないよね?」

「てめぇ…後輩の癖に調子乗んなよ?」

「わあ、こっわーい」


 時瀬は棒読み演技で煽る。田中くんさんはカルシウムが足りてないらしく、頭がぴきぴきしていた。そんな彼に俺はカルシウム煎餅を届けてあげたい。


「田中先輩は、そこの月座先輩と寄りを戻したいだけなの?」

「一言で表すなら…そうだな。元のようになるんだったら俺は文句はない」

「月座先輩はどうなの?」

「まゆは…。ごめんなさい。顔も見たくない、です」

「だそう。どうする?」


 月座先輩の決断に、般若のように顰めっ面になる。

 自分に余裕がある時って、どうしてこうも人間観察をすることに冷静になれるんだろうな。

 カルシウム不足から来る苛立ちで激おこぷんぷん丸な田中くんさんに、時瀬は大人な対応で接する。


「私が提案するのは2つ。聞くのはあなたの自由だよ。どうする?このまま怒っててもカロリーを無駄に浪費するだけだから、私とお話しない?」

「くっ……。聞くだけ聞いてやるよ」


「そう、良かった」と時瀬は微笑み、そのまま続ける。


「1つは月座先輩を完全に諦めて、距離を取る。勿論、大人に今回の嫌がらせの件は、私からは告げ口はしない。2つ目は証拠を全部学校側に突き出して、あなたを退学にする。月座先輩も人生も、全てを自身から切り捨てることが出来る最高の選択肢だね。ま、私からは2つ目をおすすめするけど、どう?」


 隣に座っている昏名井が「うわぁ…時瀬さんのドS説って本当なんですね」と言葉を零した。

 時瀬の毒の吐き方は、温室育ちだった俺にはかなり(えぐ)い。


「そんなの…、1を選ぶしかないじゃないか」

「私からしたら2の方が人生ハードモードになって楽しいと思うよ。息をするゴミにぴったりだし」


「おい、時瀬さん…今一瞬だけ俺のこと見ただろ」

「ゴミに反応したんだ?自意識過剰だね」

「…なんかすいません」


 毒舌な彼女と言い合うのはまだ俺には早かったようだった。その様子が可笑しかったからか、月座先輩が笑う。少しだけ空気が弛緩していく。


 時瀬が俺との会話に気が逸れたからか、それとも緊迫した雰囲気が遠ざかっていったからか。

 彼は何を血迷ったのだろう。田中くんさんはポケットからカッターナイフを取り出した。


 もう分かった。

 俺が今見ている光景が、理科の教科書に乗っている球体移動のストロボ写真のように、田中くんさんがスローモーションに動く。

 甲高い声が、あの喋るJアラートの声が俺の耳を貫く。


「和珠!!!!」


 俺は月座先輩を突き飛ばし、カッターナイフを持って襲おうとしている田中の前へ立ちはだかった。

 そこから先、俺はどうすることも出来ない。もう少し、柔道や空手等の護身術を身につけておけば良かったと、今更ながら懺悔する。


 カッターナイフが俺の顔面にゆっくり降りていく。

 ああ。


 ーーーーーやっと死ねる。


 いや、待てよ?俺のこれって自殺未遂にカウントされるのか?


「やっぱり死ねなかった!?」


 俺の残念な顔面に、カッターナイフは突き刺さることなく、見えない壁に抵抗されていた。いつかオルデュールに呪いをかけられた際に、俺が護身用ナイフで頚動脈を切ろうとした時のようにである。

 そのまま力任せに体当たり。すると、田中くんさんの体は吹っ飛んで、部室のドアにぶつかった。火事場の馬鹿力ってすっごーい!


「オルデュール!ここの顧問兼担任…灰田先生を召喚してくれ!早く!」

「わ、分かったわ!」


 吹っ飛ばされた田中くんさんの身柄確保すべく、時瀬と昏名井が彼を羽交い締めにし、結束バンドで両親指を縛る。部室になんで結束バンドがあるのかは知らないが、ナイスなアイテムだ。


 そして、オルデュールに憑依された灰田先生が来て、この事件は幕を閉じた。



 次の日の放課後。


「あの、まゆ。幸せ宅配部に入部したいんだけど」


 部室に現れたのは、昨日とても面倒な事件を持ち込んできた月座繭羽先輩だった。無論、入部届けを持参し、それを時瀬に差し出す。


「生徒会だけじゃ、厄介事を持ち込むのって物足りないんですか?」

「時瀬さん!?!昨日と態度が鬼のように違うぞ!?」

「正直言うと、昨日のは参ったよ。オルデュールの霊力に感謝する日が来るなんて思わなかったね。あ、でもさ、もし、カッターナイフで大岐くんの顔面の作画が崩壊して、整形で顔を治すって仮定するじゃない?そしたら今よりもっとマシな顔になったかもしれないね。あ、そっちの方が良かったかも」

「更っと人の顔をディスるな…傷つくぞ…」


 月座先輩は時瀬の毒にやや怯む。しかし、田中くんさん相手に覚悟を決めた時のように、真剣な表情で時瀬に向き合う。


「昨日はどうもありがとう。ちょっとしたお礼になるからどうかも分からないけど、まゆから会長に話を付けてみようって思ってることがあるの。納得してくれたら入部許可ってしてくれるかな?」

「まあ、聞くだけ聞いてあげるわ」

「何様だよ!?田中くんさん意識してるよね!?」


 月座先輩は咳払いをする。

「この部活は絶対廃部にしない。文化祭では、出品スペースを設けるし、部費の予算も少し多めに回して貰えるようにする…。些細なお礼だけど…どう、かな?」

「うん、入部していいですよ」

「ちょろすぎ!?」

「やっぱ文化祭でぼろ儲けしたいね」

「そこかよ!?」


 時瀬は一応昏名井にも確認を取ろうと思ったのか。ラノベを嗜んでいる彼女にも聞き合わせる。


「昏名井さんもいいよね?」

「わたしですか?いいですよ。先輩が出来て嬉しいです」

「ふふ…っ。まゆも後輩が出来て嬉しいよ」


 それはともあれ。俺の秘密も知られてしまったことだし、入部条件のオルデュールの姿も、月座先輩は視認することが出来ている。この部の1員として過ごしていくには、主観的に見るならば問題無いはずだ。

 …彼女の中身の問題さを除けば。


 今日の報告。

 部員が4人になりました(尚、昏名井は未だに仮入部員)。

イラスト付きです!

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