短編②/カスタムキャストで遊ぼう!
※活動報告の方に、人物解説をうpしました。良かったらご覧ください!
【主な登場人物】
・大岐 和珠
先輩に敬語が使えないダメ人間その1。とある理由で死ぬことが出来ない。
・オルデュール
先輩に敬語が使えないダメ人間その2。大岐が死ぬことが出来ないのはこいつのせい。
・時瀬 華撫
先輩に敬語が使えないダメ人間その3。絵が上手いことが唯一の取り柄。
・昏名井 結璃
馬鹿丁寧な言葉で話す見た目がパーリーピーポーな人。最近毒を吐く。
・月座 繭羽
まだ割と常識人の方。だがしかし、非処女である。
・小豆沢 碧斗
アブレイズなんとかさん。こいつも敬語が使えない。
・桃田 おうぎ
生徒会長。変人であるが故に、最近は時瀬のおもちゃになる。
・灰田 礼依
幸せ宅配部と生徒会の顧問。そのファッションセンスは世界を泣かせる。
日直という名の一仕事を終え、部室に着くと、珍しく俺とオルデュール以外が揃っていた。どうやら、俺たちが最後らしい。
「遅い。罰金として購買ダッシュ」
「ヤンキーのパシリみたいなことさせんなよ…。今日は日直だったんだ。お前も知ってるだろ?日誌を書いてて遅くなった。すまん」
鞄を長机に投げ出し、すっかり俺のポジションと化した窓際の椅子に座る。窓から差し込む光が暖かくて心地よいのだ。これを言うと時瀬にカーテンを閉められそうだから、俺は誰にも言わない。
「月座先輩が放課後ここに直帰するなんて珍しいな。今日は生徒会は無いのか?」
「うん。そうなの。この時期は仕事が少ないから生徒会長に任せて良いって」
「桃田会長も随分と太っ腹だな。雪でも降るんじゃないか?」
「もー。そんなこと言わないで?先輩は元から凄い人なんだよ?」
桃田おうぎは割とどうでも良い。
その月座先輩を、俺が珍しいと思うのは他にもあった。それは昏名井と月座先輩が隣で座り、楽しそうに談笑しているのだ。珍しい組み合わせである。2人の目線の先はスマホ。その様子を窺ってみるに、何かのアプリで遊んでいるらしい。
「性悪、お茶は飲むかしら?」
「私は性悪なんて名前じゃないんだけど?甘くないやつね」
「分かったわ!」
何が分かったのか。味覚障害疑惑の自称天使は、ロッカーから茶鼓を出して急須に入れる。
「和珠と小豆沢もいる?」
「俺はいらん。小豆沢は?」
「我が同胞よ。我の名はアブレイズ…」
「こいつも自称あだ名が面倒だったな。おーい、オルデュール。とっておきの甘いヤツが良いそうだ」
「了解したわ!ボクに任せなさい」
ちらっと小豆沢の方を向くと、おやつをお預けされた子犬のような悲しそうな表情で見つめ返された。やや哀れだが、こいつも弄り方を変えるとめちゃくちゃ面白いやつだ。時瀬がほぼ初対面で小豆沢のことを面白いと言ったのも頷ける。まあ、あいつの場合は別ベクトルに罵るものばかりだが。
テーブルにお茶が並べられたその時、唐突に昏名井が叫んだ。顔をキラキッラに輝かせて、
「出来ました!傑作ですよ!!!!世間に胸を張って自慢出来ます!!!!」
「…昏名井さん。お教室での声のボリュームは2でしょ。うさぎさん声だよ。保育園で習わなかった?」
「ちょっと、時瀬ちゃんはわたしのことを保育園児か小学生だと思ってるんですか!?そ、れ、よ、り!」
時瀬のジョークを適当に流した昏名井は、スマホの画面を俺たちに見せた。
その画面の中には可愛らしい女の子の3Dモデルが写っている。淡い黒色の長い髪の少女だ。鋭い目付きが俺が知ってる誰かと似ている
「何だ、それは。心做しか部長に酷似しているな」
「小豆沢も思ったか。俺も時瀬と似てると感じた。つーか、これ、時瀬だろ?」
「似てるわね…。とても可愛らしいわ。でもボクの方が可愛いけど!」
大人しく理科のノートを纏めていた時瀬は、それを閉じて、昏名井のスマホを奪った。
「昏名井さん、肖像権って知ってる?」
「まあまあ!営利目的で使わないから、セーフですよ!セーフ!」
「にしても凄いわね、これ!絵を描く訳じゃなく、パーツを選ぶだけで3Dモデルが出来るなんて。世間で話題のアイドルゲーもビックリよ!可愛いボクも出来るかしら?」
「カスタムキャストって言うの。最近配信されたアプリでね、これでお人形さんを作るんだ。…ほら、バーチャルなユーチューバーさんとか今とっても流行ってるでしょ?この作ったお人形さんを使えば配信出来るらしいよ」
「なるほど。昏名井さんとビッチ先輩は私のモデルを使って広告収入で儲けようって言うんだね。何が営利目的だよ、ばーっか」
「まあまあ、落ち着いてくださいよ。……って、ああっ……!何するんですか!?保存してないのに!」
不機嫌な時瀬は、奪ったままの昏名井のスマホを弄る。面白そうなので、俺と小豆沢とオルデュールは背後から覗く。どうやら、顔のパーツだけでなく、身長や足、手の長さや太さなども変更出来るらしい。時瀬は初めてにも関わらず、慣れた手つきで細部を変更する。
「これなら使っても良いよ」
「いや、そもそもわたしは配信とかしませんから。…って、誰ですか…、これ」
「私だけど?」
「いや、何処がです!?」
返ってきたモデルは、先程の時瀬のそっくりさんとは似ても似つかなかった。顔の輪郭や目付きが柔らかくなり、全体的に幼くなった印象だ。オマケに制服の上から自己主張するほどの大きな乳袋。時瀬の貧相な胸からかなり成長している。
「…お前、背が大きいの気にしていたっけ?」
「大岐くんは胸が大きくて、背が小さい子が好きなんだよね?」
「確かに胸は大きい方が良いと時瀬に言った記憶はあるが、……あのさ、何か勘違いしてね?」
「な、何でもないし!一回死ね!」
「残念でした〜。俺は死ねませーん…、っ痛っ!?!?」
こいつは俺に気があるのかないのか、はっきりして欲しい。
オルデュールから奪ったのであろう。硬い茶鼓で叩かれた背中がヒリヒリと痛む。
「それにしてもとても面白そうに見える。その、カスタムキャストだったか。男性キャラは出来ないのか?」
「残念ながら出来ないの。それは別アプリになっちゃうって結璃ちゃんが言ってた」
「結璃ちゃん?…ああ、昏名井か」
「大岐くん…、定期的にわたしの名前忘れるのって喧嘩売ってますよね?」
「お前そんなキャラだったか」
怒った昏名井は珍しい。
ともあれ、気が付くと机の上に置いておいた俺のスマホが、変なキャラクターのマグカップにすり変わっていた。鼻を近付けると甘い匂いがした。スマホをゲロマズ茶に変える錬金術か。
「…おい、オルデュール。これは何というすり替えマジックだ」
「ボクもね、そのカスタムなんとか、って言うので遊びたくなっちゃった!」
「話聞けよ!?頼むからWiFiのある場所でアプリ入れてこい…。上限2Gはきつい」
「分かったわ!」
最近の俺、オルデュールに甘くないか?甘いのはお茶だけじゃなく、俺もってことか?
小豆沢や時瀬も興味を持ったらしく、廊下に出てアプリをインストールをはじめる。WiFiが廊下に設置されているため、この部室は微妙にWiFiが弱い。たまに掲示板を見ていると、唐突に切れることがある。インストールするような莫大な通信料を食うものは部室で入れるのは、リスクがある。
戻ってきた彼らは各々好きなモデルを作りだした。
再び訪れるのは無音の世界。仕方なく俺は、小豆沢のPCを立ち上げ、オフラインで出来る将棋をはじめる。
ちなみに俺は居飛車派だ。まだ、初心者ということもあるが、穴熊とも相性が良い上、棒銀でガンガンに攻めるのが好きである。
くっそ、俺だけ除け者にしやがって。カスタムキャストだったか。PCでも似たようなものがあると聞いたことはあるが、そこまで俺は詳しくないのだ。
「…あ、そうだ」
一言零すと、時瀬がこちらに振り向いた。
「何?寂しくて死んじゃいそう?」
「俺はウサギじゃねぇし、自ら望んで死ねないって。…じゃなくて」
『投了しますか?』と表示されたPCを強制終了して俺は言った。
「―――そうだ、ゲームをしよう!」
「この部活に入ると部長に染まってしまう。これも運命か…。否、運命なんて金魚すくいの網よりも脆い…っ!」
「名言を勝手に引用しないでくださいよ。で、大岐くん。どんなゲームなんです?」
「ルールは簡単。決められたお題でお前たちがそのアプリで3Dモデルを作る。例えば、この間俺たちが作ったクソゲーの円歌たんを作れって言ったら、お前たちは時瀬の立ち絵を思い出しながら再現する。一番それに似ている人が勝利だ」
「ふーん。大岐くんにしては面白そうだね。勝った人は何が貰えるの?」
「名誉だ」
「ふふっ。オッケー。いつも通りの部活だね。他にルール確認したい人は?」
比較的簡単なルールとあってからか、誰も挙手をしない。
しかし、小豆沢じゃないが、俺もすっかり部活に染まってしまったな。そもそもこの部活はゲームをする部活じゃないはずなのだが、まあ、ゲームは人の心を豊かにしてくれるし、活動の一部としても良いだろう。
「参加メンバーは、俺以外の部員。今回は特別にオルデュールも部員に含める」
「やったー!とうとうボクの可愛さに免じてくれたのね!」
「はいはい、可愛い可愛い。で、お題は結局どうするの?」
「ふふふっ…、よくぞ聞いてくれた!」
俺は席を立ち、黒板まで歩いて行く。チョークを手に取ってそれに書いた。
「―――お題は桃田会長だ!」
「和珠…、殺されない?肖像権がどうとかであの女に殺されない?」
「うーん、でもねぇ、案外会長なら喜びそうだとまゆは思うなぁ…。『この私を選ぶのね!さすが、お目が高いわ!』とかなんとか」
「殺されるのは後々に困りそうだが。何処まで変人なんだあの人は…」
俺はひとつ、咳払いをして続ける。
「制限時間は30分だ。出来上がったモデルはスクショを取って、小豆沢のこのノートPCに送ること。どうせなら…そうだな。プロジェクター借りてきて映し出しても良いか」
「随分大胆だね。幸せ宅配部という存在をよく分かってるじゃない」
「部活要素ないけどな…。でも、そうだろ?もっと褒めてくれても良いんだぞ?」
「…つまり、まゆたちは桃田会長を作るのね。まゆにも出来るかな?」
「そういうことですね。あと、大岐くん。調子に乗らないでくださいよ?…肝心の小豆沢くんのメアドは?」
「そうだったな。小豆沢、PCのメアド分かるか?」
「ああ。黒板に書いても良いか?」
俺は小豆沢にチョークを渡す。
『At_the_touch_of_love.everyone_becomes_a poet._1125@gmeil. Com』
「長ぇよ!?」
「オレの愛するプラトンの名言だ。『愛に触れると誰でも詩人になる』。素晴らしい言葉だ」
「何気に誕生日アピールしてるのが腹立つな。まあ、良い。今から開始だ。ルールは守れよ?」
「もちのろんだよ。正々堂々と勝負をするからこそ、ゲームは面白いんだよ」
「ちょっと俺は部室を留守にする。プロジェクターって、職員室にあるか?」
「多分ね。それか生徒会室か放送研究会か。とりあえず職員室に行って灰田先生に相談した方が良いんじゃない?」
「サンクス。そうするわ」
ひらひらと手を振り、職員室に向かう。
旧校舎から校舎へと階段を渡り、1階の職員室へと俺は入った。
1年担当の机を探すと直ぐに見つかる。座って仕事をしているだけなのに、放つのは異様なオーラ。
今日も若者らしかぬ渋い緑色のジャージを着ている女性がいた。クソダサファッションに合わせてか、本日のアクセントはダイヤの指輪をはめている。理解に苦しむコーディネートだ。
「…灰田先生、今日もお綺麗ですね」
「口説いているのか?残念ながら私は既婚だ。それに、お前には、時瀬というお似合いな女性がいるだろう」
「誰が時瀬とお似合いですって!?」
おい待て。周りから俺たちはそのような目で見られているのか?
でも、年頃の男女がふたり揃って距離が近かったら誰でもそう想像するのでは無いのだろうか?遺憾だがこれは仕方ない。妥協しようじゃないか。でも間違ったことは訂正しなければ。
「時瀬とはただの友達ですよ」
「そうか。私はてっきり恋仲かと思ったんだがな」
「友達です。…友達ですよ?」
「少し暑いな」と言い、ジャージを脱ぐと、上半身は、大きな胸を強調するTシャツになる。お胸が大きい人はTシャツこそが正義なのだと、改めて俺は確信するのだった。…お土産屋で買ったような酷い柄であることを除けば。
「で。用があるんだろ?時瀬にパシられたか?」
「もう時瀬は忘れてくださいよ。プロジェクターを借りたいんです。部活で使うんですよ」
「お前ら社会人の練習でもするのか?プレゼンテーションごっこ的な?ところで、プレゼンテーションって言葉、カッコイイとは思わないか?こう…、プレゼンテーションっ!って感じで。右手から何が迸りそうだ」
「そもそもプレゼン目的じゃないっす」
小豆沢や鶴崎と血が繋がっていることが酷く納得してしまった瞬間であった。やはり血は争えない。この人はどうして教師になったんだろうか。
ふと、先生の目線が後ろに行く。俺も同じように振り向くと、見慣れた腕章が目につく。今現在、幸せ宅配部のトレンド最上位の噂の先輩である。
「ああ、桃田。こいつらがプロジェクター使いたいんだってさ。生徒会室にあったか?」
「プロジェクター?放研に返しちゃったばかりよ。…しかし、そんなの借りて何するの?アレ、接続するのって結構大変なのよ?」
「プレゼンテーションごっこだそうだ」
「は?」
素で返答する桃田おうぎ。因みに俺は一言もプレゼンテーションごっこをするなんて言っていない。勝手に話を創作するのはやめて頂きたい。
「あんた、ひとりで接続できるの?お世辞にも機械が得意そうな顔をしていないわ」
「機械が得意そうな顔ってどんなだよ!?…でも、その通り、俺はそういうのは苦手だ。手を貸してもらっても良いですか、生徒会長さん」
「あんたが敬語使うと変な気分ね」
桃田会長は仕事がもう無いようで、「こっちよ」と手を振る。俺は先生に一礼し、彼女へとついて行く。
「何処に向かうんだ?」
「決まってるでしょ。放研よ、放研。そっちに無かったら視聴覚室かしらね…。協力してあげるわ。感謝しなさい」
「本当に…ありがとうございます…」
「恩を売っとくのも悪くないってことよ」
借りるのは良いが接続が出来ないことに気付いたら俺。桃田会長に手を借りるのは良いが、見返りが少し怖い。
校舎の最上階へと上がり、音楽室の隣の部屋――――放送室へと向かう。大きな学校の放送研究会は独自のラジオチャンネルを持っているらしいが、そもそもうちは生徒が少ないため、そんな大層なものはない。あるのは狭い部室と僅かな部員だけだ。
「ちーっす。桃田でーす。プロジェクター貸して貰えるかしら?」
分厚い扉を開けると、一人の少女と目が合った。確か、俺はこいつの名前を知ってたはず。だが記憶の糸を手繰り寄せても名前が出てこない。
「ああ…、えぇっと…、ナントカって、人?」
「ナントカって何よ。大岐の付属物も人の名前覚えられないわよね…。本当失礼な男だわ。って、あなた、誰だっけ?」
「会長も分からないんじゃないですか!?」
俺に呆れる桃田も名前を覚えていなかった。
「瞳子。築柳、瞳子ですけど。放研の1年です」
「思い出した!悪いわね……。このアホが部活でプロジェクターを使いたいって言うのよ。貸してもらえない?」
「音楽準備室の倉庫の中です。扉の奥にありますので。そこから持ってい行ってください。返す時は顧問に渡してくれれば良いです」
「おっけー。私からやっとくから、大岐くんは終わったら私に預けてくれれば良いわよ」
「悪いな。本当に助かる。あと、…築柳もありがとな」
念のためにお礼を言っておく。
そして、放送室の奥の扉、そのドアノブに俺は手をかける。その時、後ろから声がかかった。
「…大岐くん」
「なんだ?」
「今度は生徒会長にまで手を出したんだね。はれんち…」
「断じて違う!」
俺の事を憐れむ瞳で見る築柳。
やめてくれ。俺をそんな目で見るな。
ともあれ。プロジェクターは手に入った。だが、問題はひとつ残っている。
俺の隣に並んで歩く桃田おうぎ。その足はステップを刻みそうなぐらいノリノリだ。遠足に行く小学生か。
このまま部室に連れ帰ると、最悪、肖像権侵害を理由に襲われかねない。
「…ここまで俺に尽くして見返りを求めているんだろ。要求はなんだ」
「バレた?大岐たち、何か隠してるでしょ?プレゼンテーションごっこなんて建前よね?」
「そもそも俺は一言もプレゼンテーションをするなんて言っていないんだが」
そんなことは置いといてだ。プレゼンではない。これは正直に伝えてもよい。だが、俺らがやってることは桃田の分身を作ってるのだ。まあ、自分をネタに遊ばれていると知って嬉しくなるのは、無名の芸能人ぐらいであろう。
正直に言うか、嘘をつくのか思い止まる。ノベルゲームだったらセーブを確実にしておきたいぐらいである。
「あー、もう良い!とりあえず来い!来れば分かる!」
「ちょ…?そんなムキになってどうしたのよ?そんなに言えないこと?ま、まさかだけど、如何わしい映像を鑑賞するとかじゃ」
「ムサイ男子しかいないんだったらそれも悪くないけどぉ!?女子部員の方が多いんですけどねぇ!?」
「じゃあ何よ。それも言えないの?」
言えないから俺は黙る。桃田はそんな俺を見て、「無言かしら」と不機嫌そうに、ぷぅっと頬を膨らませた。
「とりあえず、私もその楽しそうなものに混ぜて欲しいわ」
「要求はやっぱりそれか!?知ってたし!?」
もういい。後は野となれ山となれ、ってやつだ。
俺たちは旧校舎1階へと進み、部室の扉を開ける。桃田を扉の影に隠す感じで、俺が前に出る。
「戻ったぞ」
「遅かったね。もう30分経つところだよ」
「悪い悪い。セッティングするから待っててくれ。あと、すごいぞ。スペシャルゲストだ」
俺がズレると待ってましたと言わんばかりに奴は叫んだ。
「桃田でーっす!よろしくにゃん♡」
「…会長!?どうして?」
驚く月座先輩を無視し、時瀬が無言でこちらまで近づく。そして無言で扉を閉めた。
「そっ閉じか!?おい、待てコラ!ちょっと!?それが先輩に対する態度かしら!?」
「大岐くん、これ、何処で拾ってきたの?」
「せめて人扱いはしてあげろよ!?」
再び扉が開いて、息を切らした桃田が出てきた。
「拾われたんじゃないから。こいつに頼まれてプロジェクターを繋げに来たのよ…。分からないって言うからさ」
「ということだ。面白そうだから連れてきた。良いか?」
「何処が“ということ”に繋がるのよ?まあ、生徒会長が直々に来たのだもの。つまらないことは無いんじゃない?」
「……面白そう…。良いよ、上がって。オルデュール、お茶ね」
「ゲロマズ茶は飲まないからね…?」
時瀬は相変わらず『面白い』という単語に弱いな。
俺は桃田に小豆沢のPCと借りてきたプロジェクターを預ける。そして黒板の情報にあるスクリーンを引っ張って降ろした。背は低いがギリギリ届く距離であり、安堵する。
「オルデュール、俺がいない間いい子にしてたか?」
「和珠はいつからボクのママになったのよ…。してたわ。あと、制限時間30分は短いわよ。勝手に延長しちゃったけど良いわよね?」
「それぐらいなら良いが…、週10時間以上は使用禁止だから気を付けてくれよ?会長、画像を保存しけば良いんだよな?」
「ええ。あとは私に任せといて」
慣れた手つきで接続すること数分。無事にプロジェクターは接続出来た。
時瀬は興味津々にそれに触れる。
「これなら私でも出来たかも」
「それ俺が会長連れてきた意味無くなっちゃうから!?」
俺は接続される前に作った、簡易的なパワーポイントを立ち上げた。スクリーンに映るのは我が部活作のノベルゲーヒロイン、芳野円歌たんだ。
勿論、特に意味はない。ネタバレ防止のために、表紙は時瀬が描いたイラストでカムフラージュというだけの理由だ。
「負けヒロインじゃない。何するの?クソゲーの続編発表?」
「それは文化祭までのお楽しみだよ。またテストプレイさせてあげるね。あと、クソゲーじゃないし、負けヒロインって言うな」
「進行役と審判は大岐くんですよね?生徒会長は審判その2ですか」
「そうだな。あとは審判を行う上でのルール確認だ」
俺はそのまま続ける。
「順番は俺が適当に決める。もう決めちゃったが。どうせだし、俺以外の部員も批評してもよし…、でも良いか?」
「そうね…。折角来てくれた会長は最終審判、って感じかな?」
「そうだ。じゃあ、始めるぞ」
「は!?何を始めるのかさっぱり分からないわよ!?」
「桃田さん、お教室ではうさぎさん声だよ」
「そのネタ好きですね!?」
置いてけぼりの桃田を放置し、黒板の前にパイプ椅子を並べる。まるで映画の鑑賞会みたいだ。
「それじゃあ、記念すべき一人目だ」
スクリーンに少女のモデルが映し出される。
特徴を挙げるとすると、胸とお尻が大きい。制服ではなくコートを着用しているため、余計にヒップが大きく見えてしまう。
だが、問題は髪型だ。桃田会長の髪型に近いものは実装されていないため、それぞれの工夫した点が伺えそうだ。サイドテールやツインテールなどの房は、パーツカスタムで軸切り替えや場所移動が出来る。だが、それが意外にも難しいのだ。この作成者は、それを放棄したのだろう。
サイドテールが空中分離していた。
「あれ…、浮いてるよ?あぶしーっぽく言うと、我の片割れが意思を持って動き出した…、とか?」
「…………。この試練、非常に難儀である。以上だ!」
「小豆沢にしては珍しく逃げたわね…」
オルデュールが物憂げそうに息を吐く。
生徒会長のサイドテール本体説が浮上してしまった。噂の本人は偉そうに足を組みながら小豆沢のスクショを見る。そして納得したように「ああっ!」と言った。
「カスタムキャストじゃない、これ」
「知ってるのか?知らないのは俺ぐらいって感じか」
「ツィッターのトレンドに入るぐらい有名よ。ただ、電池と携帯の使用時間を食うのがねぇ…」
なら話が早い。
昏名井もスクリーンを食い入るように見る。
「しかし…、本当にこれ酷いですね…。髪の毛が浮いてるってカツラでもこんな超常現象ないですよ」
「し、仕方ないだろう!この操作はとても難しいこだ。…問おう、学園の王よ。我の作り上げた汝は如何にして見えるであろうか」
「だからね!?何の話をしているのかさっぱり!さっぱり分からないんだけど!」
「そろそろネタばらししないと話が進まないんじゃないかしら?和珠、時には真実を受け入れて貰うのも定めなのよ」
「お前ら俺に分かる言語で話せよ。…ったく、やれやれ」
俺は黒板前に置いたパイプ椅子に腰掛ける。部員の視線が桃田おうぎに集中する。これでも気が付かないなんて、どれだけ鈍感なのだろうか。
「お題は桃田おうぎさんです」
生徒会長はそれを聞いて、再びスクリーンの中の、あまり美化されていない自分を見つめた。
「…?私?マジで?」
「マジです」
「…似てねぇ……。大岐、次!」
「コメントそれだけかよ!?」
小豆沢は脱落。じゃんけんで負けて好きな係になれなかった小学生のように肩を落とした。逆に、このクォリティーで何処から自信が湧いてきたのか不思議である。勝てるわけがないだろう。そんな小豆沢に時瀬が「ドンマイ」と声をかける。
「…2人目だ」
エンターキーを押して現れたのは、金髪ツインテールの幼女だった。顔の輪郭や手足、体付きが柔らかに調整されている。大きく透き通った丸く青い双眸がとても可愛らしいが―――
「誰だこれ」
「はいはいー!ボックでーす!可愛いボクの姿に和珠もメロメロ?」
「…大岐くん…、やっぱりロリコン……?」
「違ぇよ!お前らはどれだけ俺をロリコンにしたいんだよ!?」
確か、俺は桃田会長をモデルに作れと言ったはずだ。俺が別組織の人間に拘束され洗脳、記憶削除されなければの話だが。考えたくはないが、記憶が混濁しているのか?…んな訳あるか。
「ねぇ、オルデュール、これの何処が…桃田会長なのかな?」
「うーん…。ボクは思ったの。ボクぐらい可愛くないと、作るに値しないって。だ・か・ら!作っちゃったわ!」
「作っちゃったわ、じゃねぇよ!?」
プロジェクターの説明書の冊子を丸めてオルデュールの頭を叩く。痛いと言ったような気がするが気にしない、聞こえない。
「因みに会長さん。これの評価は?」
「可愛いけど…。駄目ね」
「えっ!?可愛い!?ボク可愛い!?可愛いわよね!?んー!ボクってやっぱり可愛いっ!」
「うっせぇ」
自信が有り余りすぎる人間というのは、俺にはイマイチ理解出来ない。そもそも日本人は自分大好き人間は少ないが。自分のことを好きになれる人は素直に羨ましいとは思っても、ここまでナルシストだと流石に引く。
「次行っても良いか?」
「良いよ。…けどなぁ」
「どうした時瀬。何か不服なことがあったか?」
「思ったより桃田会長が騒がなくて悲しいなって思って」
お前は何を期待しているんだ。
次のスライドへと移る。確か、時瀬の作ったものだったはずだ。上目遣いのポーズでスクリーンショットが撮られている。
髪型や目の大きさ、形など、それなりに似てると言えば似てる。だが、小豆沢やオルデュールのにはない違和感がある。
「時瀬〜?どうして私の頬がこんなに赤くなってるのかしら?」
「くっころ、って感じ?これ、頬だけじゃないよ。目元に涙を付けてみたの。これはアイビスペイントっていうフリーのお絵描きアプリで」
「ふ、不健全すぎよ…!!クソコラじゃない」
恥ずかしそうに目をそらす生徒会長。羞恥心と自分がモデルになっているという自覚はあるようだ。
「技術と発想は凄いですねぇ…。わたし的には…無いです」
「奇遇だな。俺も無いと思った…」
「えぇ!?なんで!?」
声を荒げても無いものは無い。俺は普通に作れと言ったはずだ。
続いてエンターキーをまた押す。昏名井のはずだが
画像がない。メールを整理していた時にも思ったことだが、4件しかメールが届いていないのだ。
「昏名井だよな?送ってないのって。まさかまだ出来てないのか?」
「いやぁ…出来ているんですけど」
昏名井は恥ずかしそうにモジモジし、
「1週間の使用時間を超えました!」
やっぱりか。何となくそのようなことは察していた。
「先に言えよ!?使いすぎなんだよ!」
「この通りです…。画面ロック掛かっちゃって駄目ですね。担任のところに見せに行かなくては…。はぁ、面倒いです」
「使いすぎるとこのようになるのだな」
昏名井のスマホを覗くと、ロック画面のままで、パスコードが認証できなくなっている。俺自身、このような状態に遭遇するのは初めてだったため、小豆沢と同じく関心してしまった。
「それ、来週の月曜まで我慢するしかないわね。…大岐、次行っても良い?」
「…ああ。すまない」
トリとなった月座先輩の作品をスライドに出す。
これが桃田かと言われたら首を傾げてしまうものの、時瀬の余計なコラ部分を除いた、普通に可愛らしいモデルだった。髪や目の色がとても綺麗である。
「はい、ジャッジメントしてください」
「……優勝は月座繭羽さんね」
完全なる消去法で、カスタムキャスト大会で栄えあるトップを手にしたのは月座先輩になった。そんな彼女には名誉が送られました。
めでたしめでたし。