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海の向こうを見渡せる場所Ⅱ

 


 夏休みに入った。田舎独特の脳を掻き乱されるような蝉時雨。日々の寝不足に悩まされるところだ。


 朝の8時過ぎ。簡易的に朝食を取った俺たちは寮の入口付近に集合していた。

 俺たちというのは、我ら幸せ宅配部と生徒会の連中だ。


 バスが入口の前に止まる。運動部が遠征で使うようなシャトルバスだ。そのボディには『向日嵜学園』と、明朝体で書かれている。推測しなくても、学校の所有物だろう。


 運転席から灰田先生が降りると、場の空気に一層緊張感が増す。


「皆、おはよう。よく眠れたか?」

「蝉がうっさくて全然眠れないのよ…。ねぇ、灰田ちゃん、この裏庭にバルサン撒いても良いですか?」

「駄目だ。そもそもバルサンは撒くのではない。焚くものだ」


 俺と同じく蝉に悩まされる桃田に、先生はバッサリと切り捨てる。


「ボクも蝉がうるさくて寝苦しいわ。ねぇねぇ、和珠、バルサンって何かしら?」

「俺はお前の方がうるさい」


 そして俺は周りを見回す。いつものメンバーに、知らない顔が2人。1人はオールバックで固めた個性的な髪型の青年に、もう1人は女子のような顔立ちなのに男子制服を着ているという、なかなかキャラの濃いメンツだ。

 まあ、恐らく生徒会の人だと思われる。だが、俺の目の前で耳を劈くぐらい大きな声で話すオルデュールには見向きもしない。あの人たちは『見えない人』ということで確定だろう。それに灰田先生もオルデュールの姿は視認出来てない。


「いいか、オルデュール…。あまり俺に話かけるなよ?変人だって思われるからな!?いや、マジで、振りじゃなくてマジで」

「もう既に変人じゃない。何よ今更。もっとボクを楽しませてよね」

「良いから黙ってろ。後でアイス買ってやる」

「じゃあじゃあ!ハーゲンダッツなら!!…約束よ!?その為なら静かにしてるわ!」


 何とかオルデュールを黙らせる。相変わらず、そのチョロさには感謝だ。

 とりあえず、先生や見知らぬ人の前では独り言は控えたい。


「桃田、お前バスの座席は決めたのか?」

「はい。もう出発しますか?」

「勿論だ。各自、座席につくように」


 灰田先生はそう呟き、運転席へと戻る。

 俺たちはそれに続いてバスへと乗り込んだ。ちなみに座席決めはくじ引きで俺の隣は昏名井である。


挿絵(By みてみん)


「じゃあ、皆席に着いたわね。自分の他にリーダーがいるって変な気分ね…。時瀬部長、初めても良いかしら?」

「もちのろん。私はプレイヤーとして楽しみたいから、今回は生徒会長に譲るね」

「そう?遠慮しなくても良いのに」


 俺の真後ろにいる時瀬が離れた桃田と会話する。背中を蹴られないか心配だ。

 しかし、プレイヤーだと?一体何のことだろう。俺同様、昏名井も疑問に思ったらしく首を傾げる。


「何だかまたいやらしい事を企んでますね、時瀬ちゃん」

「あいつらのことだろ。せいぜい被害者にならないことを祈るばかりだ……」


 バスが動き出す。運転席から灰田先生が「ほどほどにな」と声を漏らした。


「それじゃ、バスレクを始めまーす!」


 ひとつ溜息。後ろの座席から小豆沢が質問する。


「…バスレクって何をするのだ?バスの中である故に、自由に動くことは不可能である。ゲームの種類にもよるが」

「よく聞いてくれたわね!それは――――」


 大きく深呼吸した桃田会長が楽しそうに叫んだ。


「人狼ゲームよ!」


 また、とんでもなさそうなのが出てきた。

 名前だけなら聞いたことはある。だが、やったことはない。見渡す限り、それは俺の周りもそうみたいだ。


「人狼ゲーム?確か心理戦みたいなやつ、だよね?うーん、まゆはやったことないなぁ…」

「月座先輩も知らないんですか。ってことは、時瀬ちゃんと桃田会長で勝手に企てたゲームですか?…なんだか怖いですね」

「俺も聞いたことがあるだけで経験は無いな。昏名井は人狼やったことあるか?」

「わたしもないですねぇ」


「昏名井だけに!?」と後ろから声が聞こえた。あの馬鹿、黙ってろと命令したのに。不意打ちで極寒ギャグを言うのはやめて欲しい。


「えっーと。この中で人狼ゲームやったことある人?いる?」


 時瀬が仕切ると手を挙げたのは生徒会の2人だった。確か、美濃(みの)鶴咲(つるさき)と言ったか。直接会話はしていないが桃田が勝手に紹介していて、そんな名前だった気がする。


「美濃先輩と鶴咲先輩以外は無い感じだね。ちなみに私はあるよ。ほら、オンラインで出来るやつ。ネットの人と協力して戦うチャット方式の」

「ただの一緒にやる友達がいないだけじゃないか…」

「……おまいう」

「うっせえ!俺だって友達少ないの気にしてんだよ!」

「はいはい。経験者は少ないのね。じゃあ初心者向けにルール説明した方が良さそうね。ゲームマスターは私で良いかしら?」


 桃田はそう言うと、事前に作っていたのであろう。箱から4つ折りされた紙を取り出した。オルデュールとセイナの幽霊組と、ゲームマスターを除くため7人分である。


「まず役職としての説明をするわ。ほぼ初心者だし、簡単で良いわよね…。役職は人狼が2人、占い師が1人、残りが市民。まあ、村人でも良いけど」

「あ、思い出しました!村人が村に紛れ込む人狼を村八分にしていくゲームですよね?前、私の好きな実況者がやってましたよ」

「そうそう。そんな感じ。動画のネタになるから実況者とかにも人気だよね。付け加えるなら、人狼を村八分にしていく代わりに、毎晩誰かが食われる。で、村人が人狼を全て処刑したら村人の勝ち。逆に、人狼に村人を全て食われたら人狼の勝ち。桃田、食われる人数は2人にする?1人にする?」

「くっ…、2つも年下の後輩に呼び捨てにされるのは腹立つわね。食われるのは、そうね…。とりあえず1人で進めましょう」


 桃田はジト目で時瀬を睨み付けると、また溜息を吐いて説明を続ける。


「ゲームの進行はRPGゲームにもあるカレンダー方式。人狼が人を食うかわりに、占い師のような特殊能力を持った人は夜にだけ能力を使うことが出来るの」

「特殊能力なのか!?すっごい閃光が迸ったりカッコイイ能力名叫んだりするのか!?」

「そこに反応するなよ!?さすがにそれはないだろ。……で、占った結果はどう伝えるんだ?」

「夜は皆伏せなきゃいけない。だから、私がこのホワイトボードで書いて、占い師本人に筆談で教えるわ。あとは私がきちんと進行させればゲームは成り立つはず。他には騎士とか霊媒師とかあるんだけど、霊媒師はゲーマスでも代用できるし、騎士や狂人を増やしたら混乱しそうだものね。まあ、まずは習うより慣れろ。そのルールでやってみましょ」


 ということで人狼ゲームをやってみることになった。

 まず、見渡しやすいように椅子の背もたれを倒す。立ち歩きは出来ないため、これをするしかないのだろう。

 そして、桃田がカバンからお菓子の空箱のようなものを出した。


「じゃあ箱回してくから引いて」


『たけのこの里』の箱に入った紙を直感で引く。4つ折りにされた紙にはまだ何が書いてあるか分からない。


「開けて良いわ。見たらすぐに折って右側のドリンクホルダーの中に入れて。…言っておくけどオルデュールとセイナ。静かにしているのよ」

「分かってるわよ…」

「オルデュール?誰だ、それは。新たな刺客か」

「鶴咲には関係ないから」


 オルデュールは完全にしょぼくれている。やや可哀想だが、他者の介入があったらこのゲームはなりたたない。後でお菓子を増やして元気づけてやろう。


 俺は引いた紙を開く。


『人狼』


 初プレイにこれは…。まあ良い、俺の他にも人狼はいることだし、ポーカーフェイスを頑張るのみだろう。


「アポクリン村に、人狼が2人迷い込みました。なんと、そいつらは村人をAランチ定食のように食べちゃうぞ。ということで誰がクロか話し合おう!初日の話時間は3分です。よーいどんっ」

「はぁ…、その頭が痛くなる変人設定すっかり忘れてたよ」

「これって黙秘を決めても良いのか?オレは変に話して疑われたくない」

「良いけど黙ってるやつほど処刑されやすくなる。小豆沢くんが話したくないならどうぞ」


 話さないと処刑されるのは面倒だ。何かしら行動を起こした方が良いのだろうか。大体時瀬と月座先輩以外の生徒会メンバーしか経験者がいないけど何とかなるのか甚だ疑問である。


「初日だし初心者ばかりだ。話し合いは無しでも良いのではないか?僕から話すことも特にない」

「まあ、誰も死んでいない状況で推理しろってのも無理だな。…ゲームマスター、夜にできますか?」

「鶴咲も美濃くんもこう言ってるけど、良い?」


 良いと言われても俺たちはまともにルールが分からないので頷くしかない。事件が起きてから話は動くものだ。探偵が存在するミステリー小説で、完全犯罪が不可能であるシステムと同等である。


「1日目の夜になりました。村人は皆おねんねしてください。…ほら、ダンゴムシのポーズになる!あと、音立てて」


 膝の上にリュックを置き、その上に伏せる。そして指示されたように両手の指でタイピングをするようにガサガサとリュックを叩く。


「それでは人狼は起きてください」


 俺は顔を上げる。目が合ったのはゲームマスターの桃田と、美濃と呼ばれた可愛らしい顔立ちの先輩だった。即ち美濃がもう1匹の人狼だろう。


「人狼は今夜食べる人を1人選んでください」


 とりあえず俺は鶴咲の席を指差した。美濃先輩は特に表情を変えずに頷く。

 ところで美濃湊叶は男なのだろうか。女の子なのだろうか。やっぱり、男子制服を着ているから男なのだろうが。うーむ、男に見えない。


「人狼は寝てください。―――続いて、占い師の人は起きてください」


 俺たちは伏せる。その頭上で「占い師の人は今夜占う人を選んでください」と聞こえた。俺が選ばれないことを祈るばかりだ。


「1日目の夜が明けました。昨晩殺されたのは鶴咲征也くんです。ユッキーさんは生きたまま腹を裂かれ、(はらわた)をズタズタに流されました」

「僕か!?綿流しかよ!?個人的に言祝し編でのオヤシロ様宇宙人設定はそんなに好きじゃ」

「はい、死人に口なし。あと古代の拷問にそういうのあるから誰も綿流しなんて言ってませーん。村人の皆さんは今日、処刑をする人を選びます。まずは3分間話し合いしてください」


 処刑という単語に少しだけ緊張感が増す。また誰もが口を閉じるかと思いきや、昏名井がボソリと話した。


「……鶴咲先輩でしたっけ。彼を殺すというのは、人狼の1人は生徒会の人の可能性が高いと思います。わたしたちの部活とは関わりが少ない訳ですし。もし、わたしが人狼で、最初に殺すなら部員ですね。時瀬ちゃんか小豆沢くん辺りかと」

「えっ、昏名井さん日頃の恨みを晴らそうとするのやめて。ちょっとショックだから」

「でもそれもあると思う。だが、兄者を殺して、真っ先に疑われるのはオレではないのか?ほぼ兄弟のように育ったようなもんだしな。この中だと一番に密接な関係に該当する」

「逆に親類を狙うと疑われやすいから避けるでしょ。私は小豆沢くんはシロじゃないかと思う」

「おい、待て。鶴咲先輩と小豆沢って…、親戚?」


 話し合い中、とんでもない話を聞いて驚く。

 時瀬は何食わぬ顔で頷いた。雰囲気はそこはかとなく似ていると感じていたが、親戚となると驚きだ。兄弟とは言っていないから、従兄弟の関係で良いのだろうか。


「まゆはねぇ、大岐くんが怪しいと思うなぁ」

「どうしてだ?」


 疑われて一瞬ギクリとするが、心を静めて返答する。


「何となくだけどね。なんか、いつもより口数少ないし…。普段の大岐くんだったら、誰か殴ってると思うかな?」

「それは心外だな…。俺は1番はじめに部員以外に気を引かせた昏名井が怪しいんじゃないかと思ってる」

「はぁ!?わたしですか!?だったら黙秘してる美濃先輩だって怪しさ100万点ですよ!?」

「…私は占い師、だから黙秘をしていただけ。逆に小豆沢が怪しいと睨んでいる」

「意見が割れるねぇ…。大岐くんはね、人狼だったら間違いなく私を殺しにかかると思うよ。勿論、昏名井さんも同じくだね」

「だからどうして露骨にわたしを敵視するんです!?美濃先輩、占い師だったら昨晩占った結果を教えてくださいよ!?」

「時瀬華撫はシロ」

「本当か時瀬?」

「これで嘘って言う馬鹿はいないでしょ。でも、私がシロなのはマジマジ。だからって信用出来ないんだよね…」


 考え込む時瀬。時間が切れたのか、桃田がホワイトボードに『時間切れ』と書いて掲げた。思ったより3分とはあっという間みたいだ。


「処刑する人を投票していきます。紙を回すから殺したい人の名前を書くのよ」

「もう時間ですか…。仕方ないですね、はい、大岐くん」

「さんきゅ」


 配られたのは生徒会誌を細かく切ったものだった。自分の所の機関誌を、こんな風にあられもない姿にして良いのか、とツッコミたくなる。


 配布されたマッキーペンで、俺は誰を書こうかと迷う。まず、思いついたのは昏名井の名前だ。美濃先輩が自身のことを占い師と偽る以上、怪しいものは消しておかなくてはならない。

 だが、待てよ?昏名井が占い師だった場合、ゲームマスターである桃田が霊媒師の役を担ってバレてしまうのではないか?そうしたら真っ先に美濃が疑われる。


 ここはフェイクも含めて小豆沢と書くことにした。


「それじゃ開票ね。昏名井3票、小豆沢1票、大岐1票、美濃1票。よって、本日処刑されるのは昏名井結璃さんです」

「はわわわ…マジですか!?」

「昏名井はギロチンであっさりと首を落とされて死にました。楽に死ねて良かったね!」

「良くないです!!!!」

「死人に口なしだよ、昏名井さん。ゲームマスター、昏名井の役職は?」


 桃田は立ち歩き、ドリンクホルダーに置かれた四つ折りの紙を広げる。そこに書かれていたのは―――


『占い師』


「やっぱりか…。だったら何でお前はもうちょい主張しなかったんだよ…」

「だって!!自分の役職を話すと噛まれやすいらしいじゃないですか!特に占い師とか人狼のエサでしょ!?」

「はいはい、静粛に。2日目の夜がやって来ました。今夜も人狼は2匹。村人の皆さんは寝てください」


 一斉に伏せる。昏名井が占い師だと露呈したことで美濃が人狼だと認知されたのは当然だろう。役職を偽ることは良いが、慎重にならないと自爆にしかならないな。


「人狼は起きてください。今夜食べる人を選んでください」


 俺と美濃先輩は顔を上げる。美濃先輩は死んだのも当然だ。どうせなら彼に選ばせてやろうかと俺は顎でしゃくった。

 彼は少し迷い、時瀬を選んだ。あからさまかもしれないがまあ良い。俺と美濃先輩は再び伏せる。


「占い師は死んだため、占えません。三日目の朝がやって来ました。村人さん、朝ですよ」


 皆が起きる。


「昨晩死んだのは時瀬華撫さんです。時瀬さんは綺麗に食されて死にました。骨も残りませんでした」

「私かよ…。じゃ、あとは皆に任せる」


 死んだ人は発言権がないため、普段やかましい時瀬も口を噤む。経験者の時瀬がいなくなったことで少しはやりやすくなったかもしれない。


「それでは処刑する人を選びます。村人は3分間、仲良く話し合いをしてください」


 残ったメンバーは、俺と小豆沢、月座先輩、美濃先輩である。

 俺はまず、疑われないために口を開く。


「…人狼は美濃先輩。ソースは昏名井が占い師だったこと。彼は嘘をついて敵である占い師を潰した」

「それはまゆも思った。でもね、美濃くんの他にいる人狼が分からないや」

「オレもさっぱり推測不可能だ。だが、美濃先輩が怪しい件については至極同意をする」

「…私を疑うのか。大岐までもそう言うと3対1か。どう足掻こうとも無理かな、これは。桃田会長、処刑に移っても良いですよ」

「ふーん、自分から死を望むのね。投票をはじめます。紙を配るから生存中の村人は書いていって」


 そして切り刻まれた生徒会誌が渡される。名刺サイズのそれに俺は美濃と書いた。


「投票の結果、美濃が3票、小豆沢が1票。よって、美濃湊叶を処刑します。彼は薬物を投与され、20分間苦しみながら死にました」

「先輩…生徒会男子に厳しいっすよ」

「はい、シャローップ!皆さん」


 そう言って、美濃先輩の隣にあるドリンクホルダーから紙を出す。広げられたそれには、俺も知っている事実、『人狼』と記されていた。

 昏名井の一件で分かっていたことだが、周囲からは感嘆の声が上がる。


「見事、人狼の1匹の駆逐に成功しました。…だけど、これ、残った人数が3人になったから、人狼の勝ちね…。ここで人狼が1人噛むと残りは2人。2人じゃ投票出来ないわ」

「本当はもう1人いると良いんだけどね。死人を視認できない人がいるし、難しいかなぁ…。残った3人で投票してみたら?」


 時瀬がアイディアを出す。確かに、例えばここで俺が月座先輩を食べても、残るのは俺と小豆沢。俺か小豆沢が自分に投票しない限り、勝敗は成り立たない。


「じゃあ話し合い。3分ぐらいね」

「…適当だな。で、お前らは誰が怪しいと思う?」

「まゆはやっぱり大岐くんかなぁ…。いつもと雰囲気違うし」

「俺はそういう月座先輩かなぁ、と。小豆沢は人狼引いた途端、高笑いしそうだし。多分ない」

「おい、その理由は酷くないか?オレは大岐が怪しいと思うぜ」

「ソースは?」

「部長を消して自分に降りかかる災いを避けようとしただろうが、無駄だったな。あと、美濃先輩を追い詰めたのはフェイクだろ?貴様以外に考えられん」

「月座先輩が人狼だって可能性があるだろ」

「そうだな。だが、大岐の行動が咋すぎるんだ。人狼が月座先輩だとこじつけるものが不足している」

「まゆもそう思う。時瀬ちゃんを消すって選択をするのも大岐くんっぽいし」

「堪忍したまえ、人狼よ。兄者の恨みを今晴らそう」

「はぁ…、こりゃ参ったな」


 俺は両手を上げる。そして桃田に目で合図を送った。彼女は俺の傍まで歩み寄ると、ドリンクホルダーの中に入った紙を広げた。


「おめでとう。村人の勝ちよ」


 村人サイドから一気に歓声が上がった。

 悔しい…。あともう少しだったのに。しかし、これ、とてつもなく頭を使うゲームだな。部で普段遊ぶような、男のプライドを捨てるスゴロクや王様ゲームとは一味異なる。


「ちなみに、昏名井。一番最初の夜で誰を占った?」

「適当に鶴咲先輩を選びました。まあ、結果はシロでしたが。これ、殺されないようにクロを見つけるって厳しいですね…」


 確かに。村人サイドで攻めることが出来るのは現状、占い師のみだ。この役職の立ち回りこそが鍵だろう。

 一番前の席に座った桃田が座席から身を乗り出す。


「灰田ちゃーん、あと何分ぐらいで着きそう?」

「30分弱だ。あと、桃田。うるさくするのは構わないが、立ち歩くのはやめろ。私が父上と法律に怒られる」

「分かったわ。ごめんなさい。もう1ゲームぐらい出来そうだけれど…、やっても良い人?」


 桃田の問いに皆が手を挙げる。面白かったのは事実だ。それに俺は、今度は村人サイドで戦ってみたい。

 彼女は満足そうに「そう来なくっちゃ!」と微笑み、たけのこの里の空き箱に紙を戻た。そしてシャッフルを始め、それを座席の前の方から順に引いていく。


「皆引いたかしら?それじゃ、一斉にお願いよ。隣の人がいる場合は見られないように注意して」


 俺は自らが引いた紙を広げる。


『むら人』


 汚い字でそう書かれていた。一瞬、『むら(じん)』と読めたが、村人のことだろう。何故中途半端に平仮名なのだろうか…。

 何がともあれ、俺の願い通り、村人サイドで戦えそうである。


「今回もこのアポクリン村にわるーいわるーい狼さんが迷い込んじゃったわ。狼さんは赤ずきんちゃんを誑かす他に、村人もむしゃむしゃ食べちゃうの」

「ひとつ気になるのだが、そのアポクリン村ってなんだ?」

「アポクリン汗腺…的な?臭そうな名前でしょ?」


 訳が分からない。


「1日目、昼の話し合いよ。人狼は2匹。ヒューマンが食われる前に、見つけて保健所送りにすること。まあ、まずは、夜に備えてしっかり打ち合わせしてね。時間は3分です。よーい、どん」


 アポクリン村については、俺以外の誰も触れず、話し合いが始まった。先程のプレイの様子を見る限り、初日の打ち合わせは円滑にいかない。慎重に様子を窺ってみるとするか。


「騎士がいたなら、ここで占い師を名乗り出て守ってあげたいけど。無理に名乗ったら噛まれるから名乗り出なくても良いよ」

「自分から噛まれにいくようなものだし、いくら馬鹿でもそこまでしないだろ。まずは誰が人狼なのか。自分の役職を偽っても良いから話すべきなんじゃないか?」

「偽ったら意味が無いんじゃないですか?」

「良いから。時間を無駄にするな」


 俺がこう出たのにはきちんと意味がある。俺が引いた『むら人』。これを上手く活かせば身の潔白を証明出来るのではないかと考えたのだ。

 桃田のことだ。初心者だと考慮してわざと亜種を入れたのだろう。『むら人』の所持能力は無いだろうが。


「まずは俺から。俺が引いたのは村人じゃない」

「え、まさか…大岐くんが占い師なのかな?」

「違う、違う。村人じゃなくて、『むら人』。手書きの汚い字で書かれてるやつだ」

「何だそれ…。と、言いたいところだが、その『むら人』ってやつ、先程オレが引いたのと多分同一の物だ。人狼側だった大岐が事実を言ってる。信用しても良いのではないか?」

「ですかね。むら人ではないですが、わたしも村人ですよ」


 それに合わせて周りも自らが村人であると主張する。俺はその目をじっと覗き、嘘をついていないか確認する。特に瞳は泳いでいない。


「俺が完全なる村人だってことで、狙われやすくなった…とかない?」

「うーん、どうだろう。私だったら一般人は狙わないな。何しろ人狼は天敵である占い師を潰したいわけだし。他の4分の1に掛けるでしょ」

「逆にそこの大岐が村人ってことで、占い師を狙いやすくなった。と、いうことになるな」

「そうですけど。逆に言えば占い師は人狼を占いやすいですよ。5分の2で人狼なんですから。ソシャゲのガチャより優良ですよ」


 その例えは何なのか。でもその意見は一理ある。

 今夜、占い師が人狼を占い、そいつを処刑すれば勝利は近づいく。どちらにせよ、占い師の犠牲は避けられないが。


「もう3分経つわよー?はい、寝て寝て」


 桃田の声が掛かり、一同にリュックに伏す。そして両指をカタカタ、カサカサ鳴らす。


「人狼の人は起きてください。今夜食べる人を1人、選んでください」


 無言。ひたすらカタカタ音がするのみだ。


「続いて、占い師の人は起きてください。今夜占う人を決めてください」


 誰かを指したのか。ホワイトボードにキュッキュと書かれる音がする。フェイクのために画数を増やし、ローマ字や平仮名で書いているのだろう。彼女が何を書いているのかは不明だ。


「1日目の夜が明けました。昨夜食べられたのは美濃湊叶くんです。彼は顔から下が原型を留めないほど食い散らかされていました。そんな彼に、全員、黙祷」

「…先輩、生徒会男子のこと嫌いなのですか?」

「顔が綺麗なだけまだ人狼に感謝しなさい」

「感謝する相手は人狼なのですか…」

「死んだ人は喋らないのよ?それでは、村人は今夜処刑する人を選んでください」


 そこで待ってたとばかりに時瀬が言う。

「皆、心して聞きなさい!月座ビッチ先輩が人狼だよ!」

「え?ちょっと何言ってるか分からない。どうしてなのかな?」


 至って冷静に月座先輩が聞き返す。一番慌ただしそうに見える人に限って、そのようなことが無いのは不思議だよな。


「時瀬ちゃんは占い師なのですか?」

「いいや。違う。占い師は美濃だっけ?あの顔が可愛い先輩なんじゃないかって私は勝手に思ってる」

「処刑されなきゃゲームマスターは役職をバラすことは不可能だもんな。霊媒師(メディウムマスター)が不在なのを利用したな、偽りの者よ」

「兄者、それのネーミングセンスはダサい」


 小豆沢にダメ出しされる鶴咲先輩。直球で言われたのがショックだったのか、ヘナヘナと落ち込む。

 現在のルール上、処刑されない限り、死んだ人の役職の公表はないみたいだ。


「鶴咲先輩は村人だよね?」

「僕か?…もちろんだ」

「怪しいなぁ…。小豆沢くん、この人嘘つくの下手でしょ?」

「そうだな。兄者は昔から嘘を付くのが下手だった」

「じゃあ、決まり。この人処刑で」

「ちょ、そんな簡単に良いんですか!?」

「別に違くても村人でしょ。死に損ってだけだよ。あ、分かった。昏名井さん、そんな事言うってことは人狼サイドだね。処刑されたい?」

「さっきのギロチンで勘弁ですよ!!わかりました。今は時瀬ちゃんに従いますって」

「おい、時瀬。月座先輩は?良いのか?あんなに自信満々だったのに」

「別に放っておいても次のターンで私を噛んだでしょ。あとはあんたたちに託すから」


 時瀬の奴、明らかに勝利を確信している顔だ。彼女が占い師じゃなかったにしても、どうして月座先輩と鶴咲先輩を睨みのかが分からない。いや、鶴咲先輩の反応は分からなくもないか。


「時瀬ちゃんが人狼サイドだって可能性があるよ?まゆは、時瀬ちゃんの方がすごーく怪しいと思うかな」

「ほう?そのソースは?」

「ソースはないよ。だけど、時瀬ちゃんが人狼だった場合、村人は全滅しかねないよ?だって、掌でずっーと踊らされている訳なんだから」

「でも、私が占い師で、1番はじめに月座先輩を占った。それが事実だとしたら?」

「まゆは時瀬ちゃんが占い師じゃないと思ってる」

「だとしたら占い師は美濃先輩説が一番濃いね。美濃先輩だけに。今回の人狼側の敗因を明かすとしたら、自分が占い師だって偽らなかったことになるかな?」

「ふーん?それでまゆを論破したつもりかな?」


 時瀬の意見が論理を貫いていることもあり、俺は口を挟めない。時瀬に反論するに至る材料が足りていないのだ。

 だったら――――


「あの…、実は俺。占い師だ」

「「はぁ!?!?」」


 時瀬と月座先輩の声が重なる。

 驚くのはその2人だけではない。昏名井も小豆沢も鶴咲も驚愕する。

 もちろん嘘だ。俺が引いたのは『占い師』ではなく、『むら人』である。


「じゃあ初日は誰を占ったのかな?まゆに分かるように説明してよ?だって、大岐くんはむら人でしょ!?」

「月座先輩、あなたは人狼だ。時瀬が嘘をついて占い師をやっているにしろ、そうでないにしろ。あなたは既にクロだったのさ」

「カッコつけないでよ…。さっき発言した、むら人だって事実はどう説明するのかな?」

「実はこの人狼ゲーム、俺が桃田会長に指図されて用意したものだ。字が汚いのはそのせいだし。だから、俺は自分でむら人というのを書いて作ったってのも知ってる。いるだろ?俺じゃなくて、真の“むら人”を手にする人が」

「若干小豆沢くんが入ってますよ?キャラ変わってますって…」

「てかさ、大岐くん!?初心者が役職を偽るのは場が混乱するだけで推奨しないんだよ!?知ってる!?!?」

「珍しく時瀬が怒鳴るな。んなこと知らねぇよ。時瀬の身が証明出来れば、お前は噛まれずに済むだろ?」

「そうだけどさ!そうだけど!!!」


 盛り上がっているのもつかの間。

 知らぬ間に時間は来て、生徒会誌の切れ端が回って来る。


「はいはい、そこまで。ちょっと時間はおまけしてやったんだから感謝しなさい。紙に名前を書いて、処刑をする人を選ぶのよ」


 月座先輩と鶴咲先輩。どちらを書くか迷う。

 どちらもクロだと睨むのは変わらない。だが、時瀬が人出会った場合、人狼は迷うことなく時瀬を選ぶだろう。確実に2票。人狼を駆逐するなら3票は入れなくてはならない。


 迷った結果、俺は『鶴咲』と書いた。


「時瀬2票、大岐1票、鶴咲2票、月座1票。割れたわね」

「その場合はどうするのだ?まさか処刑を2人にするのか?」

「違うわ。その場合は決選投票。じゃあまた紙を配るから時瀬かユッキーのどちらか、ぶっ殺したい方を書いてね」

「言い方怖いんだけど。殺すとか言っちゃいけないの知ってる?先生に言いつけるよ」

「小学生かよ!?」


 再び紙が配られる。やはり、文字の上に文字を書くというのは何だか慣れない。俺は意見は変えずに『鶴咲』と書いた。


「はいはい。時瀬2票、鶴咲4票。ということでユッキーはさよならバイバイ。人体実験の被験者として機関に拘束されました。そして生きたまま頭を開かれ脳を摘出され死にました」

「そもそも喰われてねぇし!?僕は某症候群L5患者か何かなのか!?」

「ワクチンの生贄になったのよ。己の名誉に刻みなさい。ちなみに、死んだ鶴咲征也くんは―――」


『人狼』


「マジですか!?めっちゃ顔に出る人でしたけど…やりましたね!」

「あ、兄者…、政府の前に村ぐるみの組織に利用されたとは…」

「ククク…、僕は死んでも蘇る。そう、あの伝説の復活者キリストのように!」

「蘇らんわ馬鹿。さあ、夜よ。村人は皆お家に帰って眠ってちょんまげ」


 俺らは口を閉じ、そのまま伏す。この体勢、若干ながら酔いそうだ。


「人狼は起きてください。今夜食べる人を1人決めてください」


 桃田は間を開けながらも続ける。


「占い師の人は起きてください。今夜占う人を決めてください」


 恐らく今夜殺されるのは、俺か時瀬だろう。まあ、あれだけ大胆に荒らしたのだから殺される理由も納得してしまう。


「昨晩食べられたのは、じゃんじゃかじゃーん!大きなゴミ…じゃなかった、大岐和珠くんです!」

「会長、俺に恨みでもある?」

「大岐くんはゴミ捨て場のカラスのように汚く食い散らかされて死にました。それでは大岐くんの犠牲を無駄にしないために、村人の人は処刑する人を決めるため、話し合いをしましょう」


 ともあれ。俺は死んだ。あとは静かに見守ることしか出来ない。


「念の為、確認だけど。小豆沢くんは占い師?」

「否だ。残念ながらそのような特殊能力は授かっていない」

「昏名井さんは?」

「村人ですよ。あ、実はむら人でした!」

「一応聞いておくけど、月座先輩は?」

「なんで無視するんですか!?」

「まゆは村人だよ?なんで人狼は大岐くんを噛んで時瀬ちゃんを噛まなかったんだろうね?」


 俺と時瀬だったら、月座先輩を論破しかけていた時瀬の方が怪しいはずだ。仮に月座が人狼だとして、自らが疑われないためのフェイクか?


「多分私のことが好きだったから食べなかったんでしょ」


 そんな訳あるか。


「冗談はさておき。私は月座先輩に1票。他は?」

「わたしも先輩に入れます。なんか胡散臭いですもん」

「俺もだ。先輩はクロだと思ってる」


 月座先輩以外の意見が纏まる。

 桃田は「これ以上話し合わないわね?」と確認すると、月座先輩のドリンクホルダーから紙を抜く。


『人狼』


「人狼2連敗ね。勝利は村人。…もう、私、笑いこらえるの大変だったんだから。時瀬、役職を見せても良い?」


 時瀬が頷く。そのドリンクホルダーに入っていた紙は――――


『村人』


「村人!?まさか!?じゃあ誰が占い師だって言うんです?実は美濃先輩説が濃厚とか言い出すんじゃ無いですよね!?それか大岐くんですか!?」

「オレだ。フフっ…これ程度の瞞しに現を抜かすとは。貴様らもまだまだ甘いな…。オレの能力、<占い師は嘘を吐く(エターナルフェイク)>に溺れてしまったということか。愚かなこと…」


 証拠と言わんばかりに、小豆沢はペラペラと『占い師』の紙を揺らす。

 俺も信じきれていない。最初の月座先輩がクロだと言い出した辺りからすっかり時瀬=占い師だとばかり認識していた。小豆沢…恐ろしい子…。


「おいおい時瀬。どうして月座先輩がクロだって最初に明言出来たんだ?」

「賭けだったよ。違ったら小豆沢くん…占い師本人に任せてた。多分だけど、小豆沢くん、一番最初に占ったの月座先輩でしょ?」

「そうだ。それを部長が代弁してくれたからオレは生暖かく見守ってた。まあ、今回のは確率が齎した奇跡、とも言っても良いだろうな」

「それもそうだね。あと、月座先輩。嘘つく時、右手首触るでしょ。気をつけた方が良いよ」

「なっ!?」


 時瀬は出来れば人狼側に回したくないと俺は思った。こいつを敵に回すのは骨が折れそうだ。


「大岐くんは本当にむら人だったんですか?」

「ああ。むら人だ。俺がこれを作ったというのは丸っきりの嘘だ」

「じゃあ、これは会長の字ってことなの?」

「そうよ。特に意味はないわ。汚くて悪かったわね」


 初心者向けの配慮とばかり思っていたが、違ったらしい。ただの怠け癖だそうだ。


「……繭羽はどうして最後は大岐を選んだの?まさか大岐が占い師だと本気で思って…?」

「……大岐くんにしろ、時瀬ちゃんにしろ、まゆのことを人狼扱いするのはハッタリだって思ってたよ?5分の1でまゆだし、バレては無いだろうってね。だけど、確実に夜、まゆは占われる。…どっちにするかは迷ったけど、むら人とか訳の分からないこと言ってる大岐くんにしちゃった」

「残念ながらむら人は存在したんだよ。小豆沢も言ってただろ」

「うちの部員ってノリが良いからうっかり騙されちゃったのです…。てへっ」


 あざとい…。

 タイミングを見計らってか、灰田先生が「あと五分ぐらいで着くぞ」と声を上げた。どうやらゲームはここまでのようだ。


「結構楽しかったです。今度は役職を増やしてやってみたいですね」

「そう言って貰えて良かったわ。よーし、夜は別のゲームを考えてるから、宿舎に行ってから、仕事はきちんとこなすのよ」


 まだやるのか、と呆れつつ。

 俺は窓の外に視線を移し、流れていく田舎の風景を見つめ、期待に胸を膨らませていた。





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