海の向こうを見渡せる場所Ⅰ
・大岐 和珠
本作品の主人公。出番なし。
・時瀬 華撫
幸せ宅配部の部長。とにかく性格が悪い。とある1件を境に生徒会と敵対している。
・月座 繭羽
生徒会役員にして幸せ宅配部の部員。一途なはずなのに、渾名はビッチ先輩。おっとりしていて優しい性格。
・桃田 おうぎ
3年生。生徒会の会長。時々変な言葉や例えを使う。時瀬やオルデュールに並ぶ面倒くさい人。
・鶴咲 征也
新キャラ。2年生の生徒会役員。小豆沢に負けない厨二病。
・美濃 湊叶
新キャラ。2年生の生徒会役員で会計担当。所謂、おとこの娘。一人称は私。
これは俺の知らない話。
「これより、第66回円卓会議をはじめる!」
「今度は何のゲームに影響されたのよ?花火よりもマグネシウムの燃焼実験の方が綺麗とか言ってるぐらいよく意味が分からないわね」
「まゆは…先輩の言ってる方が意味分からないな…。あ、あとね、マグネシウムの燃焼実験は普通に綺麗だと思うな…?」
職員室の一角にある生徒会室。2つの長机を合わせて5人の生徒が座っていた。その内の4人は生徒会役員である。ちなみに生徒会室に円卓はない。
「…あのさ。何で私は呼び出されたの?」
「時瀬ちゃん。そんな喧嘩腰にならないで。まゆたちは争いをしたいわけじゃないの…」
「でも、こんな紙を渡されちゃこの間の生徒総会はなかったことにならない?」
「だっ、だから…っ!まゆたちの話を聞いて」
「…そう。聞くだけ聞いてあげる」
頬杖をついた桃田おうぎは憂鬱そうに天井を仰ぎ、「美濃くん説明して」と呟いた。
時瀬の目の前に座る中性的な少年―――美濃湊叶。小豆沢の顔も中性的だが、彼は体の作りや声もが女性らしい。その彼は落ち着いた声音で説明をはじめる。
「幸せ宅配部の予算にはやはり無理があります。まず、今年度に入り、WiFiの設置とケータイのデータ通信、またその契約料の支出が予算よりも嵩んでいます。故に、全面的に部に当てるものが無いと」
「他の部活の予算を減らせば良いじゃない」
「神の前では皆平等だ。だから貴様らの組織だけに、我ら上層部からの恵みは与えられぬ」
「…なんだか、小豆沢くんとあんたは合わせちゃいけない気がするわ」
時瀬が両手を大袈裟に広げて、やれやれと呆れた。
口を挟んだ少年がメガネを人差し指で上げて囁いた。彼の名前は鶴咲征也。月座と同じ生徒会役員の2年生だ。ちなみに冒頭の円卓会議がどうとか言ったのも彼である。
「わかった。続けて」
「それで、ですね。時瀬さんがおっしゃったその夏休みの合宿とやらは、交通費や宿泊費、飲食費は私たちで賄えないわけです」
「別に全てを払えって言ってるんじゃないんだけど」
「だから何であんたはそんなに喧嘩腰なのよ」と再び憂鬱そうな顔で桃田おうぎは息を吐いた。
それを見た月座がおろおろと慌て、美濃の説明に付け加える。幸せ宅配部と生徒会、どちらにも属する月座が1番の苦労人なのかもしれない。
「…理事長に相談したの。あのね、時瀬ちゃん。生徒会って毎年夏休みに合宿やってるの知ってる?」
「知ったことないわ、貫通済み」
「うっ…、ひどい!」
だが、毒舌の時瀬に負けず月座は続ける。
「あのね、あのね!全校生徒でやる臨海学校あるでしょ?その下見と施設の点検を毎年生徒会がやってるの。理事長が言うには幸せ宅配部も一緒にどうかって!バスも用意できるし、悪い話じゃないと思うな?」
「つまり、幸せ宅配部もそれについていくと?」
「こんな変な部活を招待するなんて今までなかったことよ?私たちの対応に感謝しても良いぐらいだわ。……約束を破ったのは謝りますが!」
小声で頭を垂れる桃田。時瀬と桃田、どちらが先輩だか忘れてしまいそうだ。
「場所は泉原市所有施設の楪の郷っていうところです。ここから車で2時間程度の海が見える宿です」
「引率者は?うちの部の顧問はどう対応したの?」
「政府に記憶を消されたのか、クロックシャロー」
「なぜ直訳英語?」
鶴咲は時瀬の質問に無視し、
「我々、反逆せし者と協力関係にあったことが、あちら側に筒抜けか…。ククク…面白くなって来たぞ。良いだろう、取引続行だ」
「話聞けよ!?…この人って小豆沢くんの同類?」
珍しくいつもはボケに回る時瀬がツッコミを入れる。そして、白い目を向け、鶴咲を指差した。
月座はそれに、「うん」と肯定をする。
「なんだろう。同類っていうか…親戚?みたいな?」
「それ、どういうこと…?」
「えっーと、まず何から説明したら…。引率者は灰田先生。因みにうちの部の他に2つほど兼任してるの。あと生徒会の顧問もやってる」
灰田礼依…恐るべし。幸せ宅配部の顧問を引き受けた時点で、時瀬は彼女のことを変わった者だと認識していたが、どうやらそれ以上に変人のようだ。
「…小豆沢くんが灰田先生の知り合いなのは知ってるよね?実際、彼は灰田先生に押し付けられてうちの部活に入ったみたいなものだもん」
「もちのろんだよ。仮入部に来た時にそう言ってたから」
そうだ。あの時、時瀬は担任の灰田にも、彼本人にもそう言われたのだ。しっかりとそのことは鮮明に、記憶に残っている。
「じゃあさ、時瀬ちゃん。…灰田先生と小豆沢くんはどうして接点があったと思う?」
「……あ」
「そういうことよ。勘が良いわね。灰田と小豆沢は従姉弟。灰田の弟がユッキー。灰田というのは結婚してからで旧姓は鶴咲。分かった?」
「……私、あの人の変な性格に納得してしまった」
世間って狭いなぁ、っと時瀬は思う。
もしかしたらあの先生も変な日本語で会話するのだろうか。少しだけ脳内で妄想してみたら、噴き出してしまいそうだった。実に似合わない。
「で。それで引率が灰田先生なんだね。納得」
「あと付け加えるなら、灰田先生は理事長の娘よ?だからそう考えると、鶴咲と小豆沢ってこの学校じゃかなりのポジションよね。政府だか機関だかと戦ってるのも仕方ないかと」
「そこで合点しちゃうんだ…」
なんかもう、語彙力が出て来なくて、凄いとしか言いようがない。とりあえず今後は灰田には媚を売っておこうと決心する。
そう思ったその時、丁度、生徒会室の扉が空いた。派手な金髪をひとつに束ねた、思わず2度見してしまう姿は間違いない。幸せ宅配部の部員の1人、昏名井結璃だ。
「今お時間良いですかね?…ってあ、時瀬ちゃん」
「どうしたの、偽ビッチ。じゃなかった昏名井さん」
「あー…なんだか相変わらず腹立ちますね…」
昏名井はいつもの時瀬に溜息をひとつ零した。
「昨日の件、改めてお礼をしようと思いまして。時瀬ちゃんはどうしたんですか?まさかわたしの件でお手数掛けちゃった感じですか?」
「そんなことはないよ。話はもう無いし私はこれで退散しちゃっても良い?昏名井さんにはこれ、渡しておくね」
「あ、待ってくださいよ。わたしはただお礼をしたかっただけですから!生徒会の皆さんありがとうございました…!特に桃田会長さんと月座先輩には頭が上がりません」
「別に良いわよ。まあ、めんどかったのは確かだけど」
桃田は「あと」と、付け加える。
「時瀬にはまだ話あるから残って。昏名井はそうね…。恐らく隣に大岐と小豆沢が先生に呼び出されてるだろうから、もし合流出来るんだったらその紙見せて」
「分かりました。じゃあ、失礼します」
「えー、まだあんのー?そろそろ私という人質を解放して」
「ごめんなさい時瀬ちゃん…、もうちょっとだけ…!」
その何だかんだで楽しそうな時瀬の姿に、昏名井はふっと頬の筋肉が緩んだ。
紙を見て彼女は思いを馳せる。
「合宿か…」
誰にも聞こえない声で独りごちて、生徒会室の扉を閉めた。