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ゴミ屋敷のお姫様

【主な登場人物】

大岐(おおき) 和珠(なごみ)

主人公。自分の名前にコンプレックスを持つ。テスト勉強は真面目にするタイプ。忘れがちだが死ぬことが出来ない。


・オルデュール

カワイイボクが大好き。時瀬のことを性悪と呼ぶがその本人も性格はかなり悪い。幽霊的な存在である。正体は不明。


時瀬(ときせ) 華撫(かなで)

部長。面白いことが大好き。人のことを罵ったり馬鹿にすることが得意な美人。性格の歪みには突っ込んではならない。


昏名井(くれない) 結璃(ゆうり)

本編のメインにして、今回は台詞が少なく空気な可哀想な子。その内昏名井の化粧講座を開いて時瀬の顔を青タンメイクにしてやりたい(願望)


月座(つきざ) 繭羽(まゆは)

生徒会役員と部員を兼ねえている。通称ビッチ先輩。本編では珍しく台詞がある。話し方は幼稚でも割と常識人。


小豆沢(あずさわ) 碧斗(あおと)

自らのことを<|一欠片の薄氷は淡く光る(アブレイズシアン)>と名乗る厨二病野郎。機関だか組織だか、よく分からないものと戦っている。


桃田(ももた) おうぎ

学園の生徒会長。生徒総会の一件で時瀬を目の敵にしている。<時計の針は動かない(スタンドスティル)>の保持者。


・セイナ

桃田おうぎの契約霊。いじられキャラ。

 


 一学期の期末テストが無事に終わり。

 4時間目のチャイムが鳴った後、俺とオルデュールは一目散に教室を出て、いつもの部室の前に来ていた。同じクラスの時瀬はどうかというと、今日のテストの科目でもあった現代文の係らしく、それの提出物であるノートを回収するという重大な仕事があるらしい。

 最近は戸締りするのも面倒なので特に施錠されていない扉に手を掛けて中に入った。


「和珠、今日の手応えはどうだったのかしら?」

「別にどうも。まあ八割超えてれば良いかなって感じだ」

「そこそこの出来じゃない。でも、出来れば性悪を越えたいものね。ボクが耳元で答えを教えてあげても良いのよ?」

「余計なお世話だよ!?」


 しかもそれは立派なカンニング行為だ。と、言ってもこいつの場合はその答えが正しい確率は限りなく低いと思うが。


「とりあえず。赤点は余裕で免れたから安心だな」

「そうね。皆が夏休みの中、狭い教室の中で先生と個人レッスンなんて何処のギャルゲーよね」

「…お前、あの担任のことをそんな目で見ていたのか?」


 暑苦しいフリフリの服をヒラヒラさせながらドヤ顔で微笑むオルデュール。言っておくが俺は大人の女性にはさほど興味はない。言うまでもなくオルデュールのようなロリもだ。強いて付け加えるなら胸はあった方が良いが…。


「赤点と言えば昏名井が心配だな…。補習が入ったら合宿出来ないんじゃないのか?外出届けも申請不可能になると思うしさ」

「確かにそうね。…これから部室に来るだろうし問い質してみましょ」


 俺は「ああ」と頷き、購買で買った焼きそばパンを開封する。冷えていても、購買で売られているパンはなかなか美味しい。特にメロンパンと焼きそばパンは俺のお気に入りである。


 噂をすればなんとやらか。扉が開き、2人の人物が姿を現した。


「あ、ダブルビッチ」

「ちょっ!?ちょっと、まゆたちに変なあだ名付けないでよ…??オルデュールちゃんまでそう言うと悲しくなっちゃうのです…」


 オルデュールの壊滅的なネーミングセンスに顔を顰めるのは生徒会役員だとはとても見えない月座先輩。そして彼女に凭れかかるように死んだ顔をしているのが昏名井だ。どちらも幸せ宅配部の女性部員である。


「どうした、昏名井。顔が死んでるぞ」

「…掃除機が、欲しいです」


 訳が分からない。

 月座先輩の方に顔を向けると彼女は苦笑いを浮かべた。


「テストが悪かった訳じゃないみたいなの。ただね…」

「何だ?ゲームが好きすぎて禁断症状でも出たのか?」

「…そ、それも間違いではないと思うんだけど……。女子寮の方で噂っていうか、苦情があって…。もしかして大岐くんは聞いてないのかな?」

「それって入浴時間過ぎた後に聞こえる風呂場に住まう怨霊の叫び声じゃないかしら!?ほら!向日嵜の五大七不思議の!!」

「どうしよう。色々ツッコミたいんだが…」


 五大七不思議ってなんだよ。七不思議は7つあるから七不思議ではないのだろうか。

 あと、その怨霊というものがオルデュールではないことを俺は切実に願いたい。


「生徒会に苦情が来るってことはそれなりに問題事になってるってことだろ?」

「そうなの。…うーん……、時瀬ちゃん、協力してくれるかな?」

「本人に問うまで何とも言えん。だが、ネタになれば確実に協力してくれると思うぞ」

「本当!?良かったぁっ…!」


 一体昏名井の身に何があったというのだ。

 部長と残りのメンバーが揃うまで俺は昼食を食べ終えてしまうことにした。



 暫くして。

 時瀬と小豆沢、そして生徒会長の桃田がやってきた。会長本人がやって来るとなるとやはり生徒会案件らしい。


「で。ビッチ先輩。話って何なの?」


 すっかり敬語という概念を忘れた時瀬が偉そうに腕を組みながら弁当を食べる。おそらく、その弁当は学食の余った食材を安い値段で買取り、自分で拵えたものだろう。全く器用なやつだ。


 月座先輩は桃田会長を見ると、申し訳なさそうに言葉を発した。


「…えーっとね。結璃ちゃんの部屋から悪臭がするってね…、その…」

「そう。私が手短に話すわ。そこの彼女の部屋から物凄い悪臭がするって両隣の部屋の住人から生徒会に苦情があったの。夏場で臭いが抑えきれないみたいね。それで寮母さんも困っててさ。…昏名井さんだっけ?あんた、心当たりあるっしょ?」


 桃田会長が昏名井を見ると、死んだ魚のような目で頷いた。

 そう言われてみれば、昏名井の体から何ともいい難いスパイシーな香りがする。着ている服も夏服だし、いつものは派手目なメイクも控えめだ。


「昏名井さんに了承貰いたい上に、私たちだけじゃ手に負えなさそうだったらさ。あんたたち部員にも手伝って頂きたいのだけど。良いかしら?」


「だが断る」

 きっぱりと時瀬は言い切った。


「何でだよ!?」

 俺が怒鳴ると時瀬は「うるさい」と付け加える。いや、そう言われても…。


「…時瀬ちゃん、これ、部としての貢献活動として書けるし。まゆは悪い話じゃないと思うな」

「私は汚部屋が嫌いなの。しかもこんなリア充擬きの部屋に入ったらリア充が感染するに違いない」


 それはそれで良いんじゃないか。

 だが、リア充にアレルギー反応を出すこの女には通用しないらしい。


「あのさ、女の子にこんなことを尋ねるのは何か引っかかるが…。昏名井って掃除苦手なのか?」

「…得意じゃない…です」

「小豆沢、お前同じクラスだろ。こいつのロッカーってどうなってるんだ」

「例え我が神に近しい存在であろうとも、愚民の内側までは理解出来ぬ。少女の中を知ろうとすれば、精巧に組まれた術式で意思疎通(リンク)をしなければならない」

「よし、お前は知らないってことだな。分かったぞ」


 静かにしているはずもなく、オルデュールは昏名井の鞄をガサゴソと漁り、そして、耳を劈くような高い声で叫ぶ。


「うっわー!すっごい汚いわね…っ!ちょっと和珠、これ見てみなさいよ!」


 昏名井の通学鞄はプリントがクリアファイルから溢れており、もはやクリアファイルが役割を果たしていない。そして本日がテストだったと思わせないほどの嵩張るノートがハンバーガーのようにプリントと層になっている。


「昏名井、今日の提出物出したか?現代文と歴史と保健体育のノートとプリント」

「…プリント探せません。出てないです」


 細々しい声を漏らす。かなり重症のようだった。


「…どうかしら時瀬部長。困ってる人に手を差し伸べるのが幸せ宅配部なんでしょ?」

「そうだね……」


 腕を組んだ上半身を、パイプ椅子が反対側に折れるんじゃないかというほど反り伸ばす。長い髪が後ろに垂れて時瀬の背後に座る俺と目があった。


「あ、そうそう。桃田会長、つまりさ。昏名井さんのその寮の自室ってゴミ屋敷なんだよね?」

「イエス」

「おっけ。面白そうだから引き受ける。今からでも行って良いよ」

「本当に!?ありがとう時瀬ちゃん…っ!」


 月座先輩が嬉しみの笑みを浮かべ、桃田会長は安堵する。もう一度思ってしまうが、生徒会役員も手が負えないレベルってなんだ?


「大岐くん」


 時瀬が弁当箱を閉じてゆっくりと振り向いた。


「…?何だ?昏名井部屋突入作戦の会議か?」

「それもそうだけど。…ふふっ」


 我らの部長は堪えきれない笑いを零しながらその肩を揺らし、


「……ゴミだって。大岐和珠…っ…、ふふふっ…、あーっはははっー!」

「殴り倒してやろうか」


 それを言いたいだけに生徒会の依頼を引き受けたのか、と疑惑が浮かぶ。

 時瀬のくだらないギャグに昏名井以外の部員が俺の方へと向けられる。

 そのコンプレックスに俺は男女平等パンチを時瀬へと構えた。



 それから。

 俺たちは女子寮の5階に来ていた。ちなみに、男女両方において、異性が立ち入るのは基本的に禁止にされているルールのため、俺たち男性陣は寮母さんに許可を取り、学生証を指定のネームプレートに入れて首からぶら下げている。

 それだけならやや珍しいだけで目に付かないのだけれど―――


「わー!小豆沢くんの掃除機大きいねー!」

「月座先輩のクイックルワイパーも素敵ですよ」

「へへっ、そうかな?ありがとー」


 素敵なクイックルワイパーってどんなだよ。

 軍手を装備し、小豆沢と昏名井以外はTシャツに体育着のズボン。持ってる人は自室から掃除機だったりハタキだったりモップだったりと人目をひく掃除業者のような格好をしていた。小豆沢はいつものカラスみたいな服装で、昏名井は制服のままである。


「……あのさ。通り過ぎる女子生徒の視線が痛いんだが」

「これで私たちの部活も一際有名になるでしょ。宣伝だよ、宣伝。やったね」

「これ以上嫌な方向で目立ちたくないんですけど!?!?」


 もう既に「幸せ宅配部?ああ、あの変人の巣窟か」といった具合に人々から認知されている。認めてしまうとそれは間違いではないが、4月の地点ではそこまで酷くなかったはずだ。

 ここまでエスカレートしたのはあれだ。生徒総会で予算をふんだくってからだ…。おのれ、時瀬め。


「もう既に嫌な臭いするわね。オープンザドアしてもよい?開けゴマしちゃうぞ?」


 そういえばこいつは校内一の変人と呼ばれた女だったか。独特の言葉回しに頭が痛くなる。

 その桃田会長は、昏名井から奪った鍵を穴に差し込む。

 俺たちは覚悟を決めた。そして扉が開く。


「……これは酷い」

「わ……分かってますから。言うのは…辞めてください……」


 蚊が鳴く声で昏名井は縮こまる。


 時瀬が顔面蒼白するのも納得だった。

 その室内は足の踏み場が無いほど散らかり、六畳間が服とカップ麺、配られるプリント類で溢れていた。


「へぇ。昏名井ってこんなの食べるのね。和珠はインスタントラーメンは食べないから、ボクから

 見たら珍しいわ」

「男の人って夜食にカプ麺食べてそうだけど…。大岐くんは嫌いなの?」

「嫌いな訳じゃないが調子悪い時に食うとアレルギー出るんだよ。多分、添加物アレルギー」

「確かに、あんたってアトピー肌だよね。こんなハウスダストまみれの部屋入って大丈夫?無理しなくていいんだよ?」

「珍しく心配してくれるんだな…。気持ち悪いぞ」


 正直に感想を述べると平手で背中を叩かれた。痛い。

 こいつがこんな発言をすると夏に雪が降りそうだ。


「心配して損した。じゃ、皆やるよ」


 そう声を掛け、各自撤去に取り組む。

 俺は月座先輩とカップ麺のパックのゴミを捨てるように指示された。他はプリント整理だったり、掃除機がけだったり、脱ぎっぱなしの服を共有スペースの洗濯機に放り込む役職だったりと、本当に清掃業者のようだ。


「ペヤングばっかりだね…。まゆはゆーふぉーが好きなの」


 ゆーふぉー?UFOのことか。


「六畳しかないのにここまで散らかすなんて天才的だよな。カップ麺じゃないけど、これもいらねぇだろ。ほい、先輩パス」

「……汚ったない…。この紙皿、何に使ったんだろう…。てか、この部屋食器ないんだね」

「食器が無くてショッキングかしら?なーんちゃって」


 頭上から極寒のギャグが聞こえてきた。こんなこと言う奴はオルデュールしかいない。しかも、今の姿勢が見下されているようでより腹が立った。


「無視!?ちょっとは反応してくれないのかしら!?」

「知らん。つーか、お前も手伝えよ。物体に干渉出来るんじゃなかったのか?」

「何のことかしら?さっぱり存じ上げないわね」

「嘘だッ!!!俺、授業中にお前蹴り飛ばした時、思いっきり背中からロッカーに激突してただろ!?!?」

「…えっーとね…、大岐くんたち、一体、授業中、何やってるの??」


 コメントに困った先輩が苦笑いをする。ただでさえ、オルデュールの姿は一般的に視認出来ないのだから、こんなやつと話していたら変人と見なされてしまう(もう変人というレッテルを貼られているのはツッコミをいれないで)。こいつとのコミュニケーションを取るには、何より力で訴えるのが1番である。


 丁度その時、時瀬が部屋の中央で両手をパチンと鳴らした。


「はい、注目。ただ片付けるだけじゃつまらないからゲームをしましょう」

「え?でもまだ開始5分しか経ってないわよ?」

「…その、たった5分しか経ってなくても死人が増えそうなんだけど。申し訳ないけど私には手に負えないわ」


 時瀬と組んでいた桃田会長が、ゴミでも見るように部屋の端へと目をやる。そこには小豆沢が頭を抱えて体育座りしていた。まるでやりたくて仕方ない体育の授業を、風邪で見学してる状況のようだ。


「どうしたんだ、こいつ」

「たすけて」


 今にも死にそうな程の、か細い声で囁く。

 それに対し、昏名井は申し訳なさそうにひたすら「ごめんなさい、ごめんなさい!」と頭を下げている。その彼女の声も消え入りそうだ。ここはゾンビ学園か。地獄絵図すぎる。


「小豆沢くんって汚いの駄目なんだって。設定かって聞いたらマジらしい」

「……すまない。我にこの試練は重すぎた…。貴様に全てを委ねても良いだろうか」

「つまり潔癖らしいわ。私たち生徒会も、この変人部活に協力して貰ってる立場だし…。無理強いはさせたくないのよ」

「それでゲームか…」


 とてつもなくカオスなことになりそうだけど、ただ片付けているだけじゃつまらない。ここは了承した方が好ましいであろう。


「俺は構わないぞ。やりすぎたルールは無しな」

「ボクからしつもーん!それって桃田の影にいるクソ幽霊もやるの?」

「やる訳ないでしょ!?私が殺されかけるじゃん!!!」

「ふーん。そう。じゃあ、いいわ」


 やろうと思えば力ずくで桃田会長の契約霊・セイナを引き釣りだせそうだが、特に興味は無かったのか。俺の背後から離れ、少しだけ片付いた部屋の中央に座った。それを見て、他のメンバーもぞろぞろとそこへ集まる。


「ルールはどうするのかな?遊んでばかりで片付かないんじゃ、まゆたち来た意味ないよ?」

「今から言おうとしたところだよ。ルールは至ってシンプル。王様のくじを引いた人がハズレを引いた人に命令するの」

「それって王様ゲームじゃ…」

「だからこその負けたら罰ゲームってこと!」


 張り切った時瀬の姿勢が前のめりになる。顔が近い。


「つまり王様は罰ゲームを命令すれば良いんだな。…これ、似たようなものを前もやった気が」

「じゃあ、こうしたらどうかしら?この部屋にあるものを指定して罰ゲームを遂行して貰う。1階まで行ってゴミ捨てたり、洗濯機だって借りに行くの面倒でしょ?」

「要はパシリってことじゃねーか!?」


 まあ良い。それで仕事が減るなら俺は構わん。

 付け加えるとハズレを引くのが俺じゃなければ尚良しだ。


「全員良いね?…昏名井さん、小豆沢くん、大丈夫?」

「…まあ、ぼちぼち」

「あ、あの。ゲームは別に良いんですが…、お願いですから私の汚部屋をこれ以上見ないでください…」


 昏名井は、自分の部屋が汚部屋だと時間しているらしい。

 と、いう訳でゲーム大会が始まった。



「はい、くじ引いて」


 積まれていたプリントを器用に破って作ったくじをそれぞれ引く。そのプリントは本当に不必要なものなのかと俺は問いたいが、今はそのような場合ではない。


「あのさ、1つ言っても良いか?これってイカサマだとか小細工だとかはしてないよな?」

「私が作っただけで随分疑うね。無論、そんなことはしてないよ。ゲームは正々堂々してこそゲームだもの」


 若干時瀬は疑われたことに不服そうだったが、「じゃあ開いて」と素直にゲームの方へと戻った。

 俺は中身を見るべき引いた4つ折りの紙を開く。


『ハズレ』


 ……黙っておこう。


「…王様は誰ですか?あまりわたしの部屋のものを弄らないで欲しい…ですっ」

「弄るも何も、これ以上散らかりようがないでしょ。ちなみに私でもないわ。誰?」

 桃田会長が呆れる。


「はいはいはーい!ボックでーす!」

「お前かー!?!?!?」

「え、和珠?その反応隠す気ないでしょ…?」


 ノリノリで挙手する俺の隣の奇声幽霊と、頭を抱えて地面にひれ伏す俺。

 まさかのオルデュールだった。神様は嫌な予感を裏切らないらしい。

 時瀬が笑いを堪えきれずに転がり、床で死んだフリをしていた小豆沢が興味津々に俺とオルデュールの顔を見比べ頷く。


「…これはまた個性の塊のようなペアだな。どうなるか想像出来ん。新たな混沌への誘いだと、神がオレに告げている」

「うっせぇ!俺とオルデュールの組み合わせを聞いて少しだけ元気になるのやめてくれます!?」

「ふふっ…、確かに、面白そうだね。…じゃあ、オルデュール。ハズレを引いた大馬鹿者にこの部屋にあるアイテムで罰ゲーム考えて」


 もう嫌だ。おうちに帰りたい。

 こいつのことだから昏名井の服を左右反対に来て1階までごみ捨てしろとか言い出しかねない。


「んー、じゃあウブな和珠には何にしようかしら?」


 楽しそうに物色するオルデュールは布団の上に積まれた服の山に手を突っ込んだ。そしてブツを掴み、俺の前へと、生け捕りをしたうさぎの如く掲げる。


「……どうそれを俺にコメントしろと」

「ぶらじゃー!!」


 そんなの見て分かる。何がぶらじゃー!!だ。

 しかも、こいつ、人生を1番謳歌している顔をしているのが余計に腹立つ。


 あと、そのブツの色が異常にえぐい。毒々しいというか、魔女がよく鍋で調合する薬のような色をしている。更に付け加えると大きい。何がとは言わないが。とても大きい。


「あああ…もうわたしはお嫁に行けません…。やめてください…」

「おいおい。昏名井が絶望に満ち溢れてるぞ?いくらなんでも我が組織の長よ。それはやりすぎたなのではないのか?幾ら神の導きであろうとも、こればかりは…」


 女性の下着には頬を赤らめず、紳士的に擁護してくれる小豆沢。意外とこいつにもカッコ良いところあるじゃないか…。

 しかし、時瀬は俺に昏名井の下着を装備させたいのか。小豆沢に反論した。


「大体ね…、こんなに散らかす昏名井さんが悪いんだよ。オルデュール、これをどうする?頭から被らせる?」

「おい、俺の想像の斜め上を行くのはやめろ」

「んー。それも良いけど……。服の上にそれを付けてごみ捨てってどうかしら?」

「おいおい…、話聞いてたか?え…?俺が…?」

「そう、当たり前でしょ。和珠に決まっているのよ。はい、腕通して。あ、胸部下着の付け方って分かるかしら?」

「鬼!悪魔!お前なんてぷわぷわ天使やめちまえ!」


 俺はTシャツの上からブラを付けて1階までゴミを捨てることになった。

 ちなみに、寮にエレベーターはない。つまり、階段で降りるしかないのだ。その間に誰かに見られたら間違いなく出禁になるにだろう。下手をすれば停学か……。



「終わったぞ…。お、おい…、二往復するなんて俺は聞いてない……」


 息を切らしながら、昏名井の部屋を開ける。

 しかし、中にいたのは――――


「……え???あんた、誰?」

「……誰って。それはこっちの台詞なんだが…」


 そこにいたのは知らない女だった。三つ編みで結った髪をピンでお団子にしている。昏名井が初期にしていたうんこのようなお団子ではなく、下の方で止めた清楚な髪型だ。

 その顔つきと落ち着いた雰囲気から、我が部活の女子部員とは全く別方向の性格をしていそうだ。こういう方が女の子らしくて俺は好きなのだが。


「あ、…あんた、大岐…だっけ?」

「……?お前クラスにいたか?」

「ひどい。私は時瀬さんの前の席の築柳(つきやなぎ)築柳(つきやなぎ)瞳子(とうこ)。……話したことないから覚えてない?」


 そんなやつ居たっけ、というのが本音だが、取り敢えず場を合わせて「ああ」と適当に相槌を打っておく。人の名前と顔を一致させるのは本当に苦手だ。


 彼女―――築柳は俺の奇抜な格好に気付いたのか。あからさまなぐらいに顔を不快感に滲ませた。


「……きっも」


 清楚と呼んだのは前言撤回。美しくない日本語で罵ってきやがった。明らかに幻滅している。

 このままでは俺の名誉に関わる。だから、俺は慌てて言い訳を彼女に話すことにした。


「これは罰ゲームなんだ。ほら、築柳さんの隣の部屋のさ、昏名井ってやつ。あいつの部屋を片付ける途中でゲームになって、俺が負けた。この下着は昏名井のやつだ」

「…ああ、あのゴミ屋敷の人かな?あと不快だからそれ外して。それか出て行って」

「申し訳ないが昏名井の部屋に戻るまで外せない」

「じゃあ出てって」


 半ば追い出される形で押し出される。

 そりゃそうか。少女の部屋に招かざる客が来たんだ。しかも、相手はシャツの上からEカップの下着を付けている。控えめに言っても頭がおかしい。


 出ていこうとした時、扉から体が貫通した厄介者が現れた。


「あーーーっ!和珠おっそーい!もう何してんのよ?わかったわ!誰よこの女…も、もしかして、これは浮気ね?!?このカワイイボクが探偵ナイトスクープに依頼しちゃうわ!」

「うっせぇよ!?浮気どころかそもそも俺、彼女いないけど!?!?」


「…え?誰と話してんの?」


 築柳が目を白黒させる。

 すっかりいつもの感覚で忘れてた。

 一般人にはオルデュールの姿は見ることが出来ないのだ!


「な、なんでもない。独り言だ。気にするな」

「…?明らかに誰かと喋ってたけど?…大岐って普段から独り言多いよね。なんで?」

「別に何でも良いだろ……。いくぞオルデュール」

「えー、面白そうだからもうちょい悪戯したいわ!」

「悪戯せんで良い!!!!」


 あ、しまった……。ついいつもの癖でやってしまった。

 振り返ると、あの少女がジト目でこちらを見ていた。


「……」

「お、お邪魔したな」


 俺とオルデュールは逃げるように築柳瞳子の部屋を後にした。



「と、いう訳で。散々な目に合ったんだが」

「そんなこと知らない。てか、大岐くんが戻ってくるの遅いから片付いちゃったじゃん。罰ゲームするにしても洗濯機と乾燥機ぐらいしかないよ?」


 なくて結構。もう俺のライフはゼロだ。

 俺はかなり片付いた部屋の真ん中に、女性用胸部下着を付けたまましゃがみ込んだ。座った瞬間に今日1日の疲れが押し寄せてくる。


「どうするの?まだそのゲームはするのかな??まゆはもうこの部屋、だいぶ綺麗になったと思うしお開きにして良いと思うな」

「は?何ぬるい事言ってるの?あと3回戦はするから覚悟して」

「…時瀬ちゃんに怒られた」


 しょんぼりとする月座先輩。流石に今のは可哀想だ。ドンマイ。


「ごめんなさいね、時瀬部長。男子部員の立ち入り時刻を4時までに申請しているのよ。どちらにせよお開きの時間だわ」


 部屋の時計を見上げると3時50分。確かにそろそろ撤退するのが相応しいだろう。延長届けを出しても良いが、その為だけに寮母の元へ行くのは面倒くさい。


「じゃあラスイチ!それなら良いでしょ?」

「良いが…。ちゃんと終わらせるんだぞ?」

「もちのろんだよ」


 そう言って時瀬は先程のくじを配る。ちなみに、俺がいない時に昏名井が無心でシャッフルしていたらしいので、イカサマは心配しなくて良い。

 時瀬が「良いよ」と言うと俺はそれを開けようとする。


 だが、しかし違和感が襲う。


 ―――4つ折りに畳んでいたはずなのに、折れ目と、握っていた紙が微妙にズレているのだ。


 開けてみる。いや、開けなくても分かってる。これの中身は間違いなく『ハズレ』と書かれている。

 俺は直感的に叫んでいた。


「オルデュール!」


「そんなこと、言われなくても分かってるわよ!こいつ、クソ幽霊を使役して時間を止めやがったわ!!」

「…これは<時計の針は動かない(スタンドスティル)>か!?まさか、これも機関の差し金か。それとも神が与えた試練か。どちらにせよ、我が組織に招集が」

「小豆沢、うるさい」


 そういえば桃田会長もよく分からない能力保持者か。最近はすっかり平和すぎて忘れてた。そもそもこれ、バトルものじゃなくて日常系だし、なんてメタな発言をしたくなるのを自重する。


「おいおい、会長。何で時間なんて止めたんだ?」


 俺が問うと泣きそうな目で、

「…だ、だって。私、この時瀬とかいう女に嫌がらせされるの嫌だったんだもん…っ」


 と、なると。王様は時瀬か。最後の最後で本当にくじ運の良い奴だな。


 つまり、桃田おうぎは王様を引いた時瀬に命令されるのが嫌で、仕方なく俺に押し付けたというのだろう。

 奇遇だな。俺も時瀬に命令されるのはこの上ない屈辱的行為だ。


「性悪、そっちはそっちで任せるわ!」

「じゃあ桃田会長には昏名井さんの使用済みパンツを仮面のように被って貰おうかな。大丈夫、女の子同士だからセーフだよ」

「くっさ!?ってか、これでコインランドリー行かせる気なの!?」

「当たり前じゃん。顔隠してるから身バレしないね。良かったね」

「そういう問題じゃない…!」


 そもそも王様を時瀬ではなく、比較的マシな昏名井や月座先輩に託していれば良かったのではないのだろうか。時、既に遅し。俺は桃田会長の影から引き出された可哀想なロリの元へと駆け寄る。セイナとかいう、桃田の契約霊だ。


「な、なにをするんですか…!助けて……おうぎさん……っ!」

「…で。オルデュール。このロリっ子をどうするんだ?幼児虐待で通報されるぞ?」

「幼児って程幼くないでしょ。…そうね。ボクの力でビリビリにしてやろうかしら。小豆沢、何かカッコ良い名前付けなさい」

「え、オレか…?そうだな……」


 小豆沢が考え込む。

 その間に女性用胸部下着を脱ごうと俺は背中に手をまわすが―――あ、あれ?届かない?

 ……駄目だこりゃ。恥ずかしいが、後で誰かに外して貰うことにしよう。

 改めて体の硬さを思い知らされる俺であった。


「思い付いた。<閃光の緋華が散る宴(エレクトリカルショー)>とはどうだろう」


 そう小豆沢が言った瞬間、閃光の火花が昏名井の部屋に散った。少女の叫び声と共に。




「女子寮からジャージの上からブラジャーをした男子を見たという報告があったんだが。お前らか」

「ち…違います」

「碧斗、この男を庇わなくても良いぞ?私の前では素直になれ。<|一欠片の薄氷は淡く光る(アブレイズシアン)>よ」

「や、やめてくださいよ、姐さん。オレは部員のの手伝いをした。それだけが事実です」

「姐さんじゃない。私は灰田先生だ」

「…せ、先生。もういいじゃないですか。オレたちは掃除をしただけですよ」


 確かに掃除をした訳だが。


 次の日、会議室。

 誰かから不審者の通報があったのか、俺たちは顧問の灰田先生に呼びだされていた。その不審者は紛うことなき俺であるのだが、意外にも小豆沢は仲間を売らず、知らないの一点張りだ。


 それは置いておいて。俺は笑いを堪えるのに必死だった。

 あの小豆沢が標準語を話している上に、灰田先生に頭を下げる様子は普段の彼からは想像出来ない。しかも姐さんって…。こいつら本当に知り合い同士の関係なのか?


「…おい。大岐。お前もどうなんだ?お前意外にも女子寮の会議室とかで部活動をするやつがいる。大岐に心当たりが無いんだったら、それで良いんだがな」

「ないです」

「そう。なら良いか。戻りな。明日から夏休みだ。ハメを外すんじゃないぞ」


 嘘をつくのは心苦しいがこれで停学になったら最悪だ。後で時瀬か桃田に口裏を合わせるために懇願してみるとするか。

 俺と小豆沢は退室する。すると丁度、昏名井が隣の部屋から出てきた。プレートを見上げると『生徒会室』と書かれている。恐らくあの汚部屋関連のことだろう。


「あ、小豆沢くん、大岐くん」

「よっ。どうした昏名井。汚部屋の件か?」

「それもそうですけど。…そ、そうだ!昨日は本当にありがとうございました。お陰様で快適です」

「もう散らかすのでは無いぞ。汝に与えられた神からの試練は重い」

「…善処します」


 昏名井は「今のうちに伝えましょうか」と呟くと、鞄からプリントを出した。タイムスケジュールが書かれている。まるで修学旅行のしおりのようだ。


「それは?」

「合宿です。行先と予算が決まったようなので、皆さんにお伝えするようにと生徒会長さんが」

「桃田会長が…?あいつは部活には基本的に干渉しないんじゃなかったのか」

「今回は例外らしいですよ」


 昏名井は笑顔でプリントの裏面を見せた。


「なんと言っても、生徒会と合同合宿ですから!」


「マジか」と、隣の小豆沢と俺の声が華麗に重なった。




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