短編①/遊園地と、デートと。
番外編。
オルデュールは出ません。
「我が同胞よ、汝にこれを授けよう」
廊下の方から声が聞こえ、そちらに顔を向けると、見慣れた中性的な髪型の男が俺の方を見ていた。念の為、俺の後ろを確認する。人はいない。つまり、こいつは俺に話かけたのか。そりゃそうか。
「俺か」
「…大岐以外に誰がオレと話し相手になってくれると思ってるんだ……。やめたまえ…心を抉るな…」
「お前は変な話し方さえやめれば人気出そうだけど。あれ、この話前もしたような?」
小豆沢は両手で顔を覆うと悲しげに下を向いた。俺を初めとした部員以外、こいつは友達がいないらしい。部活では昏名井と厨二病ごっこを勤しんでいても、この雰囲気だとクラスでは孤立しているのだろう。昏名井も彼女は彼女で派手めな女子と仲良くしているらしいし。
「で、何の用だ?何にも無かったら他クラスまで来ないだろ」
「ああ、そうだった。これを主に託そうと思ってな」
小豆沢はポケットから茶色の封筒を取り出した。月謝袋に使うような、ごく普通のサイズのものである。
「果たし状か?だったら放課後にしてくれ」
「ちげーよ!?オレにツッコミさせるな。…いや、果たし状も悪くないぞ…?」
仮に果たし状だったとして、何を果たすのだろうか。こいつとリアルで喧嘩になるのだったら、暴力ではなく、ただかっこいい技名を叫び続ける大会になりそうだ。それはそれでシュールで面白そうだが。
「開けてみてくれ。母から送られてきてな。ひとりで行ってもつまらんし、良かったら大岐にあげるよ。貰ってくれ」
「…チケットか」
封を開ける。ポップな字体で『絶叫ハイランドパーク』と書かれたチケットが2枚入っていた。
『絶叫ハイランドパーク』とは、この向日嵜学園と同じ県に属している。その名の通り、スリルを求めた頭のおかしい連中が、脳味噌が馬鹿になってしまいそうな遊具を楽しむ遊園地だ。基本的に園内すべてが絶叫マシーンであり、その数は1日で回りきれないぐらいだ。それに各地からマニアが集うため、連日込み合っているイメージがある。
「俺がお前と行くのか?」
俺が問うと、小豆沢は「…嫌じゃ無ければ」と目をそらす。心做しか、ちょっとだけ頬が赤い。
「やめろ!?照れるな!?気持ち悪い!」
「お、おい!その言い方は無いだろう!?オレがどれだけ勇気を振り絞ったと思っているんだ!?」
「…お前、絶叫乗れるのか?」
「乗れん。あんなのが好きな奴の気がしれない。大岐は?」
「乗れなくはないが…。乗れないなら、行っても楽しめ無いんじゃないか?」
その時、空席だった左隣の席に誰が座った。嫌な予感がする。
「何それ、面白そうだね。小豆沢くん、それ良かったら譲ってくれない?」
我部の部長様は楽しそうに口を歪ませ、仁王立ちをしていた。
「小豆沢は俺と行きたいらしいぞ」
「だって小豆沢くん乗れないんでしょ?だったら私がその無料チケットで元を取ってしまいぐらい遊び尽くして差し上げよう!」
「…大岐、オレより部長と行きたいか?」
「本音を言うならどっちも嫌だ」
時瀬と小豆沢は「ひどい」と声を漏らす。
「時瀬が自腹で金出して付いてくれば良いだけじゃないのか?」
「大岐くんって私に冷たいよね。悲しい」
「お前の性格が歪みすぎてるからだろ。初期のドSキャラとかじゃなきて、ただの性格の悪いヤツだ。だったら厨二病モードじゃない方の小豆沢と話している方が楽しい」
顔は良くても性格が悪い女は俺は好きじゃない。密かに男子の間では時瀬華撫に惚れている奴がいるらしい。一体何処のどいつなんだろう。1度我が部活に足を運んでこいつの変人っぷりを嗜んで欲しい。
傍観していた小豆沢は「ああ」と声を出した。
「ああって何だ?」
「部長に譲って良いぞ。どうせオレじゃ乗りこなすことは出来まい」
「マ!?小豆沢くんそれマジ!?いいの!?」
嬉しそうに声を上げる時瀬。見えない尻尾が揺れているみたいだ。一方俺の心はドン底で。
「いいのか?こんなのに譲って。それはお前の母親から貰ったものだろ?」
「構わない。…面白そうだし」
「あの…、今なんて言いました!?!?」
「よーしっ!そうと決まれば外出届けだね。出してくるから待ってなさい!あ、丁度明日って日曜日か。よし、明日行こう」
「お前って本当に唐突だよな」
子供のように嬉しそうに燥ぐ時瀬を横目で見ながら俺はため息をついた。やれやれ。
「遅い。15分前行動」
「いやいや…10分前行動でも間に合うだろ。運動部かお前は」
「なるべく早い方が良いでしょ。…それより何か言うことあるんじゃない?」
時瀬は誇らしげに笑う。日曜日ということもあり、今日の彼女は私服だ。紺のワンピースは彼女の細身の体に似合っているが、基本的に制服モードしか見ないため、違和感しかない。それにその服のデザインは去年の夏辺り、CMで見かけたデザインである。
「ユ●クロか」
俺が言うと彼女は黙った。そして目をそらす。どうやら俺の気の所為では無かったらしい。
「…ええ、そう。ユニ●ロです」
「やっぱ?安心しろ。俺もユ●クロ好きだ。って言っても今日は全身しまむ●だけどな」
「あのさ…それ、女の子に言う言葉かな?」
呆れ顔で言われる。と、言っても、言葉は反逆してしても彼女はいつもの冗談かといった具合だ。そこに俺は揶揄いをしてみる。
「似合ってるぞ。特に細身の時瀬には紺色が合う。スタイルが良いからかな」
「…」
「…え?もしかして照れてるのか?」
「うっさい!」
背中を叩かれた。バシィッっと痛そうな音が鳴る。実際痛い。肩甲骨の下の辺りが赤く腫れてヒリヒリ痛むのが自分でも分かる。
「…バス、遅れるから。いくよ」
女心というものは、面白い。
「着いたな」
「着いたね」
バスを降りて目の前に聳える巨大な施設を見上げる。ここは絶叫ハイランドパーク。
軽快な音楽をかき消すほどの雑踏。まるで人がゴミのようにあふれていて酔いそうだ。
「覚悟はしていたが凄い人だなぁ…。えっと、招待券はあっちか。並ばずに入場チケットと交換できる分、まだマシだな。…代表者だけ並べば良いのか…?ん、じゃあ、時瀬はそこで待ってろ」
「うん。お言葉に甘えるね。ありがとう」
サービスカウンターまで歩き、そこで二人分のチケットと交換してもらう。
俺は交換したチケットを時瀬に渡した。入場料だけでなくフリーパスまでもがタダになるらしい。随分と太っ腹なものだ。
「で。どうするんだ?どれも混んでいて2時間は並びそうだぞ」
「心配しないで。ふふっ。私にいい考えがあるの」
「横入りとか言うんじゃないだろうな?夢の国と違ってファストパス無いから別行動で取りに行くなんてことは出来ないぞ?並ぶしか方法はない」
「そりゃそうだよ。並ぶに決まってるでしょ。てか、大岐くんは私がそんなルール違反なことをすると思ったの?…さっき、大岐くんがチケット交換してる時、ちゃんと確認したから、この方法は可能なはずだよ」
お前なら横入りだって何だってしそうだ。
不敵な笑みを浮かべて俺の手を握る時瀬華撫。周りから見たら俺たちはカップルに見えるのだろうか。ちょっとだけ恥ずかしくなる。
「まずはこれに乗りましょう」
時瀬が指さしたのは、長距離ジェットコースターだ。とにかく速さと長さに拘った代物である。乗ってる時間は4分弱と、現在存在する絶叫マシーンの中ではかなり長い。しかし、急降下や一回転をするのがたった一度きりで、速さにさえ耐えられれば何とかなりそうだ。
「時瀬にしては、一番最初に選ぶのがまともだな。浮遊感が苦手な人でもギリギリ行けるヤツを選択するセンスは悪くない」
「本当失礼しちゃうね。こっちだよ。早く並ぼう」
「あれ?最後尾はそこの列じゃないのか?」
時瀬は離れた方の列に並ぶ。会っているのか不安になったのか、俺に「ちょっと待ってて」と告げると、近くの係の人の方へ走り出した。適当に会話するとこちらへ戻ってくる。
「で。この列で良いのか?」
「ええ。そうみたい。2時間半も待つの嫌でしょ?」
「そりゃそうだが…」
嫌な予感がする…。
通常の列とは離れた場所に並ぶこと15分。俺たちは機体の座席へと案内された。いや、正確には俺たちではない。
まず初めに、空いた席に時瀬が乗って行く。そして彼女が行った後に来た機体の空席に俺は案内された。隣の席に座っている人は、どうやら3人組で来ているリア充女のひとりだった。俺の顔を見ると可笑しそうに笑い、前に腰掛ける友人の耳元に話しかける。感じ悪すぎだ…。
あーあ。俺、気付いちゃった。俺は白い目で安全バーを下ろしてシートベルトを付ける。
流石は時瀬。合理的の意味を履き違えている。
――――これは、シングルライダー専用の列だったのだ。
今すぐにでも叫びたいのを押し殺しつつ、背中に体重を預けた。
「おい時瀬」
「何?あー!楽しかったね!次はどれ乗ろっか?」
「何じゃねえよ!?聞けよ!?」
「そんなに怖くなかったね。今度は落ちるやつにしちゃう?」
「だから話を聞けって!?」
俺は溜息を盛大に吐いた。
「何故2人で来てシングルライダーになるんだよ!?そんなカップルあるか!?」
「…?私と大岐くん付き合ってないよ?」
「そういう問題じゃねえ!?話が噛み合わない!」
眉間に皺を寄せながら首を傾げる時瀬。この仕草も狙ってやってるとしか思えない。
俺は再びため息を吐いた。その様子を見て時瀬は付け加える。
「小豆沢くんと話したじゃん。元を取るって。とっても良いアイディアでしょ?…ほら、小豆沢くんの好きな漫画でもよく主人公が言ってるじゃない。『合理的』だって」
「お前は契約者かよ!?」
「対価がロリを愛でる変態に言われたくない」
「あー!もう!!お前と会話しようと思った俺が馬鹿だったよ!!!!すみませんね!」
一通りのやり取りに満足したのだろうか。ボソリと時瀬華撫は呟いた。
「あ、分かった。大岐くんは私と乗りたいの?」
少女は長い黒髪を垂らしながら、にやりと笑う。嫌らしく笑う。
俺は揶揄されているのは知っていても、自然と言い返してしまった。
「…別に」
「乗りたいわけじゃない?折角私と来たのにね?一人で知らない人の隣になって寂しかったんだ?」
「まあ、時瀬の考えは、その……合理的だけどさ。一緒に来たからには楽しみたいのは当然だろ。何が悲しくてソロプレイしなきゃならないんだ…」
「ふーん。そうなんだ」
「分かってくれたか?」
「2時間待ちだから、やっぱりシングルライダーで行きましょう。大岐くん!ほら!急ぐよ!」
全然俺の言い分を分かってくれなかった。
その後。頭のおかしいジェットコースターを6つほど乗った。群れる若者の方が圧倒的に多いためどれも30分待ち以内で乗れしまう。こんなものに乗るなんて若者じゃなくて馬鹿者だと俺はおもうのだが、そんなことはどうでもいい。
時計の針はもう二時過ぎを指していた。
「…お昼にしましょうよ、華撫さん」
「そうね。流石にそろそろお腹が空いたかも」
そろそろじゃねぇーよ。もう2時だよ。
ゲームやっててお昼食べるの忘れちゃったやつとは別だろう。と、言っても三半規管が揺さぶられすぎて食欲は大分控えめなのだが。
「ちょうど屋台も空いてきたね。…うーん、どうしよっか」
「どうするって何が?買ってそこらのベンチで食べるしかないだろう」
「そうじゃなくて。ここの観覧車飲食OKなんだよね。どうせなら乗りながら食べる?1周15分もあるみたいだし」
「お前の好きなように任せる」
そう言うと時瀬は嬉しそうに笑い、「買ってくるね」
と告げて走り出した。正直、体力はかなりキツいが、楽しそうなアイツの姿を見るのも悪くは無い。
「観覧車はすぐ乗れるんだな」
俺は時瀬から貰ったホットドッグを頬張る。遊園地あるあるで、よくレンジでチンしたものを出す、というのがあるが、例えこれがレンチンだったとしてもウインナーの歯応えが抜群で美味しい。
時瀬は俺と同様、ホットドッグを頬張りながら外の景色を眺めていた。
「……富士山が綺麗だね」
ボソリと彼女が呟く。確かに綺麗だったので俺はそのまま肯定した。
「だな。…お前、ここら辺の地元民だったから富士山とか見慣れているんじゃないのか?」
「うん。だけど高いところからは滅多に見れないし。大岐くんは東京出身だっけ?」
「ああ。まあ俺が住んでたところからだと、マンションの最上階とかに行かないと富士山は見えなかったからな。近くで見ると迫力が違うよな」
そう言って再び窓の外を見る。
「…今日は楽しかったよ。小豆沢くんと約束してたのに、無理矢理介入しちゃってごめんね?悪いことしちゃったかな」
「謝るなら初めからそうするなって。あいつは気にしてないみたいだし大丈夫だろう」
「…なら良かった」
やけに正直な時瀬は何だか調子が狂う。素直で優しい昏名井タイプも良いが、時瀬には破天荒で自己中心的な方がお似合いだ。
「今、失礼なこと考えてたね?」
「バレたか」
「当然。私が正直になったら変かな」
「そんなことはない…と言いたいが、すまん。変だ」
「はははっ。だよね」
時瀬は笑った。
「じゃあ、もっと正直になったら、大岐くんはびっくりしちゃうかもね?」
「びっくりどころか頭と背中が分離するぞ」
「何それ」
また時瀬は笑い、食べ終わったホットドッグの包み紙を丸めて、提げていたビニール袋の中に入れる。観覧車はもうあと数分で出発地点に戻りそうだった。
「じゃあ、今から素直な時瀬華撫になります」
「おいおい。改まって何を言うんだ?」
まさか愛の告白だとか?おいおい。俺らまだ高校1年だぜ?子どもの分際で恋愛だとか、これは帰ってオルデュールに散々弄られそうだ…。
「閉園まで私と遊んでください」
「……それは門限すぎるから却下だ」
世の中はそんなに甘くなかった。