人生よりも〝クソ〟なクソゲー
【主な登場人物】
・大岐 和珠
本はあまり読まないが、最近は一般文芸にも興味を持ち始める。オルデュールの世話に手を焼いている。
・オルデュール
大岐に『死ねない呪い』をかけた自称ぷわぷわ天使。マイブームは、部員が授業を受けている時に、小豆沢のノートパソコンでアニメを見ること。
・時瀬 華撫
『幸せ宅配部』の部長。高飛車で傲慢で毒舌。一言で表すと面倒臭い女。ギャルゲーが好きで、部活でもそれを作ろうとしている。
・昏名井 結璃
ラノベが好きなオタク。ただし、見た目はギャルでパリピ。小豆沢の厨二病会話に付き合うことが出来る。
・月座 繭羽
生徒会役員で『幸せ宅配部』の部員。大岐の1つ上の2年生。基本的に出番が少ない不憫な女の子。時瀬が付けたあだ名はビッチ先輩。
・小豆沢 碧斗
厨二病を患っている少年。昏名井と同じ1年A組。黒くてカッコよくて妹思いな主人公に憧れている。イキリオタクではない。
・桃田 おうぎ
生徒会長。校内一の変人と謳われるが、どちらかというとただの性格の悪い女。時瀬とオルデュールに、生徒総会で脅された。
・セイナ
桃田おうぎの契約霊。無口である故に、オルデュールによくいじられている。
「今日も暑っついな。頭がおかしくなりそうだ…。お前、そんなフリフリしたの着ていて気持ち悪くならないのか?」
「全然平気の無問題よ!可愛いボクは汗なんてかかないもの」
「その割りには春と比べて半袖に衣替えしているよな。どういう仕組みで着替えているんだ?」
「ふふーん!ひ・み・つ♡」
「うぜぇ」
オルデュールと他愛のない会話をしながら、部室の扉を開ける。旧校舎は部活動専用のため、午後過ぎからしか使われない。廊下を歩いていても開いた部室はまだ冷房が効いていない。肌を溶かすような暑さが襲う。脳味噌まで蕩けてしまいそうだ。
季節は6月半ば。来月の頭には一学期の期末試験だ。そろそろ先のことも考えて勉強しなければならない。そんなことを考えると頭痛がしてくる。
既にA組は、ホームルームが終わったようで、部室には昏名井と小豆沢がいた。昏名井はいつも通り読書を嗜み、小豆沢の方は時瀬が唐突に始めた女の子とにゃんにゃんするゲーム(仮)を制作しているようだった。
「昏名井、読書中悪い。ちょっといいか」
俺が話しかけると、彼女は嫌な顔をひとつせず、了承する。
「いいですよ。何かありましたか?」
「これ。返そうと思ってな」
鞄から、昏名井から借りたハードカバーの本を取り出す。タイトルは『かがみの孤城』。本屋大賞を受賞した巷で噂の作品だ。あらすじは省略するが、簡潔に説明すると、異世界ファンタジーのような話だ。先日俺は、部活で彼女からそれをおすすめされて借りたのだ。
「ああ、それですね!返ってくるのもっと遅いかと思っていました。…で、どうでしたか!?面白かったでしょう!?」
「…最高に面白かった!俺、涙脆い方じゃないんだが、3回も泣いてしまった…」
「おおお!?何処で泣きました!?」
「そうだな…。こころちゃんがクラスメイトに家を囲まれる場面と、内緒でお城に行っていたことがお母さんにバレた場面の心情が辛すぎて涙出てしまった…。あとは、最後。本当にやっばいな!?!?」
「はあああ!!!分かります!!!!分かりみが深いです!!!ですよね!?やばすきですよね!?伏線をそんな形で回収するとは思いませんでしたもん!!!あんなの泣くしかないでしょう!?」
「普段は一般文芸なんて全然読まないんだが、すらすら読めてしまった。『いじめ』だとか『不登校』だとか、そういうワードを極力使わずに表現する点も、プロの作家さんってすげぇって感じたよ。読書ってこんなにも素晴らしいものなんだな。昏名井や時瀬が常に部室で本を読んでいる理由が分かった気がする」
「この作者さんは他にも素晴らしい作品をたくさん執筆されていますよ。もし良かったら読みます?夕食の時、お声をかけてくれれば持っていきますよ!」
「マジか…!どれが面白い作品で、どう読み進めたら良いのかまだよく分からないから、昏名井が面白いと感じたやつを貸して欲しい」
「任せてください!…あ、『かがみの孤城』は時瀬さんにも貸してみますかね?彼女、こういうファンタジーもの好きそうですけど」
「いいな、それ。あいつも巻き込んでみるか!」
「ですね!…今更ですけど、そう言えば時瀬さんは…?まだ来ていないですよね?」
時瀬はまだ教室だ、と言おうとしたところで、部室の扉が開いた。だがしかし、姿を現したのは時瀬ではない。3年生のトレードマークである黄色いリボン。それを胸元で揺らすつり目の少女――――本校1番の変人と謳われる桃田おうぎ生徒会長だ。その隣には我部の部員で、生徒会役員も兼任する月座繭羽先輩もいる。
「ちょっと、会長!急に凸するのはやめてって!負け惜しみをする小学生にしか見えないよ!?」
「うるさいわね。おい、『幸せ宅配部』の時瀬部長はいる?」
借金の取り立てのように部室に入る。本気で止めようとする月座先輩なんてお構い無しだ。というか月座先輩、軽く生徒会長のことを蔑ろにしているので無いだろうか。
そんな桃田おうぎは、小豆沢のソファで、自宅のようにだらしなく寛ぐオルデュールと目が合った。ピキっと、何か大事なものが切れたような音が、彼女の額から聞こえて来そうである。
「お前…!先日は生徒総会でよくも好き勝手してくれたわね!?あんなの脅しにすぎない。もう一度話し合いましょう」
「ごめんなさい。あなた誰だったかしら?桃太郎?」
「誰が桃太郎よ!?」
「マグネシウムとカルシウムが足りないようね。そんなにカリカリしていると人生楽しくないわよ?もっと広い心を持たなくっちゃ」
オルデュールは右手を振ると、桃田おうぎの影から契約霊のセイナが出てきた。オルデュールのよく分からない能力で無理矢理引き出されたようだ。当の本人は状況が把握出来ないようで、あたふたと狼狽えている。
「ひっ、な…何なんですか…」
「ボクはあなたたちに言ったでしょう?紐付けしたからあなたのそれは、一切ボクに逆らえないわ。どんなことでも、ボクはそこの怨霊にできてしまうのよ。じゃあ、いっぺん死んでみる?」
「地獄少女にしては理不尽すぎない!?」
オルデュールに弱みを握られた桃田おうぎは、俺の華麗なるツッコミをスルーして唸る。下手に逆らうと、先日のような電撃を喰らって死を彷徨うと判断したのだろう。鋭い目付きでオルデュールの姿を睨みつけるだけだ。
「やっぱお前、天使じゃなくて悪魔だろ。逆らったら問答無用で地獄送りにされそうだ」
「ふふーん!可愛い子ほど怒らせたら怖いものよ。黙っていればボクは何もしないぷわぷわ天使。さ、温かいお茶でも飲んで落ち着いたらどうかしら?ほうじ茶よ」
そう言って、オルデュールはポットで沸かしたお湯でお茶を煎れる。お盆にそれを乗せて、桃田おうぎに差し出した。彼女は少しだけ躊躇うと、手に取り口に付ける。
―――そしてマーライオンのように吹き出した。
「甘っ!?待って、お茶が甘いのっておかしくない!?どうしてほうじ茶がこんな味なのよ!?」
「甘いものは脳にとっても良いわ!これで心が落ち着くこと間違いなし!」
誇らしげに胸を張るオルデュール。俺には到底理解できない味覚だ。きっとこのロリの脳内は、『美味しい=甘いもの』の方程式が成り立っているのだろう。もう嫌だこの人。
「…因みに砂糖は幾つ入れたんだ?」
俺が問うと、喋るJアラートは上機嫌に「4つよ!」と答えた。冷静に考えても入れすぎだろう。糖尿病患者も真っ青だ。
「昔のお前がいれたお茶の方が、俺は好きだったわ…」
「奇遇ですね…。わたしもです。甘いものは好きですけど、これは無いですよ。味噌汁にチョコレートを入れて飲むタイプですよ…」
カオスな空間に、遅くなったヒロインが花を咲かせる。再び開いた部室の扉から、姿を表したのは、部長の時瀬華撫だ。不機嫌オーラを醸し出していて、折角の整った顔が台無しである。
「ごめん。掃除が長引いて遅くなった」
桃田おうぎの顔を見ると、さらに顔を顰めた。2つも歳上の先輩であるのに態度が失礼極まりない。
「誰だっけ、この人。えっーと…、桃田…うちわ?」
「残念だな時瀬。その先輩は、駅前のパチンコ屋で配っているプラスチック製のうちわじゃない」
「どうしてお前らは他人の名前を覚えられないの!?私は生徒会長の桃田おうぎ!扇子でも団扇でもない!あと、時瀬、お前は先輩に敬語も使えないの!?」
「あ、そうそう、思い出した!折角だし、うちわ先輩には部外者代表として、我が部作成のオリジナルゲームのテストプレイをして貰おうか。小豆沢くん、今どんな感じ?」
そう言って小豆沢の方へ歩み寄る時瀬。会長はもうおいてけぼりだ。先輩をガン無視するその度胸だけは、ある意味尊敬してしまう。
話しかけられた小豆沢はPCから顔を上げる。場と状況を見たのか、熊本弁ではなく、標準語で返答をする。
「まあそこそこ。円歌のシナリオは全て打ち込んだ。他のヒロインはもう少し待って欲しい。…あとはちゃんと進めるかだな」
「オーケー。上出来だね。ねえ、会長。私たちは新たな幸せを宅配するためにゲームを作っているんだ。桃田会長も好きでしょ、ゲーム」
「嫌いではないけど…。それっぽく部活動に意味付けするの、すっごく腹ただしいわ」
カルシウム不足でご立腹な桃田おうぎに、時瀬はノートパソコンを差し出す。画面を覗くとシンプルな1枚絵が素っ気なく載っていた。小豆沢の性癖を詰め込んだ、黒髪ロングで目の下にクマがあり巨乳で病気なぐらい色の白い女が微笑んでいる。時瀬が描いたのだろう。
「まだ開発途中だから。タイトル画面を押してスタートして。キャラは選べないけど、一応ストーリーは出来上がってるよ」
「…分かったわ」
言われるがままエンターキーを押すと、プレイヤーネームを入れる画面へと移った。タイトル画面と違ってこちらは装飾が凝っていて、市販のゲームのような雰囲気がある。
「男主人公だから男っぽい名前の方が良いかも。あとあだ名も考えて」
「…え!?いきなり言われても無理よ?」
「じゃあ、桃太郎であだ名をピーチボーイにしておくね。我ながらナイスアイディア」
「性悪、それボクのネタよ?」
「そうなの?まあいいや。打ち込んじゃったし」
「え!?ちょっと待って!?」
「待ったなし」
横から時瀬がキーボードで入力する。
「あとは台詞を読んで正確な選択肢を入れるだけだから。よろしく頼むよ」
「それが先輩に物を頼む態度か…」
勢いに押された桃田おうぎは、仕方が無いと思ったのか。エンターキーを押して進める。俺たちが考えた、主人公とヒロインのベタな出会いが始まる。
『俺の名前は〝桃太郎〟。何処にでもいる普通の高校生だ。』
「何処が普通の高校生だよ!?」
いかんせん、俺としたことがつい癖でツッコミを入れてしまった。
「鬼退治でもしに行きそうだね」
「…もういいわ。これっていわゆるギャルゲーってやつでしょう?私が最後までクリアしてあげるんだから」
もはや自棄になっていた。幸いなことに、彼女はギャルゲーの存在を知っているらしい。これなら説明をする手間が省けて話が早い。時瀬は無言で顎を上げ、桃田に、早く進めろと唆す。
『今日は高校生活1日目を飾る入学式。
時計を見上げて俺は気付いた。
デジタル時計が指していた時刻は8時50分だった。
これはまずい。遅刻してしまう。
慌てて俺は食パンをくわえて走り出した。』
「おい、待って。なんで男がパンくわえているの。誰が得するのよ、こんなシチュエーション」
「知らない。シナリオ考えた男子に聞いて。ね、大岐くん」
「俺に振るなよ…。元々考えたのはオルデュールだろう?」
桃田おうぎは俺の背後に乗っている自称ぷわぷわ天使を見る。
「そんなの決まってるわ!面白いからじゃない!」
駄目だこいつ。いや、このアホが、駄目人間のメタファーであることは既に承知なのだが、やっぱり脳内お花畑はそのままであった。俺はその花を全て摘んでやりたい。
気を取り直してゲームを進める。画面の中の場所は通学路の絵になる。
『カタパルトのごとく走り出した俺は、角で誰かとぶつかった。どうやら女の子のようだ。俺と同じ赤いブレザー。つまり、同じ高校の生徒だ。』
『い、痛い…。』
少女の台詞が流れ、その後に3択の選択肢が表示される。
『1 手を差し伸べる
2 俺のパンを食べないか?
3 決闘だ!』
俺が提案した内容と若干異なっているのは、気の所為だろうか。いいえ、気の所為ではない。これ反語。
小豆沢の方に視線を向けると、厨二病野郎は目を逸らした。もう犯人はこいつで特定完了だろう。どうして厨二病患者は、こんなにも決闘が好きなのだろう。平和主義を貫く俺には知らない嗜好だ。
「制限時間は5秒だから。早くした方が良いよ。あ、カーソルじゃなくてキーで選んで押して。マウスは使えないんだよね」
「先に言ってくれるかしらね!?」
時瀬の言動に焦ってしまったのか。桃田おうぎは「あ」と声を上げた。3番の選択肢に決定される。
「わーい!この先のシナリオ、わたしが考えたんですよ!あと、ゲームシステムを作ったのもわたしなんです!ちゃんと出来ますかねー?わくわく!」
「ということはつまり…」
「小豆沢くんのネタを元に昏名井さんが書き上げた、ガチの厨二病バトルでアクションゲームだよ」
「もうギャルゲー名乗るのやめろよ!?」
『俺は絹の手袋を、目の前で蹲る美少女に投げつけた。つまりこれは―――』
『…私に、決闘?』
『少女が呟く。そう、決闘だ。少女の声は、大人になったばかりの鳥のような、透き通った美しい声色だった。
事前に学校から受け取った、胸元のピンバッジが点滅する。』
『決闘が承認されました。これより、対戦が開始されます。10秒後に、半径10メートルにフィールドが構築されます。10秒前9、8 ――』
「さあさあ、先輩!ゲームスタートって打ち込んでください!時間がないですよ!」
「う、打ち込み…?どこなのよ?」
「削除キー長押しで打ち込めます!これは後後、正攻法に繋がるので、分かりやすく説明を書いた方が良いですかね?まあ、主人公の友人にヒントを喋らせるのもアリですか」
「ギャルゲーによくいるよな。詰みそうになったらヒントを出してくれるめちゃくちゃ良心的な友人。この作品でも出すのか?」
「…その名はもう決まっておる」
「何だ小豆沢。言ってみろ」
「吉田権蔵だ」
「渋いな!?」
刀を振り回している時代にいそうな名前だ。ヒロイン名付け親の時瀬は、少女3人組以外に、興味を持ちそうに思えない。これは恐らく小豆沢の案が通りそうだ。
厨二病患者の戯言は置いておいて、桃田おうぎは特殊コマンドを入力する。すると、新たなテキストが表示された。
『ここから先は、俺の神世界だ!』
よく分からない台詞の後に、PCの画面の右上には、HPとMPのバーが表示される。ゲージがゼロになったら、ゲームオーバーになるのだろう。
『学園から支給された模造刀を構える少女。彼女の瞳に、闘志の炎が宿る。魔法の影響で、瞳の色は黄色に、髪の毛は毛先の方にかけて淡くて赤いグラデーションがかかる。』
『…準備はいい?』
『俺は頷く。――――だけど、俺に模造刀は使えない。』
「じゃあ何で決闘を申し込んだんだよ!?」
「ごめんなさいね!私が誤って押しちゃったのよ。…しかし、主人公のクセに弱すぎない?具体的な数値は分からないけれど…、ヒロインとHPは同じでも、MPは半分以下よ?」
「よく気づきましたね。ネタバレすると、さっきのコマンドを入力してもしなくても主人公は負けます」
「負けちゃうの!?」
「だって最弱最強の主人公ですもの。俺TUEEEEしすぎて勝ったら面白くないって小豆沢くんが言ってました」
しかし、『模造刀』と書いて『アーティファクト』と読ませるワード。既視感がある。執筆者が昏名井というのなら、いつぞやのラノベプロローグ大会で書いた、あの把握するのに1週間もかかりそうな、長ったらしい設定集に載っていたような気がしないでもない。
「もう良いから!さっさと必勝法を教えなさいよ」
桃田おうぎが痺れを切らした。
「説明はこの後表示されますが…、まあ、いいでしょう。このドット絵の少女…円歌たんが攻撃してきます。そしたら矢印キーで避けてください」
「こう…?って、あれ!?」
「すっごい動体視力を持ってても無理ですよ。私がそうさせましたから」
避けようとキーを押しても避けられない。ドット絵の少女が握った剣から炎のエフェクトが迸る。
主人公の運動神経が悪いだとか、桃田おうぎがゲーム音痴だとか、そういう理由ではないみたいだ。そもそも、このゲーム自体、避けられない仕様になっているらしい。
「クソゲーだろ!?」
「大岐よ、クソゲーではない。初見殺しと呼びたまえ」
「じゃあこれ、初見じゃなかったらクリア出来るのかしら?」
「無理です。仕様ですから」
それがクソゲーの定義ではないだろうか。だが、他人の創作物をクソであると罵ることは、マナー違反であるため、ツッコミを我慢する。
〝桃太郎〟は、鬼強いヒロインに、大根が業務用おろし器ですり下ろされるかのように、HPがゴリゴリと削られていく。
「どうすりゃいいのよ!?HPが減ってしまう…。ライフが底をついちゃう…!」
「大岐くん、以前、部活でわたしがクソ厨二小説を書きましたよね?」
「自分でクソとか言うな。…ま、薄らなら覚えているが」
「主人公の痣美藜夜くん。彼の能力を覚えていますか?」
「すまん。忘れた」
「そこは覚えておいてくださいよ!?」
珍しくボケとツッコミが入れ替わった。
大体、あの時書かれた昏名井の設定資料は、文章量が多すぎて目を通しきれていないし、紹介されたかもしれないが、専門用語が社会科に出てくる工場製手工業ぐらい読み方が難しい。記憶の隅に留めておくことは、俺のスペックでは不可能だ。
「能力名はお楽しみってことで。小豆沢くん、言っちゃ駄目ですよ」
「胸熱シーンでのネタバレは、これ以上ないぐらいに白けてしまう。だから安心したまえ。オレは常識を貫き通す」
常識を貫き通すのなら、もう少し、普通の男子高校生っぽく会話していただきたい。本当の常識人ならそんな変な言葉で話さない。
「強い主人公と言えばなんです?ヒントとしては…ラノベの鉄則ですね。ラノベ以外で挙げるならば、DTBだとかギアスだとか…、ですかね」
「分かったわ!妹ね!ボクみたいな可愛くて、ちっちゃくて、お兄さまが大好きなリトルシスターが、何より主人公の戦意を引き立てるわ!」
意外にも、昏名井の問いに答えたのは、俺の背中に乗っている自称天使だった。言われてみれば納得出来る。ラノベにしろ、漫画にしろ、強い主人公はメインヒロインよりも妹のために戦っている場合が多い。
「ここからが最高に盛り上がるシーンですよ!コマンドを入力した場合のみ現れます!」
「なるほど…。そのためのコマンド入力だったのね」
と、桃田おうぎは感心する。
『体が重い。鉛の枷で繋がれたように。
まだ名前も聞いていない少女に、ズタズタにされた俺。まるでボロ雑巾のようで惨めだ。
どうして決闘なんて申し込んでしまったのだろう。』
「これ大丈夫?バッドエンドじゃないわよね?」
「大丈夫だ。これからこの青年は覚醒する。胸熱展開を信じるのだ」
『降参する?あなた…、名前が分からないわ。まあ、いい。例え模造刀でも私に傷一つ付けることが出来ないなんて。入学すら、やめてしまったらどう?』
『おにいちゃん…、おにいちゃん!』
『声が聞こえた。目の前の、美少女のものではない。紛れもない俺の妹、巴菜の声だ。
しかし、ここはピンバッジの持つ魔力で作られた、俺と少女の2人だけの空間。部外者は決闘を見ることが出来ても、直接干渉出来ないはずだ。』
『おにいちゃん…、〝桃太郎〟おにいちゃんは、剣なんて使わないでしょ?』
『何を言っているんだ?俺は何も戦えない。入学試験でもゼロ点だった。魔法の才能も、適正値もゼロに等しい。高校に入る前から決まりきっている〝劣等生〟だ。』
『違う!なぜ、おにいちゃんが理事長に選ばれたの?どうして居ないはずの空間に巴菜がいるの?よーく考えて』
『――――巴菜のだいすきなおにいちゃんなら、もう、分かっているはずだよ』
「新キャラめっちゃ喋るんですが!?おい、待って、メインヒロイン死んでない!?ギャルゲーって何だっけ!?!?」
「私ね、気付いたんだ。この作品には妹キャラがいない。いなければ裏ルートで作れば良いんだ!それだけだ!」
「時瀬までグルかよ!?なんてこったい!シナリオ担当の肩書き消えちまったな、俺!」
正攻ルートならば、今頃主人公は、ヒロイン円歌と同じクラスになったことに喜び、隣の席になったことに喜び、髪型を褒め合って仲良くなってデートの約束を取り付けたことに喜んでいるに違いない。何故、どうして、こんなことになってしまったのだろう。
結論から述べよう。人生の選択肢は初めから間違っていたのだ。
『俺の魔法。いや、能力。センスを磨き上げたものとは違う、生まれ持った俺の才能だ。模造刀に魔力を灯すことは出来ない。だが、それ以外はどうだろうか。
俺は、心の底から、もう1人の自分が名付けた能力の名を叫んだ。』
『―――――«魅せられた夢の続き»!』
「能力名がカッコいい…。じゃなくて!?」
「気づきました!?さあ、このカッコ良さに震えてください!」
「あ、あれ?おかしいな…?私ってギャルゲーのテストプレイをする予定だったよね…」
譫言のように細々と呟く桃田おうぎ。大丈夫だ、困惑をしているのは会長だけじゃない。俺もストーリーの急展開に、放置自転車のように、置き去りにされている。
ふと引っかかる所がある。実は、隠しているだけで昏名井も厨二病、つまり、小豆沢と同類なのではないだろうか。普段は、小豆沢の発言に悩まされているように見えるが、一番熊本弁が成立しているのは彼女だったりする。
まあ、本人に聞いても、どうせ否定されるだろう。
『…っ!?攻撃が出来ないし、効かない!?痛い…!何かが、私の中の人格に侵入して来る…!
そんな?そんなことってあるの?
…まさか、あなたは能力者?』
『俺の能力、«魅せられた夢の続き»は、他人の精神の中に別の人格を侵入させることが出来る。分かりやすく言うならば、幻想を見せる精神汚染だ。起きたまま夢を見ることが出来てしまうのだ。』
「うわっ…、説明乙ね…」
「会長引いてません?さあ、反逆ですよ!翻しますよ!ヒロイン円歌をボッコボコのフルボッコにしますよ!」
「なんか説明出てきたわ!?…えっと、タイピングゲームってことかしら?」
ヒロインという概念が既に死んでいた。スポーツマンシップなんてこの世界になったらしい。
要はタイピングの速さで相手を倒すゲームだ。
画面に表示された、主人公の『心の声』というやつを、プレイヤーが入力。それでヒロインを倒すらしい。もう1人の自分を引き出して戦うとか、以前そんなアニメあったなぁ…。
「ちょっ…!?これを打ち込むの?」
「早くしないと反撃されますよ。残りHPが少ないので注意してください」
顔を真っ赤にする桃田おうぎ。俺は画面を覗いて納得する。なるほど。連なる文字は厨房が考えたポエムのようだった。
『赤色に世界が染まる時 君の瞼は閉じる
目には見えない幾星霜の欠片が迸り
心の奥底を 蝕んでいく
夢は終わって またはじまり 何度も何度も
繰り返し 新たなループへ連結する
やがて底から水面へと 闇に乱れる華は 君の中に触れ
君を 奈落へと 堕としていく』
「長い!?」
「これは昏名井ではなく、きちんとオレが考えて書いた。熟語にルビを振ろうか迷ったが、くど過ぎてやめた」
「そもそも長いし痛いぞ!?」
なんと言うか、頭が頭痛する文章だった。
「打ち終わったわ!これで良いのかしら?」
桃田おうぎは、そこそこタイピングは早いらしい。どうでも良いが、俺はタイピングが遅いほうだ。苦手である。
「そこは『やったか!?』って言うんですよ」
「フラグを立てるつもり!?ここまで頑張ったのに…!…あ、立ち絵が変わったわ!」
再びヒロインのイラストがどアップになる。差分もきちんと用意しているようで、悲しそうな表情を浮かべている。罪悪感が半端ない。
『負けちゃった…。強いのね、あなたって。
名前を聞いていなかったね。もし、良かったらさ、教えてくれない?
私は円歌。芳野 円歌。…よろしくね』
『俺は〝桃太郎〟。あだ名は〝ピーチボーイ〟だ。
好きに呼んでくれ。』
『涙で顔を濡らした少女―――円歌と握手をする。これから俺は、この女の子と素敵な日常を遅れそうだ。』
画面が暗転し、エンドロールに移る。こちらもきちんと作られていて、部員の名前が物凄い速度で、下から上に流れていく。どうやら終わったらしい。
「これで終わりかしら?まあ、面白かったわ。もう少しギャルゲー要素が欲しかったけれど」
「うちわ先輩って結局私の部活に何をしに来たの?営業妨害?」
「ち、違うわよっ…!お前の部活は認めないつもりだったけど、まあまあこのゲームは面白かったから、今回は免じてあげるわ。学期末に活動記録は必ず出すこと。いいわね?月座、行くわよ」
桃田おうぎは立ち上がる。それに続くように月座先輩も着いていく。律儀に一礼をし、「騒がせてごめんね」と言うと、部室から退室した。
「これを文化祭に出すのか?」
「もちのろん。見ていても面白かったでしょ?」
「色々ぶっ飛んでいて、別のベクトルで面白かったぞ。ギャルゲーではなくてギャグゲーを名乗るなら、ジャンル詐欺にはならないと思うし、高校生にはウケるだろうよ」
「大岐くん、これには続きがあるんですよ?」
「何?まだ作っていたのか?」
さっきまで会長が座っていた席に、昏名井が腰掛ける。スキップで、映画のエンドロール並にやたらと長いそれを飛ばすと、英単語2文字が出てきた。
『BAD END』
「何でだよ!?勝っただろう!?」
「女の子泣かせたら、主人公…いや、男として失格でしょ?」
「こんなのクソゲーだ!?」
もういい。
俺がそのゲームを完成させるから、作り方をご教示願いたい。