画面の中しか愛せない
【主な登場人物】
・大岐 和珠
平和主義者。背が小さくても心は大きい。幸せ宅配部のツッコミ役。
・オルデュール
自称ぷわぷわ天使。甘党で緑茶に砂糖を入れて飲む。お砂糖はスティックシュガー派。
・時瀬 華撫
特技はイラスト。最近はスマホゲーにハマっているらしい。課金はしたくても出来ない。
・昏名井 結璃
敬語で話す。見た目がパリピ。部活内で唯一話が通じる常識人だが、勉強が恐ろしく出来ない。
・月座 繭羽
生徒会役員も兼任している2年生。あだ名はビッチ先輩。今回も出番は少なめ。
・小豆沢 碧斗
又の名を|一欠片の薄氷は淡く光る(アブレイズ・シアン)。但し誰もそう呼ばない。中二病じゃなくて厨二病。
季節は6月半ば。梅雨だ。雨の日が多くなる故に、湿気が鬱陶しいと感じるようになる。
今日も放課後は、部室にて、思い思いの好きなことをしていた。
時瀬はスマホゲーム、補習から解放された昏名井は読書、小豆沢は持参したノートパソコンで動画視聴、月座先輩は誰かとチャットをしている。オルデュールは俺のティーカップでお茶を飲んでいた。
基本的に話さないため、無音である。
俺はというと、数学の宿題をやっていた。理由は単純で、近々、提出物の回収がありそうだからだ。決して意識が高いわけではない。
「わー!感動しました!やばいです!泣きました!」
俺の隣で、本の世界に浸っていた昏名井が、いきなり声を上げた。無音を塗り替える程、大きな歓声だ。俺はノートから顔を上げ、彼女の方へ振り向く。
「びっくりした…。それ随分と厚い本だな?昏名井がラノベ以外を読むとは珍しい」
「これですか?ほら、話題の作品です!本屋大賞を取った『かがみの孤城』ですよ。わたしも学校行けなくなったことがあったので、もう共感だらけでしたね。感情移入しちゃうともう涙腺が駄目です…。特に最後!まさかそう来るとは…!」
昏名井はハードカバーを大事そうに抱えながら、大きな目を細めて陶酔する。
ネットニュースで見かけたから、俺も作品の存在は知っていた。コメントを見る限り、普段から本を読まない人でも、とても楽しめる内容らしい。俺は面倒という理由でラノベすら読まない身だが、あらすじに惹かれていることは事実だ。
「もう一度記憶を消して読みたいぐらい、最高に素敵な作品でした。大岐くんも読みますか?貸しますよ?」
「気になってはいるが…。俺、読むの遅いぞ?」
「平気です!面白すぎて一日半で読めます!」
どんな速度で読んでいるんだ。500ページはあるぞ。
取り敢えず本を受け取る。寝る前に読書タイムでも設けてみるか。
「時瀬は一体何をしてるんだ?最近部室だけじゃなくて、教室でもずっとゲームしてるよな。そんなに面白いのか?」
「うん。面白いよ」
片耳だけイヤホンをした時瀬は、ぶっきらぼうに答える。
「どんなゲームなんだ?」
「女の子とにゃんにゃんするゲーム」
「なんだか如何わしく聞こえるぞ…」
「ほう。時瀬さんがギャルゲーですか?…スマホで遊べるやつなんてあるんですね。わたしはそっち方面には興味ないので、詳しくは分かりませんが」
時瀬のスマホを横から覗き込みながら昏名井は言う。当の本人は画面を見られても嫌そうな顔はせず、黙々とタップし続けている。邪魔されたくないようだ。
「ねぇ、生徒会からネット使用は許可されたけれど、週10時間以上の使用は禁止じゃなかったかしら?そろそろ性悪の持ち時間無くならない?」
オルデュールが言うのもその通りで。
先日の生徒総会で、今まで禁止されていた校内でのネット利用が許可された。それまでチャットと電話しか出来なかったのだが、我が高校は生徒の自立を促す学校。自分でセーブできるようにと、生徒自身に、SNSを含むアプリのインストールを承諾したのである。因みにその理由は建前で、時瀬が半ば無理矢理に生徒会長を脅して可決された、新しい校則だ。
「大丈夫だと思うよ。あー、課金したいー」
「残念だったな。全然大丈夫じゃないらしいぞ、時瀬」
部室の入口が開いた。姿を現したのは、俺たち『幸せ宅配部』顧問の教師で1年B組の担任。灰田先生だ。
いつもは黒がメインの綺麗な格好をしているが、最近の気温の変化に付いて行けてないのか、ジャージ姿である。だが、お洒落はしたいみたいで、首元には真珠のネックレスがしてあった。
緑のジャージに真珠。本人はイケてると思って身につけているのだろうが、ひどくシュールな絵面だ。
「あのな、お前ら。本当に携帯電話を自由に使用して良いなんて、心の底から思っているのか?考えてみろ。普通の学校ならばこんな支給されたスマホは使わせないぞ。つまり、お前らの使用状況は全部担任に筒抜けになっている」
「あ、灰田先生。こんにちは」
「随分と優雅だな時瀬?使いすぎたお前には1週間没収の罪を与えよう」
「あー!!ちょっと!待ってください!」
灰田先生は時瀬からスマホを奪い取る。取られた時瀬は珍しく声を荒げた。
しかし、使用状況が担任に知られるということは、下手にアクセス出来ないのではないだろうか。遊んでいるアプリも、閲覧したサイトも、全て筒抜けになってしまうのだ。まだ自立すら出来ない人間に自由は存在しないようである。
「お前の親父さんからも頼まれているんだよ。それにこれは決まりだ。桃田のやつ、怒っていたぞ?遊んでばかりいないでそろそろ部活動をしたらどうだ?何なら、私も協力してやる」
「…分かりました」
本当に分かったのか。
皆が思っているド正論をぶつけられて時瀬は唸る。
親の名前も出されると子どもは黙ってしまうものだ。自立せず学費やら何やらを出して貰っているのだ。俺にも言えることだが、身の程を知るべきだろう。
「でも先生は協力しなくていいです」
「そうか。夏休み開けたら文化祭だし、何か考えておけよ?一応私だって顧問だし、お前らの部活が潰れたら補助の金が出なくなる」
「いや、金目当てかよ!?」
「そうだが?」
「生徒の前で言って良いことと悪いことがあるでしょう!?」
灰田先生はしっくり来ないようだった。大丈夫かこの人。本音と建前をしっかりと使い分けて欲しい。
「精々頑張れよ」と灰田先生は手を振り、部室から立ち去った。
電話という名のゲーム機を没収され、暫く時瀬は虚空を見つめる。そして、その視点が定まると思いきや、急にパイプ椅子から立ち上がった。
「あ、閃いた」
「…何だよ。ロクでも無かったら怒るぞ」
「そうだ、ゲームを作ろう」
「前にもこんな流れあったよな!?京都に行くみたいに言うなって俺言った気がするんだよな!?」
デジャブだ。
恐らく、遊ぶゲームが無ければそれを作ればいいじゃないというマリーアントワネット的な思考だろう。マリーアントワネットはこんなことを一言も言ってないが。もうこの時点で嫌な予感しかしない。
時瀬は、ノートパソコンで動画を見ている小豆沢の背後に回る。
「小豆沢くんアニメ見てるじゃん。それって海賊版サイトじゃない?ダウンロードしていないから違法ではない、って屁理屈は聞かないよ?」
「違うぞ。疑う前に信用したまえ、我が組織のリーダーよ。これは有料サービスだ。…それに、クリエイターには対価を払うべきだろ。本当はスマホで見たいのだが、1本25分あるアニメだと使用時間がキツくてな…。いかん、オレとしたことが一般人の口調になってしまった」
「小豆沢くんは前から一般人ですよ」
昏名井がナイスなツッコミを入れる。
しかし、時瀬の奴。何を考えているんだ?彼女は小豆沢のノートパソコンを食い入るように見つめる。
「ねぇ、この中にゲームを作ったことある人っている?パソコンでもスマホでも、簡易なやつでもいいからさ」
「私ありますよ。ドット絵しか描けませんし、使用ソフトもフリーのだけですけど。時瀬さんはどんなゲームを作りたいのですか?」
「ギャルゲーかな。女の子と仲良くするやつ」
「お前、まさかそれを文化祭に出すとか言うんじゃないよな…?」
「それいいね。うん。そうしようか」
とんでもない助言をした気がするが、気の所為だろう。うん、気の所為だろう。
俺たちの話を軽く聞いていた月座先輩は、分からないことがあったのだろうか。挙手をして申し訳なさそうに尋ねる。
「ごめん。まゆ聞いていたけど分からないや。ギャルゲーって何のこと?」
「恋愛シュミレーションゲームだ。プレイヤーが物語の主人公になる。んで、適切な選択肢を選んで、女の子を攻略していくんですよ」
「なんだか難しそう。それをこれから作るって話なのね?」
「多分ですけど、フリーソフトで出来るんじゃないですか?シナリオはわたし達が書けば良いし、時瀬さんはイラストが上手ですから立ち絵も心配無いですし。時間さえあればそれなりのものが完成すると思いますよ」
「そうだな。役割を分担すれば5人と1匹もいる。何とかなるだろう。登場させるキャラクターは既に考えたのか?」
「うん。今考えた」
気まぐれな少女は、ファイルから出したルーズリーフに何かを書き上げる。終えると、目の前の机にそれを載せた。
「ヒロインは3人。設定はもちろん学園もので。登場人物のイメージとしてはこんな感じかな。イラストは私がノートパソコンで描けば良いでしょ」
「過去にこの部活で小説書いたの思い出すなぁ…。お前、ノートパソコン持ってるのか?」
「実家に置いてきたから、後で送って貰うつもり。それまで小豆沢くんの借りるよ。WiFi飛んでるから何処でも使えて便利だね」
紙を手に取り、ルーズリーフで箇条書きにされたのを、昏名井が音読する。
「えっと…?芳野円歌。小千谷聖。そして水尾ひまり。どんな感じのキャラクターか全く想像できませんが…シナリオは男子に任せます?」
「そうだね。ビッチパイセンは機械できる人?」
「まゆのことかな?自分で言うのも変だけど…そこそこできるよ」
「じゃあ昏名井さんと仲良くやってちょうだい」
「はい!性悪!この可愛いボクはどうするのかしら!」
「オルデュールは俺と同じシナリオ担当で良いだろ。女心が分かるやつがいた方が安心…すまん、お前って女の心というものを理解できるのか?」
「あのね?ボクだってカワイイ女の子の一人なんですけど」
オルデュールは頬を風船のように膨らませる。見た目は幼女でも、精神年齢が不安になることが度々ある。無駄にませていたり、かと言えば幼稚園児以下だったり。これまで触れられていないが、オルデュールの実年齢って何歳なのだろう。
あと、月座先輩はその悪質なあだ名に、いい加減否定していいと思う。
「また原稿用紙に書いていけば良いのか?」
「そうだね。そしたら私か昏名井さんが後で打ち込むよ。場面と場面はこっちが勝手に繋げるから、展開だけ考えて貰えたら良いかな。少し負担が楽になる」
「おう。了解」
「小豆沢くん、PCって貸して貰える?」
「フッ…。部長の助けとあれば、このオレも力となってみせましょう」
「ありがとさん」
俺と小豆沢とオルデュール。変な組み合わせでシナリオを書くことになった。このメンバーで脚本なんて出来るのか。とても不安である。
「じゃあ、芳野円歌ってやつのから書いていくか。性格設定が、黒髪で委員長…?これ抽象的すぎないか?小豆沢、何か他に案はある?」
「好きに言っても良いか?」
「お前の好みは知らんが。まあ、公序良俗に反しなければ良いぞ」
「巨乳も追加で。前髪は目が見えないぐらい長い。あとは目付きが悪くて、色白の肌に濃いクマがある。しかし、その点を除けばめちゃくちゃ美少女だ。性格は親切で動物が好き。リーダーには向かなさそうに見えるが、実はその優しさで同級生から慕われる、だから委員長。趣味は読書と乗馬。…どうだ?最高だろう?」
「すまん。お前の性癖は理解できん」
ルーズリーフの『芳野円歌』の横に設定を書き足していく。よく初期の設定だけでこれだけ連想できるのか、不思議でならない。これを見た時瀬に、何を言われるか分からないが、あいつならきっと了承することだろう。
「で、どうするのかしら?主人公とこの女の出会いから書いていくのでしょう?」
「そうだな。俺は1人ぐらいベタな展開があっても良いと思う」
例えば、遅刻しそうなヒロインが、街角で主人公とぶつかるだとか。それで食パンをくわえていたら、それこそ少女漫画の王道的な展開だろう。
「確かにな。実はヒロインが呪われた魔術師の家系で、ヒーローと出会ったことで覚醒するだとか。そのヒーローが亜種とのハーフだとか。そういうベタな展開良いよな。さすが同胞の考えることは素晴らしいな。分かるぜ」
「分からないで!?おい、小豆沢…、実はね、これ学園異能バトルじゃないんだよ!普通の学園モノだよ!?知ってたかな!?」
「あ、それ面白そうね!」
「ジャンルが全然違うんだよね!?それは個人でやってくれない!?」
ダークヒーローものといえば、今まで秘めし力を隠していてある日覚醒したり、どちらの立場にも属する主人公ハーフ設定で現世の裏を描いたりするのがベタかもしれない。だが、今俺たちがやりたいことは違う。
「…仮で良いぞ。俺が言いたいのは、入学式の日、食パンくわえたヒロインが主人公と街角で出会うとか…。そういうイベントからはじめたいんだ」
「面白みに欠けるな。オレだったら最初からバトルさせる」
「もう小豆沢は黙ってろよ!?」
「黒髪の言う通りベタすぎるわよ?そうね…何か捻りを入れるとしたら…、食パンくわえて走るのが主人公でどう?」
「野郎が食パン?その…こういう表現は使いたくないが、気色悪くないか?想像してみろよ。『遅刻しちゃう〜』って走って来るんだぞ?シュールすぎないか!?」
「まあ、いいじゃない。で、ヒロイン・円歌にぶつかってしまう。痛がる円歌…しかし、その美しい顔を見て主人公はたじろぐの。そこで選択肢よ!『謝る』と『手を差し伸べる』と『俺の食パン、お前も食べないか?』…でどうかしら?」
「いいな、それ。オレだったら、最後の選択肢は『手袋を投げて決闘を申し込む』にする」
「決闘好きすぎ!?でも、どれかひとつはお巫山戯が入っているもんだし…、まあ、良いだろう。辛うじてこれは認めよう」
「お巫山戯回答はバッドエンドにしても良いよな?主人公の友人に殺される、みたいなの…。どうだ?」
「それもうホラーゲームじゃね!?」
本当にギャルゲーであるのか疑いたくなってきた。ギャルゲーじゃなくて、ギャグゲーの間違いじゃないのか、これ。
勝手に執筆係になった小豆沢は、ダンボールから原稿用紙を出し、シナリオを書いていく。
「最初のイベントの後、2人は一緒に登校するのよ。そしたら偶然クラスが一緒!2人は運命を感じるわ」
「なあ、小豆沢に書かせて本当に大丈夫なのか?」
「問題ない。何にしろ、オレは神に選ばれし者だからな」
「プロビジョン便利だなぁ…」
「続きいいかしら?」とオルデュールは言う。
「クラスだけではなく、主人公と席も隣なの。この女はちょろいから、また主人公に話しかけてくるわ。まあ、ここは当たり障りなく『また会ったね、主人公くん。よろしくね』で良いんじゃないかしら?」
「そこで選択肢か?無難に『挨拶を返す』、『髪型を褒める』、『返事をしない』…みたいな?」
「だから、そこは決闘を申し込んで、落第生で劣等生だった主人公が勝つ。そして、無名だった主人公が頭角を現す、序盤に必要で重要なシーンだ」
「主人公に余計な設定加えるなよ!?どうせ最弱にして最強なんだろ!?」
「よく分かったな。最弱のレッテルが貼られた主人公が勝ち進んでいく、王道ながらも胸熱展開。これこそ男のロマンだ」
「女はマロンね!」
「…お前ら真面目にやる気あるか?オルデュールはまだしも…小豆沢…。お前の中の主人公は、今度は異世界に転生しそうだな」
「無論、やる気はあるに決まっているだろう。…さては、オレの頭の中を読んだな?もしかして…、大岐…、―――お前って読心貴族?」
「独身貴族みたいに言うのやめて貰える!?」
彼女が出来たことない俺に、未来予知を宣告されているようで、心が締め付けられる。それに俺は独身貴族よりも鳥貴族の方が好きだ。
「なあ、このヒロインって、目が隠れるぐらい前髪が長かったよな?」
「そうだ。だが、それだけじゃないぜ。付け加えると、漆黒に濡れたクマと、百合の花びらのような白い肌のコントラストが、ゾッとするぐらい美しい」
小豆沢を無視して、俺は提案する。
「さっきの一番親密度が上がる選択をすると、こういうのが出るのはどうだ?主人公が『こっちのほうが似合ってるよ』って言って、ヒロインの前髪を持ち上げて瞳を覗く。で、ヒロインが照れるとか」
「目が合ってドキドキするの、甘酸っぱくて凄く良いわね!ヒロインの台詞は『いや!…もう、えっち(照れ)』で!」
「真面目ヒロインはそんなこと言わないと思うんだ」
シナリオのおかしな所は時瀬が直してくれると信じて、敢えて俺は深入りしない。
「そうね…。どうせなら、青春している高校生みたいなイベントも欲しいわね。修学旅行とか文化祭、体育祭とかあったら良いんじゃないかしら?」
「うちの学校って、体育祭と文化祭の時期被ってたよな?」
「そうだったんじゃないか。年間スケジュール表を見た時に、体育祭の二週間後に文化祭があったのが強く印象に残っているぜ」
「それは好都合ね!主人公の学校のスケジュールもそうしましょう!体育祭の終わりに、ヒロインから主人公に告白するの。真っ赤な夕焼けを背景に…、それはとってもロマンチックな告白よ」
「晴れてカップルになった2人は文化祭で青春するのか。オレはそんなのより異能力戦争したいが。でもさ、ここで恋人に発展するのか?早すぎねぇ?」
「これを何処まで作るかによるよな。普通のギャルゲーみたいに卒業まで?」
「そうね…。ここは性悪に聞いてみるのが一番かしら」
そう言ってオルデュールは、少し離れたところで小豆沢のPCを乗っ取っている時瀬に話しかける。
「ねえ、性悪。このゲームって何処まで作るのかしら?」
「出来るところまでで良いけど。まあ、欲を言うなら卒業式までかな。そっちはどんな感じ?」
PCから離れ、俺たちの島まで歩み寄る時瀬。小豆沢が書いたシナリオのようなものを、彼女に渡す。雑に書いているせいで、無駄に紙を消費しているらしく、6枚ぐらいになっていた。沢山書いたように見えてしまうが、枚数の割に大した内容ではない。
「推敲はそちらでやってくれたまえ。我の任務は、人生の線路を用意することだけだ」
「あのさ、…決闘、って何?」
一瞬、沈黙する。
ノリで言っていたと認識していたが、どうやらあいつは本気でキャラクターに戦わせたいらしい。その証拠に、原稿用紙には主人公とヒロインの様子が事細やかに書かれている。手袋を投げて体育館でバトルを始めてから、最強と謳われたヒロインが投了するまでだ。
いつから初対面であろうと推測できるヒロインが、最強と謳われるようになったかについては、気にしてはいけない。
「面白いね。ラノベスペシャリストの昏名井さんにこのシーン書いて貰おうかな。裏ストーリーって感じで」
「時瀬…、お前本気で言ってるのか?」
「もちのろん。でも一応、ギャルゲーだから、正攻ルートはハッピーエンドにしてね。それ以外は任せるわ」
時瀬から認められた小豆沢は嬉しそうにガッツポーズをした。クリスマスプレゼントに欲しいものを貰った子どものようである。
「じゃあ、異世界転生をしよう。それから将棋を広めてロリを奴隷に」
「それはやめとけ」
原稿用紙の束で頭を叩く。ネタが多すぎてツッコミに困るだろう。
この先、どうなるかが非常に不安であった。