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死ねないゴミになりました

 


 俺はドアノブにベルトを掛けて、そして首を吊った。吊った筈だった。

 首を括ったそれに体重を預けると、あの圧迫が襲ってくる。脳内が熱で支配されていく。呼吸が遠くなる。苦しい。これを乗り越えればきっと楽になれる。解放される。


 しかし、それも束の間のことだった。ゴンっと鈍い音を立てて、ドアノブが外れる。

 俺は顔面から床に突っ込んだ。


「プークスクス!無様ね!」


 呼吸を整えながら、じんじんと痺れる額に手を当てて、声の聞こえた方向に顔を上げる。誰も居ないはずの俺の部屋には、金髪碧眼のフランス人形のような幼女がいた。年齢は10歳ぐらいだろうか。

 目が痛くなるぐらいド派手なピンクのフリフリしたワンピースを着ていた。そして、白のレースに縁取られたヘッドドレスからは、コスプレ用のウィッグのようなサラサラの金髪が垂れ下がっていて、ツインテールに結われている。まるでドン・キホーテで買ったコスプレ衣装のようだ。


 ロリは透き通った夜空のような青い瞳で俺を見つめていた。


「お前は誰だ…?どうやって此処に入って来た?」

「ふふーん、よくぞ聞いてくれたわね!ボクは通りすがりのぷわぷわ天使!死にたがりのあなたに呼ばれて来てしまったわ!感謝しなさい!」


 何をどう感謝しろと言うのだろうか。

 やたらテンションの高いロリは、ドヤ顔で頭の悪そうな言葉を並べた。そもそも名前を聞いたのに天使と答える辺りが痛々しい。自分のことを棚に上げているようなナルシスト連中は、俺はどうしても好きになれない。


「何か答えなさいよ、自殺野郎。これじゃあボクが唯の痛いヤツじゃない」

「お前が痛いのは事実だろ。此処は俺の部屋だ。不法侵入だぞ。警察を呼ばれたくないならさっさと帰れ」


 野良猫を追い払うように手をひらひらさせて追っ払うが、ロリは無視。玄関に座り込んだ俺に、息が掛かるほど近付く。俺のまだ赤い額にそっと手を当てる。


「あなた、死にたいの?」

「ああ。生きていたって何も面白くない」

「…そう。ボクは命を大事にしない人は嫌いだわ」

 悲しそうな瞳で俺を見る。ロリはそのまま続ける。


「理由を聞いていなかったわ。どうしてあなたは死にたいって思うのかしら?」

「中学の時に嫌がらせにあったんだよ。それで人間が無理になった。高校に上がってやり直せるかと思ったけど、そこまでメンタルが持たん。ならいっそら努力するのを放棄して、死の道を選んだ方が俺にとっての幸せだ」

「ボクは死ぬことが幸せだとは限らないわ。死んで、記憶も過去も、全て忘れ去るのは、なかなかの苦痛よ。…そうね、このボクみたいに」


「…死んだ?お前、天使じゃなくて幽霊なのか?」


 一瞬沈黙。


「ゆ、幽霊なんかじゃない!天使よ、天使!ぷわぷわな天使!!」

「いや、明らかに動揺してただろ!?嘘をつくなら堂々と貫き通せよな!?」


 考えてみればこのロリ、背中に羽も、金の輪っかも付いていない。唯一の天使と呼べる要素と言ったら、美しい金髪と瞳だけではないのだろうか。

 どちらにせよ、この馬鹿っぽい喋り方が、見た目の綺麗さを全て駄目にしているのだが。


「あ…、ま、まあ?天使というのは少しだけ盛りすぎたわ。実は言いたかっただけよ」

「じゃあ幽霊なんだな?」

「…そういうことにしておいてあげても良いわ。でもぷわぷわ天使よ!」

「強情だな!?」


 このロリの天使に対する拘りはさっぱり理解出来ない。俺がキリストさんやらマリアさんの信仰者だったらもう少し理解出来たのだろうか。いや、例えキリスト教徒でも、これとは思想を共有できそうにない。


「この神々しくて、可愛いボクに会っても、あなたはまだ死にたいと思うかしら?」

「死にてぇ」

「ねぇ!?どうして即答なの!?」


 叫びながら年齢相当の地団駄を踏む。うるさいからやめて欲しい。動作だけでなく、声もうるさい。Jアラートもびっくりだ。


「ボクってね、少しだけ魔法が使えるのよ」


 右手で俺の手首を掴み、ロリの左手は俺の心臓の辺りを撫でる。そのまま玄関のドアに押し付けられた。

 壁ドンのような体勢だが全然嬉しくない。


「感謝しなさい。あなたから死というものを切り離してあげるわ」

「は!?おい、待ってくれ!何をする!?」


 俺が止めても無駄だ。

 聞いて驚け。ロリの左手は俺の胸部を貫通し、心臓を優しく撫でた。まるで赤子の頭を撫でるようにだ。俺の胸板は最初から存在しなかったらしい。

 触れられた心臓に痛みは無い。だが、直感で分かる。これはやべーやつだ。俺が抵抗する間もなく、ロリは手を胸部から引き抜く。


「はい、お終い。おめでとう。これで晴れて、あなたから死という概念は払拭されたわ」

「…お前、俺に何をした?」

「『死ねない呪い』をかけたわ。だってあなたの態度、すっごく腹が立つのだもの。だからこれは罰ゲームよ!」

「…は?」


『死ねない呪い』という言葉を心の中で噛み砕く。死ねないってことは、つまり、不死ということか。俺は不死になってしまったのだろうか。


 玄関の、靴箱の下に手を伸ばす。隠しておいた防犯用のナイフを首筋にあてた。だが、刃先は肌に触れられず―――


「何故だ…?」


 首筋とナイフの間に壁が出来てしまったかのようで、それより先は侵食することが出来ない。ギチギチと見えない壁に抵抗されるナイフを、ショックで床に落とす。

 コトン、と乾いた音が虚しく部屋に響いた。


「あなたはもう死ぬことができないわ」

 落ちたナイフを幼女は拾う。


「俺は死ぬにはどうすればいいんだ?」

「うーん、それはね」


 ロリは人差し指を立てて口元に近付ける。

「あなたが本当の幸せを見つけら教えてあげるわ」


「…理不尽だ」

「命に有難味を感じないあなたの考えの方が、ボクは理不尽であると思うのだけれど?まだ入学式しか終えていないのでしょう?そんな偏見じゃ生き抜くことは不可能だわ」


 溜息を盛大についた。

 こいつは俺を生かすというよりも、俺自身がこの鬱状態から抜け出すことができれば、奇妙な呪いを解いてくれる、そういう解釈で良いのだろうか。永遠に続く『死なない』より『死ねない』方がまだマシだ。うん、そう思うことにしよう。


「ところでお前、名前はなんて言うんだ?」

「そんなもの無いわ」

「は?」

「何かね、思い出すことが出来ないのよ!記憶喪失ってやつかしら?だから成仏出来ないのね、多分」


 見た目からして日本人では無さそうだが、だからといって特定の人種を言い当てられそうでもない。フランス人形っぽいだけでフランス人とは限らないし。とりあえず西洋人であることは確かだろう。


「ところであなたの名前もボク、まだ聞いていないわ。他人に聞くより、自分を名乗る方が、順序は正しいんじゃないかしら?」

「名乗るのか?俺が?」

「当たり前よ。契約の関係なのだから、名前は知っておかないとまずいじゃない」


 じゃあ、まず仮の名前でもいいから、何か名乗れよ。

 俺の名前。俺の3大コンプレックスと言ってもいい。ちなみにそれは、名前と身長と、あとは知らん。

 本当は名乗りたくないが、こいつとは長い付き合いになりそうだ。仕方なく、青いバケツの中に突っ込まれた名状しがたいもののような名前を名乗る。


「俺の名前は大岐(おおき)和珠(なごみ)だ」

「…え?大きなゴミ?」


 世界が一瞬停止した。


「あのね!?絶対そう言われてるから自己紹介嫌なんだよ!!!それで中学時代散々弄られたんだよ!!!!ねえ分かる!?分かって!?!?死ぬなって言うなら死にたくなる理由分かって!?!?」

「…わ、ボクが悪かったから!ほら、謝るから、ね?」


 怒鳴り散らす俺に、両手を合わせて頭を下げる自称天使。ドヤ顔でキメていた奴が頭を垂れる様子を見ることは悪い気分ではない。少しだけ調子に乗っても良いだろうか。もし神様がいるなら俺の悪ふざけを許してくれることを願いたい。


「俺からお前に名前付けても良いか?」

「一応補足していいかしら?ボクの心は日本人でも、スペイン人よ?」


「オルデュール、でどうだろう?」


「あのね、和珠、ボクはスペイン人だけど。それ、フランス語じゃないかしらね?」

「ちなみにフランス語のordures(ゴミ)に由来して名付けてみた。どうだ、かっこいいだろう。俺みたいなゴミに呪いをかけたお前にぴったりだ」

「ねえねえ、聞いてるの?和珠?このボクが謝ってるのよ?無視しないで?」

「この俺と並ぶのに相応しい良い名前だと思わないか?」


 オルデュールは涙を大きな瞳に溢れるほど浮かべる。

「…もう、いいわ。ボクの名前は今日からオルデュール。何も知らない人からしたら違和感はないわよね…。うん、ないわ…。大丈夫よ…」

「なら良かった」


 開き直ったオルデュールは周辺を見回し、

「和珠って一人暮らしなの?」

「まあな。ここは寮だ。学校が用意した学生寮」

「だからベランダが無いのね。…てか、これどうするのよ。ドアノブ壊れたら外に出られないじゃない」

「オルデュール、お前壁をすり抜けて入って来たんだよな?」

「ええ。すり抜けるのは得意よ。無論、物体に干渉することもできるわ」


 そう答えた幼女に向かって、ドアの外を親指で指す。


「頼む、外から開けてくれ。どうやら俺は閉じ込められたらしい」


 後で寮母に、ドアノブの修理を頼まなければならないことを想像すると、キリリとお腹が痛くなった。自殺に失敗してドアノブを壊しましたなんて正直に言える訳がない。さて、どう理由をつけようか。

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