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短編(ドラマ、幻想、恋愛)

ボイスレコーダーの怪談より

作者: くまのき

 怪談話に、ボイスレコーダーに幽霊の声が録音されてしまった、というものがある。

 若者たちがボイスレコーダーを持って、心霊スポットである館へ乗り込む。

 まず「お邪魔しまーす」と言いながら入って、「埃っぽいな」「この飾ってある絵は綺麗だね」などと呟きつつ、最後は「お邪魔しました」と言って外へ出る。

 そして後で録音を聞いてみると……


「お邪魔しまーす」

『ようこそおいで下さいました』


「埃っぽいな」

『あらそうですか。ごめんなさいね』


「この飾ってある絵は綺麗だね」

『まあ、ありがとうございます』


「お邪魔しました」

『もうお帰りになるの? なら、私も一緒に……』


 幽霊の声が録音されていた、という話だ。




 男はこの話に着想を得てジョークグッズを作った。

 見た目はただのボイスレコーダー。しかし声を録音し、再生すると、幽霊の相槌が入っている。

 もちろん本物の幽霊ではなく、機械が作った合成音である。人工知能が、録音された言葉を音声認識し、対応した受け答えを合成音声で作り、録音結果へ付加するという仕組みだ。

 男は小さな玩具会社の社長だったが、人工知能の権利を借りるだけで資金が底をついてしまったため、合成音声は妻の声から作った。


 人工知能による幽霊の受け答えは、なかなか見事なものだった。

 例えば「お邪魔します」には、怪談と同じく『ようこそおいで下さいました』と歓迎の言葉を言う。

 挨拶の「こんにちは」「おはよう」などには、同じく『こんにちは』『おはよう』と挨拶を返す。

 お礼の「ありがとう」を言えば『どういたしまして』

 要望として「〜して欲しい」「〜してくれ」と頼んだら『駄目よ』『いいわよ』とランダムに返答。

 逆にこちらが「〜するよ」と言うと『ありがとう』と感謝する。

 そして、去り際の挨拶に対してだけは、幽霊らしい言葉を返す。録音者が「さようなら」というと、怪談のように『私も一緒に』もしくは『待てよ』『逃がさない』などと怖いオチを付けるというわけだ。


 レコーダーは、テレビやインターネットで注目を浴び、会社設立後初めての大ヒット商品となった。

 妻も「良かったわねアナタ」と一緒に喜んだ。男は、それまで自分を支えてくれていた妻に感謝をし、共に祝杯をあげた。


 しかし会社というものは、一つのヒットを出すだけでずっと安泰するわけではない。男はさっそくボイスレコーダーの改良や、続く新商品を生み出すため、社員たちと連日企画会議を行った。ヒット商品を出した勢いもあり、会議に参加する社員は皆熱意と活気があった。男も夢中になって構想を話し合った。

「今は社長の奥様の声ですが、次は有名な役者の声を使ってみるのはどうでしょうか」

 という社員のアイデアに男は賛同した。今は役者を雇う程の資金がある、という事実が、男の気分を良くしてくれた。男はその後、会議に参加した社員たちを連れて、高級な店で酒を飲んだ。 


 男が家に帰りついたのは、日付が変わってからだった。家は電気が消えて静まり返っている。妻はもう寝てしまったのだろう。

 泥酔していた男はとりあえず水を飲もうと思い、コップを片手に居間のソファに座ったが、力尽きてそのまま眠りこけてしまった。

 

 翌朝、警察からの電話で妻が死んだことを知った。

 人通りが少ない公園のベンチで心臓麻痺を起こしていたため、朝まで誰にも発見されないままだった。

 亡くなった妻の荷物にはメッセージカード付きのケーキがあり、そこには”結婚記念日おめでとう”と書かれていた。男はそのカードを見て、昨日が結婚記念日である事を初めて思い出した。




 葬式から数日後、今までやる気になれなかった遺品整理にやっと手を付けた。

 妻の私物は存外少なかった。今まで裕福な生活をしていなかったせいもあるだろうが、思い返すと、ボイスレコーダーがヒットし裕福になった後も、妻が贅沢品などを買う事は無かった。その事に気付いた男は深く息をつき、遺影の妻に向かって独り言を呟いた。

「君にはずっと苦労を掛けていたね。今までありがとう……君がいなくなったなんてまだ信じられない。叶うならば僕の目の前にまた現れて欲しい」

 男は目を閉じ、最後に見た妻の顔を思い出す。

「実はあの日、僕は大切な記念日を忘れてお酒を飲んでいたんだ。すまなかった。許してくれ。でも信じてくれ、僕はこれからも一生君だけを愛して生きていく。約束するよ」

 そしてしばらく躊躇った後、こう言った。

「じゃあ、さようなら」


 そこで、男の懐から電子音が鳴った。

 探ってみると、胸ポケットの中にあのボイスレコーダーが入っており、録音完了状態になっていた。この服に入れていた事をすっかり忘れていたが、何かの加減で電源が入ってしまったのだろうか。

 男はボイスレコーダーを床に置いた。すると、ボタンに指が触れたらしく、録音内容の再生が始まった。



「君にはずっと苦労を掛けていたね。今までありがとう」

『どういたしまして』


「君がいなくなったなんてまだ信じられない。叶うならば僕の目の前にまた現れて欲しい」

『駄目よ』


「あの日、大切な記念日を忘れてしまってすまなかった。許してくれ」

『いいわよ』


「でも信じてくれ、僕はこれからも一生君だけを愛して生きていく。約束するよ」

『ありがとう』


「じゃあ、さようなら」

『さようなら、アナタ』

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― 新着の感想 ―
[良い点] いくつかの作品読ませて頂きました(^^)/ 短編が好きなので、すごく読みやすかったです♪ また、短編だけど、ちゃんと伏線やキーワードがあって、読み応えがありました。 [気になる点] ジャン…
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