パンダの夢
「ねえ、パンダの夢って知ってる?」
「知らない。何それ?」
「パンダはね、カラー写真に写りたいんだって」
「・・・あぁ、もしかして白黒だから?」
「そう。それからもう一つ、今度は欲しいものがあるんだよ」
「笹以外の物を食べたいとか?」
「ハズレ。答えは『新しいシャツ』でしたー」
「何で新しいシャツ?パンダって服着るの?」
「違う違う。パンダの白い所って、何となくTシャツ着てるみたいでしょ?そこがすぐ汚れちゃうから、新しいシャツ」
「成る程・・・言われてみれば、ほとんど薄茶色に汚れてるかも」
「これって、中国人は大体知ってるネタらしいんだよね」
「へぇ、そうなんだ」
「中国でパンダ見たりするツアー行くと、大体この話されるんだって」
「それ誰かから聞いたの?」
「うん、中国に行った知り合いから聞いた話」
「そういえば、中国語話せるんだよね?一緒に行かなかったの?」
「“話せる”って程は話せないよ。ちょっとした挨拶が出来る程度しか話せないし、旅行に困らないレベルの会話なんて無理」
「中国語ってそんなに難しいの?」
「難しいよー?ヨーロッパ言語と違って日本と同じ高低アクセントだけど、もっとパターンが細かいし、その高低アクセントの微妙な違いで意味が全然違ってくるから、文章の意味は何となく分かっても、いざ発音しようとすると凄く苦労する」
「そんなに?」
「だって、まず自分の名前をどう発音するのかを調べる事から始めなきゃいけないんだよ?これがヨーロッパ言語なら名前と苗字言うだけで済むのに」
「え?どういう事?」
「だから、自分の名前をわざわざ中国語読みに変換しないといけないの」
「それはちょっと面倒だな・・・」
「でしょ?漢和辞典で一文字ずつ調べて、声調・・・つまりアクセントも間違えないように発音しなきゃいけないから、ちゃんとした自己紹介が出来るようになるのに、ヨーロッパ言語の倍はかかる・・・というぐらいの覚悟で勉強始めないと、精神的に挫けるよ」
「・・・で、ヨーロッパ言語に逃げたのか」
「完全に逃げた訳じゃないけど、まあ・・・うん、逃げたかな」
「でもこの間、“近過去三人称複数形って何だよ!”って叫んでなかった?」
「あー、そんな事もあったっけ・・・ヨーロッパ言語はヨーロッパ言語で難しいんだよね・・・名詞に性があって、敬語があって・・・」
「ちょっと待て、名詞に性があるって、どういう事?」
「そのままの意味だよ。男性名詞と女性名詞と、ドイツ語は中性名詞もある」
「面倒くさそうだな」
「実際に面倒くさいよ。スカートが男性名詞でズボンが女性名詞とか訳分かんないし・・・でもドイツ語はちょっと楽かな。名詞は全部単語の頭を大文字で書くから長文でも単語が拾いやすいし、ついでに筆記体も無いんで読みやすい」
「そういえば筆記体書けないんだっけ」
「悪かったわね、筆記体読み書き出来なくて。でも日本人だって明朝体に慣れちゃって、文字の連なった流麗な草書体は読み書き出来ないでしょ」
「どういう事?」
「例えば、百人一首の絵札に書かれてる文字をすらすら読める?」
「うーん・・・そう言われると読めないかな」
「でしょ?それと同じだよ」
「古文書の勉強してる奴なら読めるだろうけど・・・」
「それはノーカウント」
「あのさ、ふと思ったんだけど、何言語勉強してるの?」
「現在進行形で言うなら、真面目にやってるのはイタリア語。時々テレビ見たりラジオ聞いたりするのがドイツ語とフランス語とスペイン語、挫折したけど時々テレビ見たりするのが中国語・・・かな?」
「頭こんがらがったりしないの?」
「ヨーロッパはねー・・・あの辺て地続きだから時々似た単語はあったりするけど、何となく雰囲気が違うから混ざる事はないかな」
「ふーん、そんなものなの?」
「あ、たまに名詞が出てこない事はあるよ。違う言語ではこう言うんだけど、こっちの言語だと何だっけ?みたいな」
「何か、全部を真面目にやったら語彙力が凄まじい事になりそうだな」
「それは常々思ってる。でも、頭の許容量が足りないから無理ー」
「まあ、そうだな・・・うん、とりあえず頑張って」
「頑張ってるよー?でも覚えられないのー」
「草葉の陰から応援してる」
「どうせ、結局は自分との戦いですよ」
「じゃあ、頑張ってるご褒美にパンダのぬいぐるみを買ってあげよう」
「子供じゃないんだけど・・・ぬいぐるみの可愛さに免じて許す」
「そういう可愛くない事を言う人には何も買ってあげません」
「あー嘘嘘、ごめんなさい。ぬいぐるみ欲しいです」
「よろしい。・・・こっちのぬいぐるみでいい?」
「うん、いいよー」
「じゃあ買ってくるから待ってて」
「はーい」
こうして、パンダのぬいぐるみは買われて行った。