1話
いつもの、いきつけの喫茶店。ボクは西日の射し込む窓際のテーブル席で、カノジョを待っていた。「話したいことがある」と言うのだ。「電話でもいいのに」とボクが言うと、「直接、話したい」と言ってきた。よほど、重要なことらしい。なんとなく緊張してしまう。
店の中にはボク以外に客はいない。ボクが知る限り、この喫茶店が盛況だったことはない。こんなさびれた古い商店街にあるのだから、当然と言えば当然なのだが。
カランコロンカラン、と喫茶店の扉の開く音がした。音に反応してそちらを見ると、カノジョが入ってくるところだった。
「お待たせ。ごめんね、遅くなって」ボクの向かいに座りながら、カノジョは言った。表情は明るい。
「何か良いことでもあったの?」
「あ、うん。その、えっとね・・・」カノジョの口がモゾモゾっと小さく動く。言い出しにくいことを言う前の、準備運動だなとボクは察した。
「言いにくいことなら、無理に言わなくてもいいんだよ」
「いや、言うよ言うよ。せっかく来てもらったんだし・・・。でも」
「でも?」
「もしかしたら、笑われるかも」うつむきながら、ポツリと呟く。
「笑われる?誰に?」と言いながら、店内にはボクたちとマスター以外に人がいないことに気づく。ということは・・・
「あなたに」
やっぱり、ボクか。
「大丈夫、笑わないよ」うながすように、カノジョに言う。
「・・・わかった。じゃあ言うね。私、小さい頃からの夢があって」カノジョはボクを真っ直ぐ見つめて言う。「私には無理だろうって思ってたの。でも、やっぱり諦めきれなくて」興奮しているようで、カノジョの言葉には熱がこもっている。
「その、夢って?」ボクは尋ねる。
心を落ち着けるためだろうか、カノジョは目を閉じて深呼吸をする。そして、いつになく真剣な表情で言った。
「あのね、私、牛丼になりたい」