ハロウィン
秋風がまだ夏服の二人の体に吹き付けて突き刺さるようだった。
ゆらゆらと揺れる影と追いかけっこをしながら歩く。小さい頃に遊んだ影踏みを思い出し、足から先に伸びている影を見つめて、自分は永遠に鬼なんだとこの空間を楽しんだ。
「わあ、可愛い」
色とりどりのモノマネっ子たち。原色を使った服から、時期通りのオレンジ色の服の子どもまでいる。
悪魔だけども全く怖くはなく、コウモリを肩に乗せたちっちゃな魔女がいたり。たくさんの袋を持ち、タタタと小さな足で歩いている。
「アスってロリコン?」
「なんでさ」
「子ども見て可愛いって思ってるんでしょ」
「それは普通じゃないのか? 動物を愛育することだって結局はそうだし。ラブとライクは違うし……あれ? 動物への愛もラブだし……んん? ラブなら同じなのか。愛か、愛ね」
「愛って難しいね」
八朔と明日奈は学校への通学路にて、ハロウィンのための仮装をした子どもたちとすれ違った。
今日は授業はなくとも、生徒会の仕事により休日返上という形だった。
魔女の数が多いため、多種目ではなかった。
「僕、ハロウィンってやったことないんだよなぁ」
「同じく。パーティーするわけでもないから感覚がないんだよな。パンプキンのデザートを食べたいけど」
「トリックなんちゃらーってやつだろー?」
「ああ。何かは忘れたけど」
「お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ! ってやつ?」
「……あ」
明日奈は何かを考え付いて、ポンッと手を叩いて思い出した。そして、八朔の肩を掴み真剣な顔で言い放ったのだった。
「お菓子くれなきゃ、ツボ押すぞ!!」
扉を開けての第一声。中の面々は明日奈の言葉に驚きつつ何が起きたのか不明だった。
「で?」
「あ……。あたしキャンディーあるよ。あげるからツボは止めてね」
冷たい態度の宇城に唯は小さなカバンからハロウィンカラーの包装されたキャンディーを明日奈に渡す。それを受け取ると明日奈はすぐに唯に抱きついた。
「直球なのは言葉だけじゃないのねー。羨ましいー僕もされたい」
「なんなんだ、それは」
「えっ、アス知らないのー? 町中だけじゃなくテレビだってそれ一色じゃん」
「キリスト教で、諸聖人の祝日の前夜祭で、アメリカでは子どもたちが仮装してカボチャをくり抜いたランタンを持って、とある言葉を話ながら家を渡り歩く行事だよ」
「日本、関係なくね?」
「まあ、クリスマスだってそうでしょー?」
「確かにな。で、明日奈が話したことが、例の言葉なのか?」
「お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞーって、言うのよ。あたしも近所の子どもたちに言われてね。だからアメを持ってたのよ」
「比較的、最近だよ。ハロウィンだって騒がれたの」
明日也の疑問に八朔は似たものを示した。それを理解すると、明日也は納得して腕組みをする。
ここに来るまでのことを思い出した唯が助言を加えた。
参加をしていなかったはずの神内まで加わってきた。
「なんでツボ」
「イタズラの代わり」
「最早、本物の悪魔だろ」
親指を見せながら答える明日奈に明日也は呆れた。フォークの槍を持って黒い翼を生やして白いキバを生やして……という想像が浮かんだ。
確かにツボを押している姿は悪魔と形容しても何ら違和感がない。むしろ似合い過ぎてしまうだろう。いや、女王様の恰好の方が似合うと考える人さえいた。
「ツボやるってんなら、覚悟あるんだろうな?」
「……」
「今度、美味しいケーキ屋に連れていってあげるから許して」
「ジン……分かった」
予想外のデートの取り付けに明日奈は驚いていたが、甘いものが食べられると喜んでいた。どんどん食い入れ状態の明日奈に、明日也は不安を覚えていた。
「そういえば、知り合いがねー」
会話を切るように八朔が声を上げる。なぜ、盛り上がるように声を上擦らせながら答えたんだろう。
「おまえは忍者か! って怒鳴り出して」
「忍者?」
「そう! 狙ってしたことじゃないけど、足の音を立てずに歩いたんだ。そうしたら、その言葉が」
「足の音を立てずって……、普通はしない」
「だよね、なんでそんな話になったのよ」
「買い物に行ったんだけど、その時、音が出なかったんだー。別の友達は引きずって歩く癖があるせいで、一緒に歩くと際立つみたいだ」
「だからって忍者って」
「なるほど、八朔は忍者の末裔だったのか」
「違うに決まってるだろー! 神内」
「まさかのジンのボケ」
「今のはボケなの?」
歩いて忍者だと話すことは普通の状況ならまずならない。どういう状態でそんな話になったのか疑問を持っていたら、神内が納得したような天然のようなことを発言した。
「そうそう。それでその友達と嫌いな食べ物の話をしてたんだ」
「へぇ、八朔って肉が苦手だもんね」
「この間、ステーキ美味い美味い食ってたじゃん」
「うん、肉でも牛肉だけしか食べられないんだよなー。それで、その友達が、おまえ前世でブタや鳥に何かしたのか? されたのか? って言われた」
「その友達、面白すぎだろ」
「その友達、紹介してよ。毎日楽しそう」
忍者だけではなく前世まで出てきて、ただただ面白い。唯が友達になりたいと思うのはよっぽどのことだろう。
井戸端会議のように女子三人(一人は男)が集まり話をして、残る男子が仕事をする。嫌な社会の縮図だった。
「うーきーわーくーん」
「おい、まさか俺のことか?」
「お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ?」
「……な、なに言ってるアホ」
「わあ、宇城が照れてるー! くたばれ、ゴミ箱の中身降りかかれ」
宇城の席に近寄り手を差し出しながらお約束の言葉を言えば、顔を赤くさせて戸惑う宇城。
今まで怖がられて近寄る女なんていなかった。けれど明日奈だけは何も怖がることもなく、むしろ倒そうと意気込んでくるため焦るしかない。
その様子を弄った後に本性を見せる八朔。
「かっ、菓子なんてねぇよ」
「じゃあ、イタズラー」
「やめっ……あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
秋の静かな昼時、一人の少年の哀れな悲鳴が響き渡ったのだった。
その成れの果ては、床に崩れピクピクと痙攣していた。
「お兄ちゃんー、お菓子ー」
「だから持ってるわけないだろ! やるからには覚悟あるんだろうな!?」
動物の威嚇行為のように、クマが襲う瞬間のまま硬直する二人。どちらも静止のまま相手が動くのを待っている。
明日奈なりの反抗のチャンスなんだと、諦めるつもりはないようだ。
「がおー」
「……彼女の性格、分からなくなるな」
「純朴な子どもだよ。可愛いじゃない」
「嫌な子どもだ」
地面で未だに伸びている宇城を見下ろしてポツリと息を吐くように答える神内。
サドスイッチのある子どもだなんて誰が喜ぶと言うんだ。
「お菓子がないならイタズラじゃーー! 今日だけは今までの仕返し」
「なんだよそれっ! 近寄んな! こっち来んな!!」
「私の苦労を思い知れー!!」
逃げ惑う明日也を掴まえると、もつれるように床に転がる。イスなどにぶつからないように唯が動かしていた。
くそぅ、と自分の上に座る妹を睨み付ける。身動きが取れず、そして明日奈の指が明日也に近付く。
「はい、ストーップ」
「はれ?」
後少しでという時にお腹に腕を回され体が浮いた。開放された明日也は匍匐後進をして離れた。
叫んだせいか明日也は深呼吸を繰り返していた。
「助かったぜ、神内」
「なんで邪魔すんだよー。どっちの味方だよ」
「いや、総長が負ける姿は見たくないんだよ。例え兄妹のじゃれ合いでもね」
「むぅっ」
「……って、いつまで抱いてるんだよ、神内」
「軽すぎないか? 身長高めの割に」
「そんなことないもん」
密着している神内と明日奈はに兄として明日也は半ギレだった。地面に足が付いてるとはいえ、神内にかかってる負担はそれなりにある。
「イタズラ、オア、イタズラ」
「選択肢ないじゃないか」
「Trick or treatを文字ったのね。イエスか、はい、で答えなさい並みに酷い」
「僕ならどっちも嬉しいけどー」
「まさかのM発言」
「違うよー! 愛に決まってるだろー」
神内を見上げるように話すと苦笑いを浮かべる彼に、唯は気付いたように頷き、八朔はうっとりとしている。
その間に明日也と宇城は戦線離脱をしていた。
もう終わったから良いだろ、とメモだけを残して。
八朔、意味としては唯の話してることと何ら違いはない。
「ケーキ屋、行きたくないのか」
「今から。終わったし」
「今? まあ、良いけど」
「じゃあ僕も参戦ー。二人きりにはさせねぇよ、神内」
「あたしは帰ろうかな。留守番頼まれてたから」
「……唯、来ないの?」
「うっ」
小首を傾げて潤んだ瞳の明日奈には勝てなかった。この子もしかしたら小悪魔かしら、などと弱点を突くため考えてしまった。
「っな、んで」
「イタズラ終了。唯、帰ろ」
「えっ、良いの?」
自分はされないとタカをくくっていたが、明日奈は神内のツボを押してから離れると、そのまま唯に近寄り腕を掴む。反対に神内は痛くなった腕を擦った。
「唯がいなきゃ、つまんないし」
その一言に今月の幸福ランキング一位に食い込んだと唯は嬉しそうに笑った。
愛をくれなきゃ、イタズラするよ?






