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監督メガホン


「監督メガホン、手に入れたよ!」


「なんだ、それは」


「えへへ、分かんない」


「可愛く言ってもイラッとくるだけだからな」


 黄色のメガホン、普通に雑貨屋に置いてそうな何の変哲もない物だが、明日奈はニコニコと笑ったまま呆れる明日也に見せ付けた。毒のない純粋な笑顔は不快にはさせなかったが、高校生にもなり何してんだと頭が痛くなる。


「第一、怪しげなもんを拾ってくんな。犬みたいだな、いやまだ犬の方が利口だ」


「うー! だって面白そうだもん。ここでナースが入ってきてプリンを持ってくる! って感じ」


「おまえは監督を何だと思ってるんだ、阿呆!」


「むぅっ」


 メガホンで叫ぶと明日也は煩かったのか耳を手で塞いでいた。確かに騒々しく近所迷惑だった。


「明日也くーん、お菓子あるけど食べるー?」


「……」


「あら、明日奈ちゃんもいたの? ほんと、似てるわよね。こう並んでいると区別つかないわ。まあ、明日也くんは歩けないから分かるけどね」


「そんなに似てるかなぁ。全然、似てないと思うけど」


 膨れっ面の明日奈に看護師が綺麗な紙袋を手渡してくれた。変に固まったまま動かない明日也に気付きもせずに、爽やかな笑顔に変わった。全く現金な女である。


「じゃあねぇ」


「ありがとうございまーす」


 志波のように人当たりの良い笑顔と話し方に、看護師は少しはにかみながら部屋を出ていった。

(お、落ち着いて私。あの子は女の子よ!)

心の中は自分では制御が出来ないほど、邪な感情が溢れていた。




「おー、美味しそう」


「貰うなよ。何かしら考えがあって渡したんだろうが」


「もうっ、なんでそんなに人を信じられないの?」


「おまえは信じられるのか?」


「……」


「目ぇ反らすなよ」


 ゆっくりと明日也から目を反らす。紙袋の紐の取っ手を強く握りしめる。明日也の言葉に反論が出来ず、目をあちらこちらに揺らしている。


「絶対に手を出すなよ」


「美味しいよ」


「てめっ!! あ? おい、それって」


「ふぁー、おいひぃー。こんな美味いプリン食べたことないよぉ」


「……全部、食うなよ」


「はい、あーん」


 プラスチックのスプーンで、卵たっぷりのプリンを掬って明日也の口元に持っていくと文句を言いながらパクっと食べる。


「あっ、間接キス」


「ぶっ飛ばすぞ。ってか全部食うなよ」


「二個あるよ、はい。開けてあげる」


 何だかんだ甘いものが大好きな明日也は、もっと食べたいと釘を刺した。

明日奈はそのままプリンの蓋を開けて、未使用のスプーンと一緒に明日也に手渡した。


「美味いな」


「どこの店かなぁ。あ、駅前に出来たアミューズメントの中にあるプリン専門店だぁ。行きたいなぁ、でも女の恰好しないとね」


「そんときは、土産な」


「うんうん。今度、行ってくるよ」


「……ってかさぁ、プリン」


「ん? もうないよ」


「ちげーよ。さっき話してたことだよ」


「……さっき? なんか話してた?」


「おまえは忘れすぎだ!」


 たった数分前のことなのに忘れた明日奈に、明日也は呆れを通り越し、心配になってきた。

こんなバカな妹が学校で問題を起こしてるんじゃないかと心配になったが、その心配はほとんど正解に等しい。


 知らないうちに友達やら何やらで目を付けられてることを彼は知らない。


「そのメガホンで話したこと事実になっただろ。偶然かわかんねぇけど」


「んーっと、監督メガホン」


「何なんだよ。その名前は」


「ほら、小さく書かれてる」


「うわ、マジだ」


 メガホンの口元近くに小さく赤い文字で書かれた”監督メガホン”と書かれていた。




「……肉」


「は?」


「寄越せ、阿呆」


「あ、ちょっ」


 メガホンを奪われてしまい、変なことを話した明日也はそのまま先ほど明日奈がしたことと同じこをした。


「ナースが極上の肉を持ってくる」


「なっ、何を言ってるの。食べられるわけないでしょ?」


「風邪はだいぶ落ち着いたんだよ。だからもう、マシな飯だが、やっぱり味が悪い!」


「そんなん許されるの? 食べたいから食べるって」


「ってか、遅すぎだろ」


 確実に明日奈が話してからプリンが届いた時間待ってみたが一向に来ることはない。そして、その時間が過ぎようと無駄に静かな空間に苛立った明日也。


「くそっ、なんだよこれ!」


 メガホンを投げつけ怒鳴り散らし、当のメガホン壁にぶつかりバウンドして床に落ちた。


「もうっ、物は大事にしないといけないよ」


「……そうだ、明日奈。お前が言え」


「いや」


「明日奈」


「や……です」


 拒絶する明日奈に、明日也は無言で睨み付ける。ドスの効いた顔に明日奈は泣きそうになっていた。


「……極上の肉を持ってくる」


 目に涙を浮かべながら、力なく呟いた。メガホンが振動して響いてるのが無性に切ない。

そして少し待っていると、扉がバッと勢いよく開かれた。


「ウオーッス! 明日也、元気にしてるか?」


「……なんで貴様が来る」


「知り合い?」


「うぉっ? 明日也が二人いるぜっ」


「……うるさっ」


 怒鳴るように叫ぶ男がやって来た。大きな声で坊主頭の少年。背が高くスポーツ少年という感じの爽やか系。

明日奈は耳鳴りがするほどに叫ぶ男に眉を寄せた。


「俺は貴様を呼んだつもりはねぇ! ってか何でここが分かった」


「なんだよぉー、明日也が食いたいと思ってる肉を持ってきたのによぉ」


「……マジか!? 良くやった下僕一号!」


「げぼく!?」


「食わせろ、今すぐ食わせろ!」


「生で!? お兄ちゃん流石にそれは」


「大丈夫だ! ホットプレートも持ってきたぜ!」


 テーブルの上に小型のホットプレートが乗る。箸やら何やらを用意し、コンセントを刺すと数分でプレートが熱くなる。


「極上だぜっ」


 脂身の多い肉で、とんでもない価格がつきそうなくらい極上のお肉。サシが多いのなんて食べたことがない。スーパーの割引になるようなものしか食べてないのに、羨ましくて思わず睨んでいる明日奈。




「明日也に妹がいたのか」


「明日奈です。双子の妹です」


「ずいぶんと似てるな」


「双子ですから、髪も今切ってるから」


「へぇ、俺は京也だ」


「きょうや、さん?」


「……うっ」


 首を傾げると京也という男は口を押さえて呻く。意味が分からず、ただ変な男だという認識しかない。


「うめぇ! はぁ、最高っ……、ってか、明日奈見て興奮してんじゃねぇよ」


「は、興奮!?」


「そんなことはないぞ!!」


「鼻血出さずに言えよ、んなこと」


「……おっと」


 鼻を必死に押さえているが、指の隙間から赤いものが垂れていた。興奮という意味が分からず、何歩か離れて、暢気に焼肉をしている明日也に近付いた。


「どういうこと? あいつは何な……はふっ、あつっ、うまっ!」


「少し黙れ」


 明日也の病院服の襟首を掴む。浴衣っぽいため服がはだけて上半身が見えてしまった。明日也はプレートから少しも冷まさずにタレを付けて話している明日奈に食わせた。

はふはふと熱いのを堪えながら食べている明日奈を後目に、箸を置いてから服を整えていた。


「やっぱり明日也は男かぁ!!」


「なに当たり前なことを」


「はっ、明日奈。身体検査をだな!」


「えっ!?」


 目が血走っている変態(明日奈の中で格下げ)に恐怖を感じ頬をピクピクとさせながら硬直する。


「そいつ、女慣れしてないド変態だから」


「助けて」


「自分で身を守れよ。俺は動けねぇから」


「……いじわるっ!」


 明日奈は何も守ってくれない兄に怒りを持ったまま、鼻血を足らしながら近付いてくる京也の二の腕の内側を押す。


「いってぇぇぇぇ!!」


「私に変なことをすんな」


「はっ、良い。その表情良すぎだろ! 女ってのはいつもそんな顔をするのか?」


「え?」


 予想外な言葉により明日奈は手を離して目の前の変態から離れた。あまりの衝撃に明日奈のサドなスイッチが解けてしまった。


「な、何なのこの人」


「はぁ、美味かった。ごっそーさん」


「ちょっと、お兄ちゃん!」


「そいつ、明星高校の生徒だぞ」


「そうなの?」


「最近は不登校だったみたいだけどな。ずっと男子校しか行ってないせいか女の免疫力がない上に美形大好きのド変態。見た目とのギャップだよな」


「何それ」


 見た目は本当に爽やかなイケメンの癖に、嫌われる要素を詰め込んだ性格。それが明日奈にとってあんぐりさせた。




「下僕一号、変なことをしたら埋めるぞ」


「や、いやだなぁ。そんなこと俺がするわけないだろっ!」


「信用ねぇだろ。女子の入学時、真っ先に襲いにいったやつなんてな」


「あは、あははは」


「また海に沈められたいか?」


「や、もうやらねぇって誓っただろ!? 冗談に決まってるじゃねぇか!」


「ねえ、地声なんでそんなに大きいの」


「……まあ、そいつ暴走族の頭だからな。怒鳴り散らしてるのいつものことだし」


「ひっ!?」


「そんな怖がらなくとも良いぞ! 女子どもには優しいのが俺の信条だからなっ」


 どんどんと京也の恐ろしい部分ばかりが浮かんでくるため、怖すぎて悲鳴が上がった。それに気付いたのか怖がらせないように話したが、それでもまた怖さを増幅している。


「きもい」


「何だと!?」


「事実だろうが、何キレてるんだよ、アホ」


「や、ごめんなさい。正直に、キモいって言ってしまって」


「更に傷付けてるぞ!」


 明日奈はばか正直に答えているが、それは京也を傷付けるのに十分だった。


「ってか、これ持って帰れ」


「明日也、せっかく脅し……ごほんっ、持って来たんだぞ!」


「……強奪なの?」


「持ってきた経緯なんてどうだって良いんだよ。さっさと持ち帰れよ」


「ってか、煙いよバレるよ! 煙や匂いで! あ、でも火災報知器が鳴らなくて良かったぁ」


 室内が煙充満してるだけじゃなく、匂いもこびりついている。明日奈も食べたせいで共犯者となってしまったため、何とか逃れる方法を必死に考えた。


「ぐすん、二人とも無視すんだな。良いさ! 二人のこと大好きだからなぁ!!」


 京也は叫び終えると、コソコソと片付けをしてから持って帰ってしまった。台風のようにやって来て台風のように去っていった。


「……お兄ちゃん、変な人と知り合いなんだね」


「あれは下僕の一人だ」


「どうやって知り合ったの?」


「さっき話した通りだ。ずっと男子しかいなかった学校に初めて女子が入った。そいつは今はこの学校にいないが、飢えてる狼ばかりだからな。一番最初に牙を向いた」


「……最低だ」


「ああ、そうだな。まあ、モテないクズばっかだから仕方がないだろ」


「毒舌だなぁ。明日也はその人が好きだったの? 同じ年?」


「さあな。タメだったな。入学式の時に、周りの見る目が異常だったしな」


「お兄ちゃんってスゴいよね」


「何だ急に」


「だって、今まで男子しかいなかった学校を改善して女子を入れようとするなんて、スゴくなきゃ出来ないよ。カッコイイ」


「おまえさ、その直球な言葉、いい加減に自覚しろよ」


「?」


 自覚のない直球な言葉を話す明日奈に双子の兄は頭を抱えた。その爆弾娘が何かに巻き込まれないかと、何だかんだで心配なのだ。


「海に沈めるって……」


「昔に調子に乗ったアイツを崖から蹴り落としたことがあってだな。確か海でしつこいぐらいに一人の女をナンパしてたのが問題だった」


「お兄ちゃん、ハードなことしてるね」


「あいつは頑丈だからな。骨折してようが歩ける男だ」


「なにそれ。化物じゃん」


「ああ、あいつは獣だ。何度殺そうとしても生きてるからな」


「……すごーい」


 バカにするような声色になったが、明日奈としては何の感情もなかった。単にめんどくさい男だとインプットされただけだ。


「まあ、下僕よりもソレが一番だろ」


「ん?」


「そのメガホン。その通りになってるな。今のところ」


「あー、確かに! んじゃあ、次は何にしてみる?」


「……怪我治るとか?」


「治ったら私、学校行かなくて良いよね!」


「……やっぱ無し。それ言ったら殺す」


「なんでよぉぉぉぉ!!」


 妹として兄の健康を願うのは美談で、男装する必要がないと安心していたのに直ぐ様の否定に泣きたくなった。


「うーん、あり得なさそうなことの方が良いな」


「例えば?」


「空から羽の生えた猫が降ってくるとか」


「お兄ちゃん、猫が好きだもんね。えーっと、空から羽の生えた猫が降ってくる!」


 メガホンで叫んでから窓の外を眺める二人。そして、しばらくすると空が薄暗くなった。

次の瞬間、空からたくさんの羽の生えた猫が舞い降りてきた。


「わぁ、カワイイ!」


「……ねこ」


 頬がゆるむ二人。窓を開けて一匹の白い猫が手に乗るため室内に引き連れ、明日也の太ももの上に乗せた。


「カワイイ、ちっちゃい」


「……ちび助」


「これで寂しくないね」


「誰が寂しいと言った、阿呆」


「お兄ちゃん、阿呆って言わないでよ」


「事実だろ」


 にやけている明日也に独り言のように呟くと、照れたのか暴言を並べる。少しその照れを理解していたため明日奈も強く否定はしなかった。


「まあ、とにかくそのメガホンは事実なんだな」


 視線がそのメガホンに集まる。確かに願いが、難しいものまで叶った。しかも明日奈の願ったものが、だ。




「どこで拾ったんだよ、それ」


「学校に行くまでのルートの木にぶら下がってた」


「……誰かの落とし物で拾った奴が掛けたんじゃねぇか?」


「そうなのかな。知らないけど。私の物は私のってことで、これは私の」


「なんだ、その傲慢な猫ババは」


「私はババじゃないし、猫じゃない。まあ、使ってれば落とし主が声を掛けてきて来るんじゃない?」


「まあ、そうだろうけど。引っ掛かるのは、明日奈しか反応しないってことだな」


「私にしか。でも最強ー」


「そんなことより、学校で変わったことはないか?」


 猫を撫でながら話を大きく変えた。折れたようなポキッという音が聞こえるくらいだ。


「別にないと思うけど」


「そうか、俺の名前を汚してないよな」


「え、あはははは、そりゃもちろん」


「正直に答えろ」


「……やぁ、その」


 思いっきり明日也の名を汚しまくりイメージを降格しまくってることを彼は知らない。そして、変にモテ期が来ていることに、やはり彼は知らない。


「私、頑張って男のふりしてるもん。不良たちに負けないように頑張っているもん。大嫌いな学校にだって通ってるし、ちゃんと毎日! それに、男嫌いなのに立ち向かってるよ」


「男嫌いだからこそ、俺よりも残忍になれるかもしれないと不安なんじゃないか」


「メガホン使ってまで悪いことはしないよ」


「当たり前だろ」


 手にした不思議なメガホン。バナナ売りのように叩いたり、反対側から覗いても、普通のメガホンとの違いが見つからない。

手に入れた明日奈でさえ、若干不気味に思っている。だけど、捨てる気はないようだ。


「学校に持っていくの無理だし」


「持ち歩くな! 俺のイメージが悪くなるだろ!!」


「そうだよねぇ、持ち歩けないや」


 まるで映画の監督のように、自分の望む通りに進む不思議な最強メガホンを手に入れたのだった。

彼女はこれから、暴君監督となり気に入らないことはすぐに改竄していくことになるのだった。




「そんな未来ないからねっ!!」



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