振り回され
「今日ねぇ、あの俳優がうちの学校に来るんだとぉぉぉ!」
異常なほどのテンションの八朔、静かに事務をしていた三人のいた生徒会室に走ってやって来て大声を出した。その際、車の急ブレーキのようにキキキッと音が聞こえていた。
「怪獣がやって来たな」
「ボクは怪獣じゃねぇ! ばか宇城」
「怪獣だろうが、ドタバタ走り回りやがって」
「ムキーッ!」
「今度は猿か」
「……誰が来るんだって?」
ケンカをし出した二人を止めるように明日奈が八朔を見て聞いてみる。
すると、興奮したまま明日奈の方にまでやって来て、机をバンッと手が痛くなるんじゃないかと不安になるほど大きく叩いた。
「ヒュウガ!!」
「ヒュウガ?」
「ああ、役者の日向ね。ほらアス、この学校の卒業生で人気ある人だよ」
「いるのか、そんな奴」
「いるっ! もう忘れっぽいんだからぁ。この間見せた映画のだぁ」
「あー、なんか覚えてない」
「覚えてないのかよぉ!」
「どうでも良いけど、少し静かに作業をしてくれないか?」
「あ、ごめんなぁ。神内」
騒々しかった室内は神内の言葉によりシィンと静まり返った。
明日奈は唯の言葉に思い出したのか思い出せないのか曖昧なところにいた。
「んー、なんで芸能人が来るんだよ」
「今度の映画の役者捜しだなぁ。なんか、この学校で撮影するみたいだし」
「はあ?」
「低予算で自然体に拘る監督みたいだわ」
「詳しいな」
「映画を見ることが好きだから監督に詳しいの。結構、有名な賞をとってる人なの」
唯が監督のことを知ってることに驚いていたが、それよりも色んなことがあるんだということの方が驚きだった。
「でも、大丈夫なのか? こんな学校で」
「……ふふ、日向って結構、札付きの悪だったみたいだね。今も趣味の格闘技を真剣に習ってるから、たぶん全員でかかっても勝てっこないよ」
「ねぇねぇ、生徒会がバックアップしようぜぇ!」
「なんのバックアップだよ」
「役者選びから、問題起こさないように」
「単に、その役者に会いたいだけだろ」
「えへへ」
唯の日向の過去に頭が痛くなりつつ、八朔の自分勝手な言葉にまた頭が真っ白になる。
呆れるやら何やらでマシンガントークで日向の良いところを話していたが、誰一人話を聞いていない。
「その日向がどうしてまた」
「隣の学校にさ」
「!」
「志波っていうアイドルがいるわけよぉ!」
「しば?」
「そう、志波くん。アイドルグループの一人なんだけど一番ルックスが良いから人気あるみたいだね」
「アイドルにも詳しいな」
「映画にも出られるほど、演技力があって万能な人なんだよね。若いのに凄いって注目はしてた。そんな人が近くにいるんだ」
唯はアイドルという言葉よりも、隣の学校という名前に動揺した。明日也と問題を起こした場所だし、最近変に有名になっている。そのことが引っ掛かっていた。
「って、で?」
「なにが?」
「いや、だからその次は? 何もないのか」
「だからぁ、良いじゃん。ボクたち生徒会なんだから」
「理由になってないな。生徒会は何でも屋じゃない。だから俺も却下」
「うううう!」
「会うだけなら出来るでしょ? 校長とかに頼まれたのなら分かるけど」
反対をする神内と唯に唸る八朔。宇城はマンガを読んでるだけでそれ以上は干渉してこない。
これ以上、なんの意味があるんだと三人から視線を反らし机上の書類を見つめることにした。
「イヤだぁ。お世話してあわよくば役者デビュー!!」
「黒いこと考えてるね、それでも良いの? 女性の噂がないんだからそれは無理じゃない?」
「監督なら別じゃんー」
「そんな簡単に入れるような世界じゃないでしょ」
「うう」
「二人、廊下に立ちたいか?」
「や、遠慮しまーす。あたし、黙って仕事続けます」
「アスもボクには無理だと言うの!?」
「無理だろ」
「がぁぁぁぁん!!」
明日奈の冷たい言葉に本気でショックを受ける八朔。注意された唯はすぐに書類と向き合っている。
古典的にショックを受けていた。あまりにもギャグっぽい反応に困ってしまう。
「やっぱりダメなのかよぉ」
「なる奴は、どんな状況だろうがなれるんだよ」
「そりゃあそうだね。チャンスを無駄にしないもんだ」
「アスが言うのは良いけど、神内が言うのは腹立つ!」
「何でだ」
「ムカつくからだぁ!」
腹立たしいのか神内にまで噛み付く勢いだ。仕方がないけど、明日奈も自分で酷いことを話してるし当然だろう。
「仕事しないなら帰れ」
「するよぉー、ばかぁ」
「あ?」
「なんでもない、よぉ」
聞き返すと調子づいたのを反省したのか、しょぼーんとしている。泣きそうになっているため、これ以上の冷たさは止めとくと決めた。少し優しくしてあげようと心に決めた。
「いつ来るんだ?」
「今日」
「はあ!?」
「今日来るんだよ。お昼になぁ」
「急だな」
まだ来週とかという安易に考えていたが、今日という余裕もない状況にあんぐりとする。
頭が痛くなり、額を押さえて目をギュッと閉じた。
「あ、車の音!」
「……そんなに気になるのか」
「そ、そんなことねぇぞぉ?」
「気になるんだね。……もう良い」
「お、こったのかぁ!?」
「なに言ってるんだよ。このままじゃ集中出来ないだろ。だから勝手にしろ」
「良いのかぁ? やったぁ。じゃあ行ってきますー」
喜びのあまり最後まで言うことはなく生徒会室を飛び出ていた。
誰もがその行動力に呆れ果ててしまった。
「ねぇ、問題起こさないよね?」
「それは心配だけど、流石にそんなバカなことはしないさ」
「……行きたい奴いるか?」
「何だかんだアスも気になるんだ」
「というより見張りが必要だろ。あれだけで興奮してるような奴だぞ」
「それは大変だわ」
「正直、興味ないから気にはならないけど、芸能人ってのが見てみたいかな」
「全員、興味あるんだろうが!」
「宇城も興味ないの?」
「あるわけねぇだろ」
「んじゃ、行くか」
「おい、だから俺は」
嫌がる宇城を連れて、校門にまで向かった。何だかんだ全員がミーハーであり野次馬だった。
校門まで着くと大きな車と少数の大人たちに紛れ八朔が大興奮をして何かを話してるのを聞こえていた。
「あ、アスーっ」
近付いてきた明日奈たちに気付くとすぐにやって来て飛び付くように抱き着いた。
周りが驚く中、冷静なままの明日奈は八朔の脇腹をつねった。
「へっ?」
「脂肪、掴めない」
「何ですとぉぉぉぉ!?」
「な、何やってるの」
「女の子みたいな抱き心地だ」
「ひゃあっ、アスに抱き着かれるなんて幸せっ」
「……二人とも、いい加減にして」
明日奈は自分よりも体格が細くて柔らかな抱き心地だったため、明日奈もまた腕を回した。
端から見ると、男女で違和感がないが、女同士にも男同士にも思えてしまう不思議な光景だった。
唯はそんな姿にムッとして引き剥がした。彼女としては好きである明日也に似た彼女が八朔と抱き合っているように思えてヤキモチを妬いていた。
第一としては、明日奈にそんなことをして欲しくないという我が侭からだった。
「君たち誰? 学生かな」
「わっ、棗!」
「なつめ?」
「ほらっ、自然派の監督だよ! 本物だああ。顔ちっちゃいー、可愛い」
「ありがとう。褒めてくれて嬉しいんだけど、珍しいな私を知ってるなんて」
「大好きなんです!」
「わわっ、こんな可愛い子に告白されちゃったよ。日向」
「え?」
「なに言ってるんだよ監督。今のは間違いなく作品が、だろ? こんな可愛いギャルがお前なんか好きになんねぇよ」
「失礼だなぁ。モテないからって僻みは情けないぞ」
「誰がモテないだと?」
ケンカをし出した監督と日向。美人なお姉さま系の女性が爽やか系の青年に絡んでる姿は勇ましくカッコイイ。
監督が女だということでも驚きなのに、若くて美人だということが一番の衝撃。
「ケンカしに来たのか?」
「いや、そうじゃないよ。ごめんね、イケメンくん」
「……」
「どこを使おうかな。オススメはあるかしら?」
「台本は?」
「勿論あるわよ。ただ、使いたい場所を変えたりするからね」
「いっつも台本が変わるからな。演者の気持ちも分かれっての」
「でも良い作品に良い演者だからこそ賞を取るのよ」
「ったく」
「二人は恋人なのか?」
監督と役者という関係には見えない二人に明日奈は疑問を抱いた。上下関係としてではなく同級生又は友達以上の関係だった。
話を聞いた途端、二人の顔がみるみる赤くなっていた。
「何を言ってるんだよ、そんなことない」
「それはないよ。うん、あり得ない。単なる同級生だっただけよ」
「顔真っ赤にしちゃって、説得力ないわよね」
唯が明日奈に近寄り耳元で話す。確かに説得力ないなと納得してしまい何度も頷く。何かしらあった関係だったということらしい。
「あ、でも棗も昔はヤンチャだったようだよ」
「そうなのか」
「うん、二人とも学校の問題児だったらしいよ」
「男の方は聞いたな」
「話したよ、日向の方がね」
「へぇ、人は見た目によらねぇな」
「そうだね。二人とも清純そうに見えるし。でも素はやっぱり昔から変わらないみたいね」
札付きの不良だった二人。この二人の担任だった人は気苦労が多かったことだろう。そして、こんな立派になるとも思わなかったことだろう。
「……きみさ」
「?」
「名前は?」
「柊 明日也」
「あたしたちはアスって呼んでるの」
「……よしっ、アス。きみ出演して」
「は?」
「ええええ! 良いなぁ」
「うん、ちょうど良いわ。オーディションするの嫌いだし、丁度君くらいの人が欲しくてね」
とんでもない状況に驚く明日奈に、羨ましがる八朔。指を差して決めたと言わんばかりにジッと見詰めている。
「なんでアスなの? ボクだっているのに!」
「エキストラとして出てもらうわよ」
「エキストラぁぁぁ!?」
「腹黒いの読まれてたんだろ、諦めろチビ」
「アホ宇城は黙って!」
「思いっきり素が出ている。というか、俺は遠慮します」
「嫌よ。私は決めたことを覆さないもの」
「諦めるんだな。こいつは決めたらテコでも動かねぇ」
「……」
(なんで、こんなことになるんだろう。私、映画なんか出たくない。出たってろくなことないのに)
自分があまりにも命令されると弱いということが新たな事実として気付いた。というよりも、自分の不幸体質に嘆いてしまった。
「イメージ通りだし、何より、うん、やっぱり良い。作品通り」
「……」
棗が明日奈の頬を撫でるように右手を当てる。左頬に女性特有の冷たい手が触れる。周りがどぎまぎしながらその様子を見守っていた
「よしっ、体育館で撮影するわよ」
「……台本は?」
「ああ、それはアドリブでお願い」
「え?」
「アドリブ。二人の会話は自然体で撮影したいの。大丈夫、こうファンタジック的な会話で良いのよ。深い森の中で、妖精に会ってるような。神秘性のある会話が欲しいの」
「大雑把な」
「そうね。使える部分だけ撮影するだけだから。そうね、通行人Aと同じクラスだから」
こういう人なのか一つ一つの説明がフワッとしている。これで、ついてこられる役者たちが凄いと気付かされた。
「どんな、役なの?」
「ええ、日向を惑わせる不思議系な美少女」
「……え?」
「は?」
「ああああああ!?」
「えええええ!?」
一番最後の単語に明日奈がポカーンとして、他の全員が棗が話した単語に、ただただ悲鳴のような叫び声を上げる。
女である柊 明日奈、映画で女装をします。一体どういうことなんだ。
生徒会総長代理、映画出演する。なんと不思議な文字列だった。
「良いわぁ!」
「わぁ、アス別人ー。女の子みたいだぁ」
「……そりゃ、ね?」
黒く長いウィッグを頭に乗せて、八朔から借りた女性用のブレザーを着て完璧な女性になる。
体育館の壇上にて日向と並ぶと、棗と八朔がその姿に大興奮し、事実を知る唯は納得したが、その見映えに見惚れていた。
「じゃあ、撮影開始するよー。みんな静かにね」
棗は唇に指を当てて黙るように促し、三台のカメラが壇上の二人を映していた。
指折りで数字のカウントダウンをすると、撮影が開始された。
「どうしたら、空を見上げられるんだろうか」
「……見れないの?」
(独特な間、そしてさっきまでの雰囲気とガラリと変わって女の子だ)
必死にアドリブについていこうとしてるため、その不思議な空気になった。
あまりに独特なため、NGを出しているのかと日向は思ったが、きちんとセリフを話したためホッとした。
そして盛大な勘違い。元々が女なのだから演技することもない。
「ああ、見れないんだ」
「……じゃあ、星空は? 綺麗よ、瞬いた星たちは。健気で儚げで」
天井に手を上げながら呟く。アドリブなのに、間を持ちながら続いていく。あまりに出来た世界観でみんなは飲み込まれていた。
「いや、見れない。俺には眩しいんだ」
「なら、目を閉じたら?」
「何も見えないじゃないか」
「……なぜ、見る必要があるの? 見えなくても誰も困らない。作り物の空でも空だわ」
「確かに、そうだけど」
「あなたの心にやましいことがあるから、眩しいのが嫌いなの?」
「……ああ、そうだな。俺は愛してはいけない人を愛してしまった」
「私は、空が好きよ。色んな顔を見せてくれるもの」
日向に背を向けて天井を見上げる。何でだか、演技をしてるような感じではなかった。
「周りに何と言われようと、決めてるのでしょう? 空も風も植物も、ずっと生きてる。変わらないよ」
「ああ、そうだな。確かに俺は変わらないんだ。決めてるんだ」
(まだなの? どうしたら良いのか分かんないよ)
掠れたような落ち着いた声を続けていく。明日也の声を忘れてしまいそうになり焦る。
「……どんな顔が、スキ?」
振り返り黒く長い髪が揺れる。シャンプーのCMのようで綺麗なウィッグの凄さをアピールしていた。
「そりゃ、笑顔、だな」
「空のことよ、何を言ってるの」
「あ、そっち。虹と夕方のコラボレーションかな。滅多に見えないから」
「私は、透き通るような綺麗な青空。人の心もそうなれば、争いなんてなくなるわよね」
「……そうだな」
「大丈夫。誰が否定しても、二人が肯定すれば、あなたたちの世界に干渉できる人はいないわ」
「きみで三人目だ。これ以上ないほどに強い味方だ」
「それは良かったわ。私は女神でありたい。誰でも許せるような」
「……」
(良い笑顔だ。惜しい、この子が実際に女の子なら間違いなく世界がおかしくなる)
そんなことを考える日向だったが、彼が言うことが事実なら既に世界は狂っている。
とびきりの笑顔というわけではなく、目尻も口角も小さく変えるという笑顔だと気付けないような柔らかな表情。
「せんせ?」
「……ぁ、はぁ、きみなら、出来るしなれる」
ため息としてではなく軽く息を吐いたのは映像には映っていなかった。入り込んだ世界に息が詰まったような感覚だ。
「あなたたちを赦しましょう……、これで満たされた?」
「ああ、心は救われたよ」
右手を日向に差し出して、変わらず良い笑みを浮かべると日向は頭をポリポリと掻いて表情を明るくさせた。
「……か、カット! ほぉ、良いよ! ほんと良いよ。止めたくなかったけど、はぁー」
「こんなんで、良いのか?」
「うん! 編集で切りたくないほどに良いデキだよ。なんか、もうちょい出したいなぁ」
「それには同感だ」
「ヒロインは誰? いないの?」
「ヒロイン……、いらないなぁ」
「え?」
唯と明日奈は棗の言葉に驚く。必要とされていないヒロイン、作品を作った原案者が可哀想だ。
「良いの、ヒロインなしで」
「本当は今日、クランクインするはずなんだけど、どうもタイミングが悪いみたい」
「今日は来れないんだ」
「そうなんだ。じゃあ撮影損?」
「いや、絶対に使うよ。私、きみみたいな子大好きだから」
映画好きな唯はノリノリで聞いていたが、監督の言葉に驚いていた。さっきから変に危ない発言ばかりをしている。
「……眠い」
「ほとんどの撮影は外なんだけどね。学校は単に気に入っていたから撮影したかっただけよ。それに生徒の撮影にエキストラ使うと大変だしね」
「そりゃあそうか」
「後はどこで撮影しようかなぁ」
「単に監督の趣味だろ。撮影ってのは」
「確かに」
「趣味に付き合わされてる俺らって、なんて優しいんだ」
コロコロと変わる状況に慣れなければ結構大変そうだった。
台本が本当にあるのか、謎でしかない。
「台本、本当にあるの?」
唯も同じ結論に至ったらしく、聞いてみると、棗はとんでもないことを言い出した。
「あるけど私の後輩のだから適当に脚色しても良いんだよ」
「それって、先輩の権限ってこと?」
「そうそう。ギャルかぁ、ヒロインの友達が良いわね」
「ボクは!?」
「ヒロインをいじめる役?」
「……えええ!?」
唯が一番良い役だった。明日奈は変人で八朔はいじめっ子。
本当に変な決め方に明日奈は見ていて、ふと不安になった。こんな人が賞を取るなんて不思議だった。
「ねえ、そこのイケメンくん。名前は?」
「神内 一也だけど」
「きみ、良い! 画面映えするしカッコイイ。きみさ、日向の恋敵ね。キザで女の子にモテモテな役」
「まんま、だな……」
「よし、このまま。女の子にモテるアピールしたいから、アス、ナンパされてて」
神内を見た瞬間、棗は閃いたようでポンッと手を叩く。そのままな役作りする必要がないことに、明日奈は小さく笑った。
「はい、並んでー。アドリブでさ、こうアピールってか会話して」
「また、大雑把」
少し慣れてきたけど、明日奈はアドリブの恐怖に怯えていた。
不安を隠せないまま、もう一度撮影が開始された。
「……この学校に伝わる話を知ってる?」
「どんな話」
「ここには昔、教会があってそこで愛を誓った後にとある行動すると、永遠の愛を祝福されるんだ」
「……祝福」
神内が明日奈の左耳を覆うように手が触れた。くすぐったいような、もどかしい気持ちになる。
「それが、この場所でさ」
「今は、ないね」
「ああ、取り壊されたんだ。互いに愛を囁き、誓いを行動で示せば良いんだ」
「……愛。誰にでも言ってるのでしょ」
「そんなことない。俺は、きみが好きだよ」
「……あ、わたし、も、好き」
どくんどくんと心臓が早くなる。掴まれたような息苦しさを感じながら、どこか心地よい空気に浸っていた。
そしてゆっくりと近付いてくる顔に、頬をひきつらせながら目を閉じた。
時間がゆっくりと流れ、互いの息が分かるほど近くで、感嘆な息が溢れ、カットまでに時間がかかった。
「お、けぃ。もう良いよ……、ねえ、二人ほんとにしたの?」
「ナイショ」
「えー、気になるなぁ」
(寸でのところで止めた。あの勢いなら流されて、されてたかもしれない。私も、嫌がらなかったかもしれない)
未だに守られた純潔に安堵のような残念なような複雑な感じで失敗しなかったことにホッとした。
「ねえ、教会の話は本当?」
「ああ、事実だよ。キスの話も誓いの話もね」
「わあ、そういうの好きな女の子多いよね。そういうの作ろうかな」
「卒業生なのに、知らなかったのか?」
「私はあまり好きじゃないの。だからね。……絶対にモテるでしょ、きみ」
「そんなことはないよ。女の子が俺に優しいのさ」
「ふふ、何それ。そういう言い方もあるのか」
教会の話は明日奈も知らなくて、結構好きな話だと感動していた。他の生徒会は知ってるのかと周りを見れば唯は出演決定に呆然としてて八朔はショックのあまり座り込んでいた。
日向が廊下を歩くところや、部分的にしか撮影はしなかった。
「過去として振り返る用の映像なのよ」
理由を聞いたら棗はそう言った。どうやら、教師と教え子の禁断愛の未来から始まる話のようで、作り方が独特だった。
「あ、そうだ。アス、ちょっと感情的に神内を怒鳴って」
「え?」
「そこの中庭で、神内がヒロインを口説いたのを気付いたっていう体で」
「……、なんであの子なの? 私を愛してるって誓ってくれたじゃない」
「もちろん、きみも愛してる。俺は本当に最低だ。大事な人を苦しめてしまった。ごめん」
「……風は、どんなときも同じ。私の、涙を拭ってくれる。あなたに、涙を見せずに済む」
神内に背を向けて、まっすぐと一本しか生えていない木に向かって歩き出した。
「俺にきみの涙をすくわせて」
「どっちの、意味なの」
「……どっち?」
「ううん、もう遅いの。私の心は、あなたへの愛が消えてしまった」
「……」
「……あなたを愛した私は、雪のように消えてしまったわ」
「あの教会で誓った気持ちは嘘じゃない。本当に愛してた。きみ以上の人間なんていない」
「なら、どうして……、こんな弱い私、私じゃない。理由を聞くことはないわ。もう、二度と」
互いに見つめ合ったまま、カットの声が聞こえる。撮影時間が長すぎて、頭の中がパニックとなっていた。
「つーか、使う気ねぇだろ、棗」
「何のことー?」
「ほんっと、趣味の撮影だろ。映画に一切使わない気だろ」
「えへへ、バレた?」
「……え?」
「ごめんね、撮影は校舎だけの画が欲しくて。それに母校だからたまたま帰りたかったの」
「……悪女、だね」
「まったくだ。振り回された」
最後にとんでもないオチが来たものだと、力が抜けた明日奈は地面に座り込んだ。
何のために頑張ったのか良く分からず、泣きそうになるのを耐えたが……。
「……は?」
「え? ほんっと、悪女だわ」
「あれ、趣味では」
「どういうことなんだよぉぉぉぉぉ!!」
その後、公開された映画を四人で見に行くと、ちゃっかり自分たちが出ている部分が使われ、何故か反響があったという、とんでも展開となっていた。
そして兄に、めちゃくちゃ叱られたのである。