サブ.味方
それは一通のメールから始まった。朝することがなく、ぼんやりとベッドに寝転がりながら天井を見ていると、バイブルが揺れて変な音を出した。
ぎしりとスプリングを軋ませながら体を起こして音の元凶を探した。
「あれ、ない……?」
枕を退かしたり被せるタイプのモコモコとしたシーツの下を探したが見つからない。
音を頼りに床付近を調べた。ゴミ箱に寄りかかるように携帯電話があった。
「……あ、アスから。こんな早い時間にどうしたんだろ。いつもなら休みだし、まだ寝てるはず」
見知った名前に嬉しかったのか口元が上がる。受信ボックスを見てみると、少し長文が彼らしくはなかった。
そして、その内容に頭の奥が痺れたように真っ白となっていた。
『俺、入院したから色々と話すことがある。誰にもバレずに○○病院に来てくれ。あ、他言無用だから、絶対に話すなよ』
念押しするほどのことにも驚きだったが、入院という単語に不安が襲ってきた。
「アス、入院ってなに? 何かあったのかな。急いで出掛けないと!!」
クローゼットから簡単に着れる服でお気に入りの白いワンピースを着て、その上に薄黄色のカーディガンを羽織った。
鏡で確認する暇もなく、髪をボサボサにしながら唯は家を出ていった。
見慣れた町並みでも、のんびり見て回れないほど切羽詰まっていた。
「あ、何かお見舞いを、でも、急がないと……ああっ、でもでも!!」
腕時計では九時前で面会前だったけれど、いても立ってもいられないため、頭で考えるより先に飛び出していた。
病院に着いたのは、十時時過ぎだった。面会に来てる人もいなくて、入院患者や診察に来てる人そして医者や看護師ばかりだった。
受付でアスがいる場所を聞いて、すぐにその病室に向かった。
五階建ての病院で最上階の一室、名前を確認してからノックして中に入る。
「おう、来たか」
「アス! どうしたの? てっきり嘘で騙してるのかと思ったわよ」
「おまえ、俺をどんな奴だと思ってんだよ」
「最低で人のこと考えない酷い人よ」
「言うなよ。ってか、おまえに対しては何もしてないだろうが」
「そんなことより、あのメールなに!?」
足に包帯、腕にも包帯、顔に傷はないが痛々しい見た目に、聞いてから怖くなり心臓が痛くなった。
「あー、ケンカ」
「はあ!?」
昔なら未だしも、と付け加えようとしたが、色んなことが頭に過り、結局その短い言葉しか出てこなかった。
「ケンカしないって約束したじゃない」
「まあ、だから一方的に?」
「黙ってやられてたの?」
「まあな。外の問題だし」
「学区内じゃないの?」
「学区内だったら、すぐに噂が広がるだろ」
「どっちにしても広がると思うけど」
「……まあな」
「あっ、やり返したんだ」
「んなことねぇよ」
「うそ! あたしは分かるよ、アスが吐く嘘は」
明日也の言葉に隠れた嘘をすぐに見破るため、仕方がないとため息をする。
外を見ると憎いほどに突き抜けた青空だった。嘘をこれ以上考えるのは無理というか面倒だった。
「確かにやり返した。俺より酷い目に遭ってるぜ」
「自慢することじゃない!」
ニヤニヤとしていたため、唯は母親のように叱った。ギャル系の少女がアイドル風の不良少年を叱るという不思議な光景。
「ねえ、なんでそんなことになったの?」
「隣の学校の奴なんだけどよ、縄張りを広げようと必死すぎてな、よその学校の生徒にまで手を出すんだ。この学区内に入ったってだけでな」
「それは酷いけど」
「女だろうと容赦しねぇのがムカついてな、単身で乗り込んだ」
「アホすぎる」
「まあな、まっ、でも雑魚だった。あっちは何人も出してようと俺を止められなかったからな」
「だから自慢しない! でも、学校どうするの、休んでればバレるよ」
「ああ、そのことなんだけど俺に双子の妹がいるんだが、そいつに任せる」
「え? 女の子に!?」
双子だというのにも驚きなのに、女の子だということは驚きを通り越した。
あの学校を治められるとは思っていない、例え総長の妹だろうと。
「男装させるつもりだ」
「……その子に拒否はないの?」
「あるわけねぇだろ。必要とされなかった人生で、ようやく必要としてやるんだからな」
「あんた最低だわ。可愛くないの!? 自分の妹が……。襲われたらどうするの」
「あー、その点は問題ない。あいつ昔に襲われたことがあって、全部撃退してるから」
「強いの?」
「ある意味な。そういう意味でなら俺より強い」
(実際に見るまでは、なんでアスより強いんだろうと思っていたけど)
ツボを見てからは彼女が強いことの意味が分かった。それでもやはり、女の子には重すぎる内容だ。
「まあ生徒会の奴らが守るだろうし、何より俺の名前が大きいからな。簡単に手出しは無理だろ。もしするなら、半殺しじゃすまねぇけどな、沼の中に頭突っ込めてやる。肥溜めでも良いな」
「……うぇ。とにかく、何だかんだ大事にしてるのは認識したけど」
「あ?」
「似てるの?」
「ああ、そっくりだな。いつも間違えられる。実の親にも気付かれなかったこともあるくらいにな」
「あたし、分かってること伝える?」
「いや、それは止めとけ。変に近すぎるとおまえも危険だし、何より俺の名前が汚れる」
「後半が主に思ってることでしょ!?」
「それに甘えが出たら、弱点になる。どことなくサポートするなら許すが」
「妹さん、可哀想」
「で、そんな俺に告ったのはどこの誰だっけ?」
「……いじわる」
そんなサドなところがある彼だけど、優しい部分があったりするから惹かれてしまうのだろう。
それに、言葉がキツいだけで女性に対しては手を上げることは滅多にない。度を越したり、戦う気満々だった場合は容赦はしない。
「お土産、プリン買ってきた」
「あー、駅前のか。これ美味いよな」
「うん、ちょうど開店の時に並べたから」
「全部俺のか?」
「……うん」
六つ買ってきたが、甘いもの好きな明日也と一緒に食べたかったが、嬉しそうな顔をするため、そんなこと話せなかった。
「一つやる、後は要相談」
「一個で良いよ」
「サンキューな、これ」
蓋を開けてプラスチックのスプーンで食べると美味しかったのか明日也は嬉しそうに微笑んだ。アイドルスマイルで、写真だけなら間違いなく騙されて好きになってしまうだろう。
箱から一つ瓶のプリンを唯に渡す。受け取るとイスを明日也の隣に並べて座った。
「美味しい」
「な?」
「……もう少し、このプリンみたいに妹さんに甘くしたら?」
「調子づくから、このカラメルみたいに苦くて良いんだよ」
「不思議な兄弟もいるもんだね。あたしたちみたいに仲良しがいれば、アスみたいに荒れた兄弟がいる」
「文句でもあるのか?」
「あるよ、いっぱい」
「おまえさ、不思議に思わねぇの」
「え?」
「双子だから同じ年、顔も似てるのに話題にもならない。それが急に学校に来させるって」
「あ、妹さんの学校は?」
「あいつ、通信制に通ってるんだよ。ってか、大半が不登校」
「……」
身近に不登校の子がいるとは思わず、唯は少し寂しくなっていた。しかも、その相手は自分の想い人の妹。
「少数で年齢もバラバラなとこに通ってれば、人との付き合いが苦手になるだろ。元々、人付き合いが苦手だからな」
「同じ年齢の子達と付き合わせて治そうって魂胆? 無茶苦茶な荒療治じゃない」
「まあ、都合が良かったとだけだな。ってか、あいつが学校来れなくなったの男にあるんだよ」
「え?」
「隣の学校の半殺しにした奴らが、明日奈を集団で襲ってな」
「……」
唯はトーンが低くなった明日也の言葉に、何も話せなくなった。そういう話は現実味がなくて、自分には無縁だと思っていた。
「まあ、全員すぐに地面に伸びたけどな」
「大丈夫だったの?」
「ああ、無事だった。まあ、そんなことがあるにしても、俺んとこで通ってるとこなら強くなれるだろ、精神的に」
「……なるほど」
納得してしまった。そこは間違いなく認めてはいけないことなのに、なぜか認めざるを得ないような話しぶりだった。
「気にはかけといてくれよ」
「うん」
「ただ、誰にもバラすなよ。明日奈にもな」
「……えっと」
「何かあったら報告な」
「……ねえ、いつ退院できるの?」
「足折れてるし、タイミング悪く風邪引いてるからな」
「おれっ、かぜっ!? そんなに酷かったの?」
「ああ、帰るときに転んで階段から落ちてな。風邪は結構重症。なーんか見た目で分からない体質なんだよな」
「そうだね、インフルだったのに平然としてたから広がりが異常だったってことあったし。見た目が変わらないよね。え、でも、戦いの勲章ではなかったの?」
「ああ、全部帰りの怪我」
「……すごいんだか、何なんだか」
柊兄妹は昔から風邪を引くと重症になりやすく、しかも掛かってる本人は気付かない上、体にも表れないというややこしい体質だった。
ただ目安としては、立ちくらみの頻度が多くテンションが異常に高いことで分かる。
「何だかテンション高いなとは思ってたけど、そうだったのね」
「みたいだな」
「じゃあ、しばらく退院できないの」
「たぶんな」
「……ちょっと、寂しいかな」
「別に今生の別れじゃねぇし気にすんなよ。俺が治癒が早いの知ってるだろ」
「ちゅう?」
「へんたい。したいのか?」
「違うもん、ばか」
からかうような、いたずらっ子みたいな笑みを浮かべるため、唯は顔を真っ赤にして否定をした。
まだ、彼女は彼を好きなまま。返事が来ないとしても、変わらず同じ日常がくる。
そして、時計を見て軽く息を吐いて首を左右に振ってから明日也を見る。
「それ忘れないでよ? 忘れっぽいんだから」
「どれ?」
「妹さんに、総長代理をさせること!!」
明日奈が病室にやってくる数時間のことだった。明日也と唯の秘密の約束と口止め。
色んなことがありすぎて、頭の中を整理したかったが、しても意味のないことだと気付き諦めてしまった。