舞台開演 第一幕 星の銀貨
皆様は星の銀貨というお話を知っていますか?
簡単に説明すると、一人の少女が親も家も失くしお金も無く、自分が着ている服とそしてパンだけが全財産。
ば…いえ、心優しく素直な少女は欲しがっている人達にそれらを全て与えてしまい、最後には真っ裸。その時星が銀貨となり降り落ち、少女はそのお金で幸せに暮らしたというお話です。
余談だが、前世でこの物語を劇でしてみようと言い出した顧問に意見は真っ二つに割れた。
『いや〜今時これはないよ』派と『先生変態』派だ。
因みに私はどちらの派閥でも無かった為に、お前だけは分かってくれるよな、と言う顧問に対し、『この少女はスッポンポンのまま服を買いに行ったのか疑問です』派というとゲンコツが落ちた。理不尽だ。
まあ、この物語の数ある解釈の内の一つとして宗教的な色合いが濃いものの、無心、無欲の善行をする、というものがあった。
つまり何が言いたいのかというと、今、私はその無欲の善行の境地に立たされています。
目の前には私の担任が何故か人が作った夕食を貪り食うかのようにガツガツ食べております。
……少しは遠慮しろ、おっさんめ。
周りも、恨めしい目で睨むメイド、フォークとナイフを振りかぶり殺人を起こしそうな従姉妹と、それを阻止しようと羽交い締めにする護衛騎士、そんな中で、我関せずと優雅な動きで次々と皿を空にする私の老執事が一番の強者かもしれない。
混沌した空気の中、ようやく満足したのかメイドのローサが入れてくれたお茶を飲みながら、おっさんが一息ついた。
「は〜〜っ。食った、食った。朝から慌ただしくてメシを食う暇もなかったんだ。
しかし今迄食った中で一番美味かった〜。
あの…唐揚げ?最高だな」
「パストーリ先生からお墨付きを頂けるなんて光栄ですわ」
ーーまあ、バクバクとよく食べたよ。
このおっさん、ヨルディ=パストーリ先生は私のクラスの担任で、32歳のイケメンちょいワルおやじだ。
無精髭とタバコがトレードマークで魔法学の先生でもある。
《婚約破棄おめでとう》会の為、ご馳走を用意し今から食べるぞっ!って時にいきなり現れてそのまま成り行きで一緒に夕食を食べた。
だってクラス担任の目の前で自分達だけ食べれないよ?あんまりでしょ!
…内申に響くし。(本音)
あんまり凄い勢いで食べるのを見て、呆れたと言うか食欲を無くした。実際、大量の揚げ物を作ったせいで軽い油酔いで、あまり食欲は無かったんだけどね。
私の分をまわしてもまだ食べ続けてた。食材費よこせ。
いけない、いけない、無心にならなくちゃ。今だけ星の銀貨の名もなき少女よ!私に乗り移れ!無欲で与えるのよ!
「パストーリ先生、デザートは如何ですか?」
「お姉様っっっ!!」
バンッ!
耐え兼ねたのか従姉妹のリナが、担任を睨みながらテーブルを叩いて立ち上がった。
…おいおい、一応教師だからね、ソレ。
「お姉様の優しさにつけ込んで、バクバクバクバクと豚のように食べまくるなんて!恥を知りなさい!
お姉様の分も貴方が殆ど食べましたのよ!しかも私の皿から酢豚の肉を掠め取りましたわね!」
「おー、よく見ていたな。エライエライ。酢豚っていうのか?甘酸っぱい味は初めてだったが美味かった。
しかし、フォルタンの分まで食べてしまったな…今から二人で外で何か食べに行くか?」
「お構いなく」
「こ、この駄目教師!!お姉様と二人きり!?成敗してくれますわ!」
「落ち着けって、お嬢。アンタを取り押さえるのに必死で俺、あんまり食べれなかったんだぞ」
「あら、それは失礼。これでも食べなさい」
「…あ、ありがと……って、これ鳥の骨じゃねぇか!」
「私の食べた鳥の骨よ、有難く頂戴なさい。…そしてお姉様の食べた骨は私の物」
やめて!怖いから!
あ、執事のセバスがいつの間にかゴミ袋に捨ててる。
リナ、アンタ最近怖いんだよ〜、ストーカーになりそうで。…さっきのゴミはリナが漁らないよう、後で焼却処分しとこう。
「お〜愛されているな」
「…先生、クッキーは如何です?」
ノーコメントで。そんでもって、おっさんにはデザートを食べてもらって、さっさとお帰り頂こう。
「おー、気が利くな。気配りが出来て料理が上手いのはポイントが高いぞ……ん?ナッツ入りか?美味い!
ところでギルバート王子様はお前の料理を食べた事があるのか?」
「いえ、私が作るものは所詮は素人です。ギルバート様のお口には合いませんわ」
「…ふーん。あ、ドライフルーツも美味い。
…ここ暫くは学園内がざわつくだろうから気をつけろよ。本当、お前は良くやったよ」
「この国の王子の婚約破棄ですから多少はざわつくでしょうけれど、良くやったとは?」
「ん?お前、裏で色々してたろ?確信つーか、目的が分かったのは今朝の騒ぎだったがな……ぷ、お、お前の魂の叫びは見事だったな〜」
このおっさん、満漢全席の事を聞きに来たと思っていたらこっちが本命か。
「……どうしてそのような事を思われたのですか?」
「自覚があるだろうが、前は褒められた素行の持ち主ではなかった生徒が、数ヶ月前ぐらい前からコソコソ動いている。観察してみれば裏でイジメられていた生徒を助けたり、王子のとりまきに自分の悪評を流してみたり、図書館の死角の場所で勉強したりと、他にもいろいろやってたな」
「………よく見ていますわね」
ーーーおっさん、ストーカーか?
「受け持ちのクラスの生徒だからってのもあるがな。
観察している内に面白くなってきてな……数ヶ月ずっとお前を見てた」
「…気づきませんでしたわ」
やっぱりストーカーだ。
セバス辺りは視線に気づいていそうなものだけど?、というか声に大人の色気があった気がしたけど、気のせいだよね?数ヶ月見てたって、生徒だからだよね?観察だよね?私モルモットだよね?何か落ち着かない。
「ええ〜い!お姉様と見つめ合わないでくださる!?
今夜は私とパジャマパーティーなのですわ!
タダ飯食いの教師はさっさと御帰りなさいな」
リナが私の袖を掴みながら、担任に舌を出した。っていうかそんなものアンタと約束してないからね。
「おー。そう言えばそうだったな。教育者としてタダ飯はいかんな。ん〜、よし、あれにするか」
そういうとおっさんは片手を上げ縦に一直線に降ろす動作をした瞬間、周りの壁やシャンデリアが消え一面の星空の中にいた。
宇宙に瞬く星々達、流星や星雲も見える。幻術の類だろうが前世の記憶がある私から見てもかなり精密だ。
「綺麗です〜」
「ほっほっほっ、これは凄い」
「ま、まあまあですわね」
「お嬢も素直に褒めればいいものを、マジ、本物みたいだよな〜」
「…星の銀貨…」
口々に賞賛しながら、全員暫らくこの光景に魅了された。
「今夜は良いものを見せて頂き、ありがとうございました」
担任が帰ると言うので、扉までお見送りする。
いや〜、今迄馬鹿にしててゴメンなさい。無詠唱であそこまで凄い幻術を見れるとは思わなかったよ。ただのおっさんじゃなかったんだね。今度から担任と呼んであげよう。
「こっちこそご馳走さん。また食わせてくれるか?」
「機会がありましたら」
嫌だと言わない私は大人です。
言葉の裏を読み取ったのか、苦笑しながら担任が思いもかけない事を言った。
「しかし、あの幻術を見て星の海と言った奴は何人もいたが、星の銀貨と表現したのはお前が初めてだ…確かに星がキラキラと銀貨に見えた」
「あ、あれは…その、なんとなくですわ」
地球と言う星にある童話です。何て言えるかい。
今回はたまたま無心、無欲になりたいために乗り移れと物語を思い出していたからで、私はそんなにロマンチックじゃない。
「美人で料理も上手い、しかも腹を空かせている奴に自分の分までやってしまうお人好しときた。
…王子は人を見る目が無かったが俺はそれに感謝しないとな」
「…そ、それは誤解ですわ!それに何をおっしゃりたいのですか…?」
「さてな?…じゃあな、早く寝ろよ」
そういうと担任は手をヒラヒラさせながら帰って行きました。
星の銀貨の解釈に『情けは人の為ならず』というのがある。
情けは人の為だけではなく、巡って自分に返ってくるという意味だ。
実際にあの星の銀貨の物語で少女は、星が銀貨となってそのお金で幸せに暮らした。
星の銀貨を見た私のその後はーーー?