【02-04】
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学生達の本分は勉強である。
その成果を客観的あるいは相対的に数値化した物を成績と呼ぶ。
学習ドームでの生活において、成績とは学習工程の評価基準という気楽な物ではない。
生活の根底を支える最も重要なファクターなのだ。
学区内の生徒は原則的に仕送りが禁止されている。
精神的な自立を促す。
そんなお題目が有る限り、親の庇護は受けられない。
では、住居だけは寮が平等に与えられているとして、それ以外の物、食費や衣服代、交友費等はどこから捻出されるのか。
学生らしくアルバイトで、というのが一般的な発想だが、学習ドームのような閉鎖的空間ではなかなか難しい。
実はそれらの雑費は学校から支給されている。
これだけ聞くと至れり尽くせりな感があるが、世の中はそれほど甘い物ではない。
それらは学生達の仕事である勉学の対価として支払われるのだ。
もちろん誰でも仲良く一律とはいかない。
成績優秀者にはより多くの物が与えられ、芳しくない者は慎ましい生活を余儀なくされる。
第十三学区の成績システムでは、四人一組のチームで評価を行う。
ポイントは授業の出席状況と、年五回の筆記テスト。
そして、三ヶ月おきに行われる演習の結果である。
学期間の出席が一定率を超えている。
筆記テストでチームの合計点が上位グループに入る。
演習で設定された課題をクリアする。
これらの条件を満たす度に、加算方式で評価され、月毎にポイントが支給される。
そのポイントを消費する事で、物を購入したり、娯楽施設の利用が可能になる。
時々、学校がアルバイトの募集をするが、希望者多数の場合は成績優秀者が優先的に選ばれる。
成績偏重という意見もあるが、競争なくして成長なしという主張が圧倒的に強い。
昨年度、前学区では最優秀生だったソネザキだが、現在のチームでの成績はそれほどではない。
正直な所、あまり良くない。シビアに表現すると、ちょっと悪いかな。
いや、実はかなり危機的状況です、なのだ。
出席率は朝に弱いチームメイトの遅刻が響いて、加算基準には足らず。
過去三回の筆記試験も、合計点では基準に届かなかった。
四月の演習では、開始と同時に地雷に引っ掛かり、ワースト記録を叩き出した。
前回はソネザキが夏風邪でダウンしいたせいで、組織的行動が取れず早々と壊滅。
加算ポイントゼロの現状では、食料を調達するのがやっと。
今回の演習は少しでも良い成績を収めたいところだ。
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「今回は市街戦になります」
ミユの説明にどよめきが上がった。
障害物が多く、視界の狭い市街戦は難易度が高い。
「くくく、市街戦は我の最も得意とするところだ」
「アンタさ、以前は密林が得意って言ってたよね」
すぐ隣で不敵な表情を作るオートマトンに、ソネザキは溜息をこぼしてしまう。
「市街戦は更に得意なのだ」
「四月の密林戦で、開始直後に地雷を踏んでリタイアしたのは、どこのどなたでしたっけ」
アンズが首を後ろに向けて、会話に加わってきた。
「あの時は運がなかっただけだ。そういう誰かさんも、その直後にリタイアしたはずだが」
「そ、それでもロースペックなオートマトンより五分間以上は持ちましたわ」
「半日の演習で五分というのが、どれほどの差になるか、ゆっくり伺いたい所だな」
「あら、機械人形風情が、随分と生意気な口を利くじゃありませんこと」
「ほう、半人前のガキが、随分と生意気を並べてくれるな」
ぐぐぐっと顔を近づけて、熱い視線を交し合う。
「まあまあ、二人とも成績云々よりも楽しむのが大事だよ。折角のイベントなんだし。ね、ソネザキからも何か言ってあげてよ」
相変わらず天真爛漫な表情でコトミが割って入った。
困窮した生活の中にありながらも、相変わらずのマイペースぶり。
そんなコトミを見ていると、成績にこだわるのがバカらしく思えてくる。
「まあ、怪我しない程度に適当でいいんじゃない」
去年の自分からは考えられない言葉が自然に出る。
この不思議な緩さが、実に心地良い。
成績が全てだと思っていた。常にトップでいたかった。どんなに犠牲を払おうと、他人にどう思われようと。
軍人にとって大切なのは、任務を忠実にこなす事だと信じていたのに。
ソネザキ自身、ここ数ヶ月で随分と変わった自覚がある。
「はいはぁい。お喋りは控えてくださいね。これから説明する部分は大切ですよ」
ミユのやんわりとした注意に雑談を止めて、聞く体勢に戻った。
「今回の任務は旗を奪取することです。最北端のビルを見てください。旗はここです」
携帯端末のマップを確認。周囲に建物のない不自然に開けた空間。
その中央の建物が赤く点滅している。
「任務達成チームには、月の加増ポイント五千と第一種支給品チケット一枚をプレゼントしちゃいます」
先程以上のどよめきが起こる。それほど破格な報酬だった。
「五千と言えばポテチが二十五袋も買えるじゃないか」
ドルフィーナが頬を紅潮させて呟く。
「なんでもお菓子に換算するのは止めなよ」
「どうして落ち着いていられるのだ。それだけのポイントがあれば、わびしい乾パンで我慢しなくて済むのだぞ」
チームの報酬を全て自分の夜食に注ぎ込む気なのかと、問いただしてみたくなる主張だ。
「もちろん、それだけの報酬を得られるのは、先着一チームのみですからね」
そんなミユの補足にもクラスの大半は動じない。
各々がポイントを獲得した状況を妄想し、見事な餅を描き上げる。
楽天的な担任教官の影響もあるが、元来、第十三学区の生徒達は根拠のない自信に満ちているのだ。
「任務達成できなかったチームにも、今回は特別にボーナスがあります。終了時間の午後五時まで、リタイアしなかったメンバー毎に、月二千ポイントの加算。別のクラスの生徒を撃破した場合には、一人撃破する毎に三百ポイントの臨時ボーナスが加算されます」
今までにない条件に、喝采が起きる。
「ブリーフィングと装備確認時間は十時三十分までとします。その時間になったら、教室に戻って下さいね。それから演習場に移動になりますので」
最後の注意を終えると、ミユは教壇を下り、廊下に消えていった。
ここからは約二時間は生徒達の準備時間だ。
盛り上るクラスメイト達を横目に、ソネザキが小さく首を捻る。
正確に言えば、クラスの中で数人は腑に落ちない物を感じていた。
チーム全員が無事に残るだけで、八千ポイント。
更に任務達成も加われば、合計一万三千ポイントにもなる。
四月と七月の最優秀グループの加増が二千ポイントだった。
どう考えても気前が良過ぎる。
「何か気になる?」
コトミの顔がすぐ近くにあった。大きな瞳が心配そうに揺れている。
「まあ、ね」
コトミの頭をぽんぽんと撫でた。
周囲を見回す。室内は自分達を含めて三チームほどになっていた。
殆どは教室を出て準備を始めたのだろう。
あれほどの褒賞をぶら下げられたら、気合が入るのも当然。
「確かに、わたくしも釈然としない物を感じますわね」
「人間は考え過ぎていかんな。増加したポイントの有効な使い道を考える方が前向きだと思うぞ」
「気楽な機械人形は羨ましいですわ。わたくしには、今回もどこぞのオートマトンが大失態を演じてゲームオーバー、そんな気がしてなりません」
「そういうマイナス思考が、悪い結果を招くのだ」
「あら、過去の統計から、最も有り得る結果を導きだしただけですのよ」
「まあまあ、アンズちゃんも、ドルフィーナも。まずは楽しむ事を考えようよ。ポイントなんて、後回し後回し」
「そうです。コトミさんのおっしゃる通りですわ。わたくしも結果などに興味はありません」
「まあ、何があるにせよさ」
ソネザキがようやく腰を上げた。
「とりあえずはベストを尽くせるように、準備万端整えようか」
未来を見通す事はできない。それが神ならぬ人の身では、絶対の真理。
ならば、転ばないように杖を用意しておくしかない。できるだけ丈夫な物を数多く。