番外編13-1
【一〇月三〇日】
「ジュリエット! どうしてお前はジュリエットなのだぁ!」
手にした手斧を振り回しながら叫ぶ。
赤み掛かったポニーテールの髪を振り乱し、返り血に染まった顔に狂気じみた笑みを浮かべる。
「出てこい! ジュリエット!」
カッと見開いた目で、周囲を見やった。
ここは寝室。中央には天蓋付きの立派なベッドが置かれ、隅には立派なクローゼットがある。
カーテンもカーペットも綺麗な刺繍が施してあり、天井の明りは繊細なガラス装飾がされた物だ。
広さは六畳あまり。豪奢な造りと言える。
「ジュリエット!」
ベッドを持ち上げ、引っ繰り返した。
人智を遥かに超えた膂力を有している。
「ひひひ。もう、その中だけだぞ。ジュリエットぉ」
ねっとリとした声を漏らしながら、舌なめずり。
斧を握りなおして、踏み出そうとしたところで。
「ロミオ様!」
クローゼットが内側から開き、小柄な少女が飛び出して来た。
肩口で切りそろえられた茶色の髪はふわりと柔らかく広がり、やや幼さの残る顔は愛らしい。
「ジュリエットぉ!」
歓喜と殺意を込めた叫びに、少女は両手に持った拳銃を突きつける。
「死にさらせぇ!」
その可憐な容姿からは、とても想像できない一言と共に、容赦なく引き金を引いた。
* * *
「はぁ、映画ですの?」
アンズの声には気乗りの欠片も見えなかった。
「そうなんです。来月行われる映像コンテストに、ミニ映画を出そうと思っているんです。それに出演して頂けないかと」
丁寧な物腰で説明するのはハグロだ。
ハグロはキリシマと同じチーム。大人っぽい雰囲気を持つ少女だ。
髪は長く腰まで伸び、ぱっちりとした大きな瞳をしている。
唇はふっくらと柔らかそうで、肌も健康的な白さ。
容姿はかなり恵まれた部類だろう。
「興味ありませんわ。他の方を当たってください」
アンズはあっさりと断った。
冷たい言い方になるのは、より諦めがつくようにという配慮を含んでいる。
「そうですか。解りました。チトセさんにお願いしてみます。お時間を取らせてごめんなさいね」
軽く頭を下げた。
「おい、お前。クラスメイトが頼んでんのに。手伝ってやろうとか思わないのかよ?」
険のある言葉が飛んできた。
アンズ達から少し離れたところで、壁にもたれる少女からだった。
色を抜いた髪を短くそろえ、釣り上った目をしている。
輪郭の細さも加わって、印象はきつい。
ハグロのチームメイト、ヒュウガだ。
「協調性の欠片もないクズ野郎だな、お前」
ハグロは決して悪い人間ではない。言葉の使い方が荒くて不器用なのだ。
案の定、アンズがムッとする。
「わたくしは人前で演技なんてできません。それほど偉そうに仰るなら、ヒュウガさんが出演してあげればよろしいのでは?」
「あぁ? 寝ぼけたこと言ってんじゃねえよ。私で済むならハナっからお前なんかに頼むか。身長だよ。お前みたいな、ちんちくりんでないとヒロイン役にならないんだと」
ヒュウガの身長は百六十七。クラスでも高い部類に入る。
「ヒュウガ、そんな言い方しないで。ごめんなさい、アンズさん。彼女はとにかく口が悪くて」
ハグロが割って入った。




