番外編11-4
桔梗グループの上層部は、血縁関係のある親族で固められている。
中央、本家に近い者から序列付けされ、その数値が小さいほど権限が大きい。
二桁、九十九位以下の継承序列を持つ者は、誰しもが憧れる人類文化圏でトップクラスのセレブレティ。
一桁にもなれば、普通の人間が近づく事すら適わない存在。
序列筆頭の父を持つアンズは、直系中の直系。両親と兄姉に次ぐ順位を持っている。
「し、失礼しました!」
男が深々と頭を下げ、自分がアマミインダストリーの社長であると名乗った。
「その、気が動転してしまい。申し訳ありません」
「まあ、いいでしょう。わたくしも少し言い過ぎました。で、いかな用向きです?」
語気を緩めて告げる。
これで会話のイニシアチブは握った。
「急に融資を打ち切るとの通達がありまして、まさかと思い確認をさせて頂きたく……」
「確認するほどのことでもありませんわ。アマミインダストリーの業績は拝見させて頂きました。芳しくないですわね」
「それは新型オートマトンの開発、およびテストの費用によるものです。その点については折り込み済みのはず。人類の未来を担うプロジェクトとして、採算を度外視しても構わないと言われております」
人類の未来に投資を惜しまない。
これは桔梗グループの理念である。
実際、多くの分野に莫大な資金を投入している。
中でも第六世代オートマトンの研究は肝いりのひとつ。
「社長さんでしたわね。わたくし達は商売をしているのです。慈善事業家じゃないんです。結果の出ない分野に、いつまでもお金を注ぎ込むわけにはいきません」
「試験ももう最終段階まで来ております。あと二年、いや来年度の末までには満足して頂ける結果が……」
「社長! 大変です!」
ドアを乱暴に上げる音と切迫した声。
「今、大事な話をしている。話ならあとで……」
「それどころではありません! 取引を打ち切るという連絡が、ひっきりなしに!」
「なんだと!」
目を剥く男に、アンズが穏やかに告げる。
「言い忘れておりました。桔梗と関連のある企業には、アマミインダストリーとの取引を禁止しました」
「なぜこんな! ウチを潰す気ですか!」
「その通りですわ。邪魔な物は力で排除する。それが桔梗のやり方です。ご存知ありませんでした?」
桔梗は宇宙移民の初頭に、時代に乗り莫大な財を築いた一族。
人類文化圏の拡大と共に成長してきた。
彼らの性分は伝統的に苛烈。
「邪魔なんて、そんな。我々は三代にわたり、グループの末端として働いてきました。それを」
「不要になった。それだけですわ。もう、話すこともありませんわね」
「待ってください! アマミインダストリーには一万人近い人間が関係しています。彼らにも家庭があり、守るべき物があるのです」
「確かに会社には、そこに関わる方々の生活が、幸せがありますものね」
ふむっと、大きく頷くアンズ。
彼女の表情から険しさが幾分が引いた事に、男は安堵しかけたが。
「ですが、そんな物は知ったことではありません。わたくし潰すと決めた。だから潰すのです」
微笑んだ。
普段のアンズが絶対に見せる事のない表情。
コトミと出会う前、常に浮かべていた笑みだ。
「せいぜい足掻いてわたくしを楽しませてくださいな。それではごきげんよう」
無情に通信を切ろうとするアンズに、男が言葉にならない叫びを上げる。
意外な事にアンズが動きを止めた。
「大事な物を理不尽に奪われる。その苦しみ、少しは理解できたことでしょう」
ゆっくりと息をついた。
「わたくしも悪魔ではありません。最後のチャンスを与えて差し上げます」
男に落ち着きが戻るのを待って続ける。
「今日、わたくしの大切なオートマトンのメモリがリセットされました」
「今日、ですか?」
「えぇ、パーツ交換にそちらに行ったはずです」
「直ぐに確認を致しますので」
「お待ちなさい。話はまだ途中です」
アンズが語気を強める。
主導権はあくまで自分にある。暗にそう伝えたのだ。
「そのメモリを直ちに戻してください。できた時点で制裁を解除して差し上げます」
それを聞いた男の喉がごくりと鳴った。
「まさか。たった……」
たったそれだけの事。たったオートマトン一体の事で、ここまでするのか。
出かけた言葉を辛うじて飲み込む。
男の様子に、アンズは優しい笑みを浮かべた。
「賢明でしたわね。今、思ったことを口にしておられたら、最後のチャンスをふいにするところでしたわ」
凍りつく男に、「では急いでくださいな」と残して通話を切った。
それからリビング兼ダイニングに戻り、佇んでいるオートマトンに会社に帰るように指示した。
「コトミさんが帰る前で良かったですわ」
今日の事を知ったらコトミは、とても悲しむだろう。
「そうです。全てはコトミさんのため。あんな低スペックのオートマトンに情が移ったのではありません。勘違いしないでくださいね」
誰に対してか言い切ったところで、玄関のドアが開いた。
コトミの明るい「ただいま」が入ってくる。
「おかえりなさい。コトミさん」
通信端末を置くと部屋を出てコトミを出迎える。
あくまで平静を装いつつだ。
「今日の勝負はいかがでした?」
「うん。もちろん勝ったよ。ちょっとびっくりしたところもあった……けど……」
声が途切れた。瞳を大きく見開く。
「コトミさん?」
当惑するアンズに駆け寄ると、両腕で柔らかく身体を包む。
「え? え?」
もうアンズは当惑を深めるだけだ。
「アンズちゃん、何か悲しいことがあったんだね」
息を飲む。
コトミには悟られないよう細心の注意を払ったはず。
表情も言葉も、すべて「いつも通り」だったはず。
「隠そうとしても解るよ。ずっと一緒だったんだもん」
ぎゅっと力を込めた。
コトミの体温がアンズの冷えた心に染み込んでくる。
「ボクに出来ること、ある? なんでもするから」
そのひと言にアンズの中で張り詰めていた何かが切れた。
押し寄せる感情が涙になって溢れる。
それを隠すようにコトミの胸に顔を押し付ける。
「アンズちゃん」
「もう少し。もう少しだけ。このままで」
小刻みに震えるアンズの細い背中を、コトミは優しく撫で続けた。
* * *
二本のホークが絡み合い、ぎしぎしと軋む。
「ちょっとドルフィーナさん、フォークをどけてくださらない?」
「それはこっちの台詞だ。お前こそフォークを引け」
「このエリンギはわたくしが狙っていた物ですのよ」
「寝言を言うな。我の方が先に目をつけておったのだ」
ぐぐっと互いのフォークに力がこもる。
事件の二日後。ドルフィーナが戻ってきた。
不測の事態に備え、メモリ消去前にバックアップを取っていた事が幸いしたらしい。
アンズの所業は両親の知る所となり、激しい叱責を受けた。
が、当の本人は気にしていないようだ。
コトミとソネザキには、全て内緒のまま。
帰宅したドルフィーナは事態を知っているらしく「色々と迷惑を掛けたな」と頭を下げた。
それに対しアンズは、「誤解ですわ。わたくしはわたしくしの為に行動しただけです」と告げ、この話はお終いとなった。
「なんですの! この機械人形は!」
「なんなんだ! このお子様は!」
「あのな。毎日、止めろって言ってるだろ」
相変わらずのバトルを、ソネザキがうんざり顔で律儀に嗜める。
「ほら、ソネザキが言っておるであろ。諦めろ」
「ほら、ソネザキさんが仰ってますわ。諦めなさい」
「えぇい! 聞き分けのないのガキだな!」
「誰がガキですの! 失敬な!」
アンズのフォークがくるりと回転。
拮抗していた力を逃がした。
勢いをいなされ、ドルフィーナが体勢を崩す。
その隙にエリンギをひと突き。あっという間に口に押し込む。
「おのれ!」
奥歯を噛み締めるドルフィーナに。
「その悔しそうな顔を見ていると、何倍も美味しく感じますわ」
口元に手の甲を当て、高々と笑う。
食卓の上に並ぶ野菜メインの料理達は、全てアンズの手による物。
コトミの戦勝祝いと称した、二日遅れのパーティだった。
<Fin>




