番外編11-2
気になって様子を見に来た時、ドルフィーナはベッド兼椅子である充電器、大量のカラフルなコードで彩られた玉座で、修復処理を実行中だった。
そこに表示されていたエラーに、アンズが気付いてしまったのだ。
「初期からの不具合だろう。既にメーカーに連絡してある。来週にはパーツ交換になるはずだ」
「リスクはありませんの?」
「あるか。単純なパーツ交換だけだ」
「そう。良かったですわ」
ふうっと息をつく。
「お前には言いたくなかったのだがな」
そのひと言にアンズの細い眉が釣りあがる。
「どういう意味ですの? まさかわたくしが不具合を理由に、廃品にするとでも?」
硬く握った拳を小刻みに震わせながら尋ねる。
「そんなわけあるはずなかろう。普段のじゃれ合いを真に受けてなどおらん。実のところな」
やや申し訳なさそうに。
「お前には心配を掛けたくなかったのだ」
「そんな」
「三人の中では、お前が一番メンタル面で幼い。塞ぎ込まれて、チーム全体が陰鬱気分になってはかなわん」
「失礼な」
と言ってみるが自覚はある。
ソネザキは落ち込みやすいタイプだが、それを隠せるセルフコントロールを持ち合わせている。
コトミは常にポジティブ。
幼少からの経験故か、精神的には驚くほどにタフだ。
「とにかくだ。我のことは別段心配無用故な。二人にも定期メンテと言っておくつもりだ」
「わかりました。ドルフィーナさんの意思を尊重することにします」
多少の不満はあるが了承。
「アンズよ、念のために言っておくがな。オートマトン、特に伊号改型はソフトもハードも頑丈にできておる。簡単に壊れたりせん。安心しろ」
「別にクズ鉄の心配なんてしていません!」
「わかったわかった」
言いながら、アンズの頭をそっと撫でる。
「その上から的な態度は甚だ不愉快ですが、故障中の機械の所業として許して差し上げます」
「どっちが上からの態度なのやら」
「なんにせよ。早く修理を済ませて、万全の形に戻ってくださいね。これ以上、低スペックぶりを発揮されても迷惑ですので」
そんな憎まれ口を残して、その場はお開きとなった。
* * *
トントンと包丁が踊る。軽快なリズムは澱みなく流れる様。
鼻歌がないのは寂しいが、それでもアンズはいつものように当番をこなす。
今日はコトミと双子の立会いの日。
加えて、ドルフィーナのパーツ交換の日である。
寮に現在いるのはアンズだけ。
「コトミさんは絶対に負けませんし、機械人形もようやく元通り。ささやかなお祝いくらはしてあげるべきですわね。もちろん、コトミさんの勝利を祝してですけれど」
誰に対してか言い訳じみた事を口にする。
「とは言っても大した物はできませんわね」
つつましい生活。どうしても野菜中心の低コストメニューになる。
加えてアンズの料理の腕前は平凡。
素材の味を楽しませるコトミよりは上手くても、ソネザキより若干劣るのだ。
ふうっと溜息。
どうにも気が乗らない。あり得ない可能性を考えてしまう。
コトミは宇宙で最愛の存在だ。
自分の全てを捧げても惜しくない。どんな事があっても護り抜くと決めている。
ソネザキも好きだ。
根暗なところはあるが、面倒見の良いお姉さんタイプ。つい甘えてしまう相手だ。
数人のクラスメイト達。双子や塗り壁、動物狂のおでこ。内気娘。地味集団。無言人間。
近い距離にいる連中も、それなりに好感は持っている。
財閥のお嬢様という肩書きを、あまり気にしない変な連中だ。
コトミの近くにいたい。
それだけ動機で選んだ学区は、アンズにとって、とても心地よい場所になった。
しかし、自分と乱暴な軽口を叩きあい。
全力でじゃれ合える相手は、ひとりしかいない。
またも息をついて、手が止まっている事に気付いた。
「らしくないですわ。うじうじと」
戻ってきたら思いきり噛み付いてやろう。
そう考えながら料理に戻ろうとした時、インターフォンが来客を告げた。
返事をしながら、とたとたと向かう。
来客用の笑顔を作り、ドアを開けたアンズだったが。
「なんですの。まったく」
途端に呆れ満載となった。
そこに立っていたのが見慣れたオートマトンだったからだ。
パープルの長髪に白い肌。整った顔立ち。
額に刻まれたイルカのシルエットと、「伊改八〇三」のシリアルナンバー。
ドルフィーナだ。
「わざわざ出迎えさせるなんて、なんの冗談です?」
ふんっと腕を組むアンズに視線を下ろし、ドルフィーナが抑揚のない声で告げる。
「私の部屋は、ここで間違いありませんか?」
「はぁ? なんですのそれ?」
「私は伊号改型シリアルナンバー八〇三。本日より、あなたの友人として共に過ごしたいと思っています」
「ドッキリのつもりですの? まったく、これだから壊れかけの機械人形は」
大袈裟に溜息をこぼすと、踵を返して室内に戻ろうとする。
「なにをしておられるんです? 早くお入りなさい」
動こうとしない。ドルフィーナに声を掛けた。
「解りました。では、失礼します」
「まだ続ける気ですの。ホントに下らない」
ぶつぶつと呟きながら、リビング兼ダイニングへ。
アンズはキッチンスペースまで移動。
ドルフィーナは立ち止まり、ゆっくりと室内を見渡す。
「で、ドルフィーナさん。パーツ交換は無事に終わったのです? まさか他にも不具合があったとか仰らないでしょうね。まあ。存在自体が不具合みたいなもんですけど」
そんな事を言われても、ドルフィーナは無反応。
直立不動のまま。
いつもなら軽口の応酬が始まるはず。
アンズが眉を顰めた時だった。
「申し訳ありません。まずは私に名前を付けてください」
ドルフィーナが唐突に告げた。
「ちょっと、ドルフィーナさん」
「名前の登録後にパーソナルプログラムの構築が開始されます。人格の形成は三ヶ月間が必要となります。その初期学習期間により、性格および行動パターンが確立されます。スペック拡張については……」
「いい加減になさい!」
アンズが床を踏んだ。
「悪趣味な冗談は止しなさい! イライラしてきますわ!」
しかしドルフィーナの反応は。
「説明をリピートしますか?」
ここに至ってアンズも、おかしいと思い始めた。
リビングの隅。
外部連絡用の通信機に駆け寄り、ドルフィーナの製造メーカーであるアマミインダストリーにコールする。
* * *
「リセットですって! どういうことですの!」
思わずアンズが声を荒げる。
「そんなことを頼んだ覚えはありません!」
「頼まれた覚えはないよ。こっちもね」
そう言いながら薄笑いを浮かべる。
ディスプレイに映っているのは、白衣を着たメガネの女性だった。
この件の担当エンジニアらしい。
「冗談を言ってるんではないんです!」
「まあまあ、落ち着いてくださいよ。くふ、はは」
アンズの様子が面白いのか、口元を隠して肩を震わせた。
「ちょっとあなた、ふざけているんですの!」
あまりにバカにした態度に、アンズの拳が通信機を叩く。
「いや、失礼。お嬢さんの言動があまりに面白くて」
悪びれる事もなく、更にくすくすと笑った。




