番外編11-1
【一一月〇二日】
トントンと包丁が軽妙な音を立てる。
まるで踊っているようなリズムに、ふふふんと澄んだ鼻歌が重なる。
大きめに刻んだ野菜をコンソメスープの中にボタボタと投入。
後は煮込めば良し。
次はポーチドエッグと、メインはちょっと贅沢に厚切りハムのステーキにしよう。
プランを組み立て終え、アンズに自然と笑みが生まれた。
癇癪持ちのワガママお嬢様というレッテルを貼られているアンズだが、カールした髪と上品に整った顔立ちは、流石良家の子息という雰囲気がある。
「アンズ、ご機嫌だね」
ソネザキは読んでいた文庫本から顔を上げた。
「いつも通り、普通ですわ。ふふふふん」
ハムを等厚に切りそろえていく。
「そうしていると、ホントに可愛いと思うよ。うん」
「見え透いたお世辞は止してくださいな。それとも、何か下心でもおありなのです?」
少し嬉しそうにしながらも、チクリと釘を刺す。
「下心ね。ま、財閥のお嬢様と仲良くしてて、損はないだろ」
「ふふ。ソネザキさんにはありえない話ですわ。でも、冗談抜きでそう考える方も多いのです。クラスメイトにもそういう方が、ちらほらいらっしゃいます」
「ふうん。色々と面倒そうな話だね」
「まあ、それなりには。でも、ソネザキさん」
フライパンにバターを転がしながら続ける。
「わたくしは損得勘定に無頓着な方を好みます」
暗にルームメイトや、親しい友人を指しているのだろう。
「そりゃ、ありがと」
「たっだいま! うわぁ! いい香りだね!」
バタバタとコトミが入ってきた。
「おかえり、コトミ」
「おかえりなさい、コトミさん」
「お腹空いちゃったよぉ」
「コトミ、最近遅いみたいだけど?」
「えへへ。特訓してるんだよ。来週の木曜に、アオイちゃんとアカネちゃんと勝負するから。絶対に負けないように頑張ってるんだ。モガミ先輩にも手伝ってもらってるんだよ」
「そっか」
と言いつつ、ソネザキは複雑な顔になる。
双子にはそれなりのトレーニングメニューを与えているが、コトミとは元より差がある。
それが更に広がっているなんて事態は勘弁して欲しい。
「アンズちゃん、料理手伝うよ」
「ありがとうございます。でも、大丈夫ですわ。それよりお風呂を沸かしてありますので、先に入浴してくださいな」
「でも」
「コトミ、入っておいでよ。料理なら私が手伝うからさ」
立ち上がるソネザキだが。
「ソネザキさん、お気持ちだけで十分です。当番制のルールが崩れてしまいますし」
「そっか。じゃあ、ゆったり待たせてもらうよ」
腰を戻しつつ、文庫本を開いた。
電子化された書籍が中心の時代だが、紙媒体の書物は依然健在。
ソネザキのようにページをめくるという行為を好む者からの根強い支持がある。
「ところで、ソネザキさん。ソネザキさんはわたくしのこと、どう思っておられます?」
「ん? どうって?」
卵をお湯に泳がせながらのアンズに、ソネザキはどう答えるべきか首を傾げる。
「有体に言えば、好きか嫌いか」
「少なくとも嫌いじゃないよ」
「ふふ。ありがとうございます」
本人に自覚がないようだが、ソネザキは少々曲がった表現を使う。
つまり嫌いではないイコール好きになるのだ。
* * *
「お前みたいなガキは大嫌いだ!」
「それはこっちの台詞ですわ! この機械人形!」
ボウルに盛られたサラダの上で激しい火花が散る。
絡み合った二本の箸が、ミシミシと不穏に軋んだ。
「もう毎日毎日さ。止めなって」
一応は注意するソネザキ。
一方でコトミは、そんなふたりを嬉しそうに眺めている。
「ほら、ソネザキさんが仰っていますわ。その箸を引きなさい」
「ほら、ソネザキが呆れておるであろ。さっさと箸を放せ」
「もう! なんですの! この機械人形!」
「もう! なんなのだ! このお子様は!」
「なんですって! この壊れかけの機械人形! 今日こそ分解して廃品回収に……。ちょっとどうなされたのです?」
アンズの声から勢いが抜けた。
ドルフィーナの両眼がチカチカと明滅し始めたからだ。
「ど、ドルフィーナさん?」
「むぁ」
気の抜けた声を残して崩れ落ちる。
額がテーブルにぶつかり、ゴツンと嫌な音が鳴った。
* * *
ゆっくりと瞳を開いた。画像が鮮明になってくる。
心配そうなチームメイト三人が、自分を覗き込んでいた。
次第に集音機能も回復。
連呼される名前には三人の気持ちが如実に現れていた。
「だ、大丈夫だ」
セルフチェック。システム内にエラーが八箇所。だが、稼動には影響なし。
システム修復を実行しつつ、身体を起こした。
「一瞬、フリーズしただけだ。ごく稀ではあるが、オートマトンにはある」
体内時計を確認。五分ほど意識が飛んだようだ。
「心配を掛けたな」
「良かった。大丈夫なんだね」
「びっくりさせるなよ。メーカーに連絡しておいた方がいい?」
「いや、問題ない」
「まったく。これだから壊れかけの機械は嫌ですの」
「壊れかけは失礼であろが」
システム修復失敗。状況は芳しくない。
「ドルフィーナ、アンズにはちゃんと謝っておきなよ。ショックで泣いちゃったんだから」
「ちょ、ちょっとソネザキさん、変な嘘を仰らないでくださいな!」
真っ赤になって怒鳴る。
確かに両目は充血し、微かに鼻声が残っている。
「む。済まなかったな」
「べ、別にわたくしは……。その、あれですわ。喧嘩中に壊れたら、わたくしが壊したように思われます。それが嫌だったんですの」
「わかったわかった」
「なんですの。その偉そうな態度」
噛み付くアンズにドルフィーナは思わず苦笑。
そんなふたりに、ソネザキとコトミも一息ついた。
アンズほどではないが、心配していたのは確かだ。
「しかし、今日は大事を取って早めに休んでおくかな」
ふわわと欠伸しながら、ドルフィーナが気だるそうに結論付けた。
* * *
「記憶領域にエラーってどいういうことですの!」
草木も眠る丑三つ時、ドルフィーナの部屋。
踏み場なく散らばったお菓子の袋と、読みかけの雑誌達。
無造作に積み上げられたアニメやゲームのパッケージ。
実に混沌とした空間に、アンズとドルフィーナが向かい合っていた。




