番外編10-2
* * *
「モガミ先輩は、やっぱり凄いよね。ボクもあんな風になりたいな」
コトミが瞳をキラキラと輝かせる。
夕食。食卓は豪華だった。
モガミが食材を差し入れてくれたお陰だ。
「一緒に御飯食べたかったな」
ケーキ事件が解決すると、モガミは慌てて帰った。
急用が入ったらしい。
「チームメイトに呼び出されたなら仕方ないよ」
「でも、お姉様にしては、心なしか焦っておられたような」
「何か後ろ暗いことがあったのかもな」
「ダメだよ、ドルフィーナ。変なこと言っちゃ。ボクらのために、頑張ってくれたんだから」
ぷうっと頬を膨らますコトミに、ドルフィーナは「冗談だ、冗談」と苦笑する。
「しかし、犯人がハヤテだったなんて」
「ソネザキさんの友人を悪く言うつもりはありませんが、イタズラにしては質が悪すぎると思いません?」
「まあ、本人も謝ってたし。ちゃんとしたケーキも送ってくれたみたいだから」
「反省だけなら猿でもできるがな」
「あら、機械人形の誰かさんはできませんのにね」
「面白いことをぬかすではないか。反省の意味すら知らんお子様が」
「壊れかけの機械人形の分際で、随分と偉そうか口を叩きますのね」
ドルフィーナとアンズが、ぐぐぐっと顔を近付ける。
「止めなって。ホント、毎日毎日。良く飽きないね」
嘆息しつつも、ソネザキはいつも状態に戻ったチームに安心する。
「やっぱり、こうじゃないとね」
同じ感想を持っていたのだろう。コトミがにんまりと呟いた。
* * *
「借りができたわね」
「そんな大袈裟なモンじゃないですから」
携帯端末のディスプレイに映った少女が答えた。
クールで落ち着いた雰囲気がある。
流石は十一学区、エリートコースの生徒は違う。モガミはそう感じた。
「モガミ先輩はこっちでも話を聞くくらいです。逆に面識が持てたのは幸運でした」
一方のハヤテも、油断なくモガミを計る。
「ま、ソネザキ達も元通りになったし、助かったわ。礼を言っておくわね」
ハヤテがソネザキに送ったアイスクリームケーキは、ドライアイスと香料で作った偽物。
時間が経つと消えてしまうようにできたイタズラだった。
全てはモガミのアイデアだ。
「でも、ホントは誰が……」
「どうでもいいのよ、そんなの。要はみんなを納得させられればいいんだから」
モガミの狙いは他にあった。
全員がハヤテから真相を聞いた時の反応を観察していたのだ。
ありえない結論が正解になれば、犯人ならなんらかの動揺を見せるはず。
しかし、みんな陰のない様子だった。
「犯人は妖精でもオバケでもいいの。アンタの名前でケーキの配送も頼んだし、これで一件落着よ」
不満をくすぶらせるハヤテに簡素な別れを告げ、通話を切った。
* * *
「このバカモンがぁ!」
怒声に肩を竦めたのはひとりの少女。
肩口で三つ編みにした黒髪。ノンメイクの肌。目尻の下がった覇気のない瞳。
ふっくらとした頬を、小さく膨らませ「でも」と弱々しい反論を試みるが
。
「デモもストもあるか!」
と再び怒鳴られた。
「ストなんて言ってないのに」
結局、不満を口内でもぐもぐと噛み締めるだけになった。
「良いか。今一度、言っておくがな」
少女の前で話すのは手の平サイズのげっ歯類。
丸々と肥えたハムスターだ。
ハムスター界ではかなりの美形。
キリシマが見たら悶絶するくらいの愛らしさがある。
「我々精霊は、人の傍らに寄り添い見守る者。干渉せずが原則じゃ。それをこともあろうに」
「だって」
「だってじゃない! こともあろうに冷蔵庫のケーキを盗み食いとは何事か!」
「冷蔵庫じゃなくて、冷凍庫の……」
「うるさい! そんなことが問題ではない! そもそも、お前は精霊としての自覚が足りんのじゃ!」
「まあまあ、そのくらいでいいではありませんか」
タイミング良く、柔らかな声が割り込んだ。
と、空中に銀色で半透明な女性の頭部が浮かんだ。
年の頃なら二十代半ばほど、目鼻立ちの整った美人。
「この子も精霊になってまだ数年です。人だった頃の習慣が抜けてないんですよ」
「お前は甘すぎる。そもそも我らの領分を理解してだな」
「半世紀ほど前だったかしら。ひまわりの種に目が眩んで……」
「ここここら! 余計な話をするでない!」
ハムスターが慌てて遮る。
「ふふ。まあ、若い頃は誰しも失敗するものですから。今後は気をつけるのよ、ね」
優しく諭す生首状態の女性に、少女がこくんと頷いた。
「気をつけます」
「では、今日はもう休みなさい」
「はい。おやすみなさい、母さん。父さんもついでにおやすみ」
「こら! 何がついでだ!」
声を荒げるハムスターから逃げるように、少女の姿が空中に溶けていく。
「やれやれ」
ハムスターがぶるるっと身体を震わせた。
「父さん、母さんという感覚自体が、人間の習慣が抜けておらん証拠じゃな」
「ふふ。いいじゃないですか。悪くないと思ってますよ。それに、一応は親代わりなんですから」
「あんなクソ生意気な子供を持った覚えはないわ」
「あらら。こっちもまだまだお子様ね」
「ん? 何か言ったか?」
「いえいえ、こちらの話ですよ。ふふふ」
「とりあえず、ケーキはワシが戻しておく。お前ももう休め」
「あらまあ、なんのかんのと言って……」
「余計なことを言うでない。これも仕方なくじゃ」
「ふふ。では、そうしておきましょう。ではお先に失礼しますね。お父さん」
そう残すと生首が消えていく。
「まったく面倒ばかり掛けおって。なにが父さんだ」
呟く声は満更でもないよいうだった。
* * *
翌朝。
冷凍庫を開けたソネザキは、鎮座するアイスクリームケーキに当惑を深める事になる。
<Fin>




