番外編10-1
【一二月〇二日】
「この中に犯人がいるんだよ」
重苦しく告げたのはソネザキだった。
いつも和気藹々と過ごすリビング兼ダイニングは、粘度の高い空気に覆われている。
「もう一回だけ聞いておくけど、ホントにみんな知らないんだね?」
最終確認だった。その問いのチームメイト三人が答える。
「うん。ボクはホントに知らないよ」
「わたくしもです。そもそもこの類のトラブルは、誰が起すか決まっているのではありません?」
「む。それは我のことか? 失敬な。我とて冗談で済む範囲と済まない範囲は心得ているつもりだ」
「解ったよ。自己申告してくれたら、それで丸く収まったんだけど。こうなったら、犯人探しをするしかないね」
ソネザキの言葉に、三人が頷く。
「じゃあ、誰がお土産のケーキを食べたのか。悪いけど、調べさせてもらうよ」
* * *
「で、こんな険悪ムードなわけね。バカバカしい」
事の顛末を聞いたモガミが、心底呆れた声を出す。
「お姉様。お言葉ですが、これはただのつまみ食いではありません。互いの信頼に関る問題ですの」
「その通りだ。この中に不埒者がおるなんて、残念でならん」
「ケーキはもう仕方ないけど、ボクは早くいつもの状態に戻って欲しいんだ」
「ふふ。コトミはいい子ね」
前者ふたりを欠片も意に介さず、モガミがコトミの頭を撫でる。
「ほら、コトミが嫌がってるでしょ。犯人はさっさと名乗り出なさい」
パキパキと指を鳴らしながら、ひとりひとりを睨めあげる。
「モガミ先輩、どうにも名乗り出る気がないみたいなんですよ」
ソネザキの言に、モガミが大きく息をついた。
「折角、コトミに会いに来たのに。まあいいわ。こんなのさっさと片付けるから」
「お姉様、何か名案がありまして?」
「簡単よ。犯人を特定するのに、一番大切なのは何だと思う?」
いきなりの問題に、四人が顔を見合わせる。
「物証ですかね。あとは動機とかアリバイとか」
代表して回答するソネザキに、モガミは首を振った。
「自白に決まってるでしょ。とりあえず、三人の誰かを締め上げて、自白させればいいんでしょ? 簡単よ」
恐ろしくもモガミらしい発言だ。
「さ、コトミ以外でじゃんけんして」
「そんなの無茶苦茶ですよ」
「いいの。ケーキなんて下らない話なんだから」
「でも先輩、それじゃ冤罪になっちゃうよ。ボクはそういうの良くないと思う」
「ん。コトミがそう言うなら仕方ないわね。犯人探しを手伝ってあげるわよ」
* * *
件のケーキは、ソネザキに届いた物だった。
前学区のチームメイトだったハヤテからだ。
中身を皆で確認した後、休日の今日、食べる予定にしていた。
「で、冷凍庫から取り出したら」
「中身が空っぽだったってわけね」
「寝る前は部屋をロックするので、チームメイト以外の犯行とは考えられないし」
「万が一、部屋に侵入した方がいたとしても、ケーキを盗むなんてありえませんわ」
「見ての通り、ケーキの箱だけが残っていた。つまり中身だけ食べて、ご丁寧に箱を冷凍庫に戻したわけだ」
「ホールケーキをひとりで食べるなんて。犯人はかなり食いしん坊さんだよね」
「ふん」
四人の話に、モガミが腕を組んで思考を巡らせる。
「ところで、アンタ達の教官はどう? 部屋のロックを解除できるでしょ?」
「いくらミユちゃんでも、盗み食いはしないですよ」
ソネザキは苦笑をしつつも。
「昨日から出張して校内にはいないらしいですし」
確認した内容を伝えた。
なんのかんのとしっかり容疑者入りは果たしていたようだ。
「案外と不可能犯罪なのね」
元々考える気も特にない。
とりあえずの代替案として、ケーキを買ってあげればいいか。
そう提案しようと口を開きかけた時だった。
「やっぱりモガミ先輩でも解らない?」
コトミががっかりと肩を落とした。その余りに無念そうな表情に。
「冗談でしょ。もう犯人の目星はついてるのよ」
本人ですら耳を疑う台詞が飛び出た。
「ホント! 流石はモガミ先輩だね!」
称賛するコトミ。続いてソネザキ達が期待のこもった目を向ける。
これはしまったと思ったモガミ。だが後の祭り。
「でも、待って。幾つか気になる点があるの。それを確認してからよ」
それでもモガミ。鉄壁の精神力で動揺を押し込む。
「じゃあ、ちょっと調べるから。みんなは自分の部屋に一旦戻って」
* * *
「さて」
全員が部屋に引っ込むと、モガミが珍しく困り顔になる。
「なんとか犯人を見つけないと面目丸潰れね。まったく、おバカトリオのせいでいい迷惑よ」
自身の失言については欠片も意に介さない。モガミらしい思考だ。
「まずは残っている物から調べてみようかな」
ケーキが入っていたとされる箱を開けた。
まだひんやりとして冷気が残っている。
鼻を近づけると、微かにではあるが甘い香りがある。
「最初から空ってわけじゃなかったのね」
モガミを引っ掛けようと仕組んだドッキリという線はないようだ。
「ひとりずつ呼び出して締め上げれば早そうだけど」
余りに強引な手はコトミが失望する。避けるべきだろう。
「どこかにヒントがあるはずよね」
教官に頼んで箱に付着した指紋を調べてもらうか。
いや、前日の確認で触れた可能性がある。
「というより、盗み食いくらいで、そこまでできるはずないわよ」
校内笑い者認定は避けられない。
「それにしても、随分と綺麗に食べたもんね。スポンジのクズも、クリームの欠片も残ってないなんて」
食べる物に困る劣等チームだが、空になった箱を舐め回すとは考え辛い。
仮にも花も恥らう乙女なのだ。
「証拠隠滅を狙って洗ってからしまったというのは無理な解釈ね。箱も湿ってないし。そもそも冷凍庫に入ってたら、残った水分が凍って……」
眉を顰めた。
「冷凍庫って言ってわね。なんで、ケーキを冷蔵庫じゃなくて、冷凍庫に入れたの。ひょっとしてケーキって」
アイスクリームケーキと言う単語が浮かんだ。しかし。
「まあ、どんなケーキでも消えた事実は変わらないわけだし」
そこで天啓が閃いた。ポケットから携帯端末を取り出す。
「ソネザキ、ケーキを送ってきた子、ハヤテだったっけ? その子の連絡先を教えて」




