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番外編8-3

 ミユの姿はスクール水着だった。

 それも学区指定の愛想のない黒水着ではない。妄想世界の幼い子供が着るようなスクール水着である。

 胸にはご丁寧に「みゆ」と平仮名書きされたゼッケンまで付いていた。

 

 ミユの豊満な身体と相まって、かなり危ない感じに仕上がりになっている。

 実のところ、この水着は特注品で大人のミユでも問題なく着込めるようになっているのだが、そんな事まで学生達の理解は及ばない。

 

 思春期真っ只中な彼女らの瞳には、ただ卑猥な物としか映らなかった。

 

「マニアックな男子なら喜んだだろうが、我らの年代の女子にはただの嫌悪感しかない」

 

 というドルフィーナの指摘は的を射ていた。

 

 凍り付いた空気を気にするでもなくミユはステージ上で、ポーズを作り愛想を振りまいている。

 

 空気を読めない、というよりは読まないミユの本領発揮と言った感じだ。

 

「あの、ミユ教官、アピールはそれくらいで」

 

 我に返った司会進行の少女が告げた。

 あまりの衝撃で素に戻っている。

 

「あら、まだまだ大丈夫ですけど?」


 本当にこの人は空気を読まない。

 

「いや、あの時間的問題がありまして」

「コンテストより、このまま続ける方をお客さんも望んでおられるのでは?」

「いやほら、あれですよ。そう、ミユ教官の魅力をこんなところで出し尽くすのは、やっぱりもったいないですし」

「なるほど。それは一理ありますね」

 

 一理どころか九分九厘ない。

 観客とスタッフの気持ちがひとつになる。

 

「そもそもイベントの運営は、生徒さん達に任せていますし。ここは引いておきましょう」

 

 最後に満面の笑顔で観客達に手を振ってから、ようやく舞台の端っこに下がった。

 

「はい! では! 最後の方です!」

 

 声を張って、ようやく役割に戻った。

 

「普通課二回生ミユクラス代表のミスXさんです!」

 

 凍りついた空気を吹き飛ばすかの如く、必要以上にがなり上げる。

 観客達も引っ張られて、必要以上の歓声を出す。

 

 異様な雰囲気の中、舞台袖からひとり姿を現した。

 

 端的に現すなら普通だった。

 第十三学区の深緑のブレザー。着崩した部分もない。ソックスも指定の白。スカートも正規のやや長い膝丈。

 

 髪は天然の黒で、ナチュラルメイクとマッチしていた。

 目鼻立ちは整っており、間違いなく美少女ではある。が、派手さは皆無で、とても清楚な感じがした。

 

 舞台中央まで進むと静かに一礼。ひと言も発さず舞台袖に下がる。

 

「では、ここからアピールタイムです! 特技を順に披露して頂きましょう!」

 

 

                       * * *

  

 

 夕方。宴の終了後。

 工作課の生徒達が黙々とステージを解体していく。実に手際よく、滞りは欠片も見られない。

 

 あれほど騒いだグラウンドも、今は夕日が柔らかく照らしているだけだ。

 

 アピールタイムは混沌とした物だった。

 コンゴウは容姿に相応しい愛らしいダンスを披露し、ハルナは見事なひとり劇を演じた。

 ミユはつたない手品から始まり、ウクレレ演奏を添えた読経。火薬をふんだんに使った謎漫談。

 持ち時間を十五分ほどオーバーしたところで、ユキナの乱入制裁で終了となった。

 

 時間が大幅に押したせいもあり、謎の少女ミスXは、舞台の上で、はにかみながら微笑んだだけだった。

 

「どうにも納得できないんだけどさ」

 

 教室の窓から校庭をぼんやり眺めながら、ソネザキが呟いた。

 

「わたくしも納得できませんわ。そもそもクラス代表がコトミさんではないなんて」

 

 すぐさまアンズが同調するが、方向性があまりに違う。

 

「あはは。ボクは美少女って感じじゃないから、全然無理だよ」

「そんなことはありません! もしコトミさんが出場されておられたなら、このわたくしが全面的にバックアップ。暴力財力権力。あらゆる力を駆使して、必ずや勝利の栄光を!」

「堂々と不正宣言するんじゃないよ」

 

 アンズの発言は半分以上が冗談だろう。と思いたい。

 

「でも、なんで優勝がミスXになったんだろ?」

「あれまぁ。ソネザキが解らないなんて意外だよねぇ」

 

 イスズが睫毛の盛りきった瞳を見開いた。

 

「だって、女の子が投票で選ぶルールじゃね? コンゴウはマニアック過ぎるし、ハルナも行き過ぎてて引くじゃん。ミユちゃんは論外だしさぁ」

 

 相変わらず気だるさ満開の話し方で説明する。

 

「結局さぁ、同姓に好かれるのは普通の子。あんまり自分と差がないくらいで、ちょっと地味っぽい子ってわけ。この子ならギリ勝てるんじゃね? くらいのねぇ。だからぁ、素材のいい子をナチュラルメイクで仕上げたら楽勝ってわけぇ。っていうかぁ、アンタらは誰に入れたのぉ?」

 

 ソネザキ、アンズ、コトミが顔を見合わせる。

 特に意思統一したつもりはなかったが。

 

「この学区の連中はさぁ、ぶっちゃけ行き過ぎるんだよねぇ。だからぁ、勝てると思ったんだよぉ」

 

 ちょっと得意気な笑みを浮かべる。

 

「なるほどね、言われみれば納得かな。でもさ、ミスXって誰だったの? ウチのクラスにあんな可愛い子いた?」

 

 もうひとつ、引っ掛かっていた疑問を口にする。

 

「そうですわ。見たことない方でしたわ」

「ひょっとして、来週からの転校生とか?」

 

 三人の言葉に、イスズはグロスたっぷりでテカっている唇を、にいっと歪めた。

 

「普段はノーメイクの子だからねぇ。実は超絶美少女がこのクラスにいるんだよぉ。ま、内緒にしておくって約束だからぁ、言えないけどねぇ」

 

 

                       * * *

  

 

 洗顔ジェルで慣れないメイクを落とすと、鏡を覗き込んだ。

 

 小さな輪郭に丁寧に収まる瞳と鼻口。

 

 やはり地味。

 印象に残らないと揶揄される顔立ちだと再認識してしまう。

 

 ナンバーワンに選ばれたのは、イスズのメイク技術が卓越していたからだろう。

 

 ふうっと息をついた。

 テラ星系から伝わる童話『シンデレラ』のヒロインも、こんな気分だったんだろうか?

 

「どっちにしろ、美少女なんて柄じゃないよね」

 

 ガラスの靴なんて持っていない。

 良い想い出のひとつとして、胸の奥にしまっておこう。

 

 そう決めて頷く。とそこに。

 

「タカコ! どこ行ってたんだよ?」

「ずっと探してたんだよ」

「コンテスト、凄く面白かったのに」

 

 チームメイトのアブクマ、マヤ、キヌガサがやってきた。ジミー・ザ・カルテットが勢揃いだ。

 

「うちのクラスが勝ったんだけど。誰か知らない子が出てきたんだよ」

「そうそう。すっごく可愛い子でさ。見たことない子なんだ」

「別次元から来たクラスメイトって説が出てるんだよ」

 

 口々に告げる三人に、タカコはいつもの地味な笑顔を浮かべた。


 

 

                                   <Fin>

 


 


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