番外編8-2
「このおでこちゃんに出ろってか?」
建設的な提案をキリシマは一蹴。
「コトミさんはどうですか?」
チトセが口にした。
天真爛漫でイベント好きなコトミなら二つ返事だろう。
しかも、かなり愛らしいルックス。適任に思えた。
「アンズを説得できたらね」
「あ」
ソネザキの言葉に、チトセはしゅんと肩を落とした。
独占欲の強いお嬢様の反応は予測できる。「わたくしのコトミさんを見世物にする気ですの?」だろう。
「意外と了承するかも知れんがな。わたくしのコトミさんの素晴らしさを全宇宙にアピールする絶好の機会ですわ。とか喚きながら」
言いつつ、ドルフィーナがソネザキの隣に座る。
「その場合はコンテストに負けると荒れるだろうがな」
ありそうな展開に全員が嘆息した。
「なあ、双子はどう? イベント好きだろ?」
ソネザキが少し離れた場所にいた双子、アオイとアカネに声を掛ける。
「ん? ウチらが? 冗談は止めろよな」
「欲目で見て平均だよ、ウチらは。美少女には程遠いよ」
「双子にしてはぁ、珍しく殊勝な意見じゃね?」
食いついてきたのはイスズだ。相も変わらず間延びした喋り方だ。
「ウチらは鏡見るからな。お前は鏡見ても、素顔が解らないだろうけどよ」
「っていうか、そこまで塗るなら、紙袋でも被って歩いてろってね」
「ふたつでワンセットの顔よりはぁ、かなりマシだと思うけどねぇ」
「塗り壁の分際でケンカ売ってんのか?」
アオイとアカネの声が重なる。
「下らない小競り合いは他所で頼むよ」
ソネザキが嗜めると、双子は「とりあえず、コンテストはパスな」と結論を残して下校した。
代わりにイスズが寄って来る。
その後ろには無口なフユツキも一緒だ。
「で、どうなのぉ? 誰が出るか決まったぁ?」
「難航してんだよね。イスズ、出てみない?」
キリシマの誘いに、これでもかと睫毛を盛った目をぱちくりさせた。
と、カラカラと声を上げて笑う。
「面白いこと言うねぇ。アタシってさぁ、ぶっちゃけブスなんだよねぇ。このお化粧だってぇ、コンプレックスの裏返しなわけなんだよぉ」
唐突なカミングアウト。
しかも触れて辛い話題に、全員がどう反応すべきか戸惑ってしまう。
「そういうさぁ、微妙な空気になんの止めてくんない? アタシって別にナイーブじゃないしぃ、まあ見てくれなんてさぁ、どうでもいいって思うわけぇ」
「その通りだな。人間の価値は外見ではなく中身だ」
ドルフィーナの発言はもっともだった。
「そうですね。どれほど外見が良くても中身が伴わないとダメですよね」
「目の前にそういうサンプルがあると説得力あるね」
チトセとキリシマがドルフィーナを見ながら頷く。
イスズが人の悪い笑みを浮かべ、フユツキも無言で同意を表す。
ルームメイトのソネザキはどうしても溜息が出てしまう。
「お前ら! その反応はなんだ!」
ドルフィーナが声を荒げたのを合図に、みんなで笑う。
「っていうかさぁ、真面目な話だけどぉ」
ひとしきり笑ってからイスズが切り出した。
「アタシに任せてくれたらぁ。絶対に勝てるんだけどぉ。どうするぅ?」
「え?」
誰もが驚く。
「ぶっちゃけさぁ、このクラスにすっごい美少女がいるんだよねぇ」
いつもの気だるい喋り方で、自信満々に宣言した。
* * *
グラウンドに作られた特設ステージ。
工作課の生徒達が三日掛りで作った物だ。
僅かな費用と少ない工数にもかかわらず、見栄えの良い仕上がりになっている。
イベント好きで知られる第十三学区生の本領発揮というところだろう。
「さあ、いよいよコンテストも大詰め!」
壇上の司会役がマイクを片手に声を張った。
「一般エントリーとクラス代表、計五十名から決勝まで残った四名の勇士を、今一度ご紹介しましょう!」
その宣言に溢れんばかりに詰め掛けた生徒達が歓声を上げる。
女子ばかりの学校で美少女を選ぶ。
どことなく倒錯感のあるイベント。にもかかわらず異様な盛り上がりがあった。
「まずは普通課二回生カナエクラス代表、コンゴウさんです!」
小柄な少女がステージに進み出た。
黒を基調としたフリルたっぷりの衣装と、銀髪の上にちょんと乗っかるミニハット。
血色の良い頬は桃のように愛らしい。
まるで高価な人形を思わせる姿だった。
「まさに可憐という形容が相応しい! どうですか、解説のドルフィーナさん!」
舞台の袖、「解説」と書かれたプレートの席に、何故かオートマトンが座っていた。
「ふむ。彼女の持つ幼さという武器を前面に押し出しておるな。趣味の合う者にはたまらんだろう」
「つまりマニア層を狙い撃ちという戦略ですね」
「下手な浮動票を狙わず確実性を取る。実に狡猾な方法だと言える」
「続いて普通課二回生ユキナクラス代表、ハルナさんです!」
ハルナが姿を見せた瞬間、どっと観客から声があがった。
長い髪を首の後ろで無造作にまとめ、顔には細いフレームのメガネ。
服は深い色のタキシード。胸元には真紅のバラをつけている。
ステージ中央まででると、ふっと笑みを浮かべて周囲を一瞥。
その視線に黄色い悲鳴が起こった。
「男装できましたね! ドルフィーナさん! これはどうなんでしょうか」
「女子相手という部分を逆手に取ったのは見事な選択だな」
「今のハルナさんは美少年と言っても違和感ありませんからね」
「クールなメガネ男子というチョイスも、いい狙い目だ。優勝候補の筆頭だろう」
「では三番手! 一般エントリーから唯一決勝まで残ったのはミユ教官です!」
「はぁい。みんなのアイドルミユちゃんですよぉ!」
愛想満点で客席に向かって投げキッス。
続いて愛嬌満載のウインクをばちこんと撃ち込む。
布面積が極端に少ない水着は、ミユ曰く「ミスコンの正装」らしい。
「こ、これは大人の魅力溢れるという感じですね! ドルフィーナさん!」
「む。そう、だな。なんというか、実にアレだ」
担当教官の破天荒ぶりにドルフィーナも呆れる。
この企画自体も、自分が出たかったからじゃないのかと邪推してしまう。
「担当教官の参加については是非があると思いますが、一部では強力な支持があると聞いてますよ」
「親しみやすい教官として人気があるみたいだな。一般票を上手く取り込めれば勝負はわからん。今回のダークフォースと言えるだろう」
「ミユの奥の手はここからですよ!」
そう言い放つと舞台袖に一旦下がった。
すぐさま大きな布を抱えて戻ってくる。
「おっと、何やら持ち出しましたね。これはなんでしょうか? 大きなカーテンのように見えますが」
「どうにも嫌な予感がしてきたのぉ」
陰鬱な顔になるドルフィーナを他所に、ミユは布を空中に投げた。
ふわりと広がって頭上に落ちてくる。
まるで巨大な布がミユを飲み込んだように見える。
直後、布がくるりと渦を巻いて離れた。
中から現れたミユの姿は。
会場がしんと静まり返る。
圧倒的な精神的タフさを誇る第十三学区生が全員、ざざっと音が聞こえるかと思うくらい引いた。




