番外編8-1
【一一月一九日】
時折、信じられない馬鹿げた話が飛び出す。
慣れたはずの事なのに、クラス全員が大きなショックを受けた。
結果、教室内はしんと静まり返ってしまう。
「はいはぁい。なにか質問のある方はいますかぁ?」
こんな事態を引き起こした元凶は、いつも通りの甘ったるい声を出した。
妙にボディラインを強調した珍妙なナース服を着て、『白衣の天使参上!』と書かれたタスキをしている。
格好からは信じられないが、このクラスの教官だ。
「ミユ教官、ちょっといいですか?」
「はい、なんでしょう。キリシマさん」
停滞した空気を打破せんと挙手したのは、クラスの頼れるおでこちゃん、キリシマだった。
「意味が全然解らなかったんですが」
キリシマが口にした問いは、まさにクラスを代表する物だ。
「あらまあ? そんなに難しいお話でしたか?」
コクンと首を傾げたミユだが、少し考えて続ける。
「確かに前置きが長かった気もします。では、端的に言いますね」
ミユクラスにしては珍しく緊張感が生まれる。
直前の話が本当だったのか。誰もが不安に思っていたからだ。
「美少女コンテストでユキナ先輩のクラスと勝負することになりました。今日中に代表者を一名選んでくださいね」
* * *
事の始まりは先週末。
ユキナの部屋で行われた酒宴で、である。
「ミユのクラスの子って、可愛い子が多いですよね」
冬のボーナスの使い道について、あれこれディスカッションしていたところで、ミユが唐突に口にしたのだ。
「どのクラスも似たようなもんだろう。そもそも、ルックスなんぞ軍人にとってはどうでもいい話だ」
いきなり飛んだ話にも、きちんと対応できるのは腐れ縁のユキナだからだろう。
「実際の戦闘なんて滅多にあるもんじゃないんですよ。そうなると女性にとって大事なのはルックスになってきますよね」
「随分と極論だな。真面目に答えるのもバカバカしいが、ルックスが良ければ幸せになれるってわけでもあるまい」
「一理ありますね。先輩も世間一般的には美人なのに、内面が最悪なので独身ですし。っていうか、結婚とか幸せとか、無関係な人生ですよね」
随分と酷い言い回しに、ユキナは溜息と鉄拳で応えた。
「ささ、三発も殴るなんて、酷すぎます!」
「なんだ? もう五、六発欲しいのか?」
「あ、いえ。とても満足致しました」
深々と頭を下げるミユに、ユキナも拳を下ろす。
「だいたいお前は自分の生徒を猫可愛がりし過ぎだ。授業も緩いし、評価も甘い」
「その分、他のクラスの生徒を厳しく評価しています。特に先輩のクラスは、できる限りの不当な評価を……がふぅぅっ」
見事なストレートが無駄口を粉砕。
「そういうマネをするなと言ってるだろっが」
「に、人間は感情の生き物なんですよ。好きな子をえこひいきしてなにが……ごふぅぅっ」
鮮やかなフックが寝言を破砕。
「で、可愛い生徒がどうしたんだ?」
停滞した会話を強引に先に進める。
「校内で美人コンテストをしましょう!」
「はぁ?」
ユキナ、開いた口が塞がらず。
彼女にしては珍しく、間抜けた顔になる。
「若き少女が美を競う! 素晴らしいじゃないですか!」
ぐっと拳を作って力説するミユ。
理解にしばらくの時間を有したユキナだったが、意外な結論を口にする。
「まあ、悪くはないか。いつも訓練ばかりだし、たまには息抜きのイベントも必要だしな」
「ふふ、先輩もようやく人間らしい感情に目覚めましたんですね?」
「平時は十分に人間らしいつもりだけどな」
「いえ! そんなことはありません! 十分に人間離れして……げふぅぅっ」
切れのあるアッパーが世迷言を撃砕。
* * *
「困ったなぁ」
放課後、大きく溜息をついたのはキリシマだ。
傍らではチトセが同じように困った顔をしている。
一応はミユの指示に従い、コンテストの立候補者を募ってはみたのだが、結果は予想通り「なし」だった。
正確には一名。完全美少女を自称する少女が名乗り出たのだが、不許可となった。
「そりゃ、オートマトンはダメだよなぁ」
「そう、ですよね」
「中身はともかくルックスはいいからね。顔は文句なしに美少女だし、スタイルも悪くない。動物で表現するなら、リカオンって感じだしさ」
独特の比喩表現に、チトセが首を傾げる。
「あ、リカオンって知らない? テラ星系の生物でさ。哺乳綱ネコ目イヌ科リカオン属。体長は約七十から百十センチ。狩がとても上手いんだよ。一説では成功率が八十パーセントを越えるとまで……」
約十五分にも渡る世迷言をチトセは笑顔のまま聞き続ける。
半分以上は理解できなかったが、とりあえずは努力してみた。
「あ、ソネザキ。コンテストに出てみる気ない?」
傍を通ったクラスメイトに声を掛けた。
当番の日誌をミユに届けてきたところだった。
「冗談は止めなって」
律儀なソネザキらしく足を止めて返事する。
「私は美少女じゃないんだから」
「そんなことないって。美人な方だよ」
「そうですよ。羨ましいくらいです」
「おだててもダメ。そもそも美少女コンテストとか柄じゃないんだし」
照れつつも、改めて拒否。
「じゃあ、推薦とかある?」
「推薦とか言われてもさ」
答えながら、近くの席に腰を下ろした。
付き合う義理はないはずなのに、かなり面倒見がいい。
トラブルに巻き込まれるタイプと言える。
そんなソネザキの特性に、チトセは一方的な親近感を抱いていた。
「いっそのこと、キリシマが出れば?」




