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【02-02】

「破棄だって?」

「データを取ってしまえば、後は用なしになるからな。そういう物だ」

「間違ってる」

 

 噛み締めるように呟いた。

 データが取れれば用は無い。確かに理屈は通っている。

 しかし、人工知能とは言え人格を持ち、こうして友人となっている存在が、無機質に処分される様を思い浮かべると冷静でいられるはずがない。

 なんとしても止めさせなければと、固く決意する。

 

 が。

 

「嘘だけどな」

 

 さらりとオートマトンが言ってのけた。

 

 意味が解らず、ソネザキにしては珍しく間の抜けた顔になる。

 

「嘘?」

「そう、さっきのお返しだ。我の耐用年数は人間の平均寿命より長い」

 

 残念だったなと、意地悪な笑みを付け加えた。

 

「なんだよ、それ」

 

 引っ掛けられた悔しさと、忌むべき未来が回避された嬉しさが交じり合う。

 怒鳴りたいような、笑いたいような複雑な気分。

 

「つまんない冗談」

 

 結局、折衷案のリアクションとして、不愉快そうに頬を膨らませ顔を逸らした。

 

 親友と呼べる存在に三人がなってくれている事を願う。

 

「柄にもないね」

 

 やや自嘲気味に呟いた言葉を、始業開始を告げるチャイムが飲み込んだ。

 

 立ち話を中断し、クラスメイト達がバタバタと自分の席に戻っていく。

 

 これから待ちに待った十月十日が始まる。

 いつもの気軽な空気ではない、独特の緊張感がじわじわと濃度を増す。

 

 圧縮空気の漏れる音。ドアが開いた。

 

「みなさん、おはようございますぅ」

 

 甘ったるい挨拶に続いて、クラスの担任教官であるミユが入ってきた。

 普段どおり、軽い足取りでステップを踏みながらである。

 

 ミユは丸みのある輪郭に、目尻の下がった大きな目を持つ。全体的に柔らかい印象を与える女性だ。

 童顔に加えて、やや幼い話し方をするせいか、生徒達の二倍近くの歳を生きているとは思えない。

 

 ミユには大きな特徴がある。

 それは服装。学校から支給される服を着る教官が多い中で、常に可愛い私服を貫いている。

 その行為にはなんら問題ないのだが、ミユの美的センスで言う『可愛い』基準は、どうも珍妙で奇抜な物が多い。

 

 今日の格好も個性的だった。

 見慣れた生徒達も、ぽかんと口を開けた程だ。

 

 足首まであるロングスカート。柔らかく膨らんだ胸元を窮屈そうに包んでいる細いデザインのシャツ。

 どちらも黒地で、白いフリルがこれでもかと付いている。

 

 ふわふわと広がった髪に乗せた小さな帽子と、首にはハートの装飾が付いたチョーカー。

 

「はぁい、起立してください」

「あ、起立!」

 

 クラス委員のキリシマが、はっと自分の役割を思い出し、慌てて号令を掛けた。

 

 キリシマの外見をシンプルに表現すると委員長である。

 メタルフレームの眼鏡。ストレートの黒髪を地味なカチューシャで留め、額を露にしている。

 

 立候補者がなく推薦で選ばれたのだが、その理由がいかにもそれっぽい外見であったから、というのは公然の秘密である。

 とは言え、内面もその容姿通り。

 融通の利かない部分もあるが、責任感が強く、今では頼れる存在だ。

 

「ミユ教官に敬礼!」

 

 全員が一糸乱れぬ動きで、踵を鳴らし、額に手を当てる。

 

 ミユの視線がゆっくりと教室を見回す。

 時間にして数十秒。一人一人を確認し、小さく頷いた。

 

「はい。おっけいですよ。座って下さい」

「着席!」

 

 全員が椅子に座る。

 

「うふふ、可愛いでしょ。昨日、一目惚れして買っちゃいました」

 

 生徒達の溜息を気にする様子もなく、ご機嫌全開でくるくると回る。

 

 いつも笑顔で優しく穏やか、感激屋で甘えん坊。適当で自堕落。

 実に愛すべきキャラクターで生徒達から慕われているが、こういう時は少しくらい緊張感を演出して欲しい。

 

 とは言え、空気が読めないではなく、空気を読む気がない完全無欠のマイペース主義者であるミユに、それを求めるのは酷なのだろうか。

 

「今日は、何の日か。もちろんご存知ですよね」

 

 桜色の唇が紡ぐ言葉に、弛緩していた空気が緊張を戻す。

 

 今日は運命の十月十日なのだ。

 

「私の誕生日なんですよ。うふふ」

 

 これまた空気を無視した発言に、教室が凍り付いた。

 

 停滞した居心地の悪い時間が、じんわりと流れる。

 

「えっと、あのぉ」

 

 クラスの中で一番沈黙に弱い教官が、おずおずと声を出した。

 

「祝福とか、プレゼントとか、花束とか、そういうイベントって用意されていないの?」

 

 狭い教室の端から端まで、整然と並ぶ十五チーム六十人の間を、ミユの視線が何度も往復する。

 

「なにもないんだ、なにも」

 

 だんだんと瞳に涙が溜まっていく。

 

「先生! 誕生日、おめでとうございます!」

 

 コトミが立ち上がり、ぱちぱちと手を叩いた。

 

「おめでとうですわ」

 

 遅れる事、数秒。

 衝撃から抜け出したアンズが定番の祝福を贈る。

 

 それをきっかけに、次々と生徒達が我に返り、次々と祝いを述べた。

 拍手が集まって、だんだん大きくなっていく。

 

「うう、ありがとう。こんな素敵なみなさんに囲まれて、ミユは、ミユはとても幸せです!」

 

 大粒の涙を溢れさせながら、わんわんと泣き喚く。

 こんな子供っぽい行動に、違和感を抱かせないのは色々な意味で怖い。

 

 ミユの素直な感情表現が拍車を掛けた。生徒達が次々と椅子を蹴って、騒ぎ始める。

 

「まずいな。この状況」

 

 一応は手を叩きながらも、ソネザキが小さく漏らした。

 

 それが耳に引っ掛かったのだろう。ドルフィーナが顔を向ける。

 

「めでたい時は騒ぐのが基本だ。諺にもあるだろう。虎穴に入らずんば、えっと、まあそういうヤツだよ」

「全然、使いどころが違う。っていうか何だよその中途半端は」

「ん? まあ細かい事は気にするな。老けるだけだぞ」

「オートマトンに言われると嫌になってくるね」

 

 こんな事もあろうかと用意していた誰かのクラッカーが、乾いた音と紙テープを吐き出す。

 続いて祝砲よろしくハンドガンに空包を詰めて撃つ者まで出てきた。

 

 まさに教室が揺れるような盛り上がり。

 

「今日はこのまま誕生日パーティに……」

 

 不意にミユの動きが止まった。大きな瞳を数倍に見開いて固まっている。

 

 騒いでいた生徒達も異変に気付きミユを、続いてその視線の先を追う。

 

 ミユが見つめているのは、教室の入り口、先程、自身が入ってきたドアだった。

 

 いつの間にか開いていた。その前には一人の女性。

 腕組みをして、ミユを睨みつけている。

 

 百九十を超える長身に、女性らしいラインと鍛え上げられた筋肉の両方を兼ね備えた理想的な身体。

 

 細面の顔に切れ長の目にすっと通った鼻筋。背中まで伸びた髪は、首の後ろで邪魔にならないようまとめてある。

 緩い印象のミユに比べ、研ぎ澄まされた雰囲気の美女だ。

 

 鋭い眼差しが発する圧力に、誰も動けなかった。まるで見た者全てを石にするという伝説のメデューサだ。

 

 


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