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番外編7

【一〇月一九日】


 放課後の教室。

 

 積み上げられたアンケートの集計を終えたチトセは、ふうっと息を吐いた。

 

「こっちも終わったよ」

「アタシも終わりみたいな?」

 

 数秒遅れて、ソネザキとイスズがペンを置いた。

 

「っていうかぁ。フユツキはどうなのぉ?」

 

 問われた少女がこくりと頷く。

 チトセより数分前に完了していたようだ。

 

「終わったら、終わったって言いなよ」

 

 ソネザキがの注意に、沈黙の異名を持つ少女は軽く肩を竦めた。

 

「あの、本当に助かりました。その、なんてお礼を言えばいいのか?」

「別に、ありがとでいいんじゃね?」

「そうだよ。クラスメイトなんだし、困った時はお互い様って言うだろ」

「ありがとうございます」

 

 深々と頭を下げるチトセに、ソネザキとイスズは困ったように顔を見合わせた。

 

「で、キリシマ達は大丈夫なの?」

「熱がありますけど、概ね問題ないみたいです」

「にしてもさぁ。チームメイト三人が一斉に風邪をひくなんて珍しいよねぇ」

「三人も倒れたら大変だろ? 家事とか大丈夫?」

 

 ソネザキの気遣いに、チトセはいつもの遠慮がちな微笑で応える。

 

「色々と仕事は多いですけど。でもなんとかなっていますから」

「と言いつつぅ。明日はチトセが倒れましたってなったりしてぇ」

「不吉な事を言うんじゃないの」

 

 イスズの冗談に、ソネザキが律儀に突っ込む。

 

「大丈夫です。私、意外と丈夫なんですよ。毎日、夜更かししてますから」

「そりゃ意外だね。遅くまで何してるの?」

 

 流れから出た何気ない質問。

 しかし、それを聞いたチトセは、ぴたりと動きを止めた。

 

「べ、べべ、別に何もしてませんよ。えっと、その、なんとなく……。そう、なんとなく起きているだけです」

 

 解り易い反応を見て、イスズが実に嬉しそうな顔になる。

 性悪な好奇心が動き出したのだ。

 

「ふぅん。でもなんとなくで毎日夜更かししないんじゃね? なんか気になるよねぇ。アタシらにバレたらマズい事ぉ?」

「いえ、あの、そんな」

「キリシマに聞いてみれば解るのかなぁ?」

 

 容赦ない攻撃に、チトセの顔は真っ青。

 瞳には涙が溜まってきた。

 

「誰にでも人に話したくない事はある。冗談でも嗅ぎ回るのは感心できないな」

 

 フユツキが珍しく言葉を発した。

 しかも、ふた言以上のロングトーク。

 

 年に数回しかない珍事に、イスズとソネザキはおろか、泣きそうだったチトセすら固まってしまう。

 

 当のフユツキは言うだけ言って満足したのか。それ以上は語らず口を噤んだ。

 もちろん、なんとも言えない微妙な空気になる。

 

「えっと、あれだよ。フユツキの言うとおりなんじゃない」

「っていうか、他人の事なんて、ぶっちゃけどうでもいいしねぇ」

 

 興醒めしたイスズも、それ以上の追求を避ける。

 後は他愛ない雑談に花を咲かせて帰路についた。

 

 

                       * * *

  

 

「チトセさんと夜更かしというのは、あまり繋がらないイメージですわね」

「どっちかって言うと、早寝早起きって感じだって思ってたけど」

 

 アンズとコトミが答えた。

 夕食時にチトセの話が出たのだ。

 

「これはなんとなくだが、深夜に神社で藁人形を釘打ちしているイメージが浮かぶな」

 

 酷い発言をしたのは、藁人形よりは幾分か高等な機械人形のドルフィーナである。

 

「無茶苦茶言うんじゃないよ。チトセみたいないい子は滅多にいないって」

「いやいや、ああいうタイプは色々と溜め込んでいるんだぞ」

「まあ、機械人形の妄言はともかく、厄介事を押し付けられるタイプではありますわ」

「でも、いつもキリシマと二人で上手くこなしているよね」

 

 なんのかんのといいコンビなのだ。

 

「しかしキリシマも動物が絡むと壊れるであろ」

 

 ドルフィーナの言葉に、みんな嘆息せざるを得ない。

 

「それに外見関連もかな。クラス委員らしい外見ってのが嫌みたいだし」

「ボクとしてはキリシマらしくていいけどな」

「そのらしくってのがダメみたいだよ。ほら、先月の演習の時にさ」

「嫌な事を思い出させるな。ペイント液の跡が取れなくて随分と苦労したんだからな」

「そっかな。あれはあれで似合ってたと思うけど」

「似合う似合わないの問題ではない。というより似合ってたまるか」

 

 コトミの前向きな意見をドルフィーナは当然全否定。

 

「しかし、キリシマさんも問題ですわ。嫌なら嫌でイメチェンでもすればよろしいのに」

 

 アンズの主張は正論だ。

 そもそも未だに頼れるおでこちゃんを維持している理由が解らない。

 

「前世の宿命とか、そういうのがあるのかもな」

「んなもんあるわけないだろ。お前はアニメや漫画の見すぎだよ」

 

 ソネザキはうんざり満開になる。

 

「少し話を戻しますが、チトセさんの件、調べてみましょうか?」

「アンズちゃん、チトセちゃんだって言いたくないこともあると思うし、興味本位で詮索するのは良くないんじゃないかな」

「コトミさんの仰る通りですわ。興味本位で人の秘密を嗅ぎ回るなんて浅ましい。恥を知りなさい!」

 

 相変わらずひらりと立場を翻す。

 その鮮やかさに、ソネザキとドルフィーナは呆れるしかない。

 

「まあ、コトミの言う事ももっともだかな。話のネタにするくらいで止めておこうか」

「仮に毎晩、神社で藁人形を釘打ちしていたとしても、オートマトンである我には効果はないだろうしな」

「そんな事をしなくても、十分に壊れてらっしゃいますしね」

「ほほう、ちびっ子の分際で面白い発言をするじゃないか」

「あら、壊れかけの機械人形に現実をお伝えしたまでですわ」

 

 ぐううっと顔を近づける一人と一体。

 定番である夕食後のバトルが今日も始まった。

 

 

                       * * *

 

 

「ごほごほ。いつも済まないね」

「そんな、大袈裟ですよ」

「いや、そうじゃなくてさ」

 

 ベッドの横に座るチトセの反応にキリシマが苦笑した。

 

 ここはキリシマの部屋。

 壁にはこれでもかと動物達のポスターが貼られ、ベッド脇には動物のぬいぐるみが山盛り。

 部屋の隅に置かれたガラスケースの中は、数センチ大のリアルなアニマルフィギアが並んでいる。

 

 動物愛に溢れてはいるが、どこか壊れている感は否めない。

 

「こういう場合はさ、それは言わない約束でしょって言って欲しいんだけど」

「あ、ごめんなさい。でも、そんな約束をした覚えが」

 

 当惑を深めるチトセ。

 

「ごめんごめん。下らない冗談だから気にしないでよ」

「あ、冗談だったんですか。どうりで」

 

 残り二名のルームメイト、ハグロとヒュウガも同じ事を言っていた。

 

「私って面白くない人間ですよね」

「まあね。もう少し冗談が解ればいいのにって思うよ」

 

 言い難い事でも口にできる距離に、チトセは不快さよりも嬉しさを感じてしまう。

 

「でも個性ってあるからね。ウチのクラス見てごらんよ。おバカな双子に、無言人間。顔面塗り壁に、不良品のオートマトン。お人好しの根暗少女に、癇癪持ちのお嬢様。天真爛漫お気楽娘に、地味が取り柄の埋没四人組」

 

 指を折りながらあげていく。的を射てはいるが、酷いのは確かだ。

 

「それよりもさ、仕事の方は大丈夫なの?」

「大丈夫です。なんとか間に合うと思います」

 

 弱々しく微笑むチトセに。

 

「明日からは私も家事に復帰できそうだし、仕事に専念してもらっていいよ」

「でも」

「それで貸し借りなしにしとかないと、借りっぱなしだと精神衛生上悪いからね」

「そうですか。じゃあ、お言葉に甘えさせて頂きます」

 

 深々と頭を下げるチトセに、キリシマは困った顔になる。

 

「相変わらず堅苦しいなぁ」

「あの、ごめんなさい。私、人との距離の測り方が苦手で」

 

 俯きながら、もごもごと言い訳した。

 

 そんなチトセに、キリシマは小さく息をついて話題を変える。

 

「前から聞きたかったんだけど。なんで、この学区に進学したの? 軍に入るつもりないんでしょ?」

「それは……。確かに他の方と違って、軍人志望じゃないです」

「別に言いたくなければいいよ。変に詮索するつもりはないし」

「ごめんなさい」

 

 そうに告げると、黙り込んでしまう。

 

 居心地の悪い沈黙が流れる。

 

「まあ、明日からの事もあるし。今日は休ませてもらっていいかな」

「あ、はい。ゆっくり休んでください」

 

 立ち上がって、いそいそと部屋を出た。

 

 

                       * * *

 

  

 自室に戻ったチトセは大きく溜息を溢した。

 

「ホントに私は……」 

 

 人と接するのが苦手だ。

 

「軍の訓練を受ければ、もっと活発な性格になれると思ったんですけど」

 

 先月の演習で少し成長した気になっていたが、まだまだだ。

 

 デスクに座り、引き出しから分厚い上質紙を取り出す。

 

 そこには可愛い女の子のイラストが描かれていた。

 むっちりした身体つきに、やや幼い顔。服は現実では有りえないくらい露出の多いプロテクター。

 

「今日は彩色まで終わらせないといけません」

 

 頬を軽く叩いて気合を入れると、ペン立てから数本のペンを手にした。

 一本で二十色以上が出せる高級品のペンだ。

 

「今回のシリーズは肌色ばかり使いますね」

 

 苦笑しつつも色を付けていく。

 その速度は普段のおっとりしたチトセからは想像できないくらい早い。

 

 科学万能と言われる時代、漫画やイラストもコンピューターを使って描くのが主流になっている。

 しかし、紙とペンが廃れたわけではない。

 

 力加減による微妙なタッチや、重ね塗りが生み出す色合いは、デジタル原稿では完全に再現できない。

 職人気質の人間はこの僅かな差に拘り、非効率な紙媒体を愛用している。

 

 チトセも自身のイラストには強い思い入れを抱くタイプ。

 時代遅れと陰口を言われつつも、自分のやり方を曲げようとは思わない。

 

「よし。できました。これも満足できる仕上がりです」

 

 普段とは違う、自信に満ち満ちた表情で頷く。

 

 チトセのもうひとつの顔は、新進気鋭のイラストレーター。

 ノベルの挿絵やアニメやゲームのキャラクターデザインを中心に活躍中。

 丸みのある柔らかいタッチと、淡い色を丹念に塗りこんだ彩色で人気がある。

 

 今は学業との両立でセーブしているが、卒業すれば益々忙しくなるのは間違いない。

 

「今日は調子もいいので、もう少し欲張りに頑張っちゃいましょう」

 

 もう一枚、今度は白紙の上質紙を取り出すと、鉛筆を走らせる。

 

 

                       * * *

 

 

 淡いオレンジの壁紙。ベッドの枕元に並ぶモコモコしたヌイグルミ達。

 

 アンズほどではないが、十二分に乙女らしい部屋である。

 

 ケチをつけるとすれば、ベッドの足元に転がっている鉄アレイなどの筋トレ用具の類だろう。

 

 部屋の主である少女は入浴を済ませ、濡れた髪を丁寧に拭きながら部屋に入ってきた。

 大柄の身体に似合わないパステル調のパジャマ姿である。

 

 デスクに座ると愛読しているノベルを手に取った。挿絵の多いティーンズ向けの物だ。

 ファンタジーを舞台にしたラブコメで、大人気とまではいかないが、そこそこ評判の作品だ。

 

 頬杖をついた姿勢で黙々と読み続ける。

 自室にひとりでも、滅多に言葉を口に出す事がない。

 

 発言は他者に与える影響を鑑み、慎重に慎重を重ねて行わねばならない。

 彼女のポリシーでもある。結果、沈黙の異名を持つほどの無口になってしまった。

 

 就寝前の二時間で本を読み終え、満足気に頷いた。

 ノベルの内容はまあまあだったが、やはり挿絵が素晴らしかったと思う。

 

 少女はこのイラストレーターの大ファンだった。

 

 数年前に本屋で偶然見かけたノベル。その表紙に描かれていたキャラクーター。

 柔らかい質感と丹念に塗りこんだ色合いに一目惚れしたのだ。

 

 それ以来、このイラストレーターが挿絵を手がけたゲームやノベルは全て購入。

 去年出版された画集はお気に入りのアイテムになっている。

 

 ふうっと溜息をついた。

 

 このイラストレーターはとても身近にいる。

 なんとクラスメイトなのだ。

 

 いつかは自分が大ファンである事も伝えたいとは思うが、当の相手はそれを望まない気がする。

 何せあまりに内向的で大人しい少女だから。

 

「世の中、難しいな」


 珍しく言葉にすると、大きく伸びをしてベッドにもぐりこんだ。

 

  

                                  <Fin>











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