番外編6-2
* * *
「で?」
「で? とは?」
コメカミをひくつかせながら理由を問うソネザキに、ドルフィーナが質問を返す。
「なんで私を呼び出したんだよ」
「わざわざ説明しないとダメか?」
「当たり前だろ」
「まったく面倒な奴だな」
大袈裟に溜息をついて、話を進める。
「まずスキル的な問題だ。お前はそこそこ料理が上手い」
「普通だよ。いつも食べてるだろ」
「まだ見ぬ彼氏に備えて、料理の本を買ったりしてるじゃないか」
「な、なんで知ってるんだよ」
「図星だったのか」
「うぐ」
「お前は恋愛で甘々な少女マンガが大好物だからな。そういう妄想を抱いているんじゃないかと思ったのだ」
「妄想とか言うな!」
「やれやれ。一応言っておいてやる。少女マンガに出てくる素敵な男子というのは、フィクションだからな。実在しないからな」
「そんなことないよ!」
真っ赤になって声を荒げるソネザキ。
「初等部のガキか、お前は。将来の夢はお嫁さんとか言いそうだな」
「うるさいな! どうでもいいだろ!」
「ま、確かにどうでもいい問題だ」
「むぅぅぅ!」
「もう一点は、お前がお人好しで、善人というところだ。どんなにダメ人間が相手でも、それなりに親切に教えてくれる」
「ダメ人間って」
ちらりと視線を動かす。
実習室の隅っこで、ぼんやりと窓から空を眺めているミユがいる。
「普段から我に課題を教えてくれたりしているであろ。そういう点を買ったのだ」
「ん? それって自分がダメオートマトンだって認めてるの?」
「誰がダメオートマトンだ! 失敬な!」
不快感を露にするドルフィーナに、ソネザキは大きく息をついた。
「せっかく来たからさ。手伝ってはあげるけど。どんな料理を作るのさ」
「苦労なくお手軽で、しかも安価な上に手作り感満載の料理らしい」
「なにそれ? 随分と抽象的なんだけど」
「ミユちゃんのリクエストだからな」
「本人に聞いてみる方がいいか。ミユ教官」
声を掛けられたミユが、トテトテと近づいてきた。
「ソネザキさんは料理がプロ級と聞いています。すっごく期待してますよ」
屈託のない様子でそう言われたソネザキはくるりと反転。
ドルフィーナの肩に腕を回すと、強引に引き寄せる。
「おい」
「なんだ?」
「誰がプロ級だって?」
「とりあえずだが、ハードルだけは上げておいた」
「なんでそんなことをするんだよ」
「その方が面白そうであろ」
あまりの脱力感に腕を解いた。
それからよしっと気合を入れると、ミユに視線を戻す。
「期待には添えられないと思いますけど、とりあえずどんな料理がいいんですか? 具体的に聞かせてもらえると助かるんですけど」
「別になんでもいいんです。美味しくて手軽で安価で、かつ女子力を感じさせる物であれば」
「じゃあ、定番ですけどカレーとかシチューとかは?」
「レトルトが十分美味しいので、他のにしません?」
「じゃあ、肉じゃがとか豚の角煮とか?」
「和食って豪華さに欠けません?」
「じゃあ、フライ物とかカラアゲですか?」
「揚げ物はちょっと、カロリー高くなるでしょう?」
「じゃあ、ヘルシーにお刺身とか?」
「お刺身って魚の死体を切り刻むだけじゃないですか。それは料理ではなく調理になりません?」
提案を尽く蹴られ、ソネザキが首を捻る。
と、そんなソネザキにドルフィーナが。
「負けるな、ソネザキ。お前の実力はそんなものじゃないだろう。思い出すのだ、あの苦しかった特訓の日々を!」
「料理の特訓なんかしてないよ」
「あっさり返すな。少しくらい乗るのが礼儀だぞ」
「あぁもう、うるさいな。考えがまとまらないだろ」
ドルフィーナを黙らせると、思考を巡らせる。
ハンバーグにパスタ、オムレツにドリア。
レパートリーは色々あるが、どれも否定されそうな気がする。
「違う。発想を大きく変えるべきなんだ。料理に拘っていたら勝てない。むしろ、料理じゃない物が正解のはずなんだ」
「そうなのか?」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ」
不思議そうな顔をするミユとドルフィーナに、ソネザキはキッパリと断言する。
「よし、良いアイデアを思いついた。これなら大丈夫なはずだ」
* * *
「で、どうなったのです?」
その日の夕食、リビングで事の顛末を聞いていたアンズが好奇心を露に尋ねる。
「ふふ、それが実にソネザキらしい結論でな」
「そうなんだ。早く続きを聞かせてよ」
コトミも目を輝かせる。
「ほらほら、ソネザキ。お前の口から言ってやれ」
「あんな恥ずかしいこと、改めて言えるわけないだろ」
微かに頬を上気させると、ぷいっと顔を逸らした。
* * *
「で?」
「で? とはなんです?」
ソネザキ達が寮でそんな話をしている頃、ユキナの部屋のリビング。
いつものようにミユとユキナが向かい合って座っていた。
「料理に必要なのは技術や素材ではなく愛情なのです!」
力説するミユを尻目にユキナは缶ビールを開けて一口含んだ。
「愛情があれば冷凍食品も高級ディナーに早変わりなんです!」
「そのこってりと妄想が盛られた理屈はソネザキか」
「そう、愛の伝道師たるソネザキさんのお言葉です!」
「愛の伝道師ねぇ、まあ、それはいいとしてだ。とりあえず、このふざけた料理を説明してもらおうか」
「まったく、ここまで説明して解らないなんて。これだから夢のない三十路女は……あがっ!」
「ちょっと酔いが回って来たかな。鉄拳が滑っちまった」
「あいたた。もう!」
「下らないこと言ってないで説明だよ」
「料理とは愛、愛とはスイートな物。ということで、今日のメニューは甘みたっぷりのスイートメニューを用意しました!」
「いちいち聞くのも呆れるんだがな。コロッケにガムシロップをかけるのがスイートメニューなのか?」
「オフコース!」
「カラアゲを生クリームで和えるのがスイートメニューなのか?」
「オフコース!」
「フライドポテトをイチゴに突き刺してあるのも。ご飯にチョコレートがたっぷりかけてあるのも」
「オフコース! 全てがスイートメニューなんです!」
「ミユ」
ユキナが大きく溜息をついた。
「食べ物を粗末にするんじゃない。バチが当たるぞ」
「失礼な。ミユが愛情一杯に作った料理を、そんな風に言うなんて」
「愛情たっぷりか。更に食欲が減退するな」
「どういう意味ですか!」
「とにかく食べてみろ。ほら、早く」
「言われなくても食べますよ! ふんっだ」
ぷっと頬を膨らますと、生クリームで艶やかに彩られたカラアゲを口に運んだ。
「実にスイートで愛情たっぷりの味わいです。この美味しさが解らないなんて……」
もぐもぐと咀嚼していた口が止まった。
代わりに瞳が潤み出す。
堪らず立ち上がろうとするミユの口元を、ユキナががっちり鷲掴みする。
「吐くな。ちゃんと呑み込め」
残酷な一言に、どうにか喉の奥にカラアゲを押し込んだ。
「味はどうだ、ミユ」
「ひ、酷い味わいです。理論に躓きはなかったのに、何故?」
「お前さ、年々バカになっていくな」
「失礼な。先輩だって年々凶暴に……うぐっ!」
「とりあえずだ」
綺麗な右フックで一閃し、ユキナは続ける。
「作ってしまったものは仕方ない。ちゃんと責任持って食べるんだぞ」
「そ、そんな! こんな物が食べられるはずが……あふっ!」
「口答えするんじゃない。料理に一番大事なのは愛情なんだろ? 溢れんばかりの自己愛があれば大丈夫さ」
<Fin>




