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番外編6-1

【一〇月二七日】

 

「前から思ってたんですけど」

 

 ミユが対面に座るユキナに切り出した。

 

 二人は教官寮にあるユキナの部屋のリビングで向かい合っていた。

 

 テーブルの上に並んでいるのはピザにフライドポテト、カラアゲやコロッケ。

 どれも便利な冷凍食品だ。

 

「なんだよ?」

 

 ユキナは缶ビールで喉を潤しながら、話を前に転がした。

 

 学生時代から週末になるとユキナの部屋にミユが押しかけてくるという慣習があった。

 大人になった今では、ささやか酒宴が開かれていたりする。

 

「ミユ達ってかなりダメなんじゃないです?」

「見えない話だな」

「ほら、女子力が不足してますよね」

「三十超えて女子もないだろ」

「そりゃ、先輩は凶暴ですから、あいたっ!」

「あ、ごめん。手が滑った」

「缶をぶつけるなんて酷いじゃないですか!」

「すまんすまん。ただな、あんまり下らない話してると拳骨が滑るかもしんないぞ」

「いいですか、先輩。このテーブルの上を見てください。どれもこれもレンジでチンしたのばかりですよ」

「オーブンで温めたのもあるだろ」

「そうじゃなくて。全然手料理がないじゃないですか」

「なんでお前に手料理を振舞わないとダメなんだ?」

「そもそも先輩は料理できるんですか?」

「魚や鳥だってさばけるし、イノシシだって解体できる。お前も訓練生の頃に習得したろ」

「それってサバイバルスキルじゃないですか! 調理方法は生か茹でるか焼くかの三択だし!」

 

 バンバンと机を叩いて力説する。

 

「こんなんじゃ結婚できず一生独身。週末の度に凶暴女と差し向かいでお酒飲むだけの人生になっちゃいますから。あいたっ!」

「誰が凶暴女だ」

「そうやって、すぐに拳骨に訴えるとこが。いたっ! おうっち! 解りました。ミユが悪かったです!」

「で、なんだ? 次は料理教室にでも通いたいのか?」

「そうなんですよ。この前、料理教室のチラシを見たんです。それがもう、すっごく美味しそうな料理ばかりで」

 

 じゅるじゅると涎をすするミユに、ユキナは大きく息をついた。

 

「お前な。料理教室に行ったら自動的に料理が作れるようになるんじゃないぞ。昔から直ぐに習いごとに飛びつくけどな。何一つ、身についてないじゃないか」

「それは一見正論ですが、世の中には百聞は一見にしかずという言葉があるんです」

「全然、意味が解ってないだろう」

「とにかく、私は冷凍食品以外の物が食べたいんです! 安価に! 苦労せず!」

「解った解った。料理が得意な人間くらいいるだろ。そいつに教えてもらえるように頼んでやるよ」

「友達の少ない嫌われ者の先輩から、そんな台詞が聞けるなんて。ミユは感激のあまり! うぐっ!」

「あ、悪い拳骨が滑った」

 

 

                       * * *

 

 

「料理が得意な人ですか?」

「お前はミユクラスで希少な常識人だからな。そこを見込んで頼んでるんだ」

 

 放課後、寮に向かう途中でユキナに呼び止められたのはチトセだった。

 

「皆さん、それなりに料理はできると思いますけど」

「飽き性でいい加減なミユに料理を教えられる、鋼の精神を持った人間でないとダメなんだが」

「それはハードルが高いですね」

 

 チトセは正直に苦笑した。

 

「そうなると適任と言える人材は……」

 

  

                       * * *

 

 

「お前がミユちゃんに料理を教えるだって?」

 

 ソネザキが呆れ満開で確認する。

 

「ふむ、その通りだ。こう見えても我は完全無欠の万能美少女オートマトンだからな」

 

 魅力的な曲線を持つ胸を張って、実に偉そうに口にした。

 

 唐突に話題が飛び出したのは夕食時。

 四人でテーブルを囲んでいる時だった。

 

「ドルフィーナさん、貴方の料理は人様に教えられるレヴェルではないでしょう」

「確かにボクやアンズちゃんよりは上手だけど」

 

 唖然としていたアンズとコトミが的確な意見を述べる。

 

「レベルをわざわざレヴェルと発音するのが気に食わんところだが」

 

 どうでもいい部分であっても、律儀に一噛み。

 

「チトセの話によるとだな、料理の技術をおしえるのではなく、メンタリティな部分に重点をおくらしい」

「意味が全然解んないんだけど」

 

 要領を得ない説明。ソネザキの疑問は最もだ。

 

「安心しろ。言ってる我にも解らん」

「そんなんでいいのかよ?」

「とにかく特別ボーナスでポイントが貰えるらしいのでな。適当に口先で丸め込んでおけば大丈夫だろう」

「ドルフィーナさんは口先だけは達者ですものね。口先だけは」

「どういう意味だ?」

「聞いたままですわ」

「まあまあ、でも面白そうでいいと思うよ。頑張ってね、ドルフィーナ!」

「ふふ、任せておけ。ちょちょいのちょいってなものだ」

 

 

                       * * *

 

 

「ちょちょいのちょいって感じで手軽に作れる、手の込んだ雰囲気の美味しい手料理が希望なんです!」

 

 ミユのリクエストにドルフィーナが眉を潜める。

 

 翌週、月曜日の放課後、ミユと共にドルフィーナは調理実習室に入った。

 

 そこで開口一番ミユが告げたのだ。

 

「形容詞が打ち消しあっているように感じたのだが」

「そこの矛盾を解決するのです」

 

 何故か断定口調のミユ。

 

 一方のドルフィーナは、こんなことだろうなと思った。

 悪い意味で予想通りだ。

 

「前もって聞いておきたいのだが、何故に料理なのだ?」

「ふふふ、それはですね」

 

 良くぞ聞いてくれましたとばかりにミユが答える。

 

「今は食欲の秋まっさかり! 美味しい料理が食べたいじゃないですか。苦労せずに! お手軽に! 安価に!」

「インスタントでいいであろ」

「ドルフィーナさんは解ってませんね。教官の安月給では月の八割がトーストとカップ麺なんです。インスタント系は飽き飽きです! 秋だけに」

 

 最後に継ぎ足された駄洒落にイラっとしつつ、ドルフィーナが話を先に進める。

 

「ここの教官は普通のサラリーマンより給料が高いと聞くが」

「ただの噂ですよ。服を買ったら、ほとんど残りません」

 

 ピンク色でふりふりのエプロンを身に着けたミユが、大袈裟に肩を竦めた。

 彼女の被服代が生活費の大半を占めているのは内緒である。

 

「服を買いすぎじゃないのか」

「普通ですよ、これくらい。ドルフィーナさんも大人になれば解ります」

「オートマトンは大人にならんのだがな」

「まあ、そんなことはおいておいて。料理ですよ料理。ミユはすっごくお腹が空いているんです」

「は?」

「昨日から何も食べてません。今この時のために!」

 

 ぐっと拳を作って宣言するミユに、「念のために聞いておくのだが」とドルフィーナは確認する。

 

「料理を作る気はあるのか?」

「全然ないってわけじゃないですから」

 

 変に否定しない分だけ、まだ好感が持てるだろう。

 

「メンタリティが必須と言うのは、こういう意味だったのか」

 

 ようやく納得しつつ、携帯端末を手に取った。

 

「お前の出番だ。すぐ来てくれ」

 

 端的に用件だけ告げると、返事も待たずに切る。

 

「誰に連絡したんです?」

「ふふ、こういう任務には、もってこいの人材がいるのだ」

 

 


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