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番外編5-2

                       * * *

 

 

 時間は無情に流れ、その日の夜。

 結局、何の準備もないままソネザキは怪談会に挑む事になった。

 

「でねでね、その相手が顔を上げるとさ、やっぱりさっき見た人と同じ顔だったって話なんだよ。いやぁ、怖い話だよね」

 

 いつも通りの元気一杯明るい口調で、コトミが話を終えた。

 終始楽しそうなコトミを見ているのは非常に楽しかったが、どうにも怪談からは縁遠い雰囲気になってしまう。

 

「流石はコトミさん、とても素敵なお話でしたわ」

 

 怪談に素敵と言う単語が褒め言葉になるとは思えないが、アンズには大好評のようだ。

 

 ソネザキとドルフィーナも苦笑を堪えながら、同意を示す。

 

「次はアンズだな」

「無理ですわ。わたくし怪談なんて知りませんもの」

 

 あっさり言ってのける。

 

「ではソネザキ。お前が手本を見せてやれ」

「私もパス。もう少し時間があれば適当な話も準備できたとは思うけどさ」

「お前ら、揃いも揃って不真面目だぞ」

「不真面目が全裸で走っているような機械人形に言われたくありません」

「お前も課題とか、そういうのを真面目にしろよな」

「まあまあ今は怪談会なんだから、そういう話は止めようよ。じゃあ、いよいよ真打の登場ってことで」

 

 明るく手を叩くコトミに、しぶしぶながらアンズとソネザキも同調する。

 

「やれやれ仕方ないな。七百八ある我が特技の一つ見せてやろう。まず電気を消してくれないか」

「なんか本格的だね。楽しみ楽しみ」

 

 コトミが照明を落とした。

 と、闇の中にぽおっと蝋燭の明かりが浮かんだ。

 

「そんなに凝らなくてもいいだろ」

 

 ふらふらと揺れる火にソネザキが不満を述べる。

 

「火なんて危ないしさ」

「大丈夫だよ、ちゃんと気を付ければいいんだし」

「そうですわ。機械人形にしては粋な演出じゃないですか」

 

 期待を抱く二人に、ソネザキの抗議はあっさり却下されてしまう。

 

「では、始めるぞ」 

 

 か細い炎に照らされてたドルフィーナが暗い表情に変わった。

 

「これはユキナクラスの知人に聞いたのだがな。以前、学校の飼育小屋に鶏を飼っていたのを知っているか?」

 

 その問いにアンズとコトミが頷く。

 

「じゃあ、何故今は飼っていないかなのだが。これは根の深い話でな」

 

 怪談は聞き手をどれだけ話の中に引きこめるかがポイントになる。

 ドルフィーナは身の回りの話題から初め、更に相手に質問をするという形でごく自然にこれをクリアした。

 

「その夜。バタバタバタバタ、バタバタバタバタ。羽音がするんだ。寮の部屋で、鳥なんかいるはずないだろう。おかしいな、おかしいなとは思ったのだ」

 

 ここで言葉を止めた。

 擬音を多く使う事で想像力を刺激し、時折取る間で緊張感を煽る。

 更に主観的な言葉を重ね、緊迫した空気を演出する。

 

 ドルフィーナは怪談の話手としては見事という腕前だった。

 彼女がアニメと共に好んでいる怪談番組のパクリであったが、その再限度の高さは流石高性能オートマトンと言ったところだろう。

 

「ということで、飼育小屋は今は使われておらんのだ」

 

 ドルフィーナが話し終えると、アンズが小さく息を吐いた。

 じっとりと手にかいた汗、渇ききった喉。

 かなり緊張して聞き入っていたようだ。

 

「なかなか見事でしたわ」

「うん。すっごく面白かった」

 

 普段と変わらない笑顔でコトミが同意する。

 怪談には似つかわしくない嬉しそうな表情だ。

 

「不良品の機械人形に、こんな取り得があったとは驚きですわ。ね、ソネザキさん」

 

 一言も発せず固まっているソネザキに声を掛ける。

 

「ソネザキさん? ソネザキさん?」

「あ、うん」

「どうなされたのです。珍しくぼんやりして」

「いやほら、なかなか面白かったからさ。なんていうか、余韻に浸っていた感じだよ」

 

 完全に血の気が引いて薄ら白い頬になっていたが、蝋燭の薄明かりでは悟られなかったようだ。

 

「怪談のやり方が理解できたか?」

「ドルフィーナさんはホントに役に立たない特技を沢山お持ちですのね。感服致しましたわ」

「遠まわしにバカにされている気もするんだがな」

「そんなことありませんわ。最短距離でバカにしましたもの」

「なにぃ! このお子様が!」

「なんですの! 機械人形の分際で!」

「まあまあ二人とも」

 

 コトミの仲裁で、とりあえず矛を収めた。

 

「で、どうする? 我はもっと怖い話を知っているぞ。お前らが泣き喚くほどのな。続けるか?」

 

 嫌な方向に転がり始めた。

 慌ててソネザキが中止を訴えようとするが。

 

「いいですわ。聞いて差し上げます。まだまだ時間はありますもの」

「そうだね。折角だし、聞かせてよ」

 

 アンズとコトミの声が早かった。

 

「ソネザキはどうする?」

「べ、別にいいんじゃない。二人がそう言っているんだから」

 

 結局、流れに乗る形になってしまった。

  

 

                       * * *

 

 

「目を覚ますと枕元に、その老婆が座っていたのだ」

 

 ドルフィーナの言葉に、アンズが喉の奥で悲鳴を漏らす。

 コトミは瞳をキラキラさせながら、実に満足そうな笑顔を浮かべていた。

 

 表現方法は対照的だが、この怪談会を楽しんでいるのが解る。

 

 一方のソネザキはと言えば、ただ無表情に蝋燭の火を見つめていた。

 部屋が明るければ真っ青になった顔や、こぼれそうなほどに溜まった涙に気付いていただろう。

 

「ドルフィーナさん、今のもなかなか良かったですわ。次です次」

「うん。すっごく面白かったよ。次も期待しちゃうよ」

「ふむふむ、そういう感想を聞くと嬉しくなってくるな」

 

 ドルフィーナの独演状態となってから、五つの話が語られていた。

 それぞれの話は趣向が違い、しかも徐々に怖さを増していく。

 実に計算され尽された展開だった。

 

「今から話すのは、この寮で実際に起こった話だ。十五年前に大規模な改装があったのは知っているよな。その……」

「もういい」

 

 ソネザキの小さな声に、ドルフィーナが言葉を止めた。

 

「どうした、ソネザキ?」

「そうですわ。いきなり水を差すなんて、ソネザキさんらしくありませんわ」

「もういい。もういいよ」

 

 湿った声で繰り返し、すんすんと鼻をすする。

 

「この話は知っていたのか? まあ、それなりに有名な話だからな。では次に移ろう。これからする話は、今までの物とは格が違うからな。覚悟しておくことだ」

「それは楽しみだよ!」

「まあ少しは期待できるようですわね」

「では、始めるぞ」

 

 そう宣言すると、声のトーンを落として話し始める。

 

「これは昔から言われていることなのだがな。怪談をしていると来るらしいんだ」

「く、来るって何がですの?」

「霊に決まっておろう」

「もういいって」

「否定したい気持ちも解るがな、ソネザキ。既にこの部屋に集まってきている。お前ら人間の視力では見えぬだろうが、オートマトンの目にはおぼろげではあるが見えるのだ」

「止めてって」

「ちょっとドルフィーナさん、なんかソネザキさんの様子が……」

 

 声色の変化に気付いたアンズが告げる。

 

「様子がおかしいのはソネザキのせいではないのだ」

 

 だが、その一言を踏み台にドルフィーナは更に話を進める。

 

「ほら、ソネザキの後ろに見えるであろ」

 

 ドルフィーナの指し示した指を追って、三人が視線を向けた。

 

「恨めしそうな顔をした子供の顔ががふぅっ!」

 

 珍妙な叫びにアンズとコトミがドルフィーナに目を戻す。

 

「ソネザキさん?」

「ソネザキ?」

 

 二人が固まった。

 

 薄明かりの中でソネザキが手にしたクッションを、ドルフィーナの顔面に押し込んでいたからだ。

 

「ソネザキ、なにをするんだ」

 

 クッションをぐにゅんと押し返しながら、ドルフィーナが叫ぶ。

 

「止めてって。止めてって言ったのに。何回も止めってって言ったのに」

 

 噛み締めるように呟きながら、再びクッションをぐにゅぐにゅと押し付ける。

 

「ぷはっ、止めないか。息が出来なくなるであろ」

「ちょっとソネザキさん、落ち着いて」

「そうだよ。ソネザキらしくないよ」

 

 コトミとアンズが二人をどうにか引き離した。

 

「怪談とかダメなんだよ。苦手なんだよ」

 

 湿った声で告げるソネザキに、アンズとコトミは申し訳ない顔になる。

 

「ごめん、気付かなくて。誰にも苦手はあるもんね。ボクも家事全般が苦手だしさ」

「機械人形の口車に乗せられたとは言え、申し訳ないことをしてしいましたわ。許してくださいね」

「まったく、最初に言っておけば良いのだ。それなら無理につき合わせたりしなかったのだぞ」

「うぅぅっ」

「大丈夫だ。お化けや幽霊なんぞ、全部作り話だからな。所詮は枯れ雄花だ」

 

 ソネザキの背中を摩りながら、ドルフィーナが告げる。

 

 それなりに盛り上った怪談会もこうして幕を閉ようとしていた。

 しかし。

 

 微かな音を立てて居間のドアが開いた。

 室内の四人が一斉に視線を向ける。

 

 闇の中にぼんやりと顔が浮かんでいた。

 べったりと血に塗れ、目をかっと見開いた女性だ。

 

 


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