番外編5-1
【〇八月一二日】
「どうだ? 直りそうか?」
ドルフィーナの問いに、ソネザキは小さく首を振った。
「ダメだね。フユツキなら原因も解ると思うんだけど、私はそれほど機械に強くないんだよ」
それを聞いてアンズとコトミも残念そうに息を吐いた。
彼女達がいるのは寮のリビング。
部屋の隅、天井近くに設置された空調機の下だ。
今朝から急に空調機の調子が悪くなった。
脚立を持ち出して、確認してみたソネザキだったが、結果は最初の返事どおり、お手上げ状態だ。
「器用貧乏のソネザキでも無理か」
「誰が器用貧乏だよ、誰が」
「ソネザキが無理となると厳しいね。ボクやアンズちゃんは機械いじりが得意じゃないし」
「ドルフィーナは? オートマトンは機械なんだし」
「その理屈でいくと、人間は全員医者ということになるな」
「へぇ、上手いこと言うじゃない」
素直に感心するソネザキ。
「しかし、困りましたわね」
アンズが額に浮かんだ汗をハンカチで押えながら、話を先に進めた。
季節は夏。
これから昼に向けて、空調がないのは厳しい。
「修理は頼んでおくけど、多分来週になるんじゃないかな」
「授業のある日はいいとして。問題は今日、折角の日曜がこれではガッカリ満載ですわ」
「いいことを思いついたよ」
嬉しそうにコトミが挙手。
「こんな暑い日こそ。我慢大会をしようよ。みんなで厚着して踊ったり、熱いグラタンを食べたりするの。きっと楽しいと思うよ」
瞳をキラキラさせながら提案する。
どんな時でも事態を楽しめるポジティブなコトミらしい。
「それは勘弁してよ。暑いの苦手なんだよ」
「精密機械に過度な熱はよくないからな」
すぐさま否定するドルフィーナとソネザキ。
「コトミさんの素敵な提案を無下にするなんて、なんて罰当りな人達でしょう。まったく信じられませんわ」
「でも仕方ないよ。じゃあ、二人で我慢大会しよっか」
「えっと、それはその」
アンズが言葉を揺らす。
「そ、そうですわ。今朝の占いで我慢大会はダメだと言っていたんでした」
随分と苦しい言い訳に、ドルフィーナとソネザキの目が冷たくなる。
「そっか。じゃあ、無理だね」
しかし、コトミは素直に鵜呑みして頷いた。
「ソネザキさん、ドルフィーナさん、その目はなんですの?」
「いやいや占いなら仕方ないと思ってな」
「そうだね。占いじゃ仕方ないね」
「うぅぅ!」
不満気に唸るアンズの頭に手を置くと、ソネザキが話を進める。
「とりあえず昼間は、図書館とかモールで過ごせばいいとして。夜が辛いかな」
「そうですわね」
「なんか良い方法があればいいんだけど」
「ふふ、我に名案がある」
「冷蔵庫は無事なんだし、アイスでも買ってきて食べよっか」
「それは素敵な提案ですわ。わたくしは定番のバニラが好みなんです」
「あ、ボクはオレンジのシャーベットがいい」
「我を無視するんじゃない!」
「お前の名案ってさ、結局は迷惑行為になるだろ」
「どういう意味だ! それは!」
ソネザキの冷たい突っ込みに、ドルフィーナの語気が荒くなる。
「まったく、ただでさえ暑さで鬱陶しいのに。その上、壊れた機械人形の戯言を聞かされるのは勘弁して欲しいですわ」
「そう言わずにさ。折角だし、聞いてあげようよ」
「コトミさんがそう言うなら仕方ありません。貴重な時間を割いて差し上げますわ」
「横柄な態度が気に食わんが、この際目をつぶってやるとしてだな」
コホンと咳払いをして、胸をぐっと張った。
「暑い夜の定番と言えば怪談大会というのが古来からの伝統。我らもそれに則り、怪談をしようではないか!」
「何を言い出すかと思えばさ、怪談なんて……」
「あら。意外とまともな提案ですわね」
「いいね。なんか楽しそうだし。ボクは賛成だよ」
「こういうイベントは苦手な人間もいるしな。ソネザキは不参加でも構わんぞ」
ドルフィーナの言葉にソネザキが、少し不快な顔をする。
「別に苦手ってわけじゃないよ。暑い時に怪談って風流じゃないって思っただけだよ」
「寒い時に怪談する方が趣がないと思うがな。では参加するか?」
「いいよ。みんながやるって言うんだから」
「怖がって泣いたりしないでくれよ」
「失礼なこと言わないでよ。怪談で泣くなんてありえないね」
「そうですわ。ソネザキさんは現実主義者ですもの」
「でも、少しくらい怖がった方が意外性があって可愛いと思うんだけどな」
「コトミさんの仰るとおりですわ。演技でもいいので怖がってくださいね。容赦なく、えぐりこむように!」
「何をえぐるんだよ。ま、お愛想程度には怖がるよ」
「では、とりあえず今日は解散だな。我はモールにでも行って涼んでくる」
「コトミさん、わたくし達も出かけましょうか。たまには映画なんてどうです?」
「いいね。ボクも観たい映画があったんだ。ドルフィーナとソネザキも一緒にどう?」
「余は遠慮しておこう。コトミはアクション映画ばかりだし、アンズは安っぽい恋愛物ばかり。どちらも趣味ではないのでな」
「安っぽいとは失礼ですわ。そういう貴方はアニメばかりじゃないのですの」
「でも、アニメもいいよね」
「まったくコトミさんの仰るとおりですわ。アニメはとても素晴らしいです」
「相変わらず風見鶏でも驚くレベルだな。で、ソネザキはどうするのだ?」
「私も遠慮しておくよ。買いたい本があるから」
これからの行動をあっさりと決めて、夏休みの一日が始まった。
* * *
「怪談大会とは参ったなぁ」
モールの本屋にて、棚に並んだ背表紙を見ながらソネザキがこぼす。
「苦手なんて言えない雰囲気だったし」
ようやくお目当ての本を見つけ、取ろうとした時だった。
「あ、ソネザキさん」
後ろからの声に慌てて手を引っ込め、顔を向ける。
クラスメイトの副委員、チトセだった。
いつも通り、穏やかな表情で微笑んでいる。
「なんだチトセか。びっくりしたよ」
「ごめんなさい。あの、驚かせるつもりなんて全然なかったんです」
「嫌だな、責めてるわけじゃないよ」
苦笑するソネザキ。
チトセは良く言えば控え目で遠慮がち、悪く言えばオドオドと周囲を気にしてばかりいる。
「こんなとこで会うなんて珍しいね。ひょっとして、ミユちゃんに何か頼まれた?」
「流石に休日まではないですよ」
チトセの真面目すぎる性格が災いしてか、学校では教官のミユに雑用を押し付けられてばかりだ。
「早急に必要な本が出来て、買いにきたんです」
「どんな本?」
「えっと、あ、これです」
そういうと並んでいた本を手に取った。
タイトルは『怪談を快談に変える百のヒント』。
ソネザキの探していた本と一緒だ。
「今晩、ルームメイトで怪談会をすることになったんです。私、そういうの苦手で。でも断りきれなくて」
「チトセらしいね」
あまりの偶然。
驚きを隠しつつ、相槌を打つ。
「泣いたりしたら格好悪いですし、だから、その、少しでも対策を練っておこうかなって思って」
恥ずかしいのだろう。
頬を微かにピンク色に染めながら、そう言った。
「ネットで調べたら、この本がとってもいいって書いてたので、急いで買いに来たんです」
「なるほど」
考えるところは一緒ということだ。
「実は、私もさ……」
「ソネザキさんはお化けとか怖がらないタイプですよね」
「え?」
「現実主義者だし、普段から落ち着いてる感じですし」
「あ、うん、まあね」
「私もしっかりしないといけないのは解っているんですけど」
「チトセは、今のままでいいと思うよ」
「そう、でしょうか」
「ほら、ウチのクラスは個性的なのばっかだし、チトセみたいにしっかりした子がいてくれないとさ」
「あ、ソネザキとチトセじゃん。珍しい組み合わせじゃねぇ? なにしてんのぉ?」
間延びした声に視線を向ける。
塗り壁が立っていた。
カールした髪にきついアイラインの目元。
艶やかなルージュに分厚いファンデーション。
休日と言えどもいつも通り、イスズの顔面重武装は健在だ。
「イスズこそ、本なんて珍しいじゃない」
「毎月メイク関連の雑誌買ってるっちゅーのぉ。ま、今日は違う本を買うつもりなんだけどさぁ」
「あの、どんな本ですか?」
「話すと長いんだけどぉ。今日さぁ、空調の調子が悪くってさぁ、怪談会をやることになってねぇ。でさぁ、アタシねぇ、そういうの苦手なわけよぉ。でさぁ、フユツキに相談したらぁ、怪談が怖くなくなるっていう本があるって言うからさぁ」
相変わらず脱力感たっぷりの話し方だ。
「それってこの本ですか?」
「あんまタイトル覚えてないんだけどぉ。そんな感じだったかなぁ」
「あの、店頭に出てるのは、これで最後みたいなんですよ。店員さんに聞いてきますね」
そう告げると踵を返して、小走りにレジの方に向かう。
「チトセってさぁ、なぁんでいつもオドオドしてんだろうねぇ」
「さあ、性分なんじゃない。そういうのって良く解らないけどさ」
ソネザキとしては、イスズの厚化粧も同じくらいの謎に思える。
「まあ、人のことはぁ、ぶっちゃけどうでもいいんだけどねぇ」
普段は愛想の良いイスズだが、時折冷めた面を見せる。
「この本、これで最後だそうです」
「そっかぁ」
「確か、地下にもう一件本屋があるよね」
「あ、そっちはぁ売り切れだよぉ。先に寄って来たからぁ」
「あの、良かったら、イスズさんにお譲りしますけど」
「いらないよぉ。チトセのが早かったんだしぃ」
「でも、その」
「いいからぁ。どうしても欲しいもんじゃないしぃ。あれぇ? ソネザキ、どうしたのぉ? 考え込んじゃってぇ」
「あ、ううん。なんでもないよ」
動揺をなんとか隠す。
「もう、お昼だし。どこかでご飯でも食べよっかと思ってさ」
「あぁいいねぇ。珍しい面子だけどぉ。チトセも来るっしょ?」
「え、あの、その迷惑でなければ」
「迷惑なわけないじゃんねぇ。クラスメイトなんだしぃ」
「そうだよ。一緒に食べよ」




