番外編4-2
「ま、我にとっては、このチームが家族のようなものだがな」
「ふふ、わたくしは末っ子だったつもりですが、いつのまにか大きい妹ができていたんですね」
「何を言うのだ、お前の方が妹だろう。身長的にも人間的にも」
呆れた口調にアンズのコメカミがぴくりと動く。
「ちょっと、ドルフィーナさん、冗談でも言っていいことと悪いことがあるんですのよ」
「冗談ではないぞ。普通に考えれば解るであろ」
「普通に考えれば壊れかけの機械人形の方が妹です」
「誰が壊れかけだ。まだ保障期間が四年も残っている」
「では不良品ですわね。カタログスペックの二割くらいしか性能を出てませんもの」
「失敬な! 四割弱は発揮しているぞ!」
「よ、四割って。そんなの自慢になりません!」
「オートマトンは周囲の環境で成長度合いが異なるのだ。お前みたいなお子様が近くにいるから我のスペックが低下するのだ!」
「そんなの言いがかりですわ! そもそも! ……はぁ、もういいですわ。止めましょう」
「同感だな。時間の無駄としか思えん。ここはクレーバーに決めようではないか」
「どういうことです?」
「このアニメで決めようではないか。先に怖がった方が負けというのはどうだ?」
「下らない話をいつまでも。まあ、いいですわ。どうせ、わたくしが勝つんですし」
「大した自信だな。だが、そう上手くいくかな」
腕組みをして、くくくと笑うドルフィーナ。
普段の訓練の成果か、実に堂に入っている。
「で、その下らないアニメは、どのくらいの時間があるのです?」
「三十分の十二話構成だから六時間だな」
「ろ、ろく!」
「待て待て。一度に全部観ようとは言ってない。とりあえず、一時間くらいでどうだ?」
「あぁ。良かった。そのくらいの常識はあったのですね」
「当たり前だ。こういうのはチマチマ分けるのが楽しいのだぞ」
「でも、お付き合いするのは今日だけですよ」
「解った解った」
「では、お茶を準備してきますわ」
* * *
五時間が過ぎた。
ドルフィーナとアンズは、抱き合った状態で固まっていた。
二人とも顔からは完全に血の気が引き、小刻みに身体を震わせている。
「あぁ、そっちに行っては……」
掠れた声で漏らすアンズ。
「もう、みんな殺された。誰も残っていないのだ。今更戻っても……」
ドルフィーナの忠告は消え入りそうなボリュームだ。
次の瞬間、画面に赤い色がぶちまけられた。
「ひぃぃぃ!」
「ひぁぁぁ!」
抱き合う腕にぐっと力を込めて、無様な悲鳴を上げる。
「酷い。酷すぎますわ。ロバートは、ロバートは、ただ、友人を一人でも救おうと戻っただけなのに」
「言うな、アンズ。ロバートもアンディもジェシカだって、みんな友人の為に犠牲になったのだ。彼らの崇高な魂は……」
ドルフィーナの言葉が止まった。
食入るように画面を見つめる瞳に、今まで以上の驚愕が浮かんでいた。
「そんな、ありえないであろ」
「ど、どういうことなのです? 酸素が漏れているって」
「漏れているのではない。ダクトが破壊されてたのだ」
「まさか、それじゃあ」
「そう、残ったクルー達も袋のネズミというわけだ」
十話の終了を告げるエンディングが流れ始めた。
「ドルフィーナさん、スキップですわ! 十一話を! 早く!」
「解っている。ちょっと待て」
素早くリモコンを操作すると、再びしっかり抱き合った。
* * *
それから一時間。
第十二話。アニメは最終話の山場に突入していた。
ガタガタと震えながら、強く抱き合う二人の瞳はすっかり潤み、頬は興奮して上気している。
「もう少し、もう少しですわ」
「なんとか逃げ切ってくれ。お前達三人だけでも」
聞こえるはずもないのに話しかける。届くはずもないのに無事を祈る。
二人は完全にのめり込んでいた。
「え? どうしてですの? もう少しで逃げられるのに」
アンズの瞳から涙がこぼれる。
「二人を逃がす為に、ブロディは残って時間を稼ぐのだ」
「でもブロディは……」
「確かにビリーと常にぶつかり続けていた」
「それにフランチェスカのことを愛していたのに」
「そこがなのだ。フラんチェスカはビリーだけを見ている。だからブロディは己を犠牲にしても二人を助けたいのだ」
「でも」
「我らにできることは何もない。ブロディの生き様を、その想いを胸に刻み込んでおくのだ」
「わかりました」
溢れていた涙をぐっと拭いて、再び画面に見入る。
クルー達を葬ってきた不可視の魔物が、懸命に逃げるブロディを追い詰めていく。
「あぁ」
血の海に沈むブロディ。
その瞳に、惨劇となった宇宙船から離れていくシャトルが映った。
と、静かなエンディングが流れ始める。
完の文字が浮かび、その後映像が消えてからも、ドルフィーナは余韻に浸るように画面を見つめていた。
「確かに恐ろしい作品だったが、良い作品だった」
ふうっと息を吐くと、アンズの方に目を移した。
アニメが終わり緊張が解けたのだろう。安らかな寝息を立てている。
もちろん、その腕はドルフィーナに抱きついたままだ。
「やれやれ、困ったお子様だな。我も充電しに戻りたいのだぞ」
アンズの小さな身体に腕を回すと体表温度を上昇させる。
そろそろ肌寒い季節だが、電気毛布並みの温度になっている自分がくっついていれば、風邪をひくこともないだろう。
「まあ、今日のところは仕方あるまい」
そういうと目を閉じた。
他の機能を消電モードに切替えたのだ。これで朝までは十分にバッテリーが持つ。
* * *
ソネザキはただ驚いて固まるだけだった。
朝食当番のアンズが起きてこないので様子を見に来たのだ。
何度ドアを叩いても返事がなく、非常用パスワードでロックを外して部屋に入った。
そこで目にしたのは、抱き合ったまま眠っているアンズとドルフィーナだった。
普段からは想像できないくらいの仲睦まじい様子に、唖然とするばかりだった。
「ソネザキ、どうしたの」
戸口で止まったままのソネザキに、コトミが声を掛ける。
「あ、ごめん。ほら、見てあげてよ」
そう言われて覗きこんだコトミも目を丸くした。
「ちょっとビックリだね。でも二人とも気持ち良さそうだね。もう少し寝かせてあげよ」
「しょうがないか。朝食は私が作るよ」
「ボクも手伝うよ」
二人の上にそっと毛布を掛けてやると、静かに部屋を後にした。
<Fin>




