番外編4-1
【一一月三〇日】
「アンズ、アンズ」
自室のベッドで眠りかけていたアンズは、自分を呼ぶ声に気付いて身体を起こした。
目を擦り、欠伸を噛み殺しながらドアに向かう。
「なんですの?」
ドアを開けると同時に不機嫌な声を出した。
「もう寝ていたのか」
ドルフィーナが意外そうに尋ねる。
「明日も休み。てっきり夜更かししていると思ったのだがな」
「先日の帰省で疲れていたのです。で、なんですの?」
「いや、ならいいのだ。邪魔して悪かったな」
「すっかり目が覚めてしまいましたわ。下らない用件だと思いますが、聞いて差し上げます」
そう言うとドルフィーナを部屋に招き入れた。
「相変わらず酷い部屋だな」
ドルフィーナがぼそりと漏らす。
アンズの部屋は夢見る乙女を絵に描いたような部屋だ。
それもやや歪んだ方向で、である。
淡い桃色の壁紙に、柔らかなピンクの絨毯。薄赤の家具達。
本棚には少女マンガが並び、床やベッド付近には可愛いヌイグルミが整然と置かれている。
「失礼ですわね。誰もが思い描く可愛い部屋ですわ」
「目くるめくピンクルームではないか。こんな部屋でよく生活できるな」
「ゴミ溜めに棲んでいる機械人形に言われたくありません!」
「何がゴミ溜めだ! 失敬な!」
顔を突き合わせ、いつもの低レベルな罵り合いが始まったが。
「止めよう。ソネザキやコトミがいないと終わらせ時がなくて疲れる」
「そうですわね。朝まで怒鳴りあっても時間の無駄。面白くもなんともありませんわ」
互いに大きく溜息をついて、話を先に進める事にした。
「で、なんですの?」
「実は通販でアニメソフトを買ったのだが」
「相変わらず無駄遣いばかりしているんですのね」
「人類文化を解しない奴はこれだからな」
「人類文化なんて大袈裟な、貴方が求めているのはサブカルチャーだけじゃないですか」
「サブカルチャーこそが文化を映す鏡なのだ。そんなことも理解できないとは、お子様というのは困ったものだ」
「誰がお子様ですの。大体アニメは子供が観る物。まあ、欠陥だらけの機械人形にはお似合いかも知れませんけど」
「誰が欠陥だらけだ。取り得のないチビっ子が!」
「失礼な! 屑鉄一歩手前の等身大玩具に言われたくありません!」
再び顔を近づけ怒鳴り合いを始めるが、すぐに吐息に変わった。
「二人だと、なんとなく盛り上がりに欠けるな」
「仕方ありませんわ。ギャラリーがいませんもの」
「話を戻すがな。このアニメはSFホラー作品なのだ。それもかなり怖いらしい」
「子供向けのアニメと低俗向けのホラー。まさに奇跡のコラボですわね」
「お前がどう思おうと構わんが、そういうことを外で言うなよ。ファンがいるんだからな」
「解っていますわ。こんな下らない会話をするのは、ここだけです」
「まあそんなことはどうでもいい。それほど怖いというのだから、一人で観るのは勿体無いであろ」
「ふうん。一人で観るのは怖いというわけですね」
「あ、アニメなんて、全然怖くないんだからね!」
頬を赤らめぷいっと視線を外すドルフィーナ。
「なんですの、それ。気持ち悪いですわ」
「これが旧世紀に流行ったツンデレというやつだ。都合の悪いことを華麗に回避する、言わば先人の知恵だな」
「この機械人形、変なことばかり覚えて。ホントに大丈夫なんですか?」
「失礼な質問をするな。成績だけで人は推し量れんものだぞ」
「他の部分を加味しても心配になるんですけど」
「真顔で言うな。へこむ」
「まあ、いいですわ。で、その下らないアニメを一緒に観ろと?」
「ふむ、シンプルに言えばそういうことだ」
「最初からそう言えば一分も掛からないのに」
「ゆとりが世の中には大切なのだからな。一緒に観ないか?」
「もちろん、お断りします。下らないアニメより睡眠を選択します」
あっさりと答えるアンズ。
対してドルフィーナは特に顔色を変える事もなく、妙に納得した風に頷いた。
「解った」
「あら、随分と物分りが良いのですね」
「まあな。怖くて観れないというのなら仕方ないであろ」
「む」
アンズが頬を膨らませ不快感を露にした。
しかし、そんな変化を意に留めずドルフィーナは続ける。
「泣き出されたり、ちびったりされてもたまらんからな」
「し、失礼な。わたくしは怖いと言っているわけではなく、時間の無駄だと……」
「そうだな。時間の無駄だな。解った解った。そうしておいてやろう」
「むぅぅ」
聞く耳を持とうともしない態度に唸るアンズ。
その紅潮した頬から彼女の苛立ちの程が見える。
「では邪魔したな。自分の部屋で一人で観るとしよう」
「お待ちなさい」
「ん?」
「機械人形の口車に乗るのは癪ですがいいですわ。観てあげようじゃありませんか」
「怖いのなら無理しなくても……」
「アニメを怖がるほど子供ではありません!」
怒鳴りながら床を踏み鳴らすアンズに、ドルフィーナはしてやったりな笑みを浮かべた。
* * *
「そもそも、どうしてわたくしなのです? コトミさんやソネザキさんを誘えばよろしいのに」
「確かにお前よりは素直に付き合ってくれそうな二人だがな。今回はホラーだけにな」
「あ」
アンズもようやく合点が言った。
「コトミはどんな作品でも、ご機嫌に笑いながら観るからな。風情がなくなる」
「確かにコトミさんは、そういうところがあります」
先日、皆で観に行った映画は感動の名作という触れ込みだった。
珍しく評判通りの秀作で物語の山場には、アンズもソネザキも目を潤ませていた。
が、コトミは最後まで笑みを浮かべたまま。
感想は「面白かった」の一言だった。
春頃に観に行ったスプラッタ映画もそうだった。
思わず目を背けるシーンの連続にも、笑顔を崩さず。
やはり「面白かった」というコメントを述べた。
「コトミの笑顔は愛らしくて好きなのだがな、作品にのめり込めなくなる」
「納得です」
「ソネザキは論外だ。あの件を忘れたわけではあるまい」
あの件とは、夏の終わりにチームで行った怪談会を指す。
「怪談がダメでホラーアニメがセーフとは考え辛い」
「まあ、確かに。ソネザキさんのことですから、ギリギリまでは我慢しそうですもんね」
「と、いうことで消去法で仕方なくお前になったのだ」
「まあ、妥当ですわね」
「あれ? 噛み付いてこないのか? 普段なら、消去法で仕方なくとは失礼な! とか言うであろ」
「二人でじゃれあっても、虚しさが残るだけです。逆にストレスが溜まりますわ」
「じゃあ、さっさと見るか」
「あ、待ってください。お茶を準備しますわ」
「新しいティセットを持ってきたと言ってたな」
「今度は割ったりしないで下さいね。当分、実家には戻りたくないので」
「なんだ? 親族同士の鞘当にでも付き合わされたのか?」
「オートマトンには解らないと思いますが、身内というものは時として煩わしいものですのよ」
「そう言ってやるな」
ドルフィーナが大きく息をついた。
「肉親というのは、ありがたいものなのだ。我らオートマトンが如何に高性能になろうと、決して手に入らない物なのだぞ」
「ドルフィーナさん」
普段見せない寂しげな表情に、アンズが言葉を失くす。




