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番外編3-2


                       * * *

 

 

 寮の浴室はかなり狭い。二人だと下手に動き回れない広さだ。

 

「ほら、背中洗ってあげるから」

 

 スポンジにもふもふと泡を付け、コトミの背中を優しく洗う。

 

 コトミの身体は脂肪が少なく、どことなく中性的な感じがした。

 

「コトミは、もうちょっと女の子らしくならないとね」

「むうぅ。胸とか全然大きくならないんだよ。どうやったらモガミ先輩みたいになるのかな」

「わ、私は、ふ、普通よ。普通」

「ウチのチームで一番胸が大きいのはドルフィーナなんだ。ちょっと羨ましくて」

「ん? あれってロボットでしょ」

「あ、そっか。一緒に過ごしてると、つい忘れちゃうんだよね」

「コトミらしいわね。ん? この腰のところにあるのは?」

 

 腰の右下に刺青が入っているのに気付いた。

 指先ほどの小さな文字が二つ。数字に見える。

 

「あ、それね。ボクが十八で、コノハは十九って書いてあるんだ。子供の頃からあるんだよ」

「なんの番号?」

「知らない。まあでも姉妹でお揃いだからいいかなって」

 

 どうにも奇妙な話にモガミが首を捻った。

 ナンバリングと考えると、不吉なイメージが沸いてくる。

 

「どうしたの?」

「ううん。なんでもないわ。今度は頭洗ってあげるから」

「自分で洗えるよ」

「ダメ。ほら、早く頭出して」

 

 その後交代、コトミがモガミの背中を流してから、狭い湯船にくっついて入る。

 

「ね、コトミ、学校は楽しい?」

「うん。すっごくね。毎日楽しいことばっかりだよ」

「そう、コトミはいい子だからね」

 

 腕を回して抱き寄せる。

 

「モガミ先輩は? 学校楽しい?」

「私?」

 

 学校は学ぶ場所であって、遊ぶ場所じゃない。楽しいとか楽しくないなんて質問自体がナンセンス。

 と、普段なら軽蔑した目で答えるところだが。

 

「楽しくやってるわ。クラスメイトで遊ぶのも悪くないし」

「ボクも皆と遊んだりするよ。チーム毎に分かれているけど、みんな仲良しだし」

「ふうん、珍しいのね」

「ミユ先生がみんな仲良くダラダラとって、いつも言ってるから」

「ダラダラと、ね」

 

 あの教官はダメだなと再認識。

 

「コトミは将来どうするの?」

「あんまり考えたことないけど。軍人になると思う」

「その先は?」

「退役したら、子供や孫に囲まれて幸せな老後を過ごすんだ」

 

 数十年を一気に飛び越えた。その心地良いスキップにモガミが声を出して笑う。

 

 軍に入ってからどうするのか、どの兵科に進みたいか、どこに配属されたいかを聞いたつもりだったのだ。

 

「なに? ボク、変なこと言った?」

「ううん。コトミなら幸せな結婚をして、子供に恵まれて、素敵な人生を歩むわよ」

「えへへ、だと嬉しいな」

「でも、結婚の前には、ちゃんと相手を紹介してね。どんな人間か見定めてあげるから」

「あはは。コノハやアンズちゃんにも同じことを言わてるんだよね」

「そのうち、ソネザキも言うようになるわ。間違いなく」

「どうしてだろ」

「それはね、みんながコトミを大事に想ってるからよ」

 

 そう言って、立ち上がった。

 

「あ、もう出るの? じゃあ、ボクの勝ちだね」

 

 モガミの動きが止まる。

 出ようとしていた足を引き戻し、湯船に浸かり直す。

 

「私は姿勢を変えただけよ。コトミの方こそ、無理しないで出たら? のぼせちゃうわよ」

「むむ、ボクは全然平気だよ。負けないもん」

「あっそ。直ぐに根をあげることになるわよ」

 

 負けず嫌い同士の二人が奇妙な勝負に突入した。

 

 

                       * * *

 

 

 就寝前のリビング、二人は色違いのパジャマスタイルで熱を冷ましていた。

 

「むぅぅ、納得できないよ」

 

 リビングのテーブルに座って不満そうに頬を膨らますコトミ。

 

「闘争は知恵を使った方が勝つの。いい勉強になったでしょ」

 

 対面でぐったりと突っ伏したままモガミが答えた。

 弱く浅い息を繰り返している。ガンガンと響く頭痛も辛い。

 

 痩せ我慢対決はモガミの勝利となった。

 湯船に浸かる事三十分、限界に差し掛かったモガミは強引な手に出た。

 コトミの背中に身体を密着させると、くすぐったのだ。

 なんとか抵抗しようとしたコトミだが、結局耐え切れず湯船から逃げ出した。

 

 そもそもルールのない勝負。機転を利かせて勝ったと言えなくもない。

 

「実際、私にはまだまだ余裕があったわ。でも、あれ以上コトミに無理させるわけにはいかないでしょ」

「そっか。確かにボクも限界に近かったし、あのまま続けてたら負けてたかも。はぁ、でも悔しいなぁ」

「私に勝とうなんて、まだまだ早いわよ」

「やっぱりモガミ先輩は凄いね」

「当たり前でしょ。百五十年に一人の逸材って言われてるんだから」

 

 のぼせてふらふらしようが口先は衰えない。

 流石のプライドと言うべきだろう。

 

 そんなモガミの言葉を鵜呑みし、敬愛のこもった純粋な目を向けるコトミ。

 

「ホントに可愛い子ね」

 

 重い頭をなんとか持ち上げると手を伸ばしてコトミを撫でる。

 今日何度目かになるスキンシップだが、その度にコトミは実に嬉しそうに目を細めるのだ。

 

「コトミみたいな子が近くにいれば……」

 

 いつも一人で過ごさなくて済むのに。

 

 こぼれかけた続きを慌てて飲み込んだ。

 そんな風に考えた事なんて今までない。ないはずだ。

 優秀な指揮官として、優秀な軍人として進むの為には、情に流される事があってはならない。

 

 しかし、もし、万が一。

 コトミが危機的状況に陥った場合、自分は冷静な判断ができるだろうか。

 小事として切り捨てる事ができるだろうか。

 答えは……。

 

「どうしたの?」

「ううん。なんでもないの」

 

 続きを待つコトミに優しい笑みを見せる。

 

「私も甘っちょろいとこがあるのね」

「ん?」

「さて、そろそろ寝よっか」

「うん!」

 

 コトミの部屋に移動。二人で並んでベッドに入る。

 

 おやすみを交わして消灯した。

 数分後、モガミが眠りの世界に落ちようとした時だった。

 

「先輩、今日はありがと」

「どうしたの改まって」

「ボクは妹しかいなかったから。あんまり年上の人と過ごしたことがなくて。なんかね、なんかね」

 

 えへへと照れながら続ける。

 

「お母さんってこんな感じなのかなって思って」

「お母さん、ね」

 

 年齢的にも、それほど離れてはいない。

 モガミとしては、せめてお姉さんに留めてもらいたいところだ。

 そう伝えようと口を開きかけたが。

 

「ま、別にいいわ」

「え? なに?」

「甘えたくなったら、いつでも甘えさせてあげるから」

「うん」

「でも、コトミは偉いわね。ずっと頑張ってきたんだもの。辛いことも一杯あったでしょ」

「あはは。正直、上手くいかないこともあったけど。一人じゃなかったから平気だったよ。コノハもいたし、友達も沢山いたし」

「そう」

 

 私はずっと一人だったなと考える。

 

「ボクはね、軍人になったらみんなを護る為に戦うんだ」

「コトミなら、いい軍人になれるわ」

「なれるかな。座学とか苦手なんだけど」

「大丈夫よ。私が保証してあげる。二百年に一人の逸材って言われてる私が言うんだから」

「うん。ありがと」

 

 答えながら、小さな欠伸を漏らした。

 

「ふふ、もう寝ましょう。ほら、もうちょっとこっちに来なさい」

「え? あ? えへへ」

 

 ぐっと抱き寄せるモガミに少し驚いたが、直ぐに嬉しそうな声に変わった。

 

 

                       * * *

 

 

「疲れましたわ。ティセットを取りに戻っただけでしたのに」

 

 早朝、寮に戻ってきたアンズが大きく溜息をこぼした。

 

「とは言え、わたくしも気をつけないといけませんわね」

 

 アンズが戻る数日前に祖父が入院していた。

 幸い大事ではなく直ぐに退院できるとの事だが、これを期に後継者争いが始まるのは間違いない。

 

 財閥の運営に興味のないアンズとは言え直系の末娘。

 傍系連中から見れば扱いやすそうな駒であるし、兄弟達から見ると油断ならないライバルの一人だろう。

 

「あぁ、まったく下らないですわ。わたくしは小ぶりな会社を二つ三つ貰えれば十分ですのに」

 

 ぶつぶつと愚痴りながら、キッチンへ。

 下げていたバッグからティセットを取り出して手際よく水洗い。

 

「あぁもう、イライラしてきますわ。ドルフィーナさんをからかわないと気が済みません」

 

 綺麗に水分を拭き取ると、丁寧に棚に入れた。

 

 以前使っていた物と変わらないクラスのティセット。

 アンズ的には「まあまあ」というレベルだ。

 もう少しいい物を使いたいが、見た目が豪奢な物だとルームメイトが変な気遣いをしかねない。

 

「そう言えば、ドルフィーナさんは定期メンテでしたわね」

 

 ふと思い出した。

 

「ソネザキさんも出掛けているはず」

 

 玄関に靴がなかったので、まだ戻ってないはずだ。

 

「ということは」

 

 ごくりと喉を鳴らす。

 

「今、ここにはわたくしとコトミさんのみ。愛し合う二人だけ間。こんな状態では間違いが起こっても不思議ではないはず。いや、むしろ起こってこそ当然」

 

 暴走し始めた思考。

 鼻息を荒くしながら、妄想は更に膨らんでいく。

 

「そうですわ。あれほど陰鬱な帰省を乗り越えたのです。このくらいの悦楽を貪るのは当然の権利なんです」

 

 コトミの部屋に駆け込みそうになる自分を、それでもぐっと抑える。

 

「いけません。焦りは禁物ですわ。まずはシャワーを浴びて身体を綺麗にしておかないと」

 

 急いでバスルームに。

 カラスの行水すら裸足で逃げ出す速度でシャワーを済ませると、バスタオルを巻いたままの姿でコトミの部屋に向かう。

 

 血走った目に荒くなった呼吸。

 一歩間違うとかなり危ない状態に見えなくもない。

 

「この時間ならコトミさんは、まだ眠っているはず。勝利はわたくしのものです」

 

 誰に対して、いや、そもそも何に対してかの勝利宣言かは不明だ。

 

 一応はドアを軽くノック。

 寝起きの悪いコトミが出てくるはずがないのを見越しつつも、一種のアリバイ工作だ。

 

 と、予想に反してドアが開いた。意外な展開に驚くアンズ。

 しかもそこに立っていたのは。

 

「なに、その格好。アンタ、変態?」

 

 モガミだった。

 

 切れ長の目に溢れんばかりの軽蔑を浮かべながら、冷たい言葉を投げてきた。

 

「あの、どちら様でしょう?」


 対してアンズは呆けた声で間抜けた質問をしてしまう。

 

「あのね、私はアンタが変態かって聞いてるの?」

「し、失礼な! わたくしは……」

 

 アンズの感情的な反論は途中で止められた。

 

 モガミが身体に巻いていたバスタオルを乱暴に毟り取ったからだ。

 

 咄嗟に手で隠そうとするが、その隙を見逃すモガミではない。

 

 素早くアンズの足を払って引き倒すと、背中に膝を置いて右腕を捻り上げた。

 

「そんな汚らしい格好でコトミの部屋に来る変態には、ちゃんとお仕置きしてあげないとね」

「き、汚らしいとは失礼な。ちゃんとシャワーを、痛っ!」

 

 ぐっと力を入れてアンズの訴えを遮る。

 

「いい? 今度、下衆なことを考えてコトミに近づいたら私が許さないわよ」

「下衆だなんて、わたくしは、わたくしはただ……痛っ!」

 

 もがくアンズだが、完全に極められた腕ではどうにもならない。

 

「解ったの。それとも折られないと解らない?」

「あぁ! 解りました! 解りましたから!」

「まったく」

 

 ようやくにして手を解くと、腕を押えて蹲るアンズにタオルを拾って渡してやる。

 

「ほら、そんな貧相な身体を見てても楽しくないわ。さっさと服を着てきなさい」

「くっ!」

 

 羞恥と屈辱に顔を真っ赤にしながら、アンズは一先ず自室に引き下がった。

 

 数分後、部屋着のジャージ姿でリビングに戻る。

 表面上はにこやかに、内心は報復の意思が渦巻いていた。

 ところが、顔を見せるなりモガミに組み伏せられ、隠し持っていた銃を全て取り上げられた。

 

「尊敬すべき先輩に銃を向けようだなんて。本来なら腕のニ、三本もへし折ってあげるところだけど、コトミに免じて許してあげるわ。今回だけね」

 

 奪った四丁の銃に呆れながらもモガミが告げた。

 

 口先だけの脅しを言う人間ではない。しかもそれを実行できるだけの技量を持つ相手。

 悔しいがぶつかるには厳しい相手だとアンズは悟った。

 

「アンタ、コトミとは親しいのよね」

 

 リビングのテーブルでアンズを対面に座らせると、モガミは単刀直入に切り出した。

 

「どのくらいの付き合いなの?」

「それを聞いてどうしようと言うのです?」

 

 真意が読めず返答に揺らすアンズに、モガミは更に質問を重ねる。

 

「コトミの腰、右の方に変な痣があるのを知ってる?」

 

 その問いにアンズの表情が微かに強張った。

 

「そう、知ってるのね。で、コトミとはいつからの付き合いなの?」

「わたくしとコトミさんは幼馴染み。幼少の頃から親しくしていますわ。でも、どうして貴方が、そのことをご存知なんですの?」

「昨日、一緒にお風呂に入った時に気が付いたの」

「いいいいいいいい一緒にお風呂! わわわわわわわわわわわたくしですら、ここ数年はご一緒していないというのに」

「あのね。女同士なんだから、一緒にお風呂に入っても、一緒に寝ても問題ないでしょ」

「いいいいいいいい一緒に寝るなんて! わわわわわわわわわわたくしのコトミさんの純潔を……をがっ!」

 

 アンズの喚きを鋭い平手打ちで止めると、

 

「変な言い方しないで。そういう趣味はないの」

 

 苛立ちを多分に含んだ一言をぶつける。

 

「まったく、こんなのと長い付き合いだなんて。コトミが可哀想になってくるわ」

 

 大きく溜息をついて愚痴る。

 

「で、あの十八ってのは何の意味があるの? 知ってるんでしょ」

「わたくしにだって解らないことはあります」

 

 真面目に落ち着いた声で事実を答えた。

 

「そう」

 

 モガミは手短な返事をすると、顎に手を当てて考え込む姿勢を取る。

 

「財閥のガキが、簡単に得られない情報となると。政治的中枢に関わる物か、軍の機密事項。前者は金でなんとかなるから、後者と考えるのが妥当ね。よし、解ったわ」

「何か手があるんですの?」

「ソネザキに調べさせるわ。あの子、ソネザキ准将の孫娘でしょ。機密情報を覗く趣味もあるみたいだし」

「ちょっと待って下さい。ソネザキさんはコトミさんの刺青についてはご存知ないんですのよ」

「教えてあげればいいじゃない」

「そんなのできませんわ」

「言い難いの? じゃあ、私が言ってあげる」

「そういう問題ではありません! 個人の秘密は漏らすべきではないと言っているのです。不用意に広がって、コトミさんの迷惑になったらどうするのです!」

「あっそ。じゃあ、アンタが代わりに調べてくれるのね。アンタの家の名前と財力を使えば、ソネザキが掴める程度の情報なら簡単に揃うわよね」

 

 アンズが言葉を失う。

 モガミの術中に見事に嵌ったからだ。

 

 ソネザキに情報を開示する事をほのめかし、無理やりアンズの、正確にはアンズの家の協力を引き出した。

 

「食えない人ですわね」

「それって褒め言葉のつもり? ま、子供に知恵比べで勝っても自慢にならないけど」

「解りました。コトミさんのためです。わたくしも調査を進めてみます。ところで、一つお伺いしてもよろしいかしら?」

「ん、聞くだけなら自由よ。答える答えないは私が決めるんだし」

 

 横柄な言い方に、アンズは苛立つ心を懸命に抑える。

 

「貴方がコトミさんの為に動く理由が解りません」

「アンタさ、ホンキで言ってるの?」

「は?」

「そんなのも解らないなんて。どこにでもバカっているのね。呆れるわ」

「ちゃんと答えなさい!」

 

 声を荒げるアンズにモガミが冷たい視線を向けた。

 

「先輩に対する言葉遣いがなってないわね。ちょっと礼儀っていうのを教えてあげよっか?」

「う」

 

 その殺気のこもった目にアンズは気圧されてしまう。

 

 自身の持つ戦闘能力への自負、自分の行動を常に正しいと断言できる意思、そして相手に対する多分な加虐性。

 それらが交じり合った視線は、既に学生を超えて一人前の戦士としての力を持っていた。

 

「まあ、いいわ」

 

 意外にもモガミは直ぐに矛を収めた。

 アンズの顔色で、効果は十分と見たのだ。

 

「理由だっけ? コトミの、あの透き通った笑顔を護ってあげたいだけよ。それで十分でしょ」

 

 アンズが驚く。

 この横柄な相手が、真摯にコトミを想っているという事に。

 

 同時に、アンズがコトミに対し抱く感情とは、やや異なったベクトルであるとも感じた。

 同じ情でも家族や親類に向ける物に近いだろう。

 となれば、上手く扱えばライバルではなく協力者となりうる。

 敵に回すよりも何倍も有益だ。

 

「コトミさん想う気持ちに差はないようですね。つまりわたくし達は同志。これからは良き先輩として、わたくしを導いてくださるようお願いいたします」

 

 深々と頭を下げた。

 

「敵にするよりは利用して味方にってことね。そういう考えは嫌いじゃないわ。私もアンタの家の力は便利だし、可愛がってあげる」

「随分とハッキリ仰るんですのね」

 

 モガミの言葉に、アンズは頬を緩ませた。

 

 本音を隠さず口にできる。このタイプの人間は油断ならない分信用できる。

 財閥の一員として人を見てきたアンズは、そう判断した。

 

「では、利害の一致する範囲で協力しましょう」

「そう言ってくれると私もやりやすいわ」

 

 差し出されたアンズの手を、モガミが握り返す。

 

 卓越した能力を持つ歪んだ人間性の少女と、卓越した財力を持つ歪んだ人間性の少女。

 二人はコトミという共通の護るべき存在の為に手を組んだ。

 

「ただいま」

 

 と、ドアが開いてソネザキが姿を見せた。

 

「もうさ、色々と疲れちゃったよ。お土産を貰ってきたから、後でみんなで……」

 

 しばし呆然。

 

 モガミがリビングに座っていたからだ。

 そしてその対面にアンズ。有りえない絵だ。

 

 演習時の因縁。更にモガミはコトミを気に入っている。

 嫉妬深いアンズには排除すべき敵になるはず。

 

「おかえりなさい、ソネザキさん」

「おかえり、ソネザキ」

「あ、うん、ただいま」

 

 二人に声を掛けられ、我に返った。

 

「あの、モガミ先輩、どうしてこの部屋に?」

「もちろん、後輩達の顔を見に来たのよ。文句ある?」

「いや、文句はないですけど」

「ソネザキさん、失礼ですわ。モガミお姉様が、折角いらして下さったのに」

「いいのよ。私は、アンズやコトミと楽しい時間を過ごせただけで十分だから」

 

 笑顔を交わす二人に、ソネザキは異次元に迷い込んだ気分になってきた。

 

「どうしたの? ぼけっとして、いつにも増してバカみたいよ」

「なんて言うか、二人はそんなに仲良かったかなって」

 

 ソネザキの当然の問いに、

 

「尊敬すべきお姉様と仲良くするのは当然のことですわ」

「こんなに可愛い後輩を邪険に扱うわけないでしょ」

 

 声を揃えて即答する。

 

「いや、まあ、ならいいんだけど」

 

 どことなく不自然な空気だが、あまり触れない方が良さそうだと判断する。

 

「お土産にクッキーを貰ってきたんだ。お菓子作りが得意な友達がいてね」

「それは嬉しいですわ。新しいティセットもありますし、お茶にしましょう。お姉さまもご一緒してくださいますわよね」

「そうね。迷惑じゃなきゃだけど」

「迷惑だなんてとんでもないですわ。ね、ソネザキさん」

「あ、うん」

「ではわたくし、準備を致しますわ。実家からフルーツを頂いてきたんですの」

「私も手伝ってあげる」

「ありがとうございます。お姉さま」

 

 ふふふと笑みを交わしながら、キッチンに向かう二人。

 

「質の悪い都市伝説みたいだよ」

 

 呟くソネザキ。

 

 二人の仲睦まじい様子よりは、ベッドの下に潜んでいる殺人鬼の方が爽やかさがある。

 

「じゃあ、コトミを起こしてくるよ」

 

 そう告げると「こ」と書かれたドアまで向かう。

 

 ノックする事三回で、コトミが姿を見せた。

 

 ふらふらと揺れる頭に、ぼんやりとした顔、どことなく焦点のずれた目。

 まだ半分は眠りの世界を漂っている。

 

「おはよ、コトミ」

「ソネザキ、生きてたんだね」

「生きてたって」

「あの爆発に巻き込まれたら、絶対に助からないと思ってた」

 

 コトミの夢では壮絶な爆死をしたようだ。

 衝撃の事実にソネザキが思わず苦笑する。

 

「良かった! 良かったよ!」

 

 そう言うといきなり抱きついてきた。

 半ば体当たりに近い一撃に、ソネザキは堪えきれずに後ろに倒れてしまう。

 

「もう、絶対離さないから!」

 

 ぐっと力を込めるコトミに、ソネザキは照れつつも軽く腕を回した。

 

「随分と仲良しなのね、ソネザキ」

「羨ましい限りですわ、ソネザキさん」

 

 地面の底から響くような怨嗟に満ちた声が二つ。

 

 ソネザキが恐る恐る目を向ける。

 

 直ぐ近くに、二人が立っていた。

 表情の消えた顔で、小ぶりな果物ナイフを手にして。

 

「仲良きことは美しきかなって言うけどね。風紀的な問題は別だと思うんだけど」

「お二人の仲を邪魔する気は毛頭ありませんが、どうにもフェアじゃない気がしますわ」

「こ、これはコトミが勝手に」

「そうね。コトミが勝手にね」

「そうですわね。コトミさんが勝手にですわね」

 

 平坦な声色で繰り返すモガミとアンズに、ソネザキから真空ポンプ並みの勢いで血が引いていく。

 

「むにゃむにゃ、大好きだよ、ソネザキ」

「ふうん、大好きだってさ。良かったわね、ソネザキ」

「何か答えて差し上げたらいかがです、ソネザキさん」

 

 

                                  <Fin>

 

 




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