【14-01】
●二二時〇七分●
「では、わたくしはそろそろ休みますので」
「我も休む。今日は動きすぎた」
「じゃあ、ボクも。ソネザキ、後はよろしくね」
「みんな、お休み。また明日ね。あ、ドルフィーナ、明日は寝坊しないでよ」
挨拶を済ませると、それぞれが自室に引き上げていく。
寝る前、ひと時の団欒が終わると、居間は急に広くなったような気になった。
小さくを息をつくと、ソネザキも腰を上げる。
明日は食事当番。
今朝みたいな無様な事がないよう、準備を整えておかねばならない。
「それにしても長い一日だったよ」
米をとぎながら、なんとなく口にする。
今日一日で随分と色んな事を考えさせられた。
少しずつでも自分に変えていきたい部分ができたのは、成長の兆しだろうと思う。
もっとも、人間がそう簡単に変わらないだろうが。
炊飯器のタイマーを入れると、明朝に調理する食材を準備する。
明日は野菜を中心にしたノンオイルのヘルシーメニュー。
これで今日のカロリー超過をカバーする。
年頃の乙女は考えねばならない問題が多いのだ。
「さて、これで終わりかな」
愛用のエプロンを外して終了宣言。
時計は二十二時四十分。三十分ちょいで用意を済ませられた自分に密かに満足する。
自室に戻ろうと踏み出したところで、ふと足を止めた。
「自分を変える、か」
そう呟いて、しばらく考えた結果、方向を変えた。
向かったのは自室と反対側の壁に備え付けられた、外部連絡用の通信機。
立体ディスプレイにコール番号入力用の小型キーボード。
それにヘッドフォンとインカムからなるヘッドセットが付属しているという簡素な物だ。
ヘッドセットを付けると、記憶している番号を叩く。
ほどなくコール音が聞こえてきた。
一回二回三回。
繰り返すたびに鼓動が早くなるのを感じる。
四回五回六回。
極度の緊張で指先が震える。ごくりと喉が鳴った。
七回。
十回コールしてでなければ諦めようと思う。
八回。
出ないで欲しい。不思議とそう祈る。
九回。
不意にコールが途絶えた。
ディスプレイに眠気眼の少女が映る。
ショートヘアでソバカスの目立つ純朴そうな子だ。
「だれ? こんな遅くに」
「ごめん。寝てた?」
「そりゃ寝てるよ。明日も朝早いんだしさ」
「そう、だよね。ごめん」
「ん?」
「久しぶり、だよね。アヤ」
「んんん?」
ようやく意識がハッキリしだしたのか、アヤと呼ばれた少女の瞳がぐぐっと大きくなった。
「ソネザキ? ソネザキだよね?」
「久しぶり。元気そうだね」
「あ、ちょっと待って。マキ! マキ! ソネザキだよ!」
振り返って声を上げた。
「ハヤテも起こしてきて! 早く! ソネザキからなんだよ!」
バタバタと走る音が微かに聞こえた。
「ソネザキ、髪切ったんだ。一瞬、誰か解らなかったよ」
「ん、気分転換にね」
「もったいないなぁ。綺麗なロングだったのに。私さ、クセ毛じゃん、だから伸ばせないんだよね」
「アヤ、ソネザキからっぽい? ちょっと代わってよ」
割り込んできたハスキーな声に、アヤぷっと頬を頬を膨らませた。
「まだ話し始めたとこなのにさ」
「あとで、また代わるから」
アヤを押し退ける形で、違う少女が姿を見せた。
カールした髪の柔らかい印象の子だ。
「ソネザキ、おひさっぽいね」
「マキ、元気そうだね」
「元気だけが取り得っぽいからね。あ、髪切ったっぽいね。あんまり似合ってないっぽいけど」
ハッキリとダメ出しされると苦笑を浮かべるしかない。
「マキ、悪いけど代わって。ソネザキには言ってやりたいことがある」
「ちょっと、ハヤテ。今、私が話してるっぽいのに」
「無駄話ならいつでもできる。こっちの話の方が大事だ」
横から伸びた手がマキの襟首を掴んで、強引に引っ張った。
「もう、ちょっと! まだ話してるって言ってるのに!」
「うるさい。後だ、後」
三人目の少女ハヤテの顔が映る。
一重の目がクールな印象を与える少女だった。
「久しぶり、ハヤテ」
「逃げたアンタが今更何の用?」
痛烈な一言にソネザキが声を詰まらせる。
予想していたとは言え厳しい反応だった。
「ハヤテ、そんな言い方しなくてもいいじゃん」
「久しぶりに連絡くれたっぽいのに」
外野の非難を気に留める様子もなく、ハヤテが言葉を続ける。
「演習で惨敗した後、さっさと転校していったよな。アンタ、逃げたんだろ。私達、いやチームメイトだけじゃないよ。クラスの全員から」
「その通りだよ。ごめん。悪かったと思ってる」
素直に頭を下げるソネザキに、ハヤテが目を細めた。
「謝れば許してもらえると思ってるんだ。いい性格してるね」
「ハヤテ、言い過ぎだよ」
「そうだよ。もう過ぎたことっぽいんだしさ」
「うるさいよ。お前らも同じ気持ちだろ」
マキとアヤの声が消えた。
それは二人の気持ちが見える反応だった。
誰もが言葉を失い、じっとりと重苦しい空気が流れる。
「正直なとこを言うとさ」
口を開いたのはソネザキだった。
「みんなと顔を合わせるのが怖かったんだ。あの演習で私はみんなを放って逃げた。指揮者が部下を見捨てて逃げた。そう非難されるのが怖かったんだ」
「だから、次は仲間からも逃げたってわけだ。ご立派な指揮官様だね」
ハヤテの言は容赦がない。
「で、今日は何? ほとぼりが冷めたか様子を伺おうって腹かい?」
「違うよ。みんなに謝りたくて」
「何を謝るつもり?」
「何って」
「ハッキリ言うよ。今でもみんな怒ってる。マキやアヤだってね。愛想の良い顔を見せてるけど、それはアンタを気遣ってのことさ」
そこまで一気に言うと、ふうっと息を吐いた。
「なんで私達が怒ってるか。アンタ、解ってんの?」
「部下を見捨てて、自分だけ逃げるような……」
「んなこと、いつまでも怒ってるほど暇じゃないよ」
「じゃあ、惨めな負け方を……」
「アンタ、バカなの? 勝ち負けなんてのは時々だよ。勝つこともあれば、負けることだってある。そんなの子供でも知ってるさ」
他に思い当たる事がなく、ソネザキは黙り込んでしまう。
「やっぱりね。解ってないと思ったよ。そういう人間だって、私は薄々気付いてたしね」
「どういう意味?」
「アンタが、卑屈で暗い人間ってことだよ。明るい顔してさ、愛想よく振舞ってるけど。心では距離をおくんだよ。絶対に近づこうとしない」
近くにいる仲間に気付かない。
見ようともしない。数時間前、ユキナに言われた事。
逃げた負い目でなったんじゃない。前の学区でも、そうしていたんだ。
「ごめん。誰にも相談せず転校決めて、ごめん。みんなに挨拶もせずに転校しちゃって、ごめん」
深く頭を垂れた。
「いいよ。許してあげる」
意外なほどあっさりとしたリアクションに、ソネザキが顔を上げる。
「でも、私は善人じゃない。アンタの言葉を皆に伝えたりしない。アンタが自分の言葉で直接会って謝るんだ」
「直接って?」
「誠意ってのは見せないと伝わらない。だから、ちゃんと会って謝罪するのが筋なんだ。もちろん電話じゃダメ」
「そんなの無理だよ」
「無理なんかじゃない。簡単なことさ」
ハヤテが一呼吸置いた。
普段は感情を映さない一重の目に、珍しく強い想いがこもる。
「ソネザキ、戻って来いよ」




