【13-06】
「あのさ、クラスの指揮者は……」
「おでこちゃんだって言うんだろ。解ってるよ」
お肉を目一杯に頬張っているキリシマをチラリと見る。
「心配しないでいいよ。最初に彼女をリタイアさせるから」
「そうはさせないよ。ボクがキリシマを守るから」
割り込んできたコトミに、小さく肩を竦める。
「これはホンキで掛からないとマズイかな。まあ、楽しみにしているよ。それはそれとして」
きょろきょろと見回す。
「可愛いオートマトンの姿が見えないんだけど」
「ん、そう言えば」
「そちらの方が来て直ぐに逃げましたわ。まるで食器の陰からゴキブリが現れた時のような顔をして」
「ゴキブリ扱いか。やれやれすっかり嫌われちゃったね。でもいいかな。逃げる獲物を追うってのも悪くないし」
舌を出して唇をぺろりと舐める。なんとも嬉しそうな様子だ。
「じゃあ、来月の演習を楽しみにしてるよ」
最後に愛想の良い顔を見せて去っていく。
「やれやれ、やっと行ったか」
十分に離れたのを確認してドルフィーナが戻ってきた。
「すっかり苦手になってるな」
「我にアブノーマルな趣味はないのだ」
「わたくしには休日に薄暗い部屋で、ひたすらアニメを見るがノーマルとは思えませんけど」
「誤解を招く言い方をするな。漫画も読んだり、プラモを作ったりもしているぞ」
アンズの非難を良く解らない理屈でかわす。
「まあ、人それぞれってことだよね。休日は自分の好きなことをしなきゃ」
「そういうコトミはアンズに付き合わされて出かけることが多いじゃない」
「ソネザキさん、その言い方では、わたくしがワガママに付き合わせているみたいに聞こえますわ」
「現にそうではないか」
「お黙りなさい! この機械人形!」
「アンズちゃんと出かけるのは楽しいよ」
「ごらんなさい。コトミさんとわたくしは特別な深い情で結ばれているのです」
「特別に不快な情ね」
「ドルフィーナさん、今の言葉、何故か凄く不愉快に聞こえましたわ」
「気のせいだ」
「まあでもさ、たまには四人全員でお出かけもいいよね」
行き着いた結論は実にコトミらしい。
「今回の演習で生活に余裕もでそうだし、それもいいかな」
「そうですわね。サブカルチャーに浸りきった演算装置や、乙女らしい華やかさが理解できない年寄り思考が改善されるかもしれないですし」
「あのさ、年寄り思考って私を指してる?」
「もちろんです。まず支給品オンリーで固めた地味な部屋を……」
「でもさ、ボクは全部支給品ってのは良いと思うけど。無駄にお金を使ってないってことだし」
「コトミさんの仰るとおりですわ。ソネザキさん、これからも支給品に囲まれた生活を続けてください」
「はいはい。年寄り思考なんで、そうしますよ」
溜息交じりでソネザキが答える。
「アンタがソネザキね!」
不意に、甲高い喚き声が飛び込んできた。
反射的に目を向けたソネザキ達は驚いた。
そこに立っていたのが、どう見ても初等部入学したてとしか思えない女の子だったからだ。
頭の左右でお団子にまとめた銀色の髪。実に気の強そうな一重の目に、つんとした鼻。
偉そうに腰に手を当てて仁王立ちしているが、その子供っぽい容姿では威圧感は全くない。
むしろ、精一杯背伸びしている可愛さがある。
「ちょっとくらい良い成果を上げたからって……」
「あ」
我に返ったソネザキが素早くポケットからウエットティッシュを取り出し、急いで近づく。
そのまま女の子を抱き寄せ、小さな口と桜色のほっぺにべったり付いたバーベキューソースを拭き始めた。
「ちょっと、アンタなにすんの……むがが」
「喋らないで、綺麗に取れないから。もう、こんなにべったり付けちゃって。どうやって紛れ込んだの? コトミ、教官に知らせてきて。ドルフィーナとアンズはこの子を知ってる人がいるか周囲に聞いてきて」
矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「では、状況開始!」
「了解しました。状況を開始しま……」
「もう! 待ちなさいよ! アタチを誰だと思ってんの!」
鼓膜に直接ダメージを与えるような絶叫に、四人が動きを止めた。
「アタチはアンタ達と同い年なんだからね!」
「え、嘘」
「ウソじゃない!」
四人同時の呟きに、頬を真っ赤にして応えた。
「えっと」
唖然としつつもソネザキが話を進める。
「じゃあ、私達に何か用でも?」
「もちろんよ! 一つ目は、クラスを代表してお礼を言いにきたの!」
「どうでもいいが、キンキン喚くのはなんとかならんのか?」
「なによ! ロボットのくせに文句言うの? アタチだって好きで、こんな声じゃないのに!」
言い放つと、途端に目を潤ませる。
「ちょっとドルフィーナさん、謝りなさいよ。可哀想でしょう」
アンズが肘でオートマトンの腕を突く。
「謝れと言われても、我は何も悪いことを……。ああ、解った解った。我が悪かった」
「いいもん。全然気にしてないもん」
強がりな顔を作って、短い舌を出した。
実に子供っぽい仕草が微笑ましい。
「あ、ところでお礼って?」
「そうだった。ご馳走になってます。カナエクラスを代表してお礼を申し上げます」
「いいよ。そんなに気を遣わなくって」
と、ソネザキがある仮定に思い至った。
「あのさ。カナエクラスを代表してって言ったよね。君はひょっとしてクラス委員の?」
「ん、アタチがコンゴウだけど、なに?」
完璧な作戦立案と適切な指揮で、カナエクラスを束ねるコンゴウ。
あまりにイメージとかけ離れた容姿に、四人はただ目を見開くばかりだった。
「いや、別に」
「あっそ。で、もう一つの用事はね」
びしっと小さな指をソネザキに向けた。
「次の演習はアタチ達が勝たせてもらうんだから!」
「あ、いやね。私はこのクラスの指揮者じゃなくてさ」
「解ってるわよ。あのデコ女がクラス委員だって言いたいんでしょ」
焼いたトウモロコシを齧っているキリシマに目を移す。
「あんなの直ぐに退場させてやるんだもん」
「そうはさせないよ。ボクが守ってみせるから」
「なによ! アンタ!」
「妙だな。同じような問答を何度も聞いている気がするぞ」
「あら、奇遇ですわね。わたくしも先ほどから何度か耳にしているような」
「偶然だね。私もだよ。その度に気分が重ってくるんだよ」
次の演習では、ユキナクラスとカナエクラスが、イの一番にキリシマを狙って殺到するに違いない。
それもこれも自分のせいかと、ソネザキは考えてしまう。
「ソネザキ、ラッキーじゃないか。弾除けがあるのは有り難い限りだ」
「サイテーの発言ですわ」
「ふん、お前も同じようなことを考えているだろうが」
「し、失敬な。わたくしは貴方と違って口に出しませんもの!」
毎度の如くじゃれあい始めた二人に、ソネザキの溜息が大きくなる。
「とりあえず、解ったよ。次の演習は楽しみにしてるから」
「ふふん。じゃあ、覚悟しとくのね!」
そう残すと踵を返して、とてとて走っていく。
その速さはとても癒されるレベルだった。
「今日一日で随分とモテモテになったな」
「ホントに羨ましいくらいですわ」
「ったくお前らねえ」
「でも、ソネザキが評価されてるってことだから嬉しいよね」
「そういう考え方はありかな」
コトミの前向きなコメントに、ソネザキが小さく頷く。
「さ、下らない余談はこれくらいにして食事を続けようか。こういう恵まれた食事なんて、次はいつ食べられるかわからないからさ」
その後一時間。ゆっくりとご馳走を楽しんだ。




