【13-05】
* * *
がつっと箸がぶつかった。
じわじわと実に美味しそうに焼ける肉の数センチ上で、である。
「ちょっと、ドルフィーナさん、その箸をどけてくださらない? そのお肉はわたくしが目を付けていた物ですのよ」
「お前こそ箸を引っ込めろ。この肉は我が食べると最初から決まっていたのだ」
「オートマトンは人様に譲るのが当然ですわ。余剰カロリーは無駄に消費するだけなんですから」
「人間は常に慎み深い行動が要求されるはずであろ。社会のルールを早めに覚えるべきだ」
「なんと失礼な。これだから機械人形は嫌いなのです」
「なんと身勝手な。これだからお子様は嫌いなのだ」
両者のボルテージが上がり、それを反映して力が徐々に加わっていく。
結果、絡み合った箸がぐぐぐっと歪んだ。
「他にも肉があるんだからさ、そういう醜い争いは止めろって」
「ほら、ソネザキさんが呆れていますでしょ。さっさと箸をどけなさい」
「ほら、ソネザキがバカにしているだろうが。とっとと箸をどけるのだ」
簡易バーベキューセット、使い捨てコンロに炭がセットになっている物、がチーム毎に支給され、生徒達は広場で楽しい夕食に入っていた。
もちろん、ソネザキ達も適当に陣取って肉を頬張っている。
コトミの姿が見えないのは、食材の追加を取りに行っているからだ。
「やれやれ」
真剣勝負の鍔迫り合いの如く、決死の形相で箸を押し合う二人のチームメイトに溜息を溢すと、ソネザキは周囲をのんびりと見回した。
家畜動物について熱弁を振るっているおでこちゃんキリシマと、相槌を打ちながらも肉が焦げないようせっせと世話をするチトセ。
その向こうには、普段の半分くらいの化粧になっているイスズが、アオイとアカネに軽口をぶつけている。
もちろん、そのやり取りを相変わらず無言で見つめているフユツキの姿がある。
もう少し先、建物の陰になっている地味な場所にいるのはジミー・ザ・カルテット。
タカコ、アブクマ、マヤ、キヌガサだ。
いつも通り、いつもと変わらないはずの光景。
だが、それから受ける印象は昨日とはまるで違う。
何が違うのか、それを明確な言葉にできないもどかしさだけがある。
「あぁ!」
「あぁ!」
微妙にハモったアンズとドルフィーナの悲鳴に近い声が、ソネザキの思考を遮った。
慌てて目を向けると、唖然とした表情の二人を、実に満足そうに見つめている少女が一人。
その見知った顔に思わずソネザキが息を呑む。
「下らない争いのもとを取り除いてあげたんだから、お礼の一つくらい言ったらどう?」
もぐもぐと口を動かしながら、細面の整った顔に不似合いな高圧的な言葉を投げつける。
「なにその目? 私はお礼を言えと言ったのよ。恨みがましい目で見ろって言った覚えはないんだけど?」
小さく首を傾げた。
短く切り揃えた髪が微かに揺れ、高等部最優秀生徒に与えられる銀の髪飾りがキラリと光る。
「な、なんですの! 貴方は!」
「貴方の先輩、あくまで立場的に言えばだけどね」
その少女、モガミは至極面倒そうに答えると、アンズの直ぐ前で食べ頃に焼けてた肉を箸で摘んだ。
「あぁ!」
アンズの声も気にせず、そのまま口に運ぶ。
「い、一度ならず二度までも」
「あら、怒ってるの? この程度で怒るなんて随分と安っぽいお子様ね。廃棄寸前のオートマトンと気が合うのも解るわ」
「言わせておけば……」
「なんなら、その貧相なお尻の銃を抜いてみる? もちろん、私も容赦しないけど」
口元に嘲笑を残したまま、目つきだけが鋭くなった。
その威圧感に圧され、アンズが無意識に半歩下がる。
「あの、モガミ先輩」
ソネザキがなんとか状況を打破しようと声を絞り出した時、
「追加のお肉を貰ってきたよ」
殊更明るい一言が飛び込んできた。
「あれれ? モガミ先輩、どうしたの?」
「どうしたの、ではなく、どうしたのですか、でしょ」
ふっと小さく息を吐いて、アンズからコトミに視線を移した。
「あはは。敬語って良く解んなくて」
「ホントに困った子ね」
微かに頬を緩めると、手を伸ばして頭を軽く撫でる。
「で、先輩、どうしてここに?」
「もちろん、コトミの顔を見に来たのよ」
「な!」
「ちょっと落ち着け、アンズ」
「離しなさい! この機械人形! わたくしのコトミさんに悪い虫が!」
「ったく、クズがうるさいわね」
もみ合っているアンズとドルフィーナを一瞥し、コトミに届かない音量で毒を吐く。
「あ、先輩も食べていってよ。今、追加のお肉を持ってきたから」
「ありがとう。でも、高等部は高等部で用意してもらってるし。それに……」
ふっと寂しげな表情を作って、アンズをちらりと見る。
「コトミの友達には嫌われてるみたいだし」
「そんなことないよ。アンズちゃんは理由もなく人を嫌ったりしないんだから。ね」
「も、もちろんですわ。わたくしは博愛精神に溢れていますもの」
にっこりと微笑みを見せた。
もちろん、噴出しそうな怒りを飲み込んでいるのだ。
眉間は不自然に痙攣してるし、口の端は微かに震えている。
耳を近づければ、奥歯を噛み締めるギリギリという音まで聞こえるだろう。
「コトミ、忠告しておいてあげるけど、友人は選んだ方がいいんじゃない?」
「友達って自然に繋がってできるものだもん。選ぶなんておかしいよ」
「ふうん、コトミって面白い子ね」
もう一度、頭を撫でる。
「あ、そうだ。もう一つ用事があったんだった」
視線をゆっくりとソネザキに向けた。
「アンタ、私の忠告に従わなかったわね」
「それは」
「安っぽい情に流されて被害を大きくするなんて、指揮官として最低ね。実戦だったらどうする気だったの? アンタのバカな指揮で死んだ兵に、どう詫びるつもりだったの?」
痛烈な批判、言い返す言葉もない。
「隊を指揮するという意味をちゃんと考えるのね」
「でも、ソネザキは……」
「いいんだよ、コトミ。先輩の言う通りだから」
溜まらず声を上げたコトミを、ソネザキが制する。
「ふん、まあ自分のバカさ加減が解ってるなら、まだマシね。最低のクズか、最低に近いクズか程度の違いだけど」
「そのクズに負けたのだがな」
呟くドルフィーナをギロリと睨みつけた。
ドルフィーナが、その殺気のこもった視線を正面から受け止める。
なんて事はせず、素早い動きでぺこぺこと頭を下げた。
「言葉が過ぎました。申し訳ありません」
「そうね、負けたのは事実だし」
あっさりと認めるとソネザキに顔を戻した。
「来年二月に中高対抗の模擬戦があるわよね。そこで借りを返すから。全力で、容赦なく」
「いや、あの、私はこのクラスの指揮官じゃなくて……」
「知ってるわ。あのおでこちゃんでしょ」
箸を振り回しながら、熱弁を振るっているキリシマを指差した。
「あんなの開始五分でリタイアさせてあげるわ。そうすればアンタが指揮を執らざるを得ないわよね」
実に嬉しそうな顔をして、恐ろしい提案をしてみせる。
モガミという人間の屈折した性格に、ソネザキやドルフィーナはおろかアンズですら薄ら寒さを感じた。
「そうはいかないよ。ボクがキリシマを守るから」
しかし、コトミはいつもと変わらない。
「コトミは友達想いなのね」
最後にコトミの頭を優しく撫でると、踵を返した。
「じゃあ、またね。先輩!」
見送るコトミに軽く右手を上げると、そのまま振り返ろうともせずに歩き去っていく。
モガミの姿が見えなくなると、三人が大きく息をついた。
「ふう。あの威圧感はたまらんな」
「あの人はホント怖いよ」
「まったく何様のつもりですの」
「確かに厳しいとこもあるけど、いい先輩だよね」
「幾分と興が削がれたが、バーベキューを続けるか」
「そうですわね。今、食べておかないと、いつ食べられるか解らないですもの」
過ぎ去った嵐に感謝しつつ、再び肉を焼き始める。
他愛ない会話をしつつテンションと肉が良い具合になってきた頃、ハルナがやってきた。
「やあ、ソネザキ。ご馳走になってるよ」
演習時の厳しさが抜け、またシャワーで汚れを落とした顔は、凛とした雰囲気を残しつつも愛らしさに溢れている。
「ソネザキ、任務達成おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
「敬語は止めてよ。同い年なんだからさ」
気さくにそう言うと、話を続ける。
「それにしても見事な活躍だったらしいね」
「いや、ミスばかりで」
「でも、勝った。つまり、君は強かったのさ」
「そう言ってもらえるのは、嬉しいけど……」
「だからって、私が負けを認めるには、まだ早いと思うんだ」
緩みかけていたソネザキの頬が強張った。
ハルナの顔に厳しさが戻っていたからだ。
「次の演習では、ウチのクラスが勝たせてもらうよ。圧倒的な力の差を見せ付けてね」




