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【13-04】

                       * * *

 

 

「お肉は美味しいのぉ〜美味しいのがぁ〜正義なのぉ〜」

 

 教官用輸送船の薄暗い廊下。

 

 聞くだけで精神が逆撫でされる微妙に音の外れた歌を口ずさみながら、ひらひらふりふりの服がスキップしていた。

 

「ハラミよりバラぁ〜バラよりロースぅ〜ロースよりカルビだよぉ〜こんにゃろぉ〜」

 

 右にふらふら左にふらふら、下手なステップをしながら、最深部の部屋から外までの道を進む。

  

 と、進行方向から近づいてくるスラリとした人影に気付き、

「あれれ、先輩、どうしたんですか?」

 やや舌足らずの甘ったるい声で尋ねた。

 

「今、生徒達には食事の準備をさせているところだ」

 

 ユキナが無愛想に答える。

 

「それにしても随分と御機嫌そうだな、ミユ」

「そりゃあもうゴキゲンですよ。お肉ですもん。奢りですもん。いやいや、持つべき物は優秀な生徒ですよねぇ」

 

 教官にあるまじき、実にミユらしいお言葉。

 

「まあ、それはいいだろう。ところで、何故手を抜いた?」

「まさかぁ、ミユが手を抜くわけないじゃないですか。ミユのクラスの生徒さん達が優秀過ぎた結果なんです。やっぱり担当教官が優秀だか……あがっ!」

 

 ユキナの拳骨が遮った。

 

 長身を利して打ち下ろす一撃。

 流石教官と言うべきか、ソネザキがドルフィーナを殴るのとは威力が格段に違う。

 

「寝言はどうでもいい、さっさと答えろ」

「手を抜いたわけじゃありませんってばぁ。ミユに油断があったんです。えっと、ほら、ネズミがどうのって言葉があるじゃないですか」

「窮鼠猫を噛むというやつか?」

「教祖? まあ、そんなやつです」

「確かにあいつらが想定以上の力を発揮したのは確かだが」

「そうですよ。これも担当教官が優秀だから……いぎっ!」

「いちいち寝言を挟まなくていい。相手は訓練中の生徒だぞ。奇襲を掛ければ、あっという間に壊滅できたろう。それをわざわざ各個撃破したり、ゴールまで引き込んだり。何を考えていたんだ」

「それは、その、えっと偶然が重なって……うぐっ!」

「無駄話に時間を割いている趣味はないんだ。早く答えろ」

「いちいち殴らないで下さいよぉ。自分がどれだけバカ力だと……えげっ!」

「まだ無駄口を叩くつもりなら、本気で殴るぞ」

「わかりました! わかりましたから!」

 

 度重なる拳骨にミユは今にも泣きそう。

 いやむしろ、四捨五入すれば号泣しているレベルだ。

 

「先輩の言うとおり、奇襲を掛ければ一分で壊滅できました。しかも、そのタイミングは一杯ありましたよ。でも、今の私は特殊部隊の工作兵ではないんです! 教官なんです! 可愛い教え子を指導する立場にあるんです! 懸命に頑張る彼女達を良い方向に導いてあげたかったんです!」

「今更に教官としての自覚が出てきたと言う訳か? まったくバカバカしい」

「じゃあじゃあ、聞きますけど、ミユが全力で容赦なく生徒達を制圧してたら、先輩はどうするつもりだったんです?」

「決まっているだろう。理由を聞くまでもなく半殺しだ」

「ほらほら、先輩もミユが正しかったと思ってるんでしょ」

「手段に問題があったとは思うが、いい経験になったはずだ。今後の糧にしてくれるだろう」

「そうです。ミユのクラスの生徒さんは、特に優秀なので期待大ですよ」

「だがな、各個撃破されるまで残ったのが、お前のクラスの生徒だけというのが解せん。ひょっとして、自分のクラス以外を優先的に排除したんじゃないだろうな」

 

 睨み付けるユキナから、

「そ、そそそんなことするわけ、ご、ごごございませんですよ」

 慌てて目を逸らす。

 爽快なほどに後ろ暗さを感じさせる態度だ。

 

「ミユ、私は嘘が嫌いだ。もしお前が正直に言うなら許してやる。しかし、咄嗟の嘘でこの場を切り抜けても、それがバレた時には容赦はしない」

 

 バレないと思っているのか? 

 

 言外に含まれた意図を汲み取り、ガタガタとミユが震え出す。

 

 その態度を見てれば、嘘をついているのを垂れ幕広げてアピールしているようなものだ。

 

「もう一度だけ聞くぞ。自分のクラス以外を優先的に排除したりはしてないよな?」

「あのあの、怒ったりしないですか?」

「正直に言えばな」

「殴ったりしませんか?」

「もちろんだ。約束してやる」

「ごめんなさい、ミユが悪かったです」

 

 いきなり地べたに座ると、額を床に擦り付けた。

 流石教官と言うべきか、一分の隙もない見事な土下座だ。

 

「なんでそんなことをしたんだ」

 

 ミユの傍に膝をついて尋ねる。

 

「だって他人のクラスなんて、どうでもいいですもん。むしろ来年の給与査定を考えると、さっさと退場してもらった方が……おごっ!」

「やれやれ、いつになったら教官としての自覚が身につくのやら」

「はうぅぅ……殴らないって約束……あがっ! いぎっ!」

「こんな程度が殴った内に入るか。触ってるだけだ」

 

 その後数回、ユキナ流のソフトタッチをしてから、ようやく立ち上がった。

 

「うぅぅぅぅ、絶対に恨み日記に書いてやるぅぅぅ。毎晩、五回は音読してや……うぐっ!」

「下らないことを言ってる暇があったら、さっさと立って部屋に戻ってろ」

「解りましたよぉ、部屋に……。へ、部屋にって、どういうことです!」

 

 床にへたり込んでいたミユが、ユキナの足にがばっとしがみ付いた。

 

「今から、バーベキューでしょ! お肉でしょ! お腹いっぱ……えげっ!」

「落ち着け」

「いちいち殴らないでくださいよお。これ以上、頭が悪くなったら、どうするんですか」

「心配するな。それが底値だ」

 

 そっけない反論にミユが頬を目一杯膨らませて不満をアピールしてみる。

 

「なんだ? その顔は、まだ殴られ足りないのか?」

「全然文句なんてありませんよ。ふんっだ」

「ふんっだ、じゃないだろ」

「おごっ!」

「ほら、さっさと部屋に戻ってろ」

「でも、バーベキューがぁ」

「お前がバーベキューに参加できるはずないだろ。早退したことになってるんだから」

「じゃあ、早退は取り消します」

「今更取り消せるか」

「ずっと庭の木の陰から見つめてたことにすれば、ごく自然で大丈夫なはずです!」 

「バカ言うな。そもそも早退と偽って、ゲストとして参加すると言い出したのはお前だろうが。軍人なら自分の発言に責任を持て」

「ミユはノリと愛嬌だけで発言してるんです! 責任なんて持ちたくありません!」

「寝言を力説するな」

「ふぎょっ!」

「とにかく、お前は生徒の前に出るな。わかったな」

「うぅぅ、あんなに頑張ったのに。こんな仕打ちが待っているなんて」

 

 よよよと泣き崩れるミユを残して、ユキナが腰を上げた。

 

「心配するな。お前の分も食ってきてやるから」

 

 その言葉にミユがきっと顔を上げた。

 ぼろぼろと涙を溢しながら睨みつける。

 

 しかし、焼肉風情で号泣する大人も珍しい。

 

「この鬼! 悪魔!」

「なんとでも言え、身から出た錆だ」

 

 冷たい一言を残すと、踵を返した。

 

「暴力女! 妖怪! 座敷童! 枕返し! お歯黒べったり! ケサランパサラン!」

 

 小学生レベルの悪口を投げつけるが、当然ユキナには効果がない。

 一顧だにせず、去っていく。

 

「そんな凶暴女だから男の子に相手にされないんです! まったく、後輩として情けないですよ!」

 

 ユキナが歩を止めた。

 

「大体ね。センスからしておかしいんですよ。告白のするのに、呼び出すのが校舎の裏だったり、体育館の裏だったり。普通は校庭の隅に立つ、伝説の木の下とかに呼び出すんです」

 

 音もなくユキナが振り返る。

 

 その口元から歯が覗いた。実に機嫌の良さそうな笑みだ。

 

「それだけじゃないですよ。告白の台詞もそうです。普通は愛を伝えるもんなんですよ。それなのに先輩ときたら、勝負とか訳のわかんないこと言ってみたりして……」

「済まなかったな、ミユ」

 

 瞬きする程度の刹那で、ユキナはミユの眼前まで戻っていた。

 

「情けない先輩で済まなかった」

 

 優しく告げると、ミユの頭の上にそっと手を置いた。

 

 ユキナの曇りのない笑顔に、ミユから血の気が引く。

 

「まあ、それはそれとしてだ。私の言いたいことが解るよな?」

 

 ユキナから笑みが消える。

 

 温度の消えた冷たい顔。

 それはユキナのコードネーム、百獣の王の覚醒を意味する。

 

「言い過ぎました。ミユが悪かったです。ごめんなさい。許してください。私は先輩のことが大好きだし、尊敬しています。ずっと一緒にやってきた親友同士じゃないですか。可愛い後輩の冗談に本気で怒ったりしませんよね。あの、ホントに心から謝りますから」

 

 ひたすら謝罪するミユに、ユキナは無言で首を振った。

 



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