【13-02】
「どうしたの? その顔?」
コトミが代表して声を上げる。
「落ちないのだ。どれだけ洗っても」
彼女の顔、完璧な美少女として作られた顔には、数センチ大の赤い染みが斑状に出来ていた。
「洗浄液使ったんだよね?」
コトミの問いに力なく頷く。
「ソネザキ、どういうことなんだろう?」
「人工皮膚だからじゃないかな。あの洗浄液は天然肌が前提だからね」
「うぅ、まさかこんな目に遭うなんて」
「っていうか顔で弾を受けすぎだよ。しかも至近距離でさ。どんなやられ方したんだよ」
「そ、それは……」
卑怯満載の『叩いてかぶってじゃんけんぽん』で負けました、とは言えない。
「不意を衝かれたのだ。卑怯と言えばそれまでだが、そこは相手の技量を褒めるべきであろうな」
「わたくしもですわ。正面から戦えばあんな品のない女に負けることはありませんでした」
「ソネザキ、その目はなんだ?」
「その疑念に満ちた眼差しは、どういうことですの?」
あまりの嘘に、つい生暖かい目になったソネザキを揃って非難する。
「別になんでもないよ。で、コトミは?」
不毛な会話は避けるのが賢明だ。
「ボクは正面から戦ったけど、手も足も出なかったよ。でも、今度は絶対に負けないよ。もっと練習して、もっと強くなるからね」
晴れやかな笑顔でそう答えた。
ポジティブシンキングは、コトミの大きな魅力の一つだ。
「まあ前向きなのはいいとして、今は眼前の大問題をどうするかが重要だ」
「大問題ってなんですの?」
「我の顔に決まっておろうが! こんなみっともない顔で人前に出れるか!」
声を荒げるドルフィーナ。
多感な乙女にとっては切実な悩みだ。
「洗浄液じゃなくてシンナーとか使ってみる?」
「肌が荒れたらどうするのだ!」
「紙やすりで削ってしまうのはどうでしょう?」
「それではただの拷問であろうが!」
「紙袋被って隠せば、楽しそうでいいかも」
「楽しくなんかないわ!」
ソネザキ、アンズ、コトミの提案を脊髄反射で却下。
「貴様ら! 真面目に考える気があるのか!」
「まったくないね」
「ありませんわ」
ソネザキとアンズが即答した。
普段の言動は大事だと思いつまされる。
「そう言わずにさ、方法を考えてあげようよ」
「コトミがそう言うなら、しょうがないか」
「コトミさんがそうおっしゃるなら、わたくしも異論はございません」
三人で首を捻り考える。
三人集まれば、すっごく賢い神様並の知恵がでるのだ。
「頭部を丸ごと交換するってのは?」
「酸で皮膚を溶かして張り替えるというのはどうでしょう?」
「いっそのこと、工場に返品してしまうってのは?」
「わたくし的にはリサイクル工場がよいと思いますが」
「貴様らなぁ」
「二人とも、ちゃんと考えてあげようよ」
流石のコトミも苦笑を浮かべる。
「しょうがないか。ちょっとこっち来てよ」
ソネザキの手招きでドルフィーナを呼ぶと、不満気に膨らませた頬を両手で掴んで顔を近づける。
「色が薄くなってる部分があるから、何日か経てば自然に落ちると思うけど」
「ちょっとソネザキさん」
アンズが服の裾を引っ張る。
「ん? なに?」
「今の状態は絵的にちょっと、なんというか」
ドルフィーナを指差し、小声で告げる。
オートマトンは目を閉じ、やや上向き加減で、口を尖らせている。
まるで接吻を待つ、夢見る乙女のように。
夢見る乙女とやらの顔に斑模様はないはずだが。
「どわぁ! なにしてんだよ!」
猛烈な悪寒を感じて突き飛ばす。
「いきなりなにをする!」
「気持ち悪い顔してんじゃないよ!」
「サービスだ。サービス」
「誰に対して、どんなサービスだよ!」
「まったく照れ屋さんは、これだからな」
ふふんと生意気な表情を作る。もちろん顔は斑模様だ。
「まったく胸が悪くなるよ。とりあえず、ファンデーションでも塗って隠しなよ」
「我ほどの美少女が化粧をするというのは、卑怯な気もするのだがな。まあ、いいだろう」
「アンズ、準備してあげて」
「了解しました。状況開始します」
踵を揃えて敬礼すると、待機室の隅に置いてあったペンキの缶を手にする。
色は安価で自然なオリーブグリーン。
「えっと、ハケはどこに?」
「そのペンキをどうする気だ?」
「決まっていますわ。ドルフィーナさんのファンデーションに……」
アンズの額にドルフィーナが頭突き。
ごつっと嫌な音が鳴った。
「はうぅ」
防弾装甲の一撃はかなりの威力だった。
負けん気の強いお嬢様も、力ない呼気と共に蹲る。
「ふん。天罰だ」
それなりに痛かったのか、少し涙目になったドルフィーナが吐き捨てる。
「おいおい、酷いことしてやるなよ。冗談が行き過ぎたのは謝るからさ」
割って入ったソネザキの後ろで、静かにアンズが立ち上がった。
「不良品のオートマトンが、不良品のオートマトンごときが、人間様に手を上げるなんて許せません。許せませんわ!」
いきなりソネザキを押し退けると、ドルフィーナの髪を掴んで、これでもかと上下に引っ張る。
「痛たた! こら! 止めろ! 抜けても自然に生えてこないんだぞ!」
「なら全部毟って差し上げますわ。その方がお似合いでして……ほがが」
ドルフィーナの手がアンズの頬を摘んで、これでもかと左右に引っ張る。
互いが痛みに耐えつつ、懸命に力を込める。が、両者の力は互角。まさに竜虎相打つという状態だ。
「止めなって! 二人とも!」
「ボクも混ぜて!」
期待に目を輝かせて、コトミが参戦を宣言する。
「ねね、ルールは? ほっぺを引っ張ればいいの?」
「痛たた。コトミちょっと止めてってば、痛いって! 解ったって! 参った参った!」
「それとも、髪の毛引っ張るの?」
「冗談は、止めてくだ……そんな乱暴な! ひぃぃ! ご、ごめんなさい! もうしません!」
「あ、やっぱり頭突きで勝負するの?」
「ぐっ! なんと言う石頭……あががが! ちょっと待て! 降参だ! 我の負けだ!」
「みんな降参したね。じゃあ、ボクの勝ち!
」
真っ赤になった頬を摩りながらソネザキが、ぼさぼさになった髪を手櫛で整えながらアンズが、今にも泣きそうな顔で額を押されながらドルフィーナが、三者同時に大きく溜息をついた。
「とばっちりもいいとこだよ。とりあえず、アンズ、ファンデーションの準備を頼むよ」
「解りました。そもそもこの機械人形のせいですわ」
不満をこぼしつつも、ロッカーから私物のファンデーションを取り出す。
「お前が素直にファンデーションを準備していれば済む話だろうが。こっちこそ被害者だ」
文句を言いながらも、アンズの前に座って大人しく目を閉じた。
次々と顔の斑点を隠していくアンズの手際良さにしばらく見入っていたコトミだったが。
「ね、お化粧が終わったら、第二ラウンドしようよ!」
瞳をきらきらさせながら、信じがたい提案を出してきた。
「冗談だろ。もう勘弁してよ」
「申し訳ありませんが、わたくしも遠慮しておきます」
「痛いのは苦手なのだ。我も拒絶させてもらう」
「ちぇっ、つまんないの」
三人のそっけない反応に、ぷっと頬を膨らませる。
「そうだ。ソネザキ」
そんな不機嫌な表情を一瞬でかき消し、ソネザキに笑顔を向けた。
「ん、なに?」
「今回の賞品なんだけど」
「あぁ、第一種支給品チケットね。夢が広がるアイテムだね。何か欲しい物でもあるの?」




