【01-05】
「ざ、残念だが、我に鉄は使われていない。つまり屑鉄にはならないのだ。だから落ち着け」
「ちょっと、止めなって」
振りほどこうとするドルフィーナ。銃を振り回すアンズ。二人を引き離そうとするソネザキ。
三者が低次元な揉み合いを始める。
そこで「こ」のドアが開いた。
「ごめんごめん。さっきはちょっと寝ぼけちゃって」
深緑のプリーツスカートと白いシャツに着替え、上着のブレザーと鞄を手にしたコトミがようやく姿を見せた。
数刻前は眠たげだった大きな瞳は元気に輝き、爆発的な広がりを見せていた赤味のある長い髪はポニーテールに纏められている。
「なになに?」
目の前で起こる騒ぎに、嬉しそうな声を上げた。
上半身はブラ、下半身はだぶだぶパジャマのオートマトン。拳銃を振り回しつつ喚いている幼馴染み。
その二人に挟まれて、苦しそうにしている冷静沈着な友人。
状況がまったく飲み込めない。でも楽しいイベントには違いないと判断した。
「ボクも混ぜてよ!」
持っていた物を投げ捨ててダッシュ。
一気に距離を詰めて、とおっとジャンプ。
恵まれた身体能力を存分に発揮、両手足を大きく広げて宙を舞った。
そのまま緩やかな放物線を描いて、三人の上に落下する。
評すべき者がいれば、理想的なボディプレスだったと断言できるだろう。
助走の移動エネルギーと跳躍による位置エネルギー、さらに自分の体重を乗せた攻撃が、アンズを弾き飛ばし、ドルフィーナを跳ね転がし、ソネザキを押し潰す。
三様の悲鳴を上げて倒れたルームメイト達に、
「ね、どんなルールなの?」
屈託のない表情を向けた。
* * *
「つまりお米が炊けなかったのが原因なんだね」
ソネザキから今までの経緯を聞いてコトミが納得した。
「そう、全てこのガラクタのせいですわ」
「ガラクタとは失礼な。中身はともかく、値段だけなら高価な一品なんだぞ」
「自慢するのはそこかよ」
腰や手足を押さえながら、勢いのない問答を続ける。
コトミのボディプレスのダメージは、かなりの物だった。
「糧食の残量は?」
「大した物は残っていませんわ。どこぞのガラクタが非常食を食べてしまったせいですけれども」
「とは言っても、乾パンが残ってても現状は好転しない気もするけどさ」
そんな声を聞きながら、コトミが冷蔵庫を覗く。
「野菜が結構残ってるけど。あ! 良い物が残ってるよ!」
「コトミさん、何が有ったのです?」
先刻、確認した時は、目ぼしい物などなかったはず。
嬉しそうな顔でコトミが、三人に振り返った。
見つけた良い物とやらを後ろ手に隠して、ふふふと含み笑い。
三人が焦れるのを十分に待って、
「ほら、じゃーん」
と出したのは、ジャガイモの袋が二つ。
大振りの物が五個ずつ入っている。
「ポテイトじゃないですか?」
「わざわざそう発音する意味が我には解らんな」
余計な突っ込みをするドルフィーナを、アンズがギロリと睨みつける。
「いい加減にしろって。で、ジャガイモをどうすんの?」
剣呑とした空気をソネザキが遮り、コトミに先を促す。
「ジャガイモは茹でて潰せば、十分主食になるよね」
一瞬の間があった。コ
トミ以外の三人が顔を見合わせ、無言の投票で質問者を選定した。
「コトミさん、それはひょっとして、ご飯の代わりに茹でて潰したジャガイモを食するという事ですの?」
「あ、潰さない方がいい?」
「いや、そういう事ではなくて」
「じゃあ潰す?」
ややずれた会話をどう修正すべきか、なかなか難しい問題に首を捻る。
「確かにお米は美味しいけど。ジャガイモだって美味しいんだよ。子供の時は合成ポテトをご飯代わりに食べてたんだ」
懐かしいなぁと呟くコトミ。
合成ポテトは家畜の飼料に使われる最も安価な人造穀物である。
食感はパサパサとして最悪。味もどうにか食べれなくはないレベルだ。
良家のお嬢様であるアンズや、高級将校を祖父に持つソネザキは別格としても、普通の家庭で食卓に上がる可能性はない。
「ほら、ウチってすっごく貧乏だったからね」
明るく笑って続ける。この負い目のない天真爛漫さがコトミのコトミである所以。
アンズに言わせると、「コトミさんの素敵な部分のホンの一端ですわ」となる。
三人がもう一度視線を交わす。
コトミを見ていると、たかが食事で拳銃を振り回す程の騒ぎをしていたのが、恥ずかしい。
「わたくしはもちろん賛成ですわ。と言うよりも、同じ提案をするところでしたもの」
「食べられる物があるだけで幸せと思うべきだったかな。確かにジャガイモは好きだしさ」
「我は元より依存はない。オートマトンというのは、卑しい人間とは違うのでな」
「一番卑しいのは貴方でしょう。そもそも、今回の騒動の原因は……」
「はいはい、ストップ! もう、いいじゃん。早く支度しないと。遅刻しちゃうよ」
コトミの指摘に時計を確認。
かなり切迫している。
「よし、じゃあ、急ぐか。コトミとアンズはジャガイモの皮を剥いて茹でて。私はオカズを準備するから、ドルフィーナは……」
テキパキと指示するソネザキが言葉を止めた。
「ん、なんだ? 味見係なら大歓迎だぞ」
腰に手を当ててオートマトンが宣言する。
「さっさと服着てこい。いつまでそのカッコでいるんだよ」
「ぬわぁ!」
自分の状態を思い出し、耳まで真っ赤にして、胸元を隠す。
目に涙まで溜めてみせるのは、流石は高性能の機械人形だ。
「まったく恥じらいがないのにも程がありますわ」
「いやいや、朝からサービス精神旺盛だね。ボクが男の子だったら、超感激なんだろうけど」
「健全な男子が、防弾金属に人工皮膚の身体を見て喜ぶとは、到底思えないけどな」
「これほどの辱めを受けるとは! 恨み日記に書いてやるからな!」
脅しだかなんだか解らない台詞を残して、そそくさと自室に向かう。
と、ドアの前で足を止めた。ちらりと三人を振り返り、
「その、なんだ。我にも非があったと思う。その、迷惑を掛けたな」
今朝の騒ぎに対する謝罪を小さく述べる。
「問題が解決した今となっては、責めるのもバカバカしいですわ。さっさと着替えて手伝ってくださいな」
アンズの言葉に、少し安心した表情を浮かべると、部屋に入った。
「しかし、あれほど余裕を持って起床したはずですのに。結局ギリギリになるんですわね」
「ほら、それがボク達の良い所だよ」
「良い所……ね」
楽しそうにジャガイモの準備をするコトミを見ていると、なんとなく納得できるのが不思議だ。