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【12-02】

                       * * *

 

 

「ふふ、ソネザキさんらしくないですね。もっと理知的で冷静な方だと思ってましたよ」

「それほど冷めた人間じゃないんだよ」

 

 ソネザキがスタンナイフを抜いた。

 

「まあ、いいでしょう。そういう人は嫌いじゃありませんから。私も少しだけ本気で相手してあげますよ」

 

 僅かに腰を下げて構える。

 銃はおろかナイフすら抜こうとしない。

 

 あまりに見下した態度だが、ソネザキは冷静に受け止める。

 右足が使えないとなると、ナイフ一本で不利は覆らないだろう。

 いや、無傷であっても、近接戦で勝ち目があるとは思えない。

 

「格闘訓練は真面目に受けとくべきだったよ」

 

 個人技能においてソネザキは優秀な生徒だ。センスが良いと表現できるだろうか。

 何をしても人より早く要領を得られる人間なのだ。

 その分、ついつい手を抜く悪癖があった。

 

「どうしたのです。仕掛けてこないのですか?」

「今、作戦を練ってるんだよ。少しくらい待ってくれてもいいだろ」

「ソネザキさんに、そう言われるとつい頷きそうになります。が、勝負の世界は厳しいのです」

 

 その目に殺気が宿った。

 

 周囲の空気が薄れたかと思えるほどの威圧感だった。

 

「いきますよ」

 

 すっと一歩目を踏み出した。

 

 それに合わせて、ソネザキが手にしていたナイフをいきなり投げつける。

 

 生命線とも言える武器を手放す、その思いもよらぬ行動にランバージャックの反応が半瞬遅れた。

 

 その刹那の隙を衝いて、ソネザキが跳んだ。

 一メートルちょい先に転がるハンドガンに向かって。

 

 ビーチフラッグの要領だった。

 途中、コンクリートの床に頬が擦れ、擦り傷が出来たが気にしない。

 圧倒的集中力で銃を掴むと、ランバージャックに向け……。

 

 られなかった。

 取り上げる寸前で、銃身を踏みつけられたのだ。

 

「見事ですね。その判断は素晴らしいですよ。でも、もう一歩が足りませんでしたね。さて、どうしましょうか?」

 

 這いつくばる姿勢となったソネザキに向かい、わざとらしく尋ねる。

 

 ソネザキはすぐさま反応。

 拳銃から手を離すと、ごろごろと横に転がって距離を作る。

 

「あらら、いいんですか? 銃を諦めて」

 

 銃を拾い上げると、銃口をソネザキに向けた。

 

「ではソネザキさんの銃で幕を下ろすとしましょうか」

 

 引き金に指が掛かかった。 

 そのまま無情にトリガーを引き絞……らず動きを止める。

 

「なんちゃって。残念ながら、私はそれほど愚かではありません」

 

 銃を足元に置くと、ソネザキの方に蹴り出した。

 

 金属とコンクリートの擦れる小さな音を連れて、ソネザキの眼前まで銃が進む。

 

「さあ、どうぞ。拾って撃ったらいかがです?」

 

 挑発的な言葉。

 

 だが、ソネザキは銃を手に取らず、固まったまま。

 

「できないですよね。だって、暴発するように細工されているんですから」

「どうして、それを?」

「ソネザキさんが銃を抜いた時、トリガーに掛かった指が緊張していました。それでトリガーを引かないように注意してるのが解ったんです」

「あの一瞬で」

「それがプロと言うものです。そもそもソネザキさんともあろう者が、アンズさんを抜き打ちで倒した人間に拳銃を抜くなんてありえませんから」

「普段の行いってやつかな」

「ふふ、普段の行いが良過ぎましたね」

「まったくだよ。ドルフィーナやミユちゃんを見習って、少し自堕落に生きた方がいいのかな」

 

 ソネザキが立ち上がった。

 

「今更、前言撤回はダメなんだろうね」

「ええ、あれほど見事な啖呵を切ってしまいましたからね」

「仕方ない。全力で足掻いてみるか」

 

 ソネザキが拳を作って身構える。

 ナイフも銃もない今、武器となるのは一つしかない。

 日々、防弾装甲のオートマトンを殴ってトレーニングを積んではいるが、所詮は女子の小さな拳。

 頼りない事、この上ない。

 

「さあ、遠慮はいりません。掛かってきなさい」

「足を使えない相手に掛かって来いなんて随分な話だね。まったく」

 

 愚痴りながらも、左足だけで跳ねて距離を詰める。

 

 ランバージャックは余裕を持って、間合いに入るまで待つ構えだった。

 

 ぴょこぴょこと進んでいたソネザキが、ランバージャックの射程に入ったところで、バランスを崩した。

 

「あっととと」

 

 無様な声を上げて、手を大きく振り回す。

 それでもバランスを立て直す事ができず、右方向に崩れていく。

 右足が地面についた。

 

 痺れの残る足では体重を維持できず転倒。

 誰にでも予想できる結果だった。

 

 ランバージャックもそう考えていた。

 だから倒れそうなソネザキを支えようと、咄嗟に腕を伸ばした。

 

 間合いに入ったソネザキに攻撃を出そうとしていた瞬間故の、反射的な行為だった。

 

 地面についたソネザキの右足が、ぐっと体重を支える。

 それだけではない。

 その足で強く地面を蹴ったのだ。

 

 完全に不意を衝いた。ソネザキは勝利を確信した。

 

 

                       * * *

 

 

「完全に避けたと思ったのに」

 

 コトミの感覚に間違いはなかった。

 襲撃の際にランバージャックが放った弾丸は、幸運にもソネザキに当たらなかった。

 

 最初の広場で富獄が奇襲を掛けて来た時、ソネザキチームは食事の真っ最中だった。

 

 マッシュポテトに掛けようとしていたミニチューブ入りのトマトケチャップ。

 反射的に手にしていた物をポケットに入れたに過ぎない。

 

 それがコトミに突き飛ばされた衝撃で破れ、ポケットから染み出ただけだ。

 

 もちろん、ソネザキも撃たれたと思った。

 ペイント液ではないと気付いたのは、コトミに背負われてランバージャックから逃げている時だった。

 

 安物の水っぽいケチャップは、近づいても微かな香りしかしない。

 だから、皆には黙っておいた。

 ランバージャックと相対する時の切り札として。

 

 

                       * * *

 

 

 ランバージャックが現状を把握した時には、直ぐ眼前にソネザキの右膝が迫っていた。

 

 至近距離での跳び膝。かわせないはず。と、ソネザキが勝利を確信する。

 

 しかし、膝が触れる寸前にランバージャックの身体が溶けるように沈んだ。

 ソネザキの足が、その頭上を掠めて過ぎていく。

 

 恐るべき反射神経。

 

 だが、それもソネザキにとっては想定内。

 

 ソネザキの足が地面についた。

 

 視線を前に。ビル風にたなびく旗。

 

 旗に向かい踏み出しながら、上半身を捻り後方、ランバージャックの状態を確認する。 

 

 ランバージャックは既に体勢を戻し、背後から追撃に入ろうとしていた。

 

 ソネザキの想定より遥かに早い動き。

 

「くっ!」

 

 ベルトに挟んだリップスティック大の金属筒を掴み、迫るランバージャックに向かい投げつける。

 全部で三つ。

 

 ランバージャックの手が瞬時に、それらを叩き落した。

 

 床に落ちた筒が甲高い音を立てて爆ぜる。

 と同時に赤、白、青のトリコロールカラーの煙が噴出し、逃げるソネザキと追うランバージャックの間を満たした。

 イスズから預かった小型三式弾だ。

 

 視界を閉ざされたランバージャックの舌打ちが、ソネザキの耳に届いた。

 

 転がった小型三式弾が、ソネザキの前方を煙で包み込んだ。

 

 予期しなかった偶然。ツキがある。

 このまま走りこんで、旗を奪取するだけ。

 

 懸命に足を動かし、旗まで駆け寄る。数メートルの距離。

 視界が不十分でも、おおよその位置は解る。

 

 と、吹き込んだビル風が、煙を掻き分けた。

 手を伸ばせば届く位置に、翻る旗が見える。

 全てが自分の背中を押している。そう確信して手を伸ばす。

 

 旗まで数センチというところで止まった。

 煙の中から伸びた腕に手首を掴まれたのだ。

 

 振り解こうとするが、圧倒的な握力はびくともしない。

 

「惜しいですね。あと数センチ。この数センチが絶望的な距離なんですけど」

 

 抑揚の欠けた薄っぺらい声が告げた。

 

「くそっ! 離せ!」

 

 全身の力を込めるが、やはり効果はない。

 

「残念ですが、これでゲームオーバーです」

 

 凄まじい力で腕を引かれた。

 抗し切れずバランスを崩したソネザキの足を、ランバージャックの足が払う。

 

 ソネザキの身体が面白いくらい簡単に宙に浮いた。

 そのまま重力に沿って落下する。

 

 ソネザキは残った腕を地面について、コンクリートとのファーストキスを防ぐのがやっとだった。

 

 安堵する間も与えず、ランバージャックが倒れたソネザキの背中に膝を置く。

 そうして体勢を安定させると、掴んでいた腕を捻り上げた。 

 

「いだだだだだ!」

「ダメダメ。女の子なんですから、可愛い悲鳴の一つくらいあげないと」

「そんな余裕があるかよ! いだだだ! 折れる折れる!」

「大丈夫ですよ。ちゃんとギリギリで手加減してあげてますから」

「ギリギリでも痛いもんは痛いんだよ!」

「惜しかったですね。足の怪我がフェイクだったなんて驚きました。もう少し注意深く見ていれば気付いたのですけどね」

「子供相手と侮ってるからだよ。細々と不注意なとこが……」

 

 ランバージャックが腕に少し力を込めた。

 

「いだだだ!」

「大人に生意気なことを言ってはダメですよ。年長者は敬うものです」

「年長者が大人気ない報復するな!」

 

 少し力を抜いたランバージャックに、ソネザキが抗議の声を上げる。

 

「今のは愛の指導です」

「なにが愛だよ」

 

 ぐっと力を入れる。

 

「いだだ! 解った解った!」

「最近の子供は生意気なんですから、まったく」

 

 小さく息を漏らした。

 ランバージャックにしては珍しく感情の見える仕草だ。

 

「さて、そろそろ終わらせましょうか。時間もありませんし。最後に言い残すことはありませんか? 指導に対する感謝とか」

「あるわけないだろ、そんなの。っつ! 解ったってば! ご指導ありがとうございました!」

 

 ソネザキの言葉にランバージャックが少し力を緩めた。

 

 その隙を衝いて、ソネザキが身体をよじる。

 自由な左手を懸命に旗に向かって伸ばすが、寝転んだままでは全く届かない。

 虚しく空を掴むだけだった。

 

 


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